◎ 専門調査レポート


農家経営

地域の重要な産業としての阿波尾鶏

岡山大学大学院環境学研究科
教授  横溝 功

1.徳島県の食鶏

 平成11年5月号の『畜産の情報』では、駒井亨名誉教授(京都産業大)によって、徳島県の食鶏の歴史が詳細にまとめられている。これによって、現在の徳島県のブロイラー産業の特徴が良く理解できる。すなわち、第1の特徴は、昭和30年代まで、徳島県が、大阪への食鶏供給地として、廃鶏を生体のまま海上輸送していた。その歴史が、現在も引き継がれ、全国出荷羽数の4%台を維持している。しかし、小規模生産者が多いのである。

 第2の特徴は、産官一体となった取り組みを挙げることができる。徳島県畜産試験場が、地鶏の優良種(軍鶏)を改良固定し、その雄をブロイラー専用種のメス系統(白色プリマスロック、以下WRと略す)に交雑し、交雑種(F1)を飼育するというシステムが出来上がる。この交雑種が「阿波尾鶏」である。交雑種は、85日齢(3.3キログラム)で出荷(一般ブロイラー 54日齢(2.9キログラム))され、鶏舎の回転は年3.5回転(一般ブロイラー 年4.5回転)になる。そして、平成2年から阿波尾鶏が本格的に生産・販売されるようになる。

 本稿では、阿波尾鶏をマーケティングで支える丸本グループ、コマーシャルの阿波尾鶏を供給する養鶏農家の現状と課題について明らかにする。


2.丸本グループの展開

1)グループ全体

 阿波尾鶏は、徳島県産のJAS地鶏である。そのJAS地鶏生産システムの中で下流域で支えているのが、丸本グループと貞光食糧工業(有)である。本稿では、丸本グループの展開について整序する。

 本誌(平成14年11月号)で、駒井名誉教授は丸本グループを事例として、経営史を詳細にまとめられている。それを参考に、丸本グループの資料を基にまとめたものが、表1および表2である。

 表2より、オンダン農業協同組合(以下、オンダン農協と略す)と(株)イーストブラッスルは、加工食品製造では、重複した事業を行っているが、これはリスク分散のためである。なお、現在は、(株)丸本と(株)イーストブラッスルは統合し、(株)丸本になっている。

 平成7年度に(株)丸本として売上高100億円を達成し、平成16年度には、丸本グループ全体で234億6,500万円になっている。

 平成17年12月時点でのグループ全体での職員数は、パートも含めて685人であるが、日和佐町から室戸市までに在住する通勤の職員数が511人にも上り、地域に重要な就業の場を提供しているといえる。就業機会の少ない当該地域において500人以上の労働提供は、地域の活性化に大きく貢献していることになる。

表1 丸本グループの社史

表2 丸本グループ企業の事業内容

2)オンダン農協の組合員組織

 表2のようにオンダン農協の主要な事業は、食肉および加工食品製造であるが、養鶏農家からの仕入れも行っている。養鶏農家は、平成17年12月時点で正組合員が15戸、准組合員が9戸の合計24戸であるが、准組合員にはインテグレーターでもあるK社を含んでいる。K社を除く23戸の事業主の年齢構成は、下記の通りである。すなわち、20代が2戸、30代が1戸、40代が3戸、50代が3戸、60代以上14戸である。確かに、高齢農家の割合が高いが、若い世代も育っている。


阿波尾鶏を飼養する養鶏農家の鶏舎


 この背景には、阿波尾鶏の飼養マニュアルが確立されていることと、阿波尾鶏を飼養することによる安定した収益性がある。後者の場合には、オンダン農協が養鶏農家から安定した取引価格で阿波尾鶏を仕入れていることが挙げられる。この取引価格は、飼料の価格も参考に年に1回見直されている。それは、阿波尾鶏が養鶏農家からオンダン農協に出荷された段階で、支払代金から素ひな代、飼料費、診療衛生費が控除され、養鶏農家にその差額が支払われる(以下では、この差額のことを粗利益と呼ぶ)。すなわち、素ひな代、飼料費、診療衛生費などに要する運転資本は、オンダン農協の方で立て替える形態になっているのである。ちなみに、粗利益は平成16年度平均で190円/羽になるとのことであった。養鶏農家は、その粗利益を動力光熱費、一般管理費や労働費に充当することになる。例えば、常時1万羽を飼養している養鶏農家の場合、粗利益は下式の通りである。

