調査情報部調査情報第一課 高島 宏子
岡田美乃里
調査情報第二課 吉田 由美
札幌事務所 戸田 義久
はじめに土地利用型農業にとって、地力の維持保全・向上は経営維持のための最も大事なポイントである。従前から、農家は、ほ場残さ(ワラ、殻もの、茎葉など)や刈り草、落葉などをいわゆる「積み肥え」として腐熟させたものを施用したり、小規模に飼育していた牛馬、豚、鶏などの家畜ふん尿と、敷料として利用していた「ワラ類」によるたい肥を施用して、それなりに「経営内の有機質循環系」を作り上げていた。 しかし、農業の急速な規模拡大と機械化が進展した昭和30年代後半以降は、家族労働力にも余裕がなくなり、小規模複合養畜部門の衰退により耕種経営においては、無畜化による化学肥料への依存が進む一方、畜産経営においては、多頭飼養時代に突入し、それぞれの「経営内の有機質循環系」が崩れていった。 この結果、ある地域ではたい肥など有機質が極端に欠乏することによって耕作地が年々やせてきたり、また畜産専門経営の多い地域では、家畜ふん尿が自己の耕地への還元の限界を超え、畜産環境問題が発生するなどその弊害も指摘され、この両極端の事態が同時に存在することとなった。 今般、北海道美瑛町における、土壌改良と環境改善を目的とした耕種農家と畜産農家の連携を支援する取り組みを調査する機会を得たのでこの事例を紹介する。
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菅野牧場の外観 |
菅野牧場、搾乳を終えた牛と敷料に利用される麦稈 |
麦の刈り取りは畑作農家が担当し、麦の反転、集草、ロールベーラーによる梱包、運搬は菅野牧場が行うなど、それぞれの役割分担がなされている。
菅野牧場のたい肥は、発酵の速度が遅いおがくずなどほかの副材は使わず、畑作農家から供給を受けている麦稈のみを使用するという約束を、畑作農家と決めている。おがくずの配合されたたい肥は散布後に流出しやすく、耕種農家にとって使いにくいために、あまり好まれない。
菅野牧場と畑作農家3戸は、1年に4トントラック約150台分のたい肥と、麦稈ロール400個程度の交換(たい肥1トンに対し、麦稈1ロールというのはあくまでも目安で、地縁的つながりからどんぶり勘定的なところもある)を行っており、畑作農家は、農協が所有しリースしているダンプでたい肥を運搬し、それぞれのほ場へマニュアスプレッダーを使って散布している。3つの畑作農家は、春、夏、秋とそれぞれ違う時期にたい肥をたい肥盤から運んでいく形になっており、冬の間は、自家たい肥盤にたい積し、菅野牧場により切り返しが行われている。季節ごとに耕種農家が引き取りに来てくれるため、菅野牧場にとってはたい肥のたい積が偏らず、良い供給バランスを保っている。
同牧場と畑作農家3戸の間に、金銭のやり取りはないが、前述の直接運搬で、たい肥の運搬費として農業支援センターからの助成を受けている(表2参照)。
このような、畑作農家との耕畜連携により、菅野牧場では(1)自家ほ場だけでは処理しきれない家畜排せつ物を還元できる、(2)麦稈交換により安定的に敷料を確保できるなどのメリットとを感じているという。
平成16年に建設した搾乳牛舎のバーンクリーナーで集積されるたい肥(屋根付きたい肥舎) |
酪農経営について語る菅野氏 |
図2 菅野牧場の耕畜連携事例
事例(2) アスパラガス生産農家(藤原氏)
美瑛町美作地区の白金アスパラガス生産部会長を務める藤原氏の経営形態は、畑作(バレイショ、豆、てん菜、小麦)主体で総面積25ヘクタールの畑のうち、10分の1の2.1ヘクタールでグリーンアスパラガスを生産している。JAびえい管内のアスパラガス部会員は150名で、収穫は年に1回、5月中旬から6月いっぱいまでで、収量は約330トンである。藤原氏がたい肥の施用を始めたのは換金作物であるアスパラガスを新たに痩せ地であった畑地に導入したことがきっかけである。
たい肥は物理的改良の目的で施用されることが多いが、アスパラガスに対しては肥料としての効果も高いといわれている。なお、アスパラガスは肥料を施用すればするほど収量が増えることから『畑の豚』という異名を持つ作物である。
