◎今月の話題


消費者が支持する畜産物の生産

北里大学獣医畜産学部教授
附属フィールドサイエンスセンター長 萬田 富治

ハレの日は霜降り肉

 平成15年にカナダ・米国でBSEの発生が確認され、わが国ではこれらの国からの牛肉などの輸入を停止した。昨年暮れからは条件付きで牛肉の輸入が再開されたが、この間、新聞やテレビはこの影響の象徴として牛丼チェーン店に行列をなす消費者の様子を報道した。客の多くは多忙を極めるサラリーマンや若者たちである。一方、昨年の暮れから新年にかけてのテレビ番組は、老舗温泉旅館や高級レストランで高級和牛肉に舌鼓をうつタレントの映像が目についた。ついぞ安い輸入牛肉が登場することはなかった。牛丼や焼き肉の外食産業は輸入牛肉、ハレの日は高級和牛肉といった図式がすっかり定着した。輸入牛肉は手軽で安さが売り物のファーストフード、高級和牛肉は限られた消費者のスローフード、それもブランド牛、さしづめ地産地消の代表格といえる。牛肉輸入自由化以降、国産和牛は生き残りをかけて高品質牛肉生産を目指し、優秀な種雄牛が続々と市場に登場し、その代表格として世界に例のない霜降り肉を提供できるようになった。しばらくは霜降り肉が輸入肉に取って代わられることはないであろう。現在、和牛バブルとも称される中で、子牛の市場価格は高値で推移しており、牛肉輸入の再開にもかかわらず、和牛経営は一息ついている。この勢いは続きそうである。しかし、全国どこでも「霜降り肉」という一極集中(一品目生産)に危うさを持つ消費者や関係者もいる。

肉用牛は増頭の見通し

 平成17年3月に策定された新しい食料・農業・農村基本計画には生産努力目標として肉用牛の飼養頭数を平成15年度の279万頭から27年度には348万頭に増頭することが示されており、今後とも肉用牛増頭に対する期待は大きい。肉牛経営にとっては明るい見通しであるが、一方、飼料自給率を平成27年度までに35%(平成16年度(概数)25.1%)に、粗飼料自給率を100%(同74.5%)に引き上げるという目標が設定された。このため、放牧の推進、飼料用イネや国産稲わらの飼料利用の拡大、コントラクターの普及定着などを柱とする飼料増産運動が推進されている。また、平成17年6月には望ましい食生活の実現に向けた食育の推進のため、食育基本法が成立した。基本計画にも地域の農業者と消費者を結びつける地産地消を地域の主体的な取り組みとして推進することが盛り込まれている。肉用牛経営でも食育への貢献を考慮する必要があろう。食の安全・安心の確保はもはや当たり前のことであり、これを逸脱した関係者は即刻、市場から退場という、厳しい経営環境になった。牛肉トレーサビリティの完全施行に伴い肥育牛の不健康な飼養管理技術があれば、いずれ話題にのぼるだろう。

粗飼料自給率100%の達成は和牛繁殖経営から

 これからの畜産に求められるのは生産物の品質や価格だけには限らない。その生産過程は農業の多面的機能を発揮し、家畜にとっても快適な飼養環境を提供することが望まれる。最近、各地で取り組まれている耕作放棄地の放牧利用は、土地保全・景観創出などの多面的機能の発揮や動物福祉をはじめ、粗飼料自給率100%の達成など、明るい動きとして注目される。今後は放牧など、粗飼料主体で育成された肥育素牛について、健康な飼養管理のため肥育前期の粗飼料主体飼養方式など、さらに普及強化が期待される。

北里大学八雲牧場の自給飼料100%による牛肉生産の実践

 消費者のもっぱらの関心事は食の安全・安心であり、これに昨今の健康ブームが拍車をかけている。ハレの日を飾る高級和牛肉に加えて、飼料自給型の安全・安心な牛肉生産と新規の流通ルートの構築の必要性を強く感じている。このような趣旨から、北海道の道南に位置する北里大学八雲牧場は94年から輸入穀物を全廃し、牧場産自給飼料100%(夏放牧・冬貯蔵飼料)のみで、牛肉生産に取り組んでいる。その目標とする理念は「自然・食・人の健康を保全する循環型地域社会の構築」である。ここでは和牛の純粋種にこだわらず、道南の山岳丘陵地の厳しい風土でも健康に発育する交雑種を見つけ、安全・安心な牛肉生産に取り組んでいる。当然、牛肉は赤肉主体となり、枝肉は低く格付けされる。通常の流通ルートではとても経営は維持できない。当初、首都圏の消費者組織への提供から始まった流通ルートも、最近ではこのような牛肉を求める消費者が年々、増えており、現在では大学病院の患者食、地元レストランや温泉旅館での提供、学校給食の食材としての利用など、多方面にわたっている。このような実践例はまだ少数派であるが、新しい形の国産牛肉として消費者への発信力は非常に大きいと考えている。いずれ、耕作放棄地の利用をはじめ、消費者の支持・支援のもとに利用の活性化が期待されている奥山の改良草地や公共牧場などでの国産牛肉の生産振興も視野に入ってくるに違いない。


まんだ とみはる

プロフィール

昭和47年 東北大学大学院博士課程修了、農林水産省草地試験場に入省後、北海道農業試験場家畜導入研究室長、総合研究第3チーム長、草地試験場企画連絡室研究交流科長、中国農業試験場畜産部長、畜産試験場企画調整部長を経て平成13年 独立行政法人畜産草地研究所副所長(草地研究センター長)、平成14年 北里大学獣医畜産学部教授、附属フィールドサイエンスセンター長


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