調査情報部 調査役 宮本 敏行
調査情報部調査情報第一課 石丸 雄一郎
1 はじめに 現在の肉用牛産業は、高齢化や担い手不足による農家戸数の減少に直面しており、肉用牛生産基盤の確保がもっとも重要な課題となっている。大動物を扱う肉用牛経営は重労働作業を多く伴うことから、生産者の高齢化による離農を加速させる要因ともなってきた。こうした中、肉用牛経営の労力面を軽減し、将来にわたり肉用牛産業の発展を支えるための切り札の一つが肉用牛ヘルパー活動である。 2 肉用牛ヘルパーとは(1)肉用牛ヘルパー制度発足の背景 3 島根県の畜産とヘルパー活動(1)最多のヘルパー組合誕生の背景
図1 中国四国管内の肉用牛飼養頭数の推移
図2 中国四国管内の子取り用雌牛農家戸数の推移
図3 中国四国管内の子取り用雌牛飼養頭数の推移 これらのことが本県にヘルパー組織が多く誕生した背景とも言え、同県農林水産部農畜産振興課のホームページには、地域肉用牛振興対策事業の中でも繁殖牛導入や牛舎整備、遊休農地における放牧推進などとともに、肉用牛ヘルパー活動推進事業が取り組むべき最重点事業として紹介されている。この中で、県は離農により増加の一途にある耕作放棄地を最大限に利用した放牧の取り組みを強力に進めており、これに肉用牛ヘルパーを組み合わせた相乗効果による肉用牛の増頭を目指している。 (2)島根県の肉用牛ヘルパー組合数の推移 地域肉用牛振興対策事業では、肉用牛ヘルパーの作業内容および利用料金体系は、都道府県における指定団体の地域実施要領が規定するヘルパー組合ごとに定められる。 島根県における平成17年度に取り組んだヘルパー活動内容は、(1)傷病時等利用促進、(2)飼料用稲わらを含めた飼料増産、(3)家畜の輸送、(4)肉用牛の削蹄、(5)肉用牛の除角および去勢、(6)放牧推進(放牧牛捕獲、防疫作業)、(7)牧場共同維持管理となっている。この中では(3)家畜の輸送の利用がもっとも多く、全体の54%(金額ベース)を占め、次いで(4)肉用牛の削蹄が34%と、両者でほぼ全体の9割を占める。なお、耕畜連携の取り組みが進む中で、水田放牧地などへの輸送も増える傾向にある。 島根県では、全国和牛登録協会島根県支部が中心となって島根県認定和牛改良組合協議会を作り、こうしたヘルパー活動を側面から支援している。同協議会は、推進会議によってヘルパー事業の現状や効果を照会・確認するとともに、事業の課題や展望などを整理し今後の事業推進に資するための啓もうに努めている。
4 島根県における肉用牛ヘルパー活動の事例 今回、さまざまなヘルパー活動により地域の畜産振興を図っている現地を訪れる機会を得たので、その活動ぶりを紹介する。
(2)放牧推進、耕畜連携の取り組みの事例 島根県は平成12年から22年にかけて11年間にわたる農業振興計画「新農業・農村活性化プラン」を策定しており、その中で「地域資源を活かした畜産の展開」を指針の一つとし、具体的な取り組みとして島根型放牧と呼ばれる遊休農地などを利用した放牧を推進している。 (1)畜産経営における放牧の導入 放牧は、労働時間の短縮、過重労働の軽減、購入飼料の節約が目的とされ、これらにより、繁殖雌牛の増頭、食料自給率の向上、中山間地域農林地の利用促進が期待されている。特に、繁殖雌牛の増頭については、高齢化を背景として、規模拡大推進による増頭が難しい現状では、高齢者の離農を防ぐことによる飼養頭数の現状維持が、前提であると認識されており、畜産経営における放牧の導入による重労働の軽減は、小規模経営または複合経営の高齢者を支える対策として考えられている。このほか、初めて牛を飼う集落の放牧では、耕作放棄地や荒廃地の解消、野生動物の侵入へのけん制、景観の保全がその目的とされている。 (2)放牧のメリットが次第に浸透 この取り組みを推進しているJA斐川町によると、放牧の取り組みを始めた当初は、放牧時の牛の事故が心配されたため生産者に牛を出してもらうことができなかったが、一度牛を出すことに協力してくれた生産者に牛が無事に戻ってきたときの様子や放牧のメリットを周囲の他の生産者に話してもらうことで、放牧に問題がないことを認識してもらうよう努めているとのことであった。以後、次第に放牧の輪は広がりつつあるという。 また、わが国では近年、転作による水田の有効利用を通して、中山間地や里山で水田が果たす多面的機能の維持や飼料自給率の向上を目指す耕畜連携の取り組みを進めているが、同県でも水田放牧が積極的に導入されている。遊休水田における放牧は、草の状況を確認しながら牧区を計画的に移動する。この結果、景観が良くなるとともに集落の農地が保全され、捻出された余剰労力は飼料生産にも活用できるようになった。
