◎調査・報告


栄養・健康

元気で長生きのための肉食のすすめ
―肉・肉加工品の加齢変化および
 おたっしゃ料理教室による介入研究―

國學院大學栃木短期大学
助教授 湯川 晴美  


1 目 的

 高齢社会を迎え、要介護高齢者の割合は急速に増加し、これを支える社会的負担の増大と健康寿命の伸び悩みが懸念されている。加齢に伴い歯の喪失や歯周病などによる咀嚼の低下、生活活動能力の低下、慢性疾患の悪化などで容易に低栄養を引き起こし、やがて寝たきりや要介護へと移行していくことが予想される。低栄養は在宅高齢者の約7〜15%にみられ、骨折や転倒、失禁、痴呆などといった老年症候群の1つに挙げられ、早期の低栄養予防をいかに立てるかが緊急の課題である。本研究は在宅高齢者の健康寿命の延伸、生活の質「QOL」の向上を図ることを目的に、現在おおむね健康で自立した生活を送っている都市部在宅高齢者を対象に、栄養調査に記載された食肉および食肉製品の食材・調理法・料理から、高齢者の食肉におけるニーズを調べると同時に、低栄養ハイリスクグループ(血清アルブミン値3.8グラム/デシリットル以下、一人暮し、咀嚼低下、後期高齢者)に食事作りを実践させ、その評価を試みる。食事作りの目標は歳をとっても肉の摂取量は減らさないこと、高齢者のニーズに対応した食肉を使った「おいしく簡単な」料理の開発を行い、おいしく食べて共食の楽しさを味わうことである。これらの結果を踏まえ、低栄養ハイリスクグループに対する効果的対処プログラムの開発を行い、自治体や保健所などで運用可能性、実用性、普及性を確認する。


2 「地域在宅高齢者における肉料理摂取状況ー 8 年間にわたる加齢変化ー」

2.1 調査対象者と方法

 この研究は東京都老人総合研究所プロジェクト研究「中年からの老化予防・総合的長期追跡研究;TMIG-LISA」1)の一環として行った。対象者は1991年6月1日現在で小金井市在住の65歳以上84歳以下の者から10分の1無作為抽出後、訪問聞き取り調査に応じた814名の中から、栄養調査の実行可能性を考慮し、年齢が79歳以下に絞って対象者を選んだ。その中から、総合的医学調査を受診し、かつ3日間の食物記録法による栄養調査に応諾した161名(男性72名、女性89名)が対象者として登録され、第1回目(ベースライン)の栄養調査を同年の7月から8月にかけて行った。対象者は当該研究との信頼関係の下でボランティアとして快諾し、本人自身が読み書きが出来、しかも本人をはじめ配偶者、家族に料理名、食品名、量など気を配りながら3日間連続記録の出来る人々であった。

 8年後の栄養調査は1999年7月から9月にかけて行い、その間の生命予後調査で死亡者25名(男性18名;25%、女性7名;8%)が確認され、入院・病気中22名、調査拒否、転出者など16名を除く計98名に実施した。死亡や入院・病気療養中を除いた追跡率は86%であった。

 栄養調査は国民栄養調査で行っていた3日間の食物記録法に準じた3日間の留め置きによる食物記録法を用いた。2回とも同じ時期に同一の方法で調査を行い、同一の食品成分表・栄養価計算のためのプログラム;EIPACを用いた。各料理についてはEIPACコード表からコード化し、主菜料理(たんぱく質6グラム以上を含む)を抽出して解析を行った。

2.2 結果と考察

 8年間におよぶ追跡調査から、果実類、油脂類(女性)は有意な低下がみられ、ほかに、米、淡色野菜、乳・乳製品、卵、魚においても大方、低下傾向であった。しかし、男性の豆類、緑黄色野菜、肉類はわずかな増加傾向であった2)。そこで、たんぱく質の摂取源として割合の多い肉類に注目し、その摂取状況と生命予後との関連を検討した2)。日本人の栄養所要量第5次改定により、所要量に対応した食品群別摂取量(食品構成)の高齢者2(目標栄養量、肉40グラム)を本対象に当てはめ、摂取目標量40グラムを満たしている群(充足群)とそうでない群(不足群)で、比較を行った。6年目以降においては不足群で生存率の低下傾向がみられ、8年間の追跡では充足群の生存率は86.2%、不足群は82.4%で、充足群でわずかに高い割合であった(図1)。「元気で長生きのための肉食のすすめ」とは、年をとっても摂取目標量を維持し続けること、高齢期において肉類の摂取を忌み嫌うことなく摂取し続けることが示唆された。

図1 肉の摂取量別の生存率

 次に、肉料理に着目し、高齢者の摂取状況と加齢変化を調べた。3日間の食事の中、主菜料理すべてについて出現頻度の多い順にならべた(表1)。1991年、1999年ともに納豆、卵料理、焼き魚はよく食べられており、肉料理の出現頻度は上位10位以内にはみられなかった。1991年に肉料理が出現するのは13位でハム・ソーセージ、次いで18位にすき焼き、20位にとんかつであった。同一者の8年後は13位にハム・ソーセージが出現し、23位に焼き餃子、24位にとんかつであった。肉料理を主菜とする割合は1991年17.3%、1999年は14.3%であった。