 1万羽×3.5回転×190円=665万円

3)平成16年度の物流 −投入−

 
丸本グループでの鶏肉にかかわる生産は下記の表3の通りである。

表3 鶏肉にかかわる生産

 阿波尾鶏約146万羽をオンダン農協の組合員が生産し、オンダン農協が仕入れているのである。ちなみに、徳島県全体での阿波尾鶏の生産羽数は平成16年度では203万羽であるので、丸本グループで約72%も占めていることになる。それ故、貞光食糧工業が28%の阿波尾鶏を仕入れていることになる。

 銘柄ブロイラーは、彩どり、阿波の元気どりなどであるが、表3より分かるように阿波尾鶏よりも仕入れ羽数は多い。

 また、廃鶏については、オンダン農協が四国全県・中国地方の採卵鶏経営から集荷している。表3より約162万羽を集荷し、自己の工場で処理している。

 さらに、一般ブロイラーも正肉で仕入れている。これについては、宮崎、鹿児島県からフルセットで仕入れているのである。


阿波尾鶏を飼養する農家の鶏舎事務所

4)平成16年度の物流 −産出−

 鶏肉は、周知の通り、正肉ではモモ肉が販売しやすいが、ムネ肉が販売し難い。それ故、ムネ肉を主として加工品として販売しているのである。阿波尾鶏の約50%は、I社を通じて、外食産業のJ社やG生協に販売している。また、30%は地元の卸、スーパー、居酒屋へ販売している。

 そして、加工品の大半は、外食産業のP社へ販売している。

 鶏ガラは、青森県のスープの会社へ販売している。こちらは、運賃、コスト(冷凍・箱代・人件費)を考慮すると利益は出ていないが、資源の有効利用に貢献しているといえる。

 さて、阿波尾鶏は、他の鶏肉と比較して小売価格は高いが、需要は伸びている。それは、トレーサビリティができて、消費者に安全という付加価値を提供し、安心して消費してもらえるからである。

 また、新しい動きとして、大阪の生協が鶏種「はりま」を指定し、13,000羽/月のフルセットでの購入をオンダン農協と契約している。そこで、オンダン農協では、組合員の中でも小規模の6戸の養鶏農家に依頼して、阿波尾鶏から「はりま」へ鶏種の変更を予定している。オンダン農協では、これによる阿波尾鶏の減少分を補うために、平成18年5月の完成を目指し直営農場を建設予定している。なお、直営農場は、オンダン農協の職員1.5人で管理しているが、管理の中心は55歳のブロイラー経験者である。

 以上のように、多様な消費者の需要に応えるような生産から販売までの一貫体制を構築していることが、丸本グループの強みといえる。

5)産業廃棄物の処理

 オンダン農協では、平成16年7月14日に、特別管理産業廃棄物管理責任者の資格を取得(徳島県第9号)している。ただし、再生利用委託という形態の資格で、県に登録した養鶏農家からのみ鶏ふんを受け入れることができるのである。

 養鶏農家から集ふんおよび処理費用を徴収し鶏ふん処理を行っている。なお、組合員および准組合員、集ふんのための距離に応じて、徴収金額を若干変えている。

 養鶏農家のほとんどが、鶏ふんの処理をオンダン農協に委託しており、コスト面・労力面で大きな支援になっている。前述の安定した取引価格と鶏ふん処理の外部委託が、養鶏農家の経営持続に大きく貢献しているのである。

 トラックの集ふんには、オンダン農協の正社員3名が当たっている。また、たい肥製造には、正社員2.5名が当たっている。

 年間の鶏ふんの受け入れ量は3,176トン(45%水分)であるが、加工場の汚泥3,900トンもたい肥化処理を行っており、3,000トンのたい肥を製造している。製品たい肥は、JAを通じて販売している。販売の形態は、袋(15キログラム)とトランスバック(700キログラム)である。また、マニュアスプレッダーをオンダン農協が所有し、耕種農家に貸与している。このように、鶏ふんの有効利用に丸本グループが積極的に取り組んでいることが分かる。

 平成16年度は、台風の被害で、吉野川流域の農地が土壌浸食などで傷んだため、そちらへ1,000トンのたい肥を贈与している。たい肥の需給では、需要を供給が上回り、製品たい肥のストックヤードの建設を計画している。製品たい肥の販売が、丸本グループの今後の大きな課題である。


3.持続的な養鶏農家

 ここでは、30歳代の若き後継者のいる養鶏農家と50歳代の中堅の養鶏農家を対象に、経営史、現状と課題を整理する。

1)若い後継者(N農場)

