調査情報部調査情報第一課 佐々木 奈穂美
調査情報部 審査役 長谷川 敦
酪農王国、十勝 十勝は、北海道の東部に位置し、日高山脈や太平洋に接する。夏は比較的暖かいが、冬の寒さは厳しい。また、内陸部と沿岸部では気象条件に差が見られ、沿岸部は濃霧が発生しやすく、冷涼で降水量が多い。内陸部は、夏は本州並みの暑さにもなり、降雨が少なく日照時間が長い。このことから、内陸部は畑作経営が多く、沿岸部や山麓では酪農経営が多く営まれている。
17年の1戸当たりの乳用牛飼養頭数は、全道平均の97頭を上回る、114頭となっており、規模拡大が進んでいることがうかがえる。(図2、3)
十勝は、生産量、経営規模から見ても「酪農王国」なのである。
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大きな換気扇で常に快適 |
牛舎の周りにはきれいなお花がたくさん |
古田牧場は、経営主である常雄さんと奥様のまつさん、後継者である長男の全利さんの3人で作業を行っている。
常雄さんは、この地に入植して3代目、昭和47年から経営を任されたそうである。
当日の説明は全利さんが対応してくれた。
現在、飼養頭数は107頭、うち搾乳牛は48頭で、飼料畑はサイレージ用トウモロコシ面積13.5ヘクタール(うち借地は4.8ヘクタール)、チモシー単播の牧草地22.5ヘクタールを所有している。平成16年の年間搾乳量は543トンであった。
牛舎内には大きな換気扇を8台設置するとともに、清潔に保たれており、牛にも人にも快適な牛舎である。また、牛舎の周りはまつさんの趣味も兼ねて、花壇がきれいに手入れされている。日頃から、いつ誰が見学に来ても対応できるよう、また、酪農のイメージを損なうことのないように心掛けている。
後継者である全利さんは、4年間酪農ヘルパーとして活躍した後、平成12年に就農した。常雄さんが主な経営を行い、全利さんがほ育、繁殖管理を担当している。
古田牧場が目指す経営の方向は、(1)家族、消費者が安心して飲める良質な牛乳の生産、(2)創意工夫をして効率の良い作業体系と経営でゆとりある生活、(3)良質粗飼料を完全自給して高乳量を目指す、をモットーに日々努力している。
創意工夫の一つとして、サイレージ用トウモロコシの通年給与を行っている。16年度には、全国草地畜産コンクールにおいて「サイレージ用とうもろこしを最大限に生かした酪農経営」で農林水産大臣賞を受賞した。(http://souchi.lin.go.jp/event/concours/h16_win_name.html参照)
手入れの行き届いた牛舎 |
後継者である古田全利さん |
全利さんは、十勝農業協同組合連合会の担当者の指導を受けて飼料設計を見直し、平成14年10月に以前の給与飼料内容を変更した。それに合わせてサイレージ用トウモロコシの通年給与に切り替えた。味の変わらない安定した生乳を生産できるよう、1年を通して同じ粗飼料、濃厚飼料を給与することにしたのだ。粗飼料は全て自家飼料で給与するため、ほ場の管理をまめに行っている。そのほか、機械を耐用年数以上に大事に利用し、コストを抑える努力をしている。実際に並んでいる機械は古いものもあるが、どれも手入れが行き届いていた。平成18年には、借地をせず、農地を新たに取得して、すべて自己所有地になる予定である。これでさらなるコストダウンが図られるであろう。 現在、1頭当たりの年間乳量は、10,298キログラム(平成16年乳検)と十勝管内の平均を上回っており、順調な経営であるものの、十勝管内では古田牧場のような家族経営は減少し、大規模化が進んでいる。全利さんは、現在の頭数が3人での作業の限界であると感じている。しかし、今は家族3人で余裕のある経営を維持すべく規模拡大は行わず、常雄さんの意思を継承しつつ、乳量を伸ばす方向で頑張ろうとしている。一方、放牧酪農にも興味があり、豪州などに研修に行きたいという意欲も見せていたが、容易に手を出せないだろうという。放牧酪農をやるには、トータルな経営見直しが必要と心得ている。 今後も、基本に忠実に、また、創意工夫し、効率のよい経営をし、少なくとも1年に1回は旅行に行けるようなゆとりのある生活を続けていきたい。そして「家族が安心して飲める牛乳を消費者へ」を最大のテーマに、良質粗飼料自給率100%でおいしく安全な牛乳を生産するために家族でがんばっていきたい、と語っていた。 |
十勝酪農法人会発足
平成17年5月27日、法人化した大規模酪農家(メガファーム)が結集してお互いの抱える諸問題を解決しようと「十勝酪農法人会」(以下「法人会」という。)が発足した。メガファーム自らによる相互支援組織設立は国内初と言われている。管内の酪農家戸数の9.6%がメガファームとなっているが、小規模な家族経営と違った労務管理なども要求されるため、これからの十勝の酪農振興に支援組織は不可欠と判断され、十勝農協連を中心に準備が進められ、発足する運びとなった。構成員は、管内11町村の20戸から成っている。