(3)放牧や耕畜連携の推進に欠かせないヘルパー こうした放牧作業において、「出す、観察、引く」を担うヘルパーの活躍が期待されている。すなわち、畜舎と放牧場の間の移動、そして放牧している間の観察である。放牧場が畜舎から離れている場合、移動には体力を必要とし、また観察のために放牧場と畜舎を往復しなければならない。放牧中、常に継続的な観察が必要とされているわけではないが、ダニによるピロプラズマ病のり患や流産の兆候を早めに発見する必要があること、放牧地にパイプで水を流しているところでは給水作業が必要なこと、草が無くなれば脱柵してほかの畑の作物を食べてしまい賠償問題に発展する可能性もあることなどから観察は欠かせない。これらをヘルパーが行えば、日常の飼養管理において大幅な労働の軽減になる。 また、放牧地に四散した牛を集めるのも体力を必要とする仕事であり、ヘルパーの活躍の可能性が期待される仕事の一つとなっている。現在、放牧場で移動式のスタンチョンを使用しているところは少なく、牛を集める際には4〜5人で牛を囲み、カウボーイさながらに牛を捕獲しているとのこと。これらの作業を主にJA職員や近隣の生産者が手伝っている。牧野管理にもヘルパーが活躍しており、電気柵牧の設置、草地の管理や掃除刈り(牛の食べ残しを刈り取ること。刈り取らないとやがて堅い株になり、牛が食べることもできず後の放牧管理に支障を来す)などに取り組んでいる。
このように、放牧や広い意味での耕畜連携に幅広くヘルパーが活躍しているが、この分野には今後、ますますのヘルパーの参入が期待されており、ヘルパー要員の確保はより緊要な課題となっている。 (3)家畜市場の活性化に一役買うヘルパー組合の活動事例 島根県下では、「平成の大合併」以前の旧市町村単位に設立されていた41の認定和牛改良組合が合同で肉用牛ヘルパー組合を設立し、現在ほぼ全県を網羅する形で22の組合が設立されている。その中で、7つの旧市町村(益田市、美都町、匹見町、津和野町、日原町、柿木町、六日市町)を支部に抱える広域組合の西いわみ肉用牛ヘルパー組合の活動事例を紹介する。 (1)若いヘルパーが活躍する、耕畜連携に注力した広域組合 西いわみ肉用牛ヘルパー組合が管轄する島根県西部の益田市を中心とする地域は、県内でも温暖な地域で、平野部では対馬海流の影響を受けて冬の積雪も少ない。米作を中心に施設園芸が盛んで西部市場のお膝元であることから、県が指針「米作、施設園芸、畜産をバランスよく振興する」とする農業のトライアングル振興を実践し、畜産の振興にも注力している。同じ地域を管轄するJA西いわみでは、耕畜連携を農業振興における重要課題としており、たい肥循環システムの構築により、化学肥料・農薬の使用を控えた「ヘルシー元気米」を独自ブランドとして台湾へも輸出している。今後は、大型たい肥センター、大規模肥育農家、JAたい肥センター、個々の農家のたい肥施設をうまく組み合わせて取り組んでいきたいとのことであった。 当該組合は旧市町村単位で7つの支部が単独で活動していたが、JA西いわみ和牛改良協議会がこれらの支部をまたいで設立され、その後平成13年4月に協議会と同じ地域を管轄する現在の西いわみ肉用牛ヘルパー組合が設立された。現在は組合員数145名、ヘルパー要員36名を抱えている。ヘルパー要員の確保については、組合の事務局が設置されているJAの職員が生産者に依頼を行い、承諾した人を登録する。県内のほかの地域では70歳を超えた生産者がヘルパーに従事していることも多いが、西いわみヘルパー組合の要員年齢は比較的若く、10人の40歳台の生産者がヘルパー要員として登録されている。 (2)家畜市場や削蹄に欠かせないヘルパー ヘルパーの主体業務は家畜輸送・市場出荷、削蹄補助で、平成17年度の同組合のヘルパー利用延べ回数のうち前者が50.5%、後者が48.6%となっている。料金体系は、家畜輸送や市場出荷で複数の価格が設定されているが、これは広域合併の結果、まだ料金体系が統一されていないことによるもので、現在新市町村単位での料金統一を進めている。子牛出荷時の運搬代行のヘルパー出役依頼は、JA内に設置されている事務局を通じて行われるが、それ以外にも、JAの職員が指導巡回中に生産者から依頼されることもある。JAの職員が、出荷が近付いた子牛を見かけると生産者に声をかけ、その際に依頼をされるとのことだ。市場出荷の出役調整は主に各支部主体で行われるが、家畜市場での引き回しは、支部に関係なく益田市のヘルパーが中心に行う。以前は、家畜商組合が引き回しの役を担っていたが、高齢化のため引き回しを引き受けることができなくなった。ヘルパーは、自身が家畜の出荷をしていなくとも市場開催日には市場に足を運び、子牛の引き回しを行う。
なお、削蹄は、削蹄師の資格を持つ生産者4〜5人がヘルパーに登録しており、チームを組んで組合管内(益田、匹見、美都、津和野、日原)の200頭をカバーしている(料金は統一されている)。削蹄時の牛の保定は、縛るのではなく足を抱えるため、技術と体力が必要とされ1日当たり15頭が限界とされている。こうした削蹄作業の円滑化などにより、以前、管内でも長短の差があった分娩間隔が、おおむね短く統一されたとのことで、ヘルパー活動が生産性の向上に大いに貢献したと評価されている。 (3)ヘルパーの夫人も市場運営に活躍 また、平成17年5月開催の市場からはヘルパーの夫人も購買伝票の配布を行うなど、円滑な市場運営に一役買っているとのことだ。夫婦で取り組むことにより、ヘルパーの一体感も増していくのではないかと期待されている。さらに、平成15年にJA西いわみ管内の繁殖牛飼育農家の女性37名により設立された「西いわみモーモークラブ」は、ヘルパー活動は行っていないものの、畜産農家の減少・点在化に伴いJA女性部の活動が困難になる地域がある中、情報交換の場として交流を深めている。このように、JA西いわみ管内では、ヘルパー組合の広域化をはじめ、女性部の統一など連帯感が大いに盛り上がっている。 こうしたヘルパーの活躍により、生産者の高齢化が進展する地域にあって、将来を展望する上でヘルパーの存在は非常に心強いものとなっている。一方、「若い担い手が高齢者を支える」構造は、逆に若い生産者のヘルパー制度の積極的な利用を困難とする場合があるため、若い世代が相互に助け合う環境を整備し、ヘルパー一人当たりの負担を軽減するためにも、やはり若い担い手の奮起が望まれている。 この点においてJA西いわみ管内の中心である益田市は、「新規就農者チーム」を設立し、就農相談、研修、経営指導に取り組んでいる。同管内でも、施設園芸には後継者がいる農家が多い。農業生産法人が設立され、規模拡大や施設設備への投資など経営者が将来設計に積極的で、後継者世代にも「親父が頑張っているから、俺も」という意識が広がるとのことだ。益田市の新規就業者チームの平成17年度の実績は、新規就農者が14名と、後継者不足に悩む地方にあって素晴らしい結果となっている。そのうち8名が大規模農家の雇用で、その中には畜産農家への雇用もあった。彼らは将来的には自営を目指すこととなるが、この畜産業への新規就農者には県外出身者も含まれているとのことで、若手人材の確保という点で成功した事例であるといえる。 ヘルパー活動の広域化、女性の積極的な活動、行政による新規就農の支援といった点を線で結ぶ総合的な取り組みが、それぞれの活動に相互によい影響を与えており、その成果は今後次第に現れて来ると期待されている。 5 終わりに わが国の肉用牛産業は、BSEをはじめとした家畜疾病や環境問題などにより高齢化や後継者不足がますます深刻度を増している。 |
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