 N農場では、昭和58年に、父が養鶏経営を開始している。以前は、施設野菜(イチゴ)を営んでいたが、労働が厳しく、養鶏経営に転換したのである。新農業構造改善事業に採択され、2分の1の補助で、補助残は近代化資金を借り入れている。ただし、採択要件として3戸以上の農家の協業で、敷地がつながっている必要があった。

 昭和59年1月19日に素ひなが入り、3戸の養鶏経営でスタートした。N農場はブロイラー18,000羽の常時飼養羽数規模で、残り2戸の養鶏農家が各々10,000羽ずつの常時飼養羽数規模であった。しかし、平成8年にブロイラーにIBD(ガンボロ病)が発生し、それを契機に、2戸が廃業している。残ったN農場が2戸の鶏舎を引き継いだのである。なお、鶏舎の敷地のうち自己所有地が1,300平方メートル、借入地が1,650平方メートルである。

 そして、N農場では、平成10年からオンダン農協の勧め、労働の軽減も考慮して、阿波尾鶏に取り組んでいる。同年に後継者が就農している。

 労働力は、本人である後継者(32歳)が、年間350日養鶏部門で働いている。父(70歳)は、農業委員である。また、地域の集落営農の法人化(農事組合法人)に尽力し、その代表理事も務めている。超多忙ではあるが、年間240〜250日養鶏部門で働いている。母(64歳)も年間240〜250日養鶏部門で働いている。

 N農場の平成16年6月から平成17年5月までのN農場の技術指標は、表4の通りである。阿波尾鶏は、父親が軍鶏であるので、喧噪性があり事故が多いが、高い育成率を誇っている。

 前述のように、粗利益は平成16年度平均で190円/羽であったが、N農場の場合、210円/羽であった。N農場の出荷羽数は、下記の通りである。

 常時飼養羽数×出荷回転率×育成率 =65,696羽

 それ故、粗利益は、約1,380万円になる。そして、粗利益の計算に当たっては、素ひな代、飼料費、診療衛生費が控除されているので、表5のような費用を支払った残りが、農業所得になる。

 従って、農業所得は約525万円になるが、修繕費の約400万円は鶏舎更新のための資本的支出であり、費用に含めなければ、農業所得は900万円近い金額になる。ちなみに、N農場の鶏舎の耐用年数は過ぎており、減価償却費はゼロである。

 初期の借入金も完済しており、その後の運転資本も順調に回転している。営農資金調達で悩む必要もない。なお、鶏舎更新の400万円は民間のローンを利用している。

 生産技術情報に関しては、普及センター、家畜保健衛生所、オンダン農協から得ている。また、今後の課題は、老朽化した鶏舎であり、資本蓄積をした上で、1人で管理できるような鶏舎の新築を目標としている。

表4 養鶏農家の技術指標(16年6月から17年5月まで)

2)中堅の養鶏経営(U農場)

 U農場では、養鶏経営を開始する前は、竹の子・ハウスすだちを営んでいた。しかし、竹の子が中国産のものに押されて、昭和59年に、JAの推進でブロイラー経営をスタートさせた。U農場の場合も、N農場と同様、3戸でスタートした。県単事業で3分の1の補助を受け、補助残は総合施設資金(2,500万円、償還期間は9年)を借りている。敷地は借入地であるが、翌年の昭和60年に買い取っている。しかし、1戸が廃業し、2戸になっている。また、平成元年には、さらに1戸が廃業し、U農場の1戸だけになっている。そして、平成12年に、オンダン農協の勧めと、労働の軽減を考慮して、阿波尾鶏に取り組んでいる。

表5 養鶏経営の粗利益から産出される主な費用

 現在の営農類型は、養鶏部門とハウスすだちと自家用の稲作であり、所得は、養鶏部門とハウスすだち部門で7:3の割合になっている。労働力は、本人(57歳)が年間360日、妻(53歳)も360日、農業で働いている。

 なお、ハウスすだちは、JA阿南の共同選果場へ出荷している。収穫時期が労働のピークで、4月上旬〜7月までである。収穫時期にはパートを1人雇用している。年間で30日人役の雇用で、8,000円/日を支払っている。


