◎調査・報告


栄養・健康

日本人の牛乳消費は飽和したか
〜平成17年度畜産物需給関係学術研究情報収集推進事業〜

農林水産政策研究所 主任研究員 木下 順子
農協共済総合研究所 主任研究員 渡辺 靖仁
九州大学農学研究院 教   授 鈴木 宣弘     


1.課題

 日本人1人当たりの飲用牛乳消費量は、戦後の所得向上と食生活の変化に伴い順調に増加してきたが、1990年に約40キログラム/年(普通牛乳および加工乳)に達したのをピークに、翌年より初めて継続的な減少局面へと転換した。乳製品の消費はその後も堅調を維持する傍ら、飲用消費は現在に至るまで漸減基調のまま、ここ数年の消費量は80年代初頭とほぼ同じ約35キログラム/年で推移している。この長期にわたる飲用消費の低迷は、今後いつまで続くのだろうか。

 国内の酪農関係者の間では、90年時点で飲用消費が飽和に達したことが現今の消費低迷の要因であり、今後の回復は非常に難しいのではないかとの悲観的な見通しが一般的になりつつある。従来は、わが国の「飲用仕向率」が約60%と高いことから、飲用向け、加工向けともに今後も増加を見込めるだろうとの見方もあった。すなわち、主要欧米諸国における成熟した酪農品市場では飲用から乳製品へと消費の比重がシフトし、飲用仕向率が50〜40%に低下しているのに比べて、わが国のそれはまだ高いというのである。しかし、この議論はそもそもミスリーディングであった。多くの欧米諸国では乳製品輸入量が国内総消費量の数パーセントでしかないため、国産生乳に占める「飲用仕向率」と牛乳・乳製品の国内総消費量(生乳相当量)に占める「飲用比率」はほぼ同義だが、わが国では乳製品輸入が非常に多いため、「飲用仕向率」は60%でも、輸入分を含めた国内総消費量に占める「飲用比率」は40%となる。これはすでに米国、フランス、ドイツなどのそれに匹敵する低い水準であり、わが国の酪農品市場が十分に成熟段階にある可能性を示唆している。

 しかし、年間35キログラムという現在のわが国の1人当たり消費量は、まだ米国の4割にも満たないし、ほかの西欧諸国と比較してもかなり少ない。にもかかわらず、わが国の飲用消費は本当に飽和したのだろうか。このことについてデータに基づき検証・解明する研究はまだ行われたことがない。

 そこで本研究では、全国牛乳普及協会(2004年4月より日本酪農乳業協会に改称)の消費者アンケート調査結果を用いて、消費者のいかなる属性や考慮要因によって飲用牛乳と乳製品の消費が規定されているのかをモデル分析により明らかにし、わが国の飲用消費が飽和した可能性や今後の消費の見通し、有効な消費拡大策などについて検討を行った。

1:日本人の年間1人当たりの飲用牛乳消費量は、飲用牛乳(成分無調整牛乳、成分調整牛乳、加工乳を含む)の国内総消費量(農林水産省「牛乳乳製品統計」)を総人口(総務省「日本統計年鑑」)で割って算出した。


2.分析方法

 全国牛乳普及協会による『2002年牛乳・乳製品の消費動向に関する調査』は、住民基本台帳から無作為抽出された13歳以上の男女個人6,000人を対象とし、飲用牛乳および乳製品の消費の実態や意識についてアンケート調査を行ったものである。その有効回収数4,277名(71.3%)のうち、ここでは特に勤労世代に焦点を絞り、20〜64歳の回答者3,069名を分析対象とした。分析対象者の男女比は46対54、年齢構成については20歳代の割合が若干低い以外はおおむね均一であった。品目については飲用牛乳、ドリンクヨーグルト、ヨーグルト、チーズの4品目を対象とした。ただし、飲用牛乳とは、普通牛乳に加えて、外見上は普通牛乳と区別できない加工乳、機能強化牛乳等を含む白もの牛乳類である。ドリンクヨーグルト、ヨーグルト、チーズについては色や添加物の有無を問わない。

 分析モデルはトービット・モデルと呼ばれ、アンケート調査結果などのカテゴリーデータや定性データの解析に近年広く利用されているモデル型である。本分析では個別消費者の意思決定を2段階に分けて、第1段階で「消費するか否か」、第2段階で「どれだけ消費するか」が決められるモデルを用いて、各段階別に消費者の意思決定を規定する影響要因を分析した。

 表1および表2は、各品目の消費状況に関するアンケート調査結果を分析対象者3,069名について集計したものである。飲用牛乳は、4品目中で日常的に消費している人が最も多く、消費量については1日に「約200ml」と回答した人が45.9%で最も多かった。飲用牛乳に次いで日常性が高い品目はヨーグルトであり、毎日消費している人は13.9%、週1日以上消費している人を合計すると55.5%に上った。一方、チーズを週1日以上消費している人を合計すると約34%、ドリンクヨーグルトの場合はわずか約15%と、ドリンクヨーグルトが最も消費頻度が低かった。なお、モデル推計に用いた消費量データは、飲用牛乳については表1に示した9つのカテゴリー(アンケート調査における選択肢)である。ほかの3品目については消費量ではなく、表2に示した7つの消費頻度カテゴリーを用いた。

