◎調査・報告


ヨーグルト製品の凝固性に対する新しいアプローチ
〜脱脂(粉)乳の加熱変性度の影響〜

東京農業大学応用生物科学部
講師 野口 智弘


はじめに

 ヨーグルトは、カードの凝固スタイルで大きく二つのタイプに分かれる。一つは、プレーンタイプにみられるような乳酸発酵(乳酸生成に伴うpH低下によるカゼインタンパクの凝集)を利用したタイプ、もう一つは、寒天やカラギーナンなどのゲル化剤を用いて凝固させたタイプである。いずれのタイプも原料は脱脂乳が主流であるが、従来、ヨーグルトの品質に対して、原料である脱脂乳の構成成分の差異に主眼がおかれ、さまざまな研究や品質改善が試みられてきた。また、近年では、乳酸発酵とタンパク質分解の関わりなど、構成成分以外に着目した研究もみられるようになった。しかし、その大半は、栄養機能性に着目した検討であり、原料である脱脂乳の製造過程で生じる乳タンパク質の加熱変性とヨーグルト製品の凝固性に対する研究は数少ない。脱脂乳は、その製造過程において、超高温殺菌(130℃、2秒、UHT法)処理や、粉乳製造時の噴霧乾燥による高熱付加など、数度にわたり高熱処理を受ける。この熱処理によって、乳タンパク質が加熱変性することが推察される。特に、熱感受性の高いホエイタンパク質(α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン)は、この加熱の影響を強く受けるものと考えられる。また、タンパク質を架橋重合化する酵素として、食品分野で注目されているトランスグルタミナーゼ(TG)があるが、筆者は、これまでに牛乳のホエイ画分にTGの存在を確認している。これらのことから、脱脂乳の乾燥粉末化時の加熱処理工程の違いにより、脱脂粉乳中へTG活性の残存率に違いが生じるものと考えられる。

 そこで本研究では、脱脂乳中のタンパク質加熱変性およびホエイタンパク質中のTG活性が、乳タンパク質のゲル形成能に及ぼす影響について検討を行った。


試料

 ホルスタイン種より搾乳された未加熱乳を試料に用い、クリームセパレーターにて乳脂肪を分離除去し、未加熱脱脂乳を調製した。また、噴霧乾燥機にて乾燥化を行い、脱脂粉乳を調製した。なお、対照として市販の無脂肪乳および脱脂粉乳を用いた。各試料の加熱変性処理は、それぞれ牛乳中のタンパク質量と同量となるように純水にて溶解後、水分蒸発が生じないよう密封状態にて各温度で30分間加熱処理を行った。試料中の全タンパク質中の未変性ホエイタンパク質量(WPIN値)により各試料の加熱変性度を測定した。


結果および考察

1.脱脂乳および脱脂粉乳の加熱変性度

  未加熱乳より調製した脱脂乳および脱脂粉乳、また市販の脱脂乳および脱脂粉乳のWPIN値(mg/g)を図1に示した。未加熱脱脂乳では、WPIN値は8.75であったが、市販脱脂乳では0.93と小さい値を示し、大幅に加熱変性を受けていることが示唆された。また、未加熱脱脂乳を50〜90℃にて30分間処理し、WPIN値を測定したところ、50〜70℃までは処理温度に従い緩やかに低下し、70℃で6.91となったが、80℃以上では大幅に加熱変性が進行し、80℃では1.13、90℃では0.77と市販脱脂乳と同等の加熱変性を示した。市販脱脂乳は130℃、2秒の殺菌処理を施されている。現在の乳殺菌の主流であるUHT法は、風味などに与える影響は小さいとされているが、ホエイタンパク質の熱変性は大きいと考えられる。さらに、脱脂粉乳について検討を行ったところ、市販脱脂粉乳のWPIN値は、0.73と市販脱脂乳よりさらに加熱変成が大きく、噴霧乾燥による熱も影響しているものと考えられた。そこで、噴霧乾燥工程における熱の影響を検討するため、未加熱脱脂乳を用い乾燥工程において過度の加熱変性を生じさせないように、噴霧乾燥機の入口温度(150〜170℃)および出口温度(70〜90℃)を変化させ、脱脂粉乳を調製した。その結果、出口温度が70℃のときのWPIN値は6.81、90℃でも6.21と市販の脱脂乳に比べ、大幅に加熱変性を抑制した脱脂粉乳が得られた。

図1 未加熱乳より調製した脱脂乳および脱 脂粉乳の加熱変成度



2.ヨーグルトカード物性試験

 脱脂乳および脱脂粉乳からヨーグルトを作成し、ヨーグルトカードの物性に及ぼす加熱の影響について検討した結果を図2に示した。脱脂乳より調製したヨーグルトカードのゲル強度は、70℃までは処理温度の上昇に従い低下した。70℃処理では未加熱のものと比較して約60%に低下したが、80℃以上の加熱で大幅な増加がみられ、80、90℃でそれぞれ、約190%、150%と増加した。この急激な変化は、WPIN値の急激な低下の温度帯と合致することから、ホエイタンパク質の熱変性がヨーグルトカードのゲル物性に大きな影響を持つことが示唆された。さらに、未加熱脱脂乳より調製した脱脂粉乳のゲル強度を同様に測定した結果を図3に示した。ゲル強度は、80℃処理が最も上昇したが、未加熱脱脂乳の約120%と低い増加率となり、脱脂乳でみられたような大幅な増加はみられなかった。これら脱脂粉乳の物性変化は、WPIN値が小さく、加熱変性が高いものほど、硬いヨーグルトカードを形成する傾向がみられた。