表1 主菜の出現頻度

 3日間の主菜料理品目は1991年は119品(肉料理は35品)、1999年は95品(肉料理は30品)であった。

 次に肉料理を主体とした主菜をすべて選び、それらの調理方法を調理形態ごとにまとめ、調理時間の短いものから、「漬ける」「そのまま」「焼く」「ゆでる・蒸す」「和える」「酢の物」「炒める」「揚げる」「煮る」に分類し、その出現回数を図2に表した。1991年の肉料理の出現回数は「焼く」が最も多く32.1%、次いで「煮る」24.1%、「揚げる」16%、「そのまま」15.4%の順であった。8年後は調理時間の短い「焼く」40.4%、「そのまま」19.2%の料理が増える傾向にあり、料理の出現頻度でみたように「ハム・ソーセージ」などはそのままで、あるいは簡単な調理で食べられるものであり、加齢とともに調理操作の簡単なものが好まれることが示された。

図2 肉料理における調理方法別にみた出現割合


3  「低栄養予防プログラム;おたっしゃ料理教室」

3.1 対象の選定

 2002年10月に板橋区内で行われた「お達者健診」受診者を対象とした。受診者計939名のうち、血清アルブミン値が3.8グラム/デシリットル以下の低栄養傾向者124名を抽出した(7.1%)。その中、料理教室をすでに受講した9名を除く115名に「おたっしゃ料理教室」の開催趣旨を記載したはがきを投かんして募集した。参加希望者は35名、非参加者は80名であり、参加希望者に対して教室内容に関する説明会を実施し、同意の得られた32名を対象とした。

3.2 研究方法

 対象者を無作為に二群に分け、クロスオーバー法を用いた料理教室による介入を行った。介入期間は、春期群15名において2004年4月から7月までの3カ月間、秋期群17名において2004年8月から11月までの3カ月間であった。第一回調査は春期群介入前の2004年3月、第二回調査は春期群介入後の2004年7月、第三回調査は秋期群介入後の2004年11月に実施した。なお、今回の解析は第1回目と第2回目の介入前後の比較とし、同時点で秋期群は対照群として取り扱った。

3.3 調査測定項目

 各調査において、血液検査および調査票による回答を行った。血液検査測定値は血清アルブミン、血清総コレステロール、中性脂肪およびHDLコレステロールを調べた。栄養素など摂取状況は3日間の留め置きによる食事記録法で栄養調査を行い、「エクセル栄養君Ver3.0」を用いて栄養素摂取量を算出した。

3.4 おたっしゃ料理教室による介入

 介入期間は3カ月間で、講話および実習形式とし、毎月曜計12回実施した。料理教室は対象者が要望する調理法および料理(一汁三菜または一汁二菜とデザート)を含め、「元気で長生き」のための食生活指針3)に沿った調理実習を作成した。12回の実習の中、肉料理は6回;カレーライス(班ごとに豚肉・鶏肉・牛肉を指示し、味の比較をする)、麻婆豆腐(豚ひき肉)、焼売(豚ひき肉)、プルコギ(牛モモ肉)、豚肉のピカタ(豚モモ肉)、肉じゃが(豚肩ロース)であった。魚は5回、卵1回、ホームパーティ料理1回、指導1回とした。

 教室の意義は大きく分けて三つあり、教室参加による活動推進、栄養教育および調理実習である。プログラムは食材料購入に始まり、下準備、講話、料理師範、実習、供食および反省会、後片付けという流れで毎週3時間行われた。健康状態に対応した食生活情報は、講話の形で前半15分を用いて情報提供を行った。

 後半6週間においては、問題となる習慣改善の動機を強化するため、調理実習に加えて食品摂取の多様性を促すことを目的に自宅で食品チェック表の記録を行った。毎週食品チェック表の回収を行い、摂取改善に対する自己効力感が低下している場合には、同じ参加者から話を聞くことや、自己効力感を高めるための励まし・支援を行った。

3.5 介入評価

 春期群と対照群の血液検査測定値、栄養素摂取量の介入前後で比較をした。介入前後の変化は対応のあるt-検定(Paired t-test)を用い、両群間の有意性は、性と年齢を共変量とする共分散分析(Analysis of covariance)により検定した。今回は、春期介入における第一回調査および第二回調査の結果について報告する。

3.6 研究結果および考察

(1)介入評価

 血液検査測定値は、男性において対照群に血清アルブミン値で低下傾向が見られ、介入群間で男女ともに有意な差が見られた(表2)。介入前後の栄養素摂取量は、男性において有意な変化が見られなかったが、女性において対照群にビタミンCおよび食塩で有意な差が見られた。これらのことから、春期群において介入プログラムの実施により栄養素摂取量が維持され、低栄養の原因となる血清アルブミン値の低下を抑制していたのに対し、対照群において有意ではないが、たんぱく質摂取量をはじめとする栄養素摂取量の減少が見られ、それに伴う血清アルブミン値の低下が見られた。

表2 介入前後における血液検査測定値の変化


4 要 約

 在宅高齢者における主菜の食材の出現回数は魚が最も多く、豆、卵、そして肉の順であった。肉料理は上位13位に「ハム・ソーセージ:調理法はそのまま」、次いで、「すき焼き」、「とんかつ」であった。8年後は肉料理の出現回数がさらに少なくなり、13位に「ハム・ソーセージ」が出現し、肉料理の出現は全体で少なくなる傾向であった。

 3カ月間にわたる食事づくりの介入を通じ、低栄養傾向者において栄養素摂取量の維持による血清アルブミンの低下を抑止する効果が見られた。ただし、プログラムにおける介入数が少なく、今後事例を増やすとともに、計画する際には対象者の健康状態や生活状況にあった内容を提供することが必要と考える。

文献

1)東京都老人総合研究所:小金井市総合健康調査、長期プロジェクト「中年からの老化予防・総合的長期追跡研究」報告書(1991)

2)平成13年度食肉に関する助成研究調査成果報告書、伊藤記念財団、20、pp248-254(2002)

3)東京都老人総合研究所:長期プロジェクト「中年からの老化予防総合的長期追跡研究」サクセスフルエイジングをめざして(2000)


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