 また、説明変数は、動向調査の設問より24項目(「飲み物を選ぶことはあなたにとって重要か」、「牛乳にはカルシウムやタンパク質など体に必要な栄養素がバランスよく含まれていると思う」、「牛乳に含まれる乳糖は腸内細菌のバランスを改善し有害物質の発生を防ぐと思う」、「自分の健康維持や体力作りのため、普段主に健康や栄養バランスを考えた食事をしている」など。)を用いた。

表1 飲用牛乳消費量(1日当たり)

表2 乳製品の消費頻度


3.分析結果

 モデル分析の結果から、各々の品目を消費すること(第1段階)およびより多く消費すること(第2段階)の意思決定には、それぞれ消費者の以下のような属性や考慮要因が影響していることが示された。

1)飲用牛乳を飲む要因

(1)飲み物を選ぶことは生活の重要な要素だと考えている
(2)牛乳は栄養バランスが良いと思っている
(3)寝る前に牛乳を飲むことは安眠のため効果的だと思っている
(4)普段から健康や栄養バランスを考えた食事をしている
(5)国内でBSEが発見された際も牛乳・乳製品の消費を控えなかった、あるいは一時的に控えたが元に戻った
(6)女性
(7)若年層

2)飲用牛乳をより多く飲む要因

(1)飲み物を選ぶことは生活の重要な要素だと考えている
(2)寝る前に牛乳を飲むことは安眠のため効果的だと思っている

3)ドリンクヨーグルトを飲む要因

(1)寝る前に牛乳を飲むことは安眠のため効果的だと思っている
(2)牛乳は腸内環境改善のため効果的だと思っている
(3)普段から健康や栄養バランスを考えた食事をしている
(4)女性
(5)若年層
(6)管理職または専門・技術職

4)ドリンクヨーグルトをより多く飲む要因

(1)国内でBSEが発見された際、牛乳・乳製品の消費を一時的に控えたが元に戻った

5)ヨーグルトを食べる要因

(1)牛乳は栄養バランスが良いと思っている
(2)寝る前に牛乳を飲むことは安眠のため効果的だと思っている
(3)牛乳をスポーツ後に飲むと体力づくりに効果があると思っている
(4)普段から健康や栄養バランスを考えた食事をしている
(5)国内でBSEが発見された際、牛乳・乳製品の消費を一時的に控えたが元に戻った
(6)女性
(7)若年層

6)ヨーグルトをより多く食べる要因

(1)飲み物を選ぶことは生活の重要な要素だと考えている
(2)牛乳のカルシウムは魚や野菜のカルシウムよりも体に吸収されやすいと思っている
(3)普段から健康や栄養バランスを考えた食事をしている
(4)国内でBSEが発見された際、牛乳・乳製品の消費を一時的に控えたが元に戻った
(5)女性
(6)管理職または専門・技術職
(7)小学生の同居家族がいる

7)チーズを食べる要因

(1)飲み物を選ぶことは生活の重要な要素だと考えている
(2)寝る前に牛乳を飲むことは安眠のため効果的だと思っている
(3)牛乳は腸内環境改善のため効果的だと思っている
(4)牛乳のカルシウムは魚や野菜のカルシウムよりも体に吸収されやすいと思っている
(5)普段から健康や栄養バランスを考えた食事をしている
(6)国内でBSEが発見された際、牛乳・乳製品の消費を一時的に控えたが元に戻った
(7)女性
(8)若年層
(9)乳児・幼児・小学生の同居家族がいる
(10)管理職または専門・技術職

8)チーズをより多く食べる要因

(1)飲み物を選ぶことは生活の重要な要素だと考えている
(2)牛乳は栄養バランスが良いと思っている
(3)牛乳は腸内環境改善のため効果的だと思っている
(4)牛乳のカルシウムは魚や野菜のカルシウムよりも体に吸収されやすいと思っている
(5)普段から健康や栄養バランスを考えた食事をしている
(6)女性
(7)乳児・幼児の同居家族がいる


4.おわりに

 以上を総括すると、「消費量」(消費頻度)の意志決定に影響する要因(説明変数)の数は、ヨーグルトでは9個、チーズでは7個であったが、飲用牛乳ではわずか2個(ドリンクヨーグルトではわずか1個)であった。消費者の健康への関心や、牛乳の機能や効用に対する評価の高さは、飲用牛乳(およびドリンクヨーグルト)消費の意思決定要因としてよりも、ヨーグルトおよびチーズ消費の意思決定要因としての影響度が比較的高くなっている。このことは、健康に関心があり、牛乳の機能や効用を高く評価する人たちが、飲用牛乳から乳製品へと消費の比重をシフトさせつつあることを示唆しており、飲用消費がすでに飽和傾向にあることを傍証する結果と考えられる。

 さらにこの結果は、牛乳の機能や効用に関する知識の普及活動が、飲用牛乳の消費拡大策としてよりも、むしろ、ヨーグルトやチーズなどの乳製品への消費形態のシフトを一層促進させる方に大きな効果を持つ可能性を示唆している。言い換えれば、ドリンクヨーグルト、ヨーグルトおよびチーズなどの乳製品は、全く消費していない人がまだ多数存在しているため、よりダイレクトな消費拡大策を強化していくことの有効性が高いと考えられる。生乳供給サイドとしては、これらの乳製品向けに国産生乳をいかに多く投入していけるかが重要課題となるだろう。


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