脱脂粉乳を利用した機能性みその品質改善
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1.目的 脱脂粉乳は製菓、製パン、乳飲料および家庭用スキムミルクなど多方面で原料として利用されている。これはたんぱく質、乳糖、カルシウム、リン、ビタミンなどがバランスよく含まれている。特に、乳たんぱく質は人間の成長、健康、美容などに欠かせない必須アミノ酸の全てを含んでいる最も優秀なたんぱく質の一つと言われている。しかし近年、脱脂粉乳の過剰在庫問題が酪農・乳業界の大きな課題となっている。そのため、関係各方面では脱脂粉乳の持つ栄養成分や機能性に着目しつつ、消費の促進や新しい需要の開発などに努力を傾注しているが、まだ、斬新かつ有効なアイディアなどは見いだされていなかった。 2.材料および実験方法(1) 供試材料
表1 脱脂粉乳を用いたみその配合
(3)実験方法 1)基準味噌分析法による一般成分分析 2)カルシウム含量の測定 3)DPPHラジカル消去活性による抗酸化活性の測定 4)アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性の測定 5)動物実験 6)官能評価 *実験方法の詳細については、当機構HP(http://www.alic.go.jp/)をご覧下さい。 3.結果および考察 脱脂粉乳を用いたみそは、対照区(コントロール)に比べ白いが、見た目や成分は、一般的なみそとして受け入れられた(表2)。また、脱脂粉乳を添加したみそは、前回得られた結果と同様に約5〜6倍濃度のカルシウムを豊富に含んでいた(図1)。
表2 発酵に伴う各種味噌の成分変化
図1 2カ月間発酵させたみそのカルシウム含量 DPPHラジカル分光測定法による抗酸化活性を測定した結果、試料の添加量が増すにつれて吸光度の減少がみられたことから、すべてのみそが抗酸化活性を有することが明らかになった(図2)。さらに、みそ1グラム当たりの抗酸化物質であるTrolox相当量に換算したところ、コントロール、T-1、T-2がそれぞれ0.83、0.94、0.96μmol Trolox相当/グラムであった(図3)。このことから、コントロールに比べ、脱脂粉乳を添加したみその方が、抗酸化活性が高いことが明らかになった。
図2 DPPHラジカル分光測定法による、 分析試料の添加に伴う吸光度の変化 図3 DPPHラジカル分光測定法による、 抗酸化活性の比較 ACE阻害活性を測定した結果、T-2の方がT-1に比べ活性が高いことが明らかになった(図4)。
図4 アンギオテンシン1変換酵素(ACE)阻害活性 これらの結果から、T-1に比べ、T-2の方が、発酵により機能性が発現しやすいみそであると考え、T-2を用いて製造したみそを、以後の実験に用いた。 ACE阻害活性を有するみそを動物に投与した場合の効果を探るために、自然発症高血圧ラット(SHR)を用いたみその経口投与受験を実施した。その結果、水の投与に比べ、T-2のみそを投与した場合、収縮期血圧の低下が認められた(図5)。
図5 SHRを用いた水およびみそT-2の 経口投与による収縮期血圧の変化 次に、専門家による官能評価を実施した。その結果、T-1は前回と同様に、みそという先入観念を持って評価すると、通常のみそに比較して少し違和感のあるにおいがあり、味に関しては塩分が強く苦味があると評価された。一方、T-2は、若干すっぱいにおいがするものの、味の問題はほとんどなく、最も良いと評価された(表3)。
表3 専門家による、みそ汁の官能評価結果 さらに、香りを低減させ、みそをより使い勝手がよいものにするために、凍結乾燥を実施した。なお、凍結乾燥した場合でも、図6に示した抗酸化活性や図7に示したACE阻害活性などの機能性を確認できた。
ミルキーみそと凍結乾燥させた粉末ミルキーみそ 図6 DPPHラジカル分光測定法による、 凍結乾燥みその添加に伴う吸光度の変化 図7 凍結乾燥みそのアンギオテンシン1変換酵素(ACE)阻害活性 また、凍結乾燥が可能であることから、インスタントみそ汁の開発を試み、以下の材料で即席みそ汁(豚汁)を作製した(表4)。これらの材料を用いて、凍結乾燥を行った(写真)。これに、160mlの熱湯を注ぎ、3分後に、豚汁が完成した(写真)。脱脂粉乳由来のにおいは、ショウガを入れることで抑えることができ、おいしい豚汁が完成した。専門家による官能評価でも大変好評であった。
