研究と大学教育
社団法人畜産技術協会参与 松川 正 |
ある研究東北地域で主に飼育されてきた日本短角種は、典型的な夏山冬里方式で子牛生産が行われたのが特徴である。冬期間農家の畜舎で飼われていた雌牛は、春先に放牧される。放牧地は牧柵もない山地、多くは国有地で帝国牧野とも言われた野草地である。一群の雌牛に複数の雄牛が混牧されており、生まれた子牛の父親は放牧監視人の観察記録に基づいて決められる。これでは改良推進上支障があるということで、「1雌牛群1種雄牛」が指導された。では1雄牛当たり何頭までの雌であれば満足のいく受胎率が確保できるのか。この課題に取り組んだのが、当時の岩手県畜産試験場外山分場であった。昭和40年代の末ごろから50年代の始めにかけてのことである。100頭の雌牛群に1頭の種雄牛を70日間だけ一緒に放牧し、受胎率を把握すると共に、この間の種雄牛の性行動を観察し、精液性状を調査することを5年間繰り返した。1発情周期21日間にわたって24時間連続で種雄牛の行動を追跡もしている。その上、調査したのは日本短角種のみではなかった。頭数規模はやや少ないものの、黒毛和種およびヘレホード種でも似たような調査を同時に行っている。日本短角種の受胎率は5年平均で90%であった。この試験と前後して外山分場では冬の早い東北で放牧期間を延長する技術、冬場の飼料を生産調製する技術など、夏山冬里方式の生産性を高めるための試験研究を広範に行っている。 今改めてそのデータを眺めると、当時の担当者の使命感、情熱、流したであろう汗の量といったものが行間から読みとれる。それだけにデータが迫力を持っている。今の目からすれば整理の仕方にいささかのやぼったさも感じる。30年前の研究だが、私の記憶にあるいい研究の一つである。 大学における畜産学教育の変化近年、大学から学科レベルでは畜産の名前がどんどん消えていき、残っているのは帯広畜産大学(畜産科学科)、酪農学園大学(酪農学科)、東京農業大学(畜産学科)くらいなものである。毎年全国で畜産学専攻の学生が1600人くらい卒業するそうだが、畜産に直接関わる分野に就職するのは1割にも満たないとのことであるし、動物生命科学科などと現代風に名称変更すれば受験生も大幅に増えると聞くから、大学経営上は必然の流れなのだろう。私の懸念は、このように現代風に名称変更した学科を卒業した方達の、畜産への帰属意識、愛着はどのようなものかということである。畜産の看板を下ろしてから時日が経つにつれて教員も代替わりして、畜産に対する帰属意識を持たない教員が増えるのは当然であろう。畜産学専攻とは言っても、学内全体に畜産のにおいが薄れれば、畜産に対する認識は宙に浮いたものとなる。細胞やDNAなら扱えるが家畜は扱えないという畜産専攻学生が増えていきはしないだろうか。
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