アスパラガスは多年草で定植から2年間育成し、3〜5年目から収穫が始まる。最も施用量が多いのは定植前で、10アール当たり30トンのたい肥投入がJAのマニュアルにより指導されており、これは畑の表面を6センチメートルもの厚さで覆うほどの量になる。
収穫後の畝間へのたい肥の施用については賛否両論だが、増収につながるという報告もある。
藤原氏のほ場では、マニュアスプレッターで、たい肥のほかに、アミノ酸系化学肥料(100キログラム/10アール)なども散布している。
藤原氏は全ほ場の約3分の1に当たる8ヘクタールで麦を生産しているが、同氏の畑のある美沢地区は美瑛町内のほかの地区に比べて畜産農家が少ないため、麦稈ロールとたい肥の交換という伝統的な物々交換を、15キロ離れた酪農家と行っている。麦稈は同氏が刈り取りをした後、酪農家に運搬してもらい、運搬にかかる経費に対しては、センターから助成を受けており、(表2の直接運搬に該当)麦稈とたい肥の交換は一般的に麦稈1ロールにつきたい肥1トンとなっている。
アスパラガス生産者部会長の藤原氏とほ場(隣接するてん菜とアスパラ畑)
たい肥の施用により土壌が改良されたと実感するのは、18年前のアスパラガスが未だに収穫できることとのことであったが、 たい肥利用は、その運搬費用もさることながら、畑作農家にとってコストや手間がかかる麦稈ロールの集草作業もネックで、ほかの農家や作業の兼ね合いで麦稈を運搬しきれなかったといったケースもあり、すき込むだけで土壌の改良につながる緑肥に魅力を感じているという。実際、耕作条件の不利なほ場から、休閑地のための緑肥播種も始まっている。しかし、緑肥が増えることによるたい肥の利用量減少にどう対応するのかも今後の課題と言えよう。また、未熟なたい肥を散布することによる病害発生の誘発や、バレイショのそうか病など減収の要因につながる場合もある。さらに、運搬や散布に燃料費と人件費がかかることから収益性の高い農産物にしか使えない上、散布時期が雪のない時に限られるために他作業との作業時間の競合もある。
事例(3) 有限会社ファームズ千代田
美瑛町内にある有限会社ファームズ千代田は、6,500頭を飼養する巨大肉牛農場である。91年の牛肉自由化を機に、米国に対抗して「アメリカと同じ規模で牛を飼ってみよう」という意気込みから多頭飼育を始めたという。「おいしい牛肉を作る」「エコロジー」が同農場のテーマであり、肥育牛舎11棟、農地230ヘクタールを保有するほか、牧場直営レストラン、乗馬クラブ、親子で羊、ヤギなどの動物とふれあうことができるふれあい農場、農業体験、といった幅広い事業を展開しており、観光地である美瑛町の集客の一つとなりつつある。
ファームズ千代田では、F1、ホルスタイン去勢牛を肥育しており、餌には近隣の農家からの稲ワラと自家牧草、購入した濃厚飼料を給与している。
牛にとっての快適な農場を目指し、ストレスを与えないよう整備された牛舎で30カ月ほどかけて肥育した後、旭川のホクレンや東京の芝浦市場に出荷している。同農場からは毎月約120頭の肉牛(F1)が出荷されているが、その品質は、肉牛出荷量の約55〜60%が枝肉のB3以上にランクするなど安定している。さらに、今後は出荷量の70%以上をB3以上にすることを目指しているという。また、ファームズ千代田では、ホルスタインの肥育素牛として480頭が出荷されているほか、和牛の繁殖(受精卵移植)にも着手しており現在約200頭の黒毛和種も飼養していた。
ファームズ千代田のたい肥舎
一方、同農場では美瑛の銘柄牛である「美瑛牛」の生産も行っている。美瑛牛は、和牛とホルスタインをかけたF1で、その特徴は、日本酒や料理酒を製造したときに産出される酒かすを、牛の基礎飼料の中に8%程度配合していることにある。これにより、酒かすの中に含まれる酵母が牛の胃の中にある微生物を活発にするとともに、酵母の持つアミノ酸が牛の体内に入り、肉質を良くすると言う。美瑛牛は高値で取引されており、100グラム当たり760円で道内のデパートや東京の一部百貨店などで販売されているとのことである。
