◎今月の話題



ブランド牛肉の信頼回復への取組

放送大学京都学習センター
所長 宮崎 昭

 現在、農畜産物などには地域特産品としてさまざまなブランド品がある。

 このような地域ブランドを保護し、地域活性化のために商標法が改正され、地域団体商標制度が開始されている。中でも牛肉の出願は多く、ブランド牛肉の確立にも並々ならぬ努力が必要であるが、その信頼性を維持することも最重要課題となっている。

 ある和牛飼育履歴偽装事件からの信頼回復の取り組みを紹介し、その重要性について再認識してみたい。

私が選べば近江牛

 近江牛はもともと近江商人が滋賀県内外で優れた和牛を買い付けて持ち帰り、肉質が向上するように数カ月間以上、丁寧に飼育し出荷したものであった。しかし、トレーサビリティ(TB)法施行が迫ったので、近江肉牛協会は平成14年12月、飼育期間のうち県内飼育が長いものを近江牛とし、他県で長く飼育された和牛は近江牛(○○県産)と表示することにした。ところが(○○県産)と表示されたものの卸値が、県内産と肉質が同程度でも10万円近く安くなった。これは、「和牛の品質は長く飼育すればよいというものではない。選畜眼という職人の技術が一番肝心」を信条としたある家畜商にとっては大いに不満があった。「自分がみて選んだ和牛は他県産でも近江牛だ」との独り善がりがこの事件の背景にある。


県内総点検を実施

 平成17年5月15日に当事者逮捕で明らかになった近江牛の飼育履歴偽装(TB法違反と公電磁的記録不正作出)事件は、滋賀県内での飼養期間を実際より長く見せるため、TB法に基づく県内への転入の異動年月日を偽った牛肉のトップブランドに関する不祥事。しかも設立55周年という近江肉牛協会で長年副会長を務める家畜商によって引き起こされたので、こう間、格好の話題となった。この協会の会長は歴代の滋賀県知事、事務局は県畜産課内ということで、県の対応は早かった。農政水産部は近畿農政局と共同で、TB法に基づく各種届出の報告状況と個体識別耳標の装着状況の点検を5月18日から8日間、土日返上で行った。対象は県下の肉用牛飼育農家128戸、飼育された肉用牛18,872頭であった。その結果、報告の漏れや耳標の未装着などの事例がみつかったが、故意のケースはなく、不適正なものは改善指導が行われた。


信頼回復が急務

 一方、協会による東京への生体出荷はと畜場を管理する東京都から自粛要請され信頼回復が焦眉の急となった。そこで近江牛信頼回復対策チームが県の行政と生産、流通、消費の諸団体および学識経験者計13名と筆者で立ち上げられた。6月6日に第一回検討会議が開かれ、冒頭協会の別の副会長が陳謝されたが、すでに司直の手に委ねられているし、会議では信頼をいかに早く回復させるか知恵を絞ろうということで一致した。同月14日に流通・消費部会、17日に生産部会、そして29日に第二回検討会議が開かれ、次の6項目の提言がまとめられた。


6つの提言を答申

1.県内・県外に発信する近江牛のあり方
  トップブランド近江牛を消費者にわかり易くするため、県内11団体19名より成る専門家会議と消費者へのアンケートにより、近江牛の定義を決める。

2.トレーサビリティ法の順守徹底の点検
  生産者から流通業者および消費者まで、お互いが正しい情報を共有できるシステム確立に努力し、特に農家自らが個体管理の大切さを認識すべきであり、県は国に協力し継続的指導を行う。

3.正確でわかり易い近江牛の情報発信
  県は生産段階における責任ある登録を指導するとともに、協会が独自に設ける近江牛登録制度に対して、二重チェック体制などにより正確な情報の管理を指導し、消費者にわかり易い情報発信について協力する。

4.消費者に理解された観光資源としての近江牛
  県民や湖国を訪れる観光客などに特産品である近江牛の理解を深めてもらうため、生産者と消費者の交流の場つくりに努める。また県は広報企画を通じて、近江牛生産牧場やレストランなどを観光資源として積極的にPRする。

5.近江牛の科学的な研究の推進
  近江牛のおいしさを科学的に解明し、トップブランドの維持、発展に努める。そのため、県内の大学、研究機関が力を合わせて試験研究を続ける。

6.更なる発展に向けた検討の継続
  提言を踏まえ実効ある改善を行うとともに県は今後、生産基盤強化による近江牛の安定供給に努力する。

 7月5日、委員長である筆者が、これら提言の実践は近江牛ブランドの再構築に向けた出発点であり、今後も関係者の連携の下、積極的、継続的な取り組みをされるよう知事に答申した。


活気を取り戻した地元

 こうした対応が理解され、東京への生体出荷は3カ月半後に再開された。県を挙げた素早い対応の成果であった。その後、近江牛の定義として、「豊かな自然環境と水に恵まれた滋賀県内で最も長く飼育された黒毛和種」が決まり、地域団体商標「近江牛」を滋賀県食肉事業協同組合ほか3団体が共同で出願する方針も出され、提言にある色々な項目がその後どのように実践に移されたかの検証を終えた12月22日、再び知事に会った。すると懸案が年内に一段落して気が楽になられたのか、「ピンチをチャンスに変えることができてうれしい。今後は近江牛を、キャビア、フォア・グラ、トリュッフに加えて、世界の四大珍味にしていこう」と笑顔で話された。


みやざき あきら

プロフィール

昭和36年京都大学農学部卒業、40年京都大学助手(農学部)、49年同助教授、平成元年同教授、6年文部省農学視学委員、10年京都大学大学院農学研究科長・農学部長、11年京都大学副学長を経て、13年4月より現職、放送大学京都学習センター所長。


元のページに戻る