法人会の主な目的は、一般的な乳牛の飼養管理技術に加え、従業員の養成や財務管理など広範な管理能力の向上を目指しており、設立総会では、(1)情報交換体制の整備、(2)大規模酪農経営が抱える課題の把握と改善策の整理、(3)酪農法人に携わる人材の養成などに取り組むことを決めた。
今回は、この法人会に加入している酪農家を訪問した。
〜農事組合法人 Jリード(豊頃町)〜
代表理事の井下英透さんは、平成15年9月の十勝沖地震が起きるまでは、搾乳牛40頭の個人経営の酪農家で、スーパーカウの飼育では全国的に有名だった。乳牛は少数精鋭にして、ひたすら1頭当たりの乳量を上げることを目指したという。日本記録の牛を4頭出し、本州にもスーパーカウを供給した。当時、1日2回搾乳で1頭当たり年間平均乳量14,500キログラム、平均更新産次は4産だった。平成13年、14年と2年連続で飼育牛年間平均乳量日本一となり、日本各地から視察者が訪れるなど酪農家として絶頂期にあった。しかし、十勝沖地震で、牛舎は倒壊した。その時、井下さんは、「離農」の言葉が頭をよぎったという。「自分は25年間、人が60年、70年生きる分は十分生きてきた」と。しかし、地震報道などで井下さんの被災を知った全国の方々から、励ましの言葉やお見舞いが寄せられ、ここで辞めるわけはいかないと奮起し、牛を近所の酪農家に預けるなど再起の準備をしていた。その矢先、以前からメガファームの設立を計画していた町内の若手グループの、井下清さん、近進一さん、近繁さんから農事組合法人設立を持ちかけられた。そして、何事もチャレンジ、と3人と共に平成16年11月に井下英透さんを代表理事に、そのほかの3人を理事として農事組合法人Jリードが設立された。
被災して牛舎を借りている間、井下さんは、これから先も同じような経営を続けるのはどんなものかと思案していた。ただ、酪農は農業の中では唯一の右肩上がりの産業だと確信していたという。選択肢は色々考えられた。第一は大規模化、第二は自分が歩んできた少数精鋭で、1頭当たりの生産性追求、第三はゆとりを持った放牧主体、景観重視の経営。自分はやはり、これまで歩んできた道は止められないと思った。
スーパーカウの思いを語った井下英透代表理事 |
現在、法人の飼養頭数は600頭、うち搾乳牛350頭(スーパーカウを除く。「一般牛」という。)で、従業員11名を加えた15名で作業している。牛の足首に個体識別用の足輪を装着させ、1頭1頭管理している。ロータリーパーラー(40頭)を導入し、搾乳は1日2回で年間平均乳量は約1万キログラム/頭である。後継牛は外部導入と自家更新を併用しているが、近隣からの導入が圧倒的に多い。飼料はチモシー主体のグラスサイレージ6割、濃厚飼料4割である。近い将来、4時、12時、18時の1日3回搾乳にして、今後も規模拡大を進め、将来的には飼養頭数を700〜800頭に増やしていくつもりだそうだ。
足首には管理するため足輪を装着 |
まだ設立して間もないこともあり、コスト面や労働時間の改善などの余地はあるが、「夢を持って明日につながる酪農」を学んでほしいと積極的に若い人を受け入れながら、日々改善に努力している。
スーパーカウの飼育については、現在、スーパーカウ用の牛舎を建設しており、これが完成すれば、被災前のように本格的なスーパーカウ飼育を再開し、再び本州に供給するまでにしたいと意欲を燃やしている。
井下さんはこれまでの経験から、酪農家は自分の経営だけが良いということはあり得ないと断言する。だから、個人経営の時代から自分の酪農のすべてをオープンにしてきたが、まだメガファームとしては1年生のJリードは酪農法人会の諸先輩から色々教えてもらいたいという。
40ポイントのロータリーパーラー 1頭に10分、1時間で240頭搾乳 |
建設中のスーパーカウ用牛舎 |
最後にスーパーカウを育てる極意を伺うと、その能力を引き出すことだという。乳牛はもともとスーパーカウの能力を持っている。スーパーカウの能力は、半分は遺伝(うち母系が95%)、残りはその牛がどれだけえさを食べるか(通常の1.5倍)である。この能力を人間が抑えがちであるが、邪魔をせず、それをうまく引き出すことが重要だそうだ。また、ホルスタインにとって暑さと湿度が与える影響は大きく、ここ豊頃町周辺は気候が乳牛を飼うのに最高だそうである。
将来的には、現在の一般牛をスーパーカウに、スーパーカウをスーパースーパーカウにしていきたいと目標を掲げて、奮闘されている。