また、上述の美瑛牛は、牧場直営のレストラン「ビーフイン千代田」でもメニューの一つとして提供されている。同レストランでは、安全な食品をより多くの人に安心して食べてほしいという思いから、美瑛牛のほかに、自家ほ場で生産した有機野菜と美瑛町産のお米を使っている。レストランで使われる野菜はすべて自社農場で生産されたものに限り、シーズンオフは冷凍していた野菜を使うなどこだわりを持って取り組んでいる。
同農場は大規模な飼育頭数であることから、たい肥生産量は1日当たり200立方メートルとなっている。以前は、たい肥を耕種農家にお願いして使ってもらっていた状況であったが、そのたい肥の影響でそれらの農家で土壌改良が進み、ほ場が安定するようになってからは、喜んで利用してもらえるようになったという。
ファームズ千代田のたい肥性状は、土に近い粒状の完熟たい肥で、耕種農家には非常に使いやすいと言われている。これは、牛のエサの中に、米国から輸入している発酵促進剤(イースチャーE)を混合し、牛が排せつした時から発酵が始まり、微生物の繁殖がしやすい団粒構造を作っているからだという。副資材としては、バーク、おがくずが利用されていた。
ファームズ千代田では、エコたい肥事業部で有機たい肥の販売も行っており、センターで支援する運搬費の助成も受けている。(表2の業者運搬、大規模肉用牛肥育経営を参照)さらに、ファームズ千代田にとって、たい肥の生産は、自家農場で有機野菜を生産する上でも不可欠となっている。今後は、肉牛、野菜に次ぐ、材料の原産地がすべて表示できる加工商品を作っていきたいという抱負を持ち、食品加工場の建設も予定している。
戻したい肥を利用した肥育牛舎
以上、美瑛町における代表的な耕畜連携事例とこれらを支援するための町と農協によるたい肥利用促進についての取り組み紹介した。
これら耕畜連携の取り組みの効果として、畜産農家にとっては、自家処理能力を超えるたい肥の効果的な処理が可能となり、敷き料の安定的な確保につながっていた。一方、耕種農家では、低農薬・化学肥料の認定を取得し、ブランド化につながる高付加価値の農産物生産が可能になり、増収効果も期待できる。
平成19年度から実施される品目横断的経営安定対策の下では、担い手による一層の生産効率が求められている。たい肥と麦稈などの効率的な相互利用による循環型農業の推進は、持続的な農業と農村の発展につながる有効な方策である。このためにも単独農家間による取り組みでなく、財政面や技術面の支援を含む地域レベルでの組織的な取り組みが期待されている。
今後、これらを円滑に推進していくためには、(1)農家の組織化や町、農協などの財政面を含む支援、(2)たい肥の散布、麦稈の集草・運搬作業の協同化、(3)たい肥施肥マニュアルの浸透、(4)たい肥処理施設などの整備などの課題が挙げられる。
美瑛町では、今後の展望として、「土作り認定農産物」ガイドライン作成を目指しており、同町で生産する各作物に対して、たい肥の施用量・方法をマニュアル化し作物のブランド化を推進しようとしている。来年の春には、「土作り認定農産物」としてグリーンアスパラガスとトマトの出荷が予定されており、その後はホームページなどを通して「土作り認定農産物」のPRをしていくことも検討されている。流通段階で、土作り認定農産物とそうでない物を選別するという負担があるものの、ブランド化に成功すれば、より付加価値をつけて農産物の販売を振興することができる。これにより、美瑛町内での堆肥の活用による土作りがさらに活性化され、循環型農業が推進されていくことが望まれている。
最後に、この調査を実施するに当たり美瑛町農業支援センターの北村所長、JAびえい近藤部長、菅野牧場、アスパラ生産者の藤原氏、北瑛バーク堆肥生産組合組合長の
村形氏、(有)ファームズ千代田 高橋代表取締役に多大なご協力をいただいた。
この場をお借りして厚くお礼申し上げる。
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