調査情報部調査情報第一課 高島 宏子
調査情報第二課 村野 恵子
はじめに平成17年3月に新たに閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」の中の1つの柱としてバイオマス資源の利活用が掲げられている。 現在日本のバイオマス賦存量として最も多いのが家畜から排せつされるふん尿で、生産量は年間9千万トン、たい肥などへの利用促進が資源のリサイクルや農山村の活性化を促すメリットとしてうたわれているところである。 一方で、平成16年11月に「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」が完全施行されたことにより、畜産農家のたい肥の管理、処理に厳格な対処が必要となってきている。このような状況で家畜のふん尿を「どのように処理していくか」が畜産農家の大きな課題となっており、その意味で「耕畜連携」は、畜産経営にとってますます大きな存在となってきている。 最近の農業者のたい肥利用についての考え方について調査した結果を紹介すると、 16年に農林水産省大臣官房情報課が行った情報交流ネットワーク「家畜排せつ物たい肥の利用に関する意識・意向調査」(17.1.19公表)の中では、農業者モニターの9割が家畜排せつ物たい肥の利用を望んでおり、その理由として約半数が「たい肥によって循環型農業が可能になる」「作物の品質向上が期待できる」などを挙げている。 しかしながら、利用しにくい理由として「散布に労力がかかる」「含有する成分量が明確でない」「雑草種子の混入がある」などの問題を挙げている。(図1) このことから、耕種農家は、たい肥の必要性は感じているものの、その利用に当っては散布作業の軽減や成分分析の体制整備などが必要と感じていることが明らかとなっている。 また、農林水産省統計部が行った「たい肥等特殊肥料の生産出荷状況調査」(17.6.10公表)によると主に有畜農家が生産するたい肥の販売先は、主に個々の耕種農家やJAなどの農業団体となっており、販売地域は同市町村内、同県内の割合が9割に達していた。なお、販売促進の取り組みとしてより高品質で安価なたい肥生産を心掛けていることがうかがえた。(図2) 今回は、有機農業などが注目される以前から、作柄安定を目的として土作りからの野菜栽培を考え、農協を仲立ちとした耕畜連携に取り組む埼玉県榛沢農協の事例について現地調査する機会を得たので紹介する。 図1 家畜排せつ物たい肥の利用に関する意識・意向調査結果抜粋(農業者モニター:17.1.19公表)
家畜排せつたい肥を利用したくない理由(複数回答)
|
たい肥等特殊肥料の販売先割合 |
たい肥等特殊肥料の販売範囲割合 |
販売促進のための取組み(複数回答)
管内で栽培している主な農産物は、ブロッコリー、スイートコーン、ねぎなどであり、中でもブロッコリーの品質の良さで、全国的に名高い産地である。
※1 「菜色美人1型」
特に(2)の土作り対策のメイン資材として化学肥料当地基準比5削減要件を満たすために、管内の全生産者にたい肥投入を義務づけている。 |
榛沢農協は、昭和48年から53年にかけて土地基盤整備を実施し、養蚕から露地野菜栽を中心とした産地への転換を図っている。栽培品目については、当時栄養面などで注目を集め始めていたブロッコリーを、また、首都圏に近いことなどから朝どり集荷が可能なスイートコーンを選択した。
榛沢農協のたい肥投入の土作りは、このブロッコリー栽培がきっかけであった。同農協は、昭和54年からブロッコリー生産に取り組んでいたが、59年の出荷最盛期に大暴落に見舞われ、大方の産地が作付けの縮小、撤退する中、反対に拡大路線を推し進めた。「日本一のブロッコリー産地を」との意気込みで、作付面積の拡大、機械植えへの移行、個々の農家による厳しい選果を行うことで、品種の統一と品質の均一化を図った。この様な中で「地力を高めることが作物の品質向上に直結する」という認識から、農協の指導により、土作りに力を入れ、全生産者にたい肥投入を義務づけた。この取り組みにより土壌が改良され全農埼玉県本部の共販ブランドとなった「菜色美人※1」の土作り対策にも合致して行くこととなった。