凍結乾燥で作成した即席みそ汁(豚汁) 熱湯を注ぎ完成したみそ汁(豚汁) 表4 豚汁の材料 今回調製した機能性みそは、高血圧予防効果が期待できるアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性を有し、さらにカルシウム含量も多い。SHRを用いた経口投与の実験でも顕著な高血圧降下作用が確認された。また、昨年度実施したヒトによる試験を行った結果から、3カ月間の摂取により、血圧の変化は認められなかったものの、機能性みそ摂取群において血中アンギオテンシン2レベルの有意な低下が認められている8)。ACE阻害剤は顕著な血圧降下をもたらさないレベルでも、心血管系や腎臓を含む主要臓器の臓器障害を減弱させ、動脈硬化や心不全の防止に効果があると考えられていることから、機能性みその摂取によるアンギオテンシン2濃度の低下が認められたことは、機能性みそがこれらの疾患に対して予防効果を持っている可能性がある4−6)。アンギオテンシン2は様々な生活習慣病の増悪因子として知られている13−24)。また、アンギオテンシン2の阻害により生活習慣病に起因する死亡率が有意に抑制されることも知られている。ある程度血圧が高い場合でも、アンギオテンシン2の濃度を抑制することができれば、臓器障害を防ぐことが可能であり、血圧の厳密なコントロールは必要ないとの考えもある。アンギオテンシン2の抑制は現在の成人病予防の観点から非常に注目を浴びている分野であり、優れた機能性食品としての機能性みその可能性が期待される。 現在まで行っている一連の研究は、毎日食べる新しい脱脂粉乳利用食品の開発を基本理念として実施してきた。今回の研究では、食品の原料の一部にハイヒート処理をした脱脂粉乳を用いることによって、高血圧予防効果を持ち、かつカルシウムが強化されるなど機能性とさまざまな栄養成分を高め、かつ美味しい新しいタイプのみそを開発できた。通常の栄養、機能性用のサプリメントとは異なり、日常性の高い、しかも食塩を含有するみそに、このような機能が付与されることが効果の上で大きなメリットが期待できる。 今後、熱湯を注ぐだけで非常に手軽に食することができ、しかも生体調節機能を有する、さまざまなインスタントみそを作製できる可能性が示唆された。特に宮崎県、都城地域での特産の畜産食品である、黒豚、地鶏さらには野菜を効果的に配合することにより、生活習慣病予防効果を有ししかも美味しい製品の作製を目指したい。 参考文献 1. 六車 三治男、森 栄裕、河原 聡、山内 清、工藤 真豪、久寿米木 一裕、中出 浩二、中村 豊郎:脱脂粉乳を利用したニュータイプの機能性味噌について日本畜産学会第103回大会講演要旨、P161(2004) 2. 六車 三治男:脱脂粉乳の新しい用途開発に成功−脱脂粉乳を利用したニュータイプの機能性みその開発−;畜産コンサルタント、No.476(8),57−63(2004) 3. 六車 三治男、森 栄裕、河原 聡、丸山 眞杉、工藤 真豪、久寿米木 一裕、大谷 啓一、脇能 広、菱沼 毅、中村 豊郎:スキムミルクを利用したニュータイプの機能性みその動物実験について 日本畜産学会第104回大会講演要旨、P164(2005) 4. 六車 三治男、丸山 眞杉、中村 豊郎、久寿米木 一裕:「脱脂粉乳を利用した機能性ミルキー・みそ」のヒトによる試験について 平成16年度脱脂粉乳の新規需要開拓に関する情報収集・研究報告書、p143-153(2005) 5. 久寿米木 一裕、中村 豊郎、菱沼 毅、六車 三治男:日本醸造協会誌、100,216-223(2005) 6. 六車 三治男、河原 聡、丸山 眞杉、久寿米木 一裕、菱沼 毅、中村 豊郎:脱脂粉乳を利用した機能性みそのヒトによる試験について 日本畜産学会第105回大会講演要旨、P100(2005) 7. 六車 三治男、森 栄裕、河原 聡、丸山 眞杉、中山 建男、久寿米木 一裕、菱沼 毅、中村 豊郎:脱脂粉乳を利用した機能性味噌の開発研究 食品工業、No.48(23),36-49(2005) 8. 六車 三治男、丸山眞杉、中村豊郎、久寿米木 一裕:「脱脂粉乳を利用した機能性ミルキー・みそ」のヒトによる試験−アンギオテンシンII抑制効果―平成17年度脱脂粉乳の新規需要開拓に関する情報収集・研究報告書、p116-124(2006) 9. 