 U農場の平成16年6月から平成17年5月までの技術指標は、表4の通りである。U農場も高い育成率を誇っている。

 U農場の場合、粗利益は210円/羽であった。U農場の出荷羽数は、下記の通りである。

 常時飼養羽数×出荷回転率×育成率 =69,801羽

 それ故、粗利益は、約1,460万円になる。そして、粗利益の計算に当たっては、素ひな代、飼料費、診療衛生費が控除されているので、表5のような費用を支払った残りが、農業所得になる。

 以上のように、養鶏部門からだけでもかなり高い所得を獲得でき、家畜排せつ物の憂いもなく、持続的な経営を展開していることが窺える。


4.有機的な阿波尾鶏の生産・流通システム

 (社)徳島県畜産協会はJAS地鶏の登録認定機関であるが、平成13年3月27日に食鳥処理場であるオンダン農協と貞光食糧工業をJAS地鶏生産行程管理者として認定している。

 さて、阿波尾鶏の生産・流通システムを支えているのは、行政・団体では、徳島県畜産課、徳島県養鶏協会、徳島県立農林水産総合技術支援センター畜産研究所、徳島県阿波尾鶏ブランド確立対策協議会、民間では、ふ化場、原種鶏農家、種鶏農家、阿波尾鶏を飼養する養鶏農家、食鳥処理場と非常に多岐にわたっている。


 阿波尾鶏の計画生産が可能になっているのは、徳島県の行政・団体・民間が一枚岩になって、原々種鶏の維持改良(軍鶏)→原種鶏用種卵供給(軍鶏)→種鶏用種卵供給(軍鶏)→種鶏用ひな供給(軍鶏)→阿波尾鶏用種卵供給(F1:軍鶏♂×WR♀)→ 阿波尾鶏ひな供給(F1)→阿波尾鶏出荷(F1)→阿波尾鶏(F1)の正肉・加工品販売の複雑な生産・流通システムが完備しているからである。


阿波尾鶏(左:雄、右:雌)

 本稿では、以上の関係機関・農家の中から2戸の阿波尾鶏養鳥農家と食鳥処理場(丸本グループ)を対象に、その展開過程を整序した。なお、民間のふ化場は2カ所指定されているが、1カ所のふ化場の経営者からヒアリング調査することができた。そして、当該経営者は阿波尾鶏の生産・流通システムを高く評価していた。また、その理由に徳島県阿波尾鶏ブランド確立対策協議会で、充分に意思の疎通が図れていることを挙げていた。徳島県阿波尾鶏ブランド確立対策協議会のメンバーは、県、全農徳島、食鳥処理場、ふ化場であり、行政・団体・民間による有効なトップ会談を実現しているといえる。産官学の連携とともに、徳島県食鶏の歴史の重みを感じさせるものであった。

 本稿では、JAS地鶏についての詳細な議論は省略するが、これによって生産から販売までのトレーサビリティが可能になっているのである。そのことが、消費者の需要の伸びにつながり、生産・流通システムに付加価値が生じているのである。また、このことを通じて地域の重要な産業になっているといえる。

 筆者が特に大きな印象を受けたのは、阿波尾鶏の養鶏農家が、安定した取引価格で阿波尾鶏を販売でき、年間3.5回転とブロイラーと比較してゆとりのある素ひなの導入で、高い収益性を確保できていることと、鶏ふんの処理をオンダン農協に完全に外部委託出来ていたことである。わが国のブロイラー経営にとって、経営効率改善のための規模拡大に伴う多羽化、それに伴う運転資本管理や家畜排せつ物処理の問題が大きくなっていることに鑑みると、高品質化や安心といった消費者の需要に応えることにより規模拡大だけが経営効率改善の手法ではないことを示す、素晴らしいパフォーマンスといえる。阿波尾鶏プロジェクトの全貌にまでは迫ることが出来なかったが、今回の調査を通じて、多くの感動と勇気を与えられた次第であった。

【文献】
1. 駒井 亨「阿波尾鶏で活性化する徳島県の食鶏産業」『畜産の情報』第115号,pp.4-10,1999年5月.
2. 駒井 亨「国産鶏肉加工品で伸びる産地企業」『畜産の情報』第157号,pp.4-8,2002年11月.
3. (社)中央畜産会『JAS地鶏生産のためのKnow-How』,2003年3月.

【謝辞】
 本稿をまとめるに当たって、(社)徳島県畜産協会 永井利明様、オンダン農業協同組合代表理事組合長 藤木 優様、オンダン農業協同組合肥育管理部 東浦健太郎様、また、阿波尾鶏生産農家、ふ化業者様には、多大のご指導を賜りました。深甚なる謝意を表します。 


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