★ 農林水産省から


リスクコミュニケーションへの取り組みについて

−遺伝子組換え農産物の安全性の確保などに関する意見交換会を例として−

消費・安全局 消費者情報官補佐
中山 直子

1. はじめに

 平成15年7月、食品安全基本法が制定され、リスク分析の考え方に基づいた食品安全行政がスタートしました。リスク分析には、(1)ある物質を摂取することによってどのような健康への悪影響がどのくらいの確率で起こるかを科学的に評価するリスク評価、(2)リスク評価の結果に基づきすべての関係者と協議しながら施策を策定するリスク管理、そして(3)リスクについて、すべての関係者の間で情報や意見を交換するリスクコミュニケーションという3つの構成要素があります。

 農林水産省も組織改正により、リスク管理の業務を生産振興の業務から切り離し、消費・安全局を新設しました。消費・安全局ではリスク管理機関として、食品安全委員会、厚生労働省と連携しながらリスクコミュニケーションに取り組んでまいりました。現在までに、農薬、カドミウム・水銀など環境中の汚染物質、動物用抗菌性物質、BSEなどのテーマについて意見交換会を開催しました。

 今回は、平成17年6月に開催した「遺伝子組換え農作物の安全性の確保などに関する意見交換会」を例に、リスクコミュニケーションへの取り組みについてご紹介します。


2. 意見交換会の目的

 意見交換会はリスクコミュニケーションのひとつの方法です。現在、消費・安全局が行っている意見交換会は、目的によって大きく二つに分けられます。一つは、リスク管理施策の策定や見直しに当たり、消費者、生産者、事業者などの関係者の意見を反映するために行うもの、もう一つは、現在実施している施策について理解を深めていただくことに重点を置いて行うものです。

 遺伝子組換え農作物は、それぞれの品種ごとに関係法令によりわが国で安全性が確認されたもののみ、栽培、使用が可能です。現在、国内で流通しているものは、大豆、トウモロコシ、なたね、綿および生花などですが、いずれも国内の農家では栽培されていません。海外から輸入されるこれらの農作物(生花以外)のほとんどは家畜の飼料として利用されたり、加工後に組み換えられた遺伝子またはこれにより生じたタンパク質が残存しない油やしょうゆなどの食品に加工されています。遺伝子組換え農作物に関しては、特に施策の見直しの時期にあるわけではありませんが、消費者をはじめとする皆様の関心も高いため、遺伝子組換え農作物の開発や利用の状況、安全性の確保のための制度について理解を深めていただくとともに、そのあり方について、消費者など関係者の方々とともに考えていくことを目的として開催しました。

 併せて、今回は米国からの飼料用トウモロコシ中に未承認遺伝子組換えトウモロコBt10が混入するという問題が発生していたことから、その対応状況についても報告し、意見交換を行いました。


3. 意見交換会の開催

 意見交換会はそのテーマによっては、他の府省との連携が必要であり、複数の府省が主催として行う場合が多くあります。
遺伝子組換え農作物の安全性については、食品としての安全性、飼料としての安全性、野生動植物への影響など環境への安全性があるため、食品としての安全性の評価を行う食品安全委員会をはじめ、関連するリスク管理機関として厚生労働省、環境省および農林水産省の4府省の主催としました。

 消費者をはじめとする関係者の出席についても、公平で透明性のある方法で決定するように心がけており、通常は募集によりお集まりいただいています。今回も、応募の条件などは特に設けず募集した結果、消費者、食品関連事業者、遺伝子組換え技術の関連事業者、研究機関の方々を中心に187名の方にご出席いただきました。


4. 意見交換会の進行

 意見交換会では、十分に意見交換をしていただくことが重要なのはいうまでもありませんが、そのためには、テーマについて出席者が情報を共有することが必要です。そのため、意見交換会では、初めに情報提供として、行政の担当者や専門家から、そのテーマについての説明を行い、その後ご出席の皆様との質疑応答・意見交換を行っています。

(1)説明

 今回は遺伝子組換えに関する初めての意見交換会であったことから、遺伝子組換え農作物の開発、遺伝子組換え農作物の安全性の評価・管理についての幅広く基本的な内容と、ちょうど問題となっていた未承認遺伝子組換え飼料Bt10トウモロコシへの対応について説明を行いました。

 意見交換会における説明は、その後の意見交換が有意義なものとなるかどうかを左右する重要なポイントですから、わかりやすい資料や平易なことばでの説明に努めています。実際に使用した資料の一部をご紹介します。

「遺伝子組換え農作物の開発について」

 遺伝子組換え技術についての一般的な疑問、例えば「害虫が食べて死ぬものを人が食べて大丈夫?」ということについてその仕組みの説明や、どんな目的で遺伝子組換え農作物の開発がなされているかという点について具体的な例をあげ、図や写真を活用しました。(図1、2)

図1 害虫が食べても死ぬものを人が食べて大丈夫?


