◎今月の話題


肉用牛日本短角種の現状と課題

東北大学
名誉教授 水間 豊

本種のルーツは南部牛、1957年和牛品種に登録

 民謡「南部牛追い唄」の南部牛が、本種のルーツだが、南部牛の飼養方式の特徴は夏山冬里飼養で、夏には共同して山の自然草地に、雌雄混牧のまき牛で放牧して野草を利用させ、冬は里で各農家が、準備した野乾草や穀物稈などを煮て、し好性を高めて食い込ませ、粗剛な粗飼料で牛の栄養を充たし、子牛生産を可能にしたことにある。

 明治以降、南部牛は輸入ショートホーン種との交配により改良が進められるのだが、南部牛と同様の夏山冬里生産方式に適応できる後代が選抜されることになる。この短角系種が、黒毛・褐毛・無角和種の登録より、13年遅れの1957年に、黒毛和種より体が大きく、毛色が褐毛和種より濃い茶褐色の日本短角種として、和牛品種に登録されたのである。

当初の頭数増と近年の衰退の深刻な危機

 南部牛以来の伝統により、本種は放牧適性と粗飼料の利用性に優れ、泌乳量が多いため、別飼いなしで、山での子育てが可能である。発育がよく、まき牛繁殖の高生産率ということもあり、飼料費と労働費が低く、低コスト生産を可能にした。その結果、1960年には本種雌牛数は、全国のそれの0.9%であったのが、1976年には3.9%にまで割合を増加し、注目された。

 輸入飼料の肉用牛への給与など考えられなかった当時、北東北の青森、岩手、秋田の3県当局と国が、草地の開発と利用を推進したからである。本種は北東北の中山間地域の重要な基幹作目となった。

 しかし、1970年頃より、枝肉市場が脂肪交雑基準による肉質重視にシフトするにつれ、本種はサシが入らず低位等級の赤身肉と位置づけられ、子牛、肥育牛価格ともに低落し、生産農家の経営展開が困難になって行く。それに追打ちをかけたのが、1991年からの牛肉の輸入自由化であった。

 2004年の本種雌牛の飼養農家戸数と頭数を、1989年のそれとの対比でみると、戸数は4,787戸から814戸へと5分の1以下に、頭数も4分の1以下の21,658頭から5,512頭(岩手県3,433頭、青森県794頭、秋田県256頭、北海道980頭)になった。全国の雌牛に占める本種のシェアも3.0%から0.8%にまで低下した。繁殖牛は岩手県、青森県、秋田県と北海道のみで飼われるにすぎない品種になったが、地域を守ってきた存在だっただけに、その振興と増頭が喫緊の課題なのである。

日本短角種振興の課題

 本種の未来を拓くためには、わが国の肉用牛の生産構造、牛肉の消費構造の変化を見据えつつ、日本の肉用牛生産に求められている国土の飼料資源の有効利用と飼料自給率の向上、農山村の振興、環境負荷低減、生産費低減、資源循環型生産など、そのあるべき姿から吟味しなければならない。

 日本短角種研究会(1974年行政、試験研究機関、生産者の有志で結成、事務局は東北農業研究センター畜産草地部、2005年の会員数は19都道府県の174名)は、2004年から会員が分担して、上述の視角から本種の生産、流通、消費、研究状況の全般について検証を進め、「日本短角種の明るい未来を目指して」を発行した。それを要約し、本種振興の課題を考えてみたい。

(1)少頭数品種だが、日本にとり貴重な本種の生産方式と放牧風景ならびに健康によい肉質を、広く国民に知っていただき、ご支援をいただくこと。

 (1)伝統の地域草資源の放牧利用とまき牛による夏山冬里飼養は、飼料の自給率を高め、地球環境負荷が最も少なく、家畜福祉、生産の健全性に優れ、かつ低コスト生産である。また、地域の景観と環境を守り、土地資源を活用し、地域経済を支えてきた。

 (2)本種はと畜時の内臓廃棄率が低いこと、脂肪分の少ない赤身肉で、たんぱく質含有量が高いため、呈味性アミノ酸が多く含まれ、味わいがあること。濃厚飼料多給でなくとも、放牧や地域自給飼料を組み入れた肥育が可能なこと。放牧中や粗飼料多給仕上げの牛肉は、筋肉中の機能性成分カルニチン(脂肪燃焼促進)と共役リノール酸(抗ガン作用を持つ)が多く、脂肪酸のn-6/n-3比も改善され、脂質栄養学上ヒトの健康によいことが近年明らかになってきた。本種の牛肉はサシは少ないが、注目すべき特性を持っているのである。


岩手県早坂高原の放牧、 近藤恒夫氏撮影

(2)地域ブランド(銘柄)化の推進

 産地は地産地消などを進めているが、トレーサビリティと認証システムを活用した銘柄化が課題。岩手県旧山形村の放牧と国産飼料穀物100%使用短角牛、岩泉町の2シーズン放牧やデントコーンサイレージ多給短角牛作り、岩泉町や山形村のスローフードの取り組み、青森県七戸畜協の青い森の元気牛(化学肥料と農薬を使用していない粗飼料と放牧のみで生産)の生産販売実証プロジェクトの試みなどがそれである。

 ただし、いずれの場合も、生産者は消費者、流通担当者の要求にしっかり応えられるように、協定して品質の揃った牛肉作りに、真摯に立ち向かわねばならない。
国民の理解と支援の下に、風土が育てた貴重な本種の、課題の解決を推進し、生産農家の経営展開が担保されるようにしなければならない。生産者と地域が主体性と誇りを持って、これまで以上の努力を尽くされるよう要請したい。


みずま ゆたか

プロフィール

1950年東北大学農学部卒業。74年同学部教授(家畜育種学講座)。90年東北大学名誉教授、北里大学獣医畜産学部客員教授(97年まで)。93年(社)日本畜産学会名誉会員。79〜87年農水省畜産振興審議会委員、87〜99年同審議会特別委員。85〜94年日本学術会議会員、88〜91年同会議農業・農村問題特別委員会委員長。主な著書(編著)に畜産の近未来(川島書店1991年)、文明の選択−日本の農業・農村をどうするのか−(農林統計協会1996年)


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