当初、たい肥の散布は、農協職員が管内の希望者にショベルローダーで散布していたが、作業効率を上げるためマニュアスプレッダーで散布するようになり、折から、ブロッコリーの栽培面積は、昭和60年が70ヘクタールだったのが、平成2年には120ヘクタールに増えていった。
たい肥の供給は、当時、肉用牛と野菜生産を兼業していた農協職員S氏(現在は、農協を退職し、当たい肥散布の専属オペレーター兼野菜農家)によるものであったが、その後、農協が仲立ちとなる耕畜連携の仕組みが出来ていった。野菜の生産量が増加するに従い、たい肥が不足したため、専属オペレーターとなったS氏が仲間の肉牛肥育農家に声をかけ、10年ほど前から2人で手分けをして、たい肥を散布するようになっていった。
前出のたい肥供給者の1人となったのが、長谷川牧場である。
長谷川牧場は、深谷市の西側(旧岡部町)にあり、現在、本人、父、秋男氏(弟)の3人で開放牛舎5棟を所有し、黒毛和種320頭(交雑種を含む)を肥育する肉用牛農家である。2つのゴルフ場に挟まれるような場所にあり、市街地からは少し距離があることから環境面で恵まれている。
年間250頭をさいたま食肉市場に出荷しており、肥育素牛は、主に北海道十勝から、月に25〜50頭程度導入しているという。肥育期間は平均20カ月で、自給飼料生産は行っていないが、ロールベーラーを所有しており、広域的(岡部、行田)かつ効率的に県産稲ワラを収集し、地元で粗飼料を全て賄っている。埼玉県の銘柄牛の生産者ではないが、17年11月には、さいたま食肉市場の牛枝肉共進会で名誉賞を受賞するなどの実績の持ち主である。
最近、買い付けた肥育もと牛
今回の調査させていただいたたい肥舎は、牛舎のある場所から2キロメートルほど離れた畑作地帯に建設されている。
構造は、鉄骨、スレート葺、床面積990平方メートルで、平成16年6月に竣工した。建設資金は、経営の資金繰りを安定させるために、(財)畜産環境整備機構の補助付きリース事業を利用している。
また、たい肥舎建設に当たっては、大里農林振興センター、熊谷家畜保健衛生所などの行政機関や埼玉県畜産会が各種支援を行っていた。
具体的には、(1)土地への規制に関する手続き、特殊肥料生産者の届出や住民理解を得るための支援、(2)建設単価を抑えるための工法資材の検討、(3)たい肥舎の規模決定をする際に考慮すべき要因(飼養頭数、建設費用)の検討、(4)牛舎やほ場の位置を考慮して設置場所を決定し、作業しやすい構造設計、(5)生産されるたい肥の円滑な流通─などのアドバイスをされたという。
長谷川牧場たい肥舎
長谷川牧場たい肥舎(手前)、奥にあるのは叔父所有のたい
肥舎。たい肥の利用を連携させるため隣接して建設した。
切り返し用フロントローダー
群飼している牛舎では、敷料としてオガコが播かれており、1カ月に1回程度のボロ出しを行い、このたい肥舎に搬入している。たい肥舎を建設する以前は、牛舎脇のたい肥盤にたい積させるだけであったとのことである。新設したたい肥舎は、主に和男氏が管理作業を担当し、月一回程度の切り返しを行っている。特に生菌剤などの添加物は使用していないが完熟たい肥になるまで十分時間をかけることが可能となっている。
またたい肥の生産に当たっては、金属片などの異物が混入しないよう気を付けているとのことであった。
榛沢農協が擁するほ場との位置関係は地図のとおりで、たい肥舎の周囲2キロメートル程度のほ場への施肥となっている。
まず、野菜農家は、各作型※2の作付け前にほ場ごとの土壌分析を毎年実施し、施肥指導会(全農埼玉、大里農林振興センター、肥料メーカーの三者で構成)の個別面談を受ける。個別面談の中で、次期作の作型、品種、ほ場、面積、播種日、定植日などを決めていくが、この時に土壌診断の結果を用いて、地域の施肥基準に則り、施肥内容を話し合って、栽培管理台帳に土作り基準(たい肥の量、土壌改良資材など)、化学肥料の量など投入資材を明確に記入していく。その後、野菜農家は各ほ場のたい肥の投入量と肥料の種類と量を農協に発注し、農協はこれを取りまとめて、専属オペレーターS氏にたい肥施肥作業を依頼する。S氏は、長谷川牧場と作業分担し、作付け前のそれぞれのほ場にマニュアルスプレッターでたい肥を播いていく。(図3)