図2 遺伝子組換え農作物の開発例

「遺伝子組換え農作物の安全性の評価・管理について」

 リスクについて考えるときには、現状の評価や管理を知っていただくことも必要です。評価や管理がどのように行われているかは、実際に関与していない方には馴染みのないものですから、できるだけ平易なことばと簡潔な表現で説明できるよう努めました。(図3)

図3 遺伝子組換え農作物の安全性の評価・管理について

「未承認遺伝子組換え飼料Bt10トウモロコシについて」

 Bt10の問題については、日本における飼料安全法、食品衛生法上の取扱いやリスク評価、リスク管理のあり方について説明しましたが、その背景としてわが国でのトウモロコシの利用状況、食品として輸入されたトウモロコシにおける遺伝子組換え品の割合などについても説明することにより、問題に具体的なイメージを持っていただけるようにしました。(図4)

図4 トウモロコシの利用状況(16年度)

(2)意見交換

 後半の意見交換では質問も含め、出席者から自発的に発言をいただくことにしています。リスクコミュニケーションでは、行政とのやり取りだけでなく、異なる立場の方の意見を直接聞いていただくことによって、そのリスクについていろいろな考え方があることを知っていただくことができます。

 今回の意見の中では、遺伝子組換え農作物の安全性についての疑問や懸念が消費者の方から多く出されました。また、開発に関しては、消費者の方からは、「従来の方法でできる育種をなぜ、組換え技術で行うのか。」など必要性への疑問が出る一方、研究者からは、「一部の自治体では、遺伝子組換え農作物の栽培について規制に傾いているが、今後の遺伝子組換え農作物開発の大きな障害となる。行政としてEUのように、遺伝子組換え農作物との共存問題について対応すべき。」との要望もありました。

 また、このような立場・意見の異なる方々の間の相互理解を深めたり、研究の進め方を考える上ではリスクコミュニケーションが必要とのご意見もいただきました。リスクコミュニケーションでは、例えば「安全」や「心配」を主張するだけでなく、なぜ「安全」なのか、なぜ「心配」なのかというそれぞれの理由に耳を傾けて意見交換をしていくことが重要です。


5.アンケート結果と今後の課題

 意見交換会の出席者には、今後の意見交換会の運営などの参考とさせていただくため、終了後にアンケートを実施しています。アンケートでは、説明内容への理解、使用した説明資料のわかりやすさ、説明者の説明内容のわかりやすさ、意見交換会を開催したことへの評価などを伺い、今後の運営の参考にしています。

 今回の意見交換会については、「説明内容について理解できましたか」との問に「理解できた」「やや理解できた」と回答した方が80%強、資料や説明者の説明内容のわかりやすさについては「わかりやすかった」「おおむねわかりやすかった」と回答した方が85%強であり、わかりやすい情報を提供し、テーマに対する理解を深めていただくための資料作成などには一定の評価をいただきました。

 また、意見交換会を開催したことについて、「評価する」「おおむね評価する」と回答した方が85%であり、開催したこと自体についても一定の評価をいただきました。一方、今回の意見交換会は、遺伝子組換え農作物の開発や利用の状況、安全性の確保のための制度について理解を深めていただくことを目的としたため、取り上げた内容も遺伝子組換え全般にわたりましたが、アンケートには、総論的すぎるとのご意見もいただいたところです。意見交換会では、開催の目的を明確にし、それに合った方法で会を運営することが大切です。遺伝子組換えの中でも意見交換をしたいテーマを絞り込んだ、議論を深めるような形式での開催などに必要に応じて取り組み、その目的が的確に伝わる広報の仕方も検討して参りたいと思います。


6. おわりに

 今回は遺伝子組換え農産物の安全性の確保などに関する意見交換会を例として、リスクコミュニケーションへの取り組みをご紹介しましたが、冒頭にも申し上げたとおり、平成15年7月以来、様々なテーマで、意見交換会を開催してきたところです。

 しかしながら、リスクコミュニケーションについては、わが国での取り組みが浅いこともあり、意見交換会をはじめとするリスクコミュニケーションの方法や、そこで出されたご意見の取り扱いなどに関して今後も検討を重ねる必要があると考えています。

 また、消費者をはじめとする関係者の方々に、こうした取り組みのあることを、まず、知っていただき、参加していただくことがリスクコミュニケーションには不可欠です。このような場をお借りして、皆様にリスクコミュニケーションの取り組みを少しでもご理解いただければ幸いです。

 最後になりますが、農林水産省では、今までに開催した意見交換会の資料や議事録をホームページに掲載しております。どうぞご覧ください。

 農林水産省ホームページ「食品に関するリスクコミュニケーション(意見交換会)」http://www.maff.go.jp/syoku_anzen/index6.htm


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