菅原龍幸、青柳康夫、青木隆子、石井裕子、伊藤輝子、春日敦子、佐々木弘子:新版食品学実験書、p112,建帛社、 東京(2004) 10. 菅原龍幸、青柳康夫、青木隆子、石井裕子、伊藤輝子、春日敦子、佐々木弘子,:新版食品学実験書,p114-116,建帛社,東京(2004) 11. 篠原和毅、鈴木建夫、上野川修一:食品機能研究法 光琳、東京(2000) 12. Cushman DW, Cheung HS,: Biochemical Pharmacology, 20, 1637-1648(1971) 13. 岡本 洋、坂田 芳人:不全心における心筋再構築の分子機構―心臓組織レニンーアンギオテンシン系(RAS)の役割 医学のあゆみ、Vol.194(2),103-107(2000) 14. 浦 信行、進士 靖幸:生活習慣病におけるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系 血管医学、Vol.5(4),49-56(2004) 15. 堀内 正嗣:アンギオテンシン受容体研究の新展開 血管医学、Vol.5(4),7-16(2004) 16. 熊谷 裕生 他:最新の大規模研究から明らかにされたアンジオテンシン2およびアルドステロン遮断薬の効果 血管医学、Vol.5(4),65-74(2004) 17. Hamilton CA et al.: Strategies to reduce oxidative stress in cardiovascular disease. Clin. Sci.(Lond),106(3),219-234(2004) 18. Fujimoto T, Hasebe N, kikuchi K.: Evidence-based usefulness of Ca antagonists and ACEIs and ARBs for the primary and secondary prevention of major cardiovascular and renal events in patients with hypertention. Clin. Calcium,15(10),1695-1708(2005) 19. Giacchetti G, Sechi LA, Rilli S, Carey RM.: The rennin-angiotensin-aldosteron system, glucose metabolism and diabetes. Trends.Endocrinol.Metab.,16(3),120-126(2005) 20. Manolis et al.: Arterial compliance changes in diabetic normotensive patients after angiotensin-converting enzyme inhibition therapy. Am.J.Hypertens.,18(1),18-22(2005) 21. Watanabe T, Barker TA, Berk BC.: Angiotensin 2 and the endothelium: diverse signals and effects. Hypertension,45(2),163-169(2005) 22. Touyz RM.: Molecular and cellular mechanisms in vascular injury in hypertension: role of angiotensin2-editorial review. Curr. Opin. Nephrol. Hypertens.,14(2),125-131(2005) 23. 菅原龍幸・青柳康夫・青木隆子・石井裕子・伊藤輝子・春日敦子・佐々木弘子(2004),新版食品学実験書,p112,建帛社, 東京 24. 菅原龍幸・青柳康夫・青木隆子・石井裕子・伊藤輝子・春日敦子・佐々木弘子(2004),新版食品学実験書, p114〜116,建帛社,東京 |
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