ポスト・トレーサビリティの課題
東京大学大学院農学生命科学研究科助教授 中嶋 康博 |
広まるトレーサビリティ「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」が平成16年12月に全面施行されて、スーパーマーケットで売られる牛肉のパッケージや食肉小売店の店頭では、個体識別番号や生産履歴確認番号(ロット番号)などを示すことが日常の風景になった。牛肉が先導したトレーサビリティ制度であるが、今では青果物、牛乳、鶏卵、水産物などでも生産履歴を開示するため適用されるようになった。始めのうちは耳慣れなかったトレーサビリティという用語も、今では市民権を得たと言えるだろう。 これまではともかくトレーサビリティを普及させることが目標であったが、これをどのように利活用していくかが次の課題となっている。その一つは消費情報の充実、もう一つは経営改善への利用である。 消費者への情報提供まず期待されることは、消費者の購買時に有用な情報を提供することである。トレーサビリティは食品表示の可能性を広げてくれる。携帯電話やパソコンのホームページとリンクすれば、表示項目は無限に増やすことができる。一部の量販店や生協ではすでに取り組みが始まっている。牛肉のトレーサビリティ情報の場合、個体識別番号を手掛かりに出生年月日、雌雄の別、母牛の個体識別番号、種別(品種)、飼養場所・と畜場所の履歴が提供されていて、それに加えて生産者の名前や顔写真、BSE検査結果票をホームページで公開する量販店もある。ただし現時点で、これらの情報が消費者の安全・安心感にどれだけ貢献するのかは必ずしも明らかでない。安全は、肉骨粉利用の禁止、特定危険部位の排除など一連のBSE対策によって確保されている。BSE検査票を掲載するのは、事実上全頭検査が実施されているとはいえ、個々にBSE検査済みだと確認できることが消費者の安心感を高めると考えてのことだろう。 一方、青果物では、農薬規制や残留検査が行われているが、安全・安心対策を補完する手段としてトレーサビリティに期待する向きもある。しかし畜産物に比べて市場経由で取引される割合は高く、また途中で分集荷が頻繁に行われて確実な分別流通ができないため、農産物のトレーサビリティは格段に難しい。集出荷場から個別包装されたものや契約取引のものでないと、実効あるトレーサビリティは確立できない。
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