図2 未加熱乳より調製した脱脂乳ヨーグル トのゲル強度に及ぼす加熱処理の影響



図3 未加熱乳より調製した脱脂乳ヨーグル トのゲル強度に及ぼす加熱の影響



 次に、ヨーグルトカードの粘度(mPa・s)を、SV型粘度測定機にて測定した結果を図4に示した。脱脂乳では、未加熱および50〜70℃において19.5〜25.0 と大きな変化はみられなかったが、80℃では94.3と大きく粘度が増加し、90℃でも44.6と増加した。一方、脱脂粉乳では、70℃で24.6となり、未加熱脱脂乳とほぼ同様の粘度を示し、80℃では36.3、90℃では31.5と増加したが、脱脂乳のような大きな粘度増加はみられなかった。これら脱脂乳および脱脂粉乳の粘度においても、WPIN値が小さい試料ほど粘度が高い値を示し、ゲル強度と同様に未変性ホエイタンパク質が少ないほど硬く粘性が高いゲルを形成し、未変性ホエイタンパク質を多いほど柔らかく粘性のないゲルを形成することが明らかとなった。

図4 未加熱脱脂粉乳および脱脂乳ヨーグル トの粘度及ぼす温度の影響


3.トランスグルタミナーゼ(TG)の検索

 未加熱脱脂乳および未加熱脱脂乳より調製した脱脂粉乳より、TGの検索とその活性測定を行った。TGタンパク質の存在の有無をドットブロット法にて検出したところ、未加熱脱脂乳および未加熱脱脂乳より調製した脱脂粉乳より、微弱ではあるもののTG特異的シグナルが検出された。

 そこでさらに、TG活性を放射線同位体を用いた方法にて測定した。脱脂乳中のTG活性は、未加熱では、タンパク質1グラム当たり0.177unitsが検出されたのに対し、70℃で噴霧乾燥を行った脱脂粉乳では0.169units、同様に80℃では0.143units、90℃では0.164unitsとなり、いずれの乾燥温度においてもTG活性が検出された。一般に、酵素は80℃や90℃といった高温にて処理されると、その触媒能を失うことが考えられるが、本実験における噴霧乾燥条件においては、WPIN値の顕著な低下がみられないこと、すなわち熱感受性の高いホエイタンパク質が変性を受けていないことから、乾燥による気化熱によって試料タンパク質に付加された熱が低下したことが推察された。


図5 未加熱脱脂乳および脱脂粉乳中のTG 活性測定結果


4.まとめ

 一般に流通している脱脂乳および脱脂粉乳のほとんどは、高い加熱処理を受けており、WPIN値は脱脂乳で0.93、脱脂粉乳で0.73と、未加熱脱脂乳の8.75に比べ非常に低い値を示した。これは、殺菌工程また乾燥工程における乳タンパク質の加熱変性が大きいことを示唆する。これまで、脱脂粉乳を調製する際、この加熱変性に着目した検討はあまり行われておらず、パンなどの品質改良に対し、加熱変性の高いものが、良好な効果を示すことが経験的に述べられている程度であった。そこで、WPIN値の高い、すなわち加熱変性を受けていない脱脂乳および脱脂粉乳を作成し、そのゲル化能について検討を行ったところ、脱脂乳は、約70℃処理まではタンパク質に大きな変性はみられず、ヨーグルトカードの物性は未加熱脱脂乳と同等であった。最も穏和な殺菌条件である低温長時間殺菌(LTLT法)を行うことによって、生乳の特性を保持したヨーグルトが作成できるものと考えられた。さらに、乾燥粉末化される脱脂粉乳は、本実験で行った入口温度170℃、出口温度90℃では、WPIN値の低下は未加熱脱脂乳に対し約30%にとどまった。市販脱脂粉乳に比べ、未変性の近い状態であることが推察され、ゲル強度は、若干の増加はみられるが、市販脱脂粉乳より調製したヨーグルトのような大きな物性変化はみられなかった。このことから、加熱変性を低く抑えることで、既存のヨーグルトとは異なる、ソフトな触感を有する新たなヨーグルトの作製が期待され、また、過度の熱処理を施さないことにより、加熱臭などの従来から問題となっていた風味の改善にもつながるものと考えられる。

 さらに、未変性脱脂乳やWPIN値の高い脱脂粉乳中にTGの存在を確認し、その活性が本実験における条件温度において、噴霧乾燥処理によっても保持されていることが明らかになった。このことから、TG活性がヨーグルトカードの物性に何らかの作用を及ぼしているものと推察され、今後、さらに酵素学的な検討を重ねることによって、ユニークな特徴を持った新たな乳製品の開発が可能になると考える。


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