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〜有限会社メニーフィールドディリーファーム(忠類村)〜
法人会加入メガファームの2軒目は、帯広市の南東に位置する忠類村に所在する、多田智さん経営の有限会社メニーフィールドディリーファームである。
多田さんは、昭和45年に就農し、乳牛3頭から始め、奥様の悦子さんと二人三脚でがんばってきた。平成6年4月に現在の法人を設立し、長男の篤さんが後継者となり、飼養頭数も300頭から徐々に増やしていき順調な経営をしていた。
5年ほど前、「儲ける酪農」から「楽しくできる酪農」を目指そうと、方向転換し、経営方針を(1)「若者を農村へ」 国際化による農家経営の厳しさ、後継者不足などにより離農の止まらない農村に一人でも多くの若者を定着させるよう、若者を積極的に受け入れられる体制を作ること、(2)技術的には「中程度の誰にでも順応できる酪農」を目指し、全社員にゆとりある農村生活を楽しめる経営を構築することなどとした。
従業員をハローワークで募集し、遠くは高知県、島根県からも採用している。夏には、多くの研修生を受け入れており、新規就農者の研修にも協力している。さらに、従業員や研修生のために、14年には従業員住宅を建設し、受け入れ体制を整えた。
「楽しくやろう!」と多田夫妻 |
社宅もあります |
現在の飼養頭数は676頭、うち搾乳牛が320頭で、多田さん夫妻、長男のほか従業員6名を加えた9名で作業を行っている。平成16年の年間搾乳量は、2,567トンであった。朝5時と夕方5時の2回搾乳で、年間平均乳量は1頭当たり約8千キログラムである。150ヘクタールの牧草地はチモシーを主体にクローバーなどのマメ科牧草を混播しており、収穫はコントラクターを利用している。ミルキングパーラーのほか搾乳ロボット導入など、新しい技術を積極的に取り入れてきた。
多田さんは、従業員に対して、「もの(牛も含む)を大切する、チームワークを大切にする」こと以外は特に何も言わない。現在の従業員のチームワークはよく、具合の悪い従業員の仕事を、多田さんが黙っていても、残りのメンバーがフォローする。そういう姿を見ている多田さん夫妻は、自分たちの経営方針に間違いはなく、今後もこの形態で若者に楽しい酪農を継承していきたい、語っていた。
牛舎内 |
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奥様が研修生のお土産として作り始めたチーズは、研修生が増え、作る量が多くなったことや、そのおいしさが好評で「道の駅」で販売するようになったため、16年4月にチーズ工房「ミルキーハウス」を建設した。われわれが訪問した際、手作りチーズをご馳走になった。奥様は、ご主人と結婚される前、蔵王酪農センターでチーズ作りを学ばれたのだという。本場イタリアのトスカーナで習いたてのチーズ(塩でしめるモツァレラに似たタイプ)やホエーから作るリコッタチーズ、ゴーダチーズも披露された。“十勝”で採れた牛乳で作ったチーズを、“十勝”で食べるというなんともぜいたくなもてなしを受けた。
チーズ工房「ミルキーハウス」 |
道の駅で販売されているチーズ |
今回発足した法人会の今後の活動に対しては、法人化によって必要となる労務管理などを含む総合的なコンサルティングのできる人材育成などを期待されていた。
今回訪問した3軒の酪農家は、家族経営、メガファームとそれぞれ経営形態が異なる上、独自の経営方針を掲げている。しかし、いずれの酪農家もさまざまな考え方の酪農があって良いと認めた上で、自らの歩むべき酪農の道をしっかりと見据えている。特に、経営者がいずれも30年以上酪農に携わってきた大ベテランであり、長年の試行錯誤の末に到達した「自分の酪農」を、若い世代にそれぞれのやり方で引き継ごうとしている姿勢に感銘を受けた。どのようなタイプの酪農家でも、安全でおいしい牛乳を供給するため、日々奮闘されていることは共通である。最近では、茶系飲料や豆乳などの競合飲料も増え、牛乳も悪戦苦闘しているが、今回のように現場を訪ねることで、酪農家の情熱と知恵を肌で感じることが出来る。また、そこで味わう牛乳乳製品の新たなおいしさを発見できるのではないかと感じた。
手作りチーズでティータイム。 トスカーナ流モツアレラタイプチーズとトマト、リコッタ、ゴーダ |
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最後に今回の取材に際し、ご協力いただいたよつ葉乳業株式会社十勝主管工場管理部 奥田部長、新田課長並びに仕事の手を休めて取材に応じて下さった酪農家の方々に厚くお礼を申し上げる。
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