◎今月の話題


自給飼料増産の現実期待

東京大学大学院 経営学研究科
助教授 矢坂 雅充

飼料増産見通しのすれ違い

 酪農・乳業の動向を熟知している生産者団体や乳業メーカーの代表的なメンバーが集まった会合で、酪農経営の自給飼料増産の可能性が話題になった。1人として自給飼料生産が拡大し得るという見通しに同意する人はいなかった。むしろ自給飼料増産は酪農経営の生産力の減退につながるのではないかと危惧する意見が多かった。少なくとも飼料増産は限定的な意味しか持ちえないのではないかと考えられている。

 一方、周知のように、今年3月に公表された新たな「食料・農業・農村基本計画」では、10年後の2015年に粗飼料の完全自給を実現するという目標が立てられた。03年の粗飼料自給率76%、飼料自給率23%を、15年にはそれぞれ100%、35%に引き上げるという。飼料作付け面積を93万ヘクタールから110万ヘクタールへ、単収を3,800キログラムら4,534キログラムへと増やすことで、飼料生産量524万トン(TDNベース)という大幅な増産を実現するというシナリオが描かれている。

 両者の飼料生産見通しのずれは、ますます開いているように思われる。農協や乳業メーカーは配合飼料販売事業を抱えているので、自給飼料増産に懐疑的であるという意見もよく聞かれるが、それほど単純ではない。畜産経営が飼養頭数規模拡大とともに購入飼料に依存するようになってきた「合理性」を覆すほど、今日の経営環境は変化していないという。こうした認識は、生産現場の総合判断として傾聴すべきであろう。新たな基本計画は、畜産の生産現場をリードしていく人々の認識を一変させるほどのインパクトをまだ与えていない。


飼料増産政策の具体化

 政府の飼料増産政策は、これまで実効性を持たない計画として認識されてきた施策の信頼性を回復することから始まった。飼料自給率向上戦略会議で行動計画を策定し、それを実行、点検するプロジェクトが発足した。地方自治体、農業委員会、農協などと一体になった「運動」を展開しようとしている。

 (1)コントラクターへの飼料生産・たい肥散布などの作業委託促進、(2)稲発酵粗飼料生産および稲わら利用のための耕畜連携、(3)放牧利用拡大のための地域農業生産者の連携、(4)食品残さ飼料化のための食品産業との連携などが掲げられる。いずれも畜産経営と地域の農業生産者、コントラクター、食品産業との新たな関係づくりが、飼料増産につながるか否かの鍵を握っている。行動計画では、上記の取り組みに対する需給マップ(お見合い表)を作成し、さらにコントラクター・アドバイザー、稲発酵粗飼料コーディネーター、放牧伝道師といった関係づくりの専門化を育成するという戦略が提示されている。

 今回は政府も真剣に飼料増産政策に取り組んでいる、という認識は徐々に生産現場に浸透していくかもしれない。飼料増産は非現実的であると思いこんでいた畜産の現場で、粗飼料増産、食品残さ活用の余地があることがわかり、安易な購入飼料依存に対してブレーキをかけることができるかもしれない。それだけに行動計画が取り組もうとしている飼料供給・需要をめぐる「新たな関係づくり」の成果が注目される。これまでのような特定の事業者組織に対する補助事業は有効ではなく、フードチェーンや地域の農業生産者間のネットワークに働きかける施策が求められており、それは農政の基本的な姿勢の見直しにつながるからである。


飼料生産の意義と課題

 もっとも、このように飼料増産政策の手法が改善されても、冒頭でふれたような飼料増産の評価、飼料生産見通しをめぐる大きなズレは埋まらない。購入飼料に基礎を置く経営の合理性には、特に大きな変化は起きていないからである。飼養頭数規模拡大とともに、自給飼料生産のために時間を割くことが難しくなる。飼料生産拡大のために農地を確保しようとすれば、賃貸借や購入のための調整が必要である。飼料生産を外部委託する場合にも、コントラクターの経営や作業内容をモニタリングする必要がある。さらに自給飼料の品質は天候に左右されて安定しない。多少の費用がかかっても、一定の品質の輸入粗飼料を安定的に購入する方が手っ取り早いということになる。企業的な経営意識が定着している畜産経営では、自前での飼料生産だけでなく、耕畜連携による飼料生産などのために負担しなければならない調整コストも厳しく査定されるからである。

 このことは自給飼料生産を畜産経営の合理的な「原料調達」として位置付けることの難しさを示唆している。むしろ今日、飼料増産を政策目標として積極的に掲げることの意味は、飼料畑・草地が資源循環型農業の構築や、低・未利用地の土地資源を有効に活用する機能を持っており、単に畜産経営のための資源ではないことを理解することにあるのではないか。飼料生産は草地や畜産の多面的機能を発揮させ、畜産の社会的役割をアピールすることになろう。畜産の多様性、自然環境・景観の保全、里山・里地へのアクセス確保など、地域住民と畜産の接点として、粗飼料生産は大きな役割を果たし得るからである。

 このことと関連して、飼料畑・草地の適正かつ有効利用を条件とする直接払い制度、いわば畜産への環境直接支払いの導入が提言されている。すでに酪農では土地利用型酪農推進事業が施行されているが、これを抜本的に改革して、牛ではなく農地を対象とした直接払いへの転換などが検討されよう。しかし、そのためには飼料畑・草地利用状況の把握体制の整備や賃貸借関係の明確化、中山間地域等直接支払制度を含めた直接支払制度としての体系性の整備など、解決しなければならない課題は生産現場に山積している。

 こうして飼料増産を狭義の畜産政策として捉える姿勢が問われている。稲発酵粗飼料生産の技術革新や補助システムの改善といった専門的な研究も必要であるが、飼料生産が果たし得る多様な社会的役割の検証といった、より大局的な議論が求められているのではないか。畜産関係者の熱意や連携を後押しする行動計画が、飼料増産の社会的意義の再検討、さらには直接払い制度導入の基盤づくりといった新たな政策システムへの転換へと踏み出す契機になることを期待したい。


やさか まさみつ

プロフィール

1986年 東京大学経済学部助手・助教授を経て、1996年 東京大学大学院経済学研究科助教授。
主な著作に、「自給飼料政策の現在」(『農村と都市をむすぶ』2005年7月)、「仕切り直しを迫られる畜産物・飼料政策」(同左、2004年6月)など。


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