◎今月の話題


乳用種牛肉の需要拡大に向けた
生産者の取り組むべき方向

日本獣医生命科学大学
教授 木村 信熙

国産牛肉生産量の四分の一を 占める乳用肥育雄牛

 現在わが国では国産牛肉が年間約35万トン生産されている。そのうち乳用種雄牛を肥育して生産された牛肉が8万トン強であり、これはわが国の国産牛肉生産量の四分の一を占めている。国産の乳用種牛肉は和牛肉などほかの国産牛肉に比べて脂肪分が少なく、それだけ比較的淡白な風味のために、価格も手ごろであることも相まって、日常的な家庭料理に定着しつつあり、また年配の人々や食事のカロリーを気にする人々にも受け入れられやすい健康イメージの牛肉である。このように国産牛肉生産において乳用種牛肉は重要な位置を占めている。

乳用種牛肉の生産技術の変遷

 乳用種の肥育は昭和35年頃より、牛乳生産の副資源活用の見地から、国産大衆牛肉の生産としてスタートしたが、現在は上記のように国産牛肉生産の重要な役割を担っている。この間、試行錯誤的に取り入れられた飼育技術も著しく向上し、屋外飼育から舎内飼育に移行することにより飼育環境が格段に向上し、またあらゆる面でわが国の多頭数における肉牛飼養管理技術の先べんを着けてきた。

 この乳用種の肥育技術について往時は優れた技術指導書があり、また多くの分野の技術指導や協力があり、これらがわが国の牛肉市場で一定の評価と認知の得られる乳用種牛肉の発展に貢献してきた。その後、牛肉の輸入自由化前後より、新しい技術開発と普及の関心が主に高級牛肉としての和牛肉生産技術へと移り、さらには乳用牛へ黒毛和種を交配した交雑牛の肉質向上と発育の安定化技術などが注目されてきた。その間、酪農本来の目的である高泌乳量を目指した乳牛の改良と海外からの高能力乳牛の導入が進み、乳用種の肥育農家は泌乳能力とは相反する肉質の改善に新たな技術課題として取り組んでいる。乳牛の大型化により、乳用種の肥育牛も従来とは異なった発育曲線を示し、飼料給与量や肉質、出荷適期などに新たな技術指標を必要としている。

乳用種牛肉の生産において重要な飼養管理技術とは

 乳牛の生産地帯と肉牛肥育地帯では子牛の市場取引形態が異なり、上場されるヌレ子のサイズや日齢が異なっている。さらにこの数年間の乳用牛への黒毛和種の交配率が、北海道で15%程度であるのに対し、関東、北陸、近畿、九州では40%を超す状況であることから、乳用種肥育を本業としている肉牛生産者は北海道には多いが、上記の地域では比較的少なく、交雑種の肥育を並行し、あるいは時に両者を混合飼育しているなど、肉牛の構成も地域によって異なっている。また給与粗飼料の違いや、組織、メーカーによる配合飼料の内容の違いによる飼養体系の違いも大きく存在している。

 今後の牛肉消費の動向を踏まえると、このように飼養体系の多様性がある中では、乳用種の肥育においてはまず「健康な乳用種肉用牛を飼育する」ことが大切で、そのための衛生管理に関する普遍的技術が重要であるといえる。さらに「安定したより上質な牛肉を生産する」ための普遍的な技術として、育成期もしくは肥育前期の十分な粗飼料の給与による、第一胃を中心とした消化器官の十分な発達を図ることが、多様性のある飼養体系の中でも共通の重要技術であると考えられる。

 国産牛肉市場開拓緊急対策事業の一環として刊行された「乳用種肉用牛の飼養管理技術」は、以上の技術的視点にたって作成されたマニュアルである。写真や図を多く採用し、特に写真については生産技術検討部会のメンバーが自ら現地で撮影したものを多く採用して、わかりやすく具体的な解説となるように努めている。

乳用種雄牛の肉質向上生産のために

 今後は乳用種肉牛の生産現場で、このマニュアルなど基づいた技術の普及と啓もうが望まれるが、技術は現場で採用されて初めて意味を持つものであること、技術はそれぞれの事情に応じて適用する努力が必要であることを念頭に、生産現場を中心としたファームミーティング方式による普及と意見交換、技術交流が必要であろう。さらに優良事例、不適当事例の調査・分析とこれらを基にした普及が必要である。特に近年の乳用種の肉質の向上を目指す技術に関しては、残念ながら公的機関による試験研究事例や実証事例がほとんど見当たらず、なおも試行錯誤が続くものと思われるため、乳用種の飼養体系と肉色や締まりについても、技術的なきちんとした検討をすることも必要である。

 また生産現場では、日々の飼養管理の中で本マニュアルなどに示された重点技術の実施による改善の実現を図り、地域を越えた情報の交換が重要であろう。さらに自らが生産した乳用種牛肉の販売価格のみでなく、その肉質情報も入手し、飼養管理に反映させていくことが大切である。牛肉生産者は、自らが生産した牛肉の店頭での販売状況を時には視察し、自らが買って食べてみる、ということも必要である。おいしかったか、値段に納得できたか、繰り返して買いたいか、など消費者として客観的に自分の肉を評価してみることも重要で、生産情報とともに、消費者情報を入手することも生産者が消費者の気持ちに近づく方法の一つでもある。


きむら のぶひろ

プロフィール

1970年京都大学農学部卒業。同年日清製粉飼料部門勤務。77年 カナダ国立レスブリッジ研究所留学。84年 京都大学農学博士号受位。02年 日清飼料株式会社早期退社。同年 木村畜産技術士事務所開設。同年 日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)動物科学科動物栄養学教授。05年 国産牛肉市場開拓緊急対策事業生産技術検討部会(座長)。06年 肉用牛研究会会長。主な著書(共著)肉牛マニュアル(チクサン出版社1991年)、動物の飼料(文永堂出版2004年)、日本の畜産(幸書房2005年)


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