※2 作型参考例
図3 たい肥施肥の仕組み(榛沢農協の場合)
ここでは、作物や作型の種類によるたい肥成分の違いはなく、土壌診断の結果示された量を、栽培前のほ場に散布していくが、基本的なたい肥の投入量は、10アール当たりマニュアルスプレッター2台分の4〜6トンとしている。
たい肥と施肥作業の代金は、ダンプ1台当たり6,000円と決められており(20台以上の注文は5,500円)、そのうち500円は農協の手数料で、ここ数年変わっていないという。
なお、マニュアスプレッダーやダンプ、ホイルローダーなどはすべて長谷川牧場や専属オペレーターの所有である。
たい肥の料金である6,000円/台(積算内訳は、燃料代、ダンプなどの車両機械の減価償却費(排ガス規制のため寿命が7−8年))は、利益が出るような金額ではないもののふん尿をすべて還元できることは畜産農家にとって大きなメリットである。
たい肥を散布するマニュアスプレッダー
施肥の時期は、1月、2月の春蒔きと 8月の秋蒔きに施肥作業が集中するため、長谷川牧場の持つ労力であれば十分対応が可能であるものの、1年を通じて均等に作業できるのであればより良いというのが畜産農家の意見であった。
長谷川牧場のたい肥運搬車両
榛沢農協担当者に、たい肥の耕作地へ与える効果について聞いたところ、まず、土壌形状が改善され、土が軟らかくなることによって作物の茎や根がしっかりし、倒伏を防ぐことが出来る。排水が良好になるとのことで肥料持ちが良く、作柄が安定するとのことであった。また、野菜自身にもよい影響を与えておりブロッコリーには自然な甘みが出て、スイートコーンは糖度が増したという。さらに、野菜生産者の労力軽減である。マニュアスプレッダーなどでほ場に均一にたい肥が投入されることで、その後のほ場管理がスムーズになっているという。
根が張り、茎がしっかりしたブロッコリー
しかし、一方で、一般的な施肥管理に比べ、リン酸、カリの過多が心配されることから有機質肥料でリンとカリを抑えて投入しているとの声も聞かれた。
畜産農家としては、現在のたい肥の引き渡し価格では利益は上がらないが、ややもすると厄介者であった排せつ物が確実に消化されることによって将来展望が開けて行く。長谷川牧場の場合も畜舎から出る排せつ物の全量が定期的に利用されることで、現在、空いている畜舎を利用して黒毛和種を500頭まで増したいと生産意欲を持っていた。
今回調査をさせていただいた榛沢農協は、よそに先駆けてたい肥投入による土作りに取り組むとともに、計画的な生産・出荷や厳しい品質管理などの取り組みの実施により、市場、量販店などから高い評価を得てきた。
今では、ブロッコリーの産地なら榛沢といわれるほどに名前が浸透し、品質のよいものをつくることで一大産地を作りあげてきたが、それを支えているのが、農協を仲立ちとした全生産者によるたい肥の投入ではなかろうか。土作りを大事にしたことが、作柄の安定につながり、品質の均一なロットの確保が可能になり、収入の安定を可能にしたといえる。後継者もでてきているという。
現在、畜産農家が一人、オペレーターが一人ということもあって、野菜農家と畜産農家が顔をあわせることはほとんどないといことであるが、産地をブランド化しようとし農協と生産者が一つになって進めてきたことが、地域の畜産農家の経営にも寄与し、地域全体の耕畜連携体制を作り上げて来たといえる。
お互いに同じ地域で高品質な農産物を作り上げているのである。たい肥の生産・利用を介して、関係をさらに発展させることができるのであれば、農業の存在をもっと地元にアピールすることができ、末永くこの土地で農業が続けられる地場作りが出来るのではないかと感じた。
なお、この調査をするに当たっては、榛沢農協販売課長の茂木氏に多大なご協力いただいたことを、この場を借りて厚くお礼申し上げる。
元のページに戻る