わが国の畜産は、国民の食生活の高度化などを背景に急速な発展を遂げ、国内農業の基幹的部門に成長する一方で、畜産の一戸当たりの飼養規模の拡大や地域での混住化が進展した。このような中で、畜産経営を安定的に営んでいくためには、国民の環境問題への意識の高まりや、国土と自然環境の保全の観点からも、家畜排せつ物を適正に管理することが必要となっている。
しかしながら、家畜排せつ物は、環境問題の発生要因である一方で、土壌改良材や有機質肥料としての利用価値が高く、わが国の循環型農業を促進するための貴重なバイオマス資源である。このように家畜排せつ物の適切な管理の下、その利活用を促進し、資源の有効活用を図ることも、重要な取り組みである。
ここに紹介する「家畜排せつ物の利用の促進を図るための基本方針」は、関係者が一体となって、家畜排せつ物の利用の促進に取り組むための施策の方向性を示したものである。
図1 家畜排せつ物法の枠組み
家畜排せつ物法と基本方針
平成11年に「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」(以下、「家畜排せつ物法」という。)が施行され、畜産経営を行う上で、家畜排せつ物の適正な管理が義務づけられた(図1)。また、家畜排せつ物の利用の促進については、農林水産大臣が「家畜排せつ物の利用の促進を図るための基本方針」を定めることとしており、平成11年の法施行時に、基本方針が策定・公表されている。
取り巻く情勢の変化
家畜排せつ物法が施行されて以降、畜産農家、畜産関係団体、市町村、都道府県などの畜産関係者の努力により、たい肥化施設の整備や知識の普及が進み、家畜排せつ物の適切な管理が推進されている。現在、家畜排せつ物法に定める管理基準は、対象農家のうち99.9%が適合している状況となった(図2)。
図2 家畜排せつ物法施行状況調査(18年12月1日時点)結果の概要
一方で、畜産経営一戸当たり飼養頭羽数は、年々増加の傾向にあり、経営規模が拡大することで、畜産業が一部地域に偏在する状況となり、家畜排せつ物から生産したたい肥を、経営内や地域の農地などでいかに有効利用するか、ということが課題となってきた(図3)。
図3 耕地面積当たりの家畜排せつ物発生量
また、家畜排せつ物はたい肥としての利用のみならず、エネルギー源としての利活用も可能なバイオマス資源として注目されつつある。
基本方針の見直し
こうした畜産業を取り巻く情勢の変化を踏まえて、基本方針を見直すために、農林水産省は、生産者、関係団体、都道府県、学識経験者などを構成員とする「家畜排せつ物利用促進のための意見交換会」を平成18年に計4回開催した。
この意見交換会では、
・ ニーズに即したたい肥を生産する必要があり、耕種農家のニーズには「品質のニーズ」だけでなく、「価格のニーズ」「サービスのニーズ(運搬、散布、使用法説明など)」がある
・ 耕種農家と畜産農家の交流がなく、耕畜の連携が取りにくい背景があるので、話し合いの場を作ることが必要
・ たい肥にもいろいろな材料、成分のものがあるので、利用するのも簡単ではない。肥効率*や土壌改良効果など、耕種側がたい肥を使いやすくするための指標を作る必要がある
*草地へ還元したふん尿に含まれる養分のうち、作物に利用される割合
など現状の問題点が挙げられる一方で、
・ 耕種農家も環境に配慮し、土づくりをきちんとしていきたいという農家も増えてきている(図4)
・ 集落ぐるみでたい肥保管庫を作り、自分たちで必要な資材を加えてたい肥を作り、コントラクターが散布しているところもあり、耕畜双方にメリットがある
・ 水田酪農地帯では、稲わらとたい肥の物々交換をスムーズに行っている例もある
などの家畜排せつ物の利用が促進されている事例も取り上げられ、今後の利用促進を図るための方向について議論が重ねられた。また、メタン発酵などによるエネルギー利用の方向性や、循環型社会の観点や食育を通じた畜産業の生産現場への理解を進める必要性など、たい肥の利用以外の観点についても、意見交換が行われた。
以上の意見交換会での議論やパブリックコメントに寄せられた意見を踏まえ、内容を取りまとめ、平成19年3月30日に、平成27年度を目標年度とした新たな「家畜排せつ物の利用の促進を図るための基本方針」が策定・公表された。
図4 家畜排せつ物由来のたい肥の利用に関する耕種農家の意向
新たな基本方針の概要
新たな基本方針では、「耕畜連携の強化」「ニーズに即したたい肥づくり」「家畜排せつ物のエネルギーとしての利用などの促進」を大きな柱として、家畜排せつ物の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に実施することを目標としている。
以下に、そのポイントをご紹介する。
1 耕畜連携の強化
資源循環型農業の推進とともに家畜排せつ物の利用の促進を図るために、耕種農家と畜産農家の交流機会を増やし、耕畜連携の体制を整備に努める。また、都道府県、市町村、農業関係団体などは、どこでどのようなたい肥(畜種、成分など)が、どのぐらいの量、供給が可能なのか、どのような作物のために、いつどのぐらいの量のたい肥の需要があるのか、といったたい肥の需給情報を整理し、関係者が活用できるように、ネットワーク化の推進に努める。
さらに、たい肥センターの機能強化、たい肥の成分分析、調製やペレット化、コントラクターの育成などを通じて、たい肥の流通を円滑化を図る。
2 ニーズに即したたい肥づくり
栽培する作物や用途によって求められるたい肥が異なり(図5)、たい肥の価格提示に加えて、運搬、散布、取扱説明などについても必要とされる場合があるので,都道府県、市町村、農業関係団体などは、このようなニーズを的確に把握し情報提供を行い、たい肥生産者は、ニーズに即したたい肥を生産・供給するように努める。
図5 耕種農家が求めるたい肥の例
3 家畜排せつ物のエネルギーとしての利用などの推進
たい肥の過剰地域においては、必要に応じて、たい肥の広域利用、焼却や炭化、メタン発酵などにより、家畜排せつ物の需給状況の改善やエネルギー利用を推進する。
4 都道府県における家畜排せつ物の利用の促進を図るための計画
家畜排せつ物法において、基本方針の内容に即した家畜排せつ物の利用の促進を図るための計画(以下、「都道府県計画」という。)を都道府県が定めることができるとしている。新たな基本方針では、都道府県計画の処理高度化施設の整備に関する目標については、処理の集約化や処理機能の高度化を図ることを基本とし、撹拌・通気施設を備えた大型のたい肥化施設、家畜排せつ物のエネルギー利用施設などを主体として設定することとしている。
5 技術の向上と資源循環型畜産の推進
家畜排せつ物の利用の促進に関する技術の向上開発を推進するため、都道府県、市町村、農業関係団体や、畜産農家を対象とした指導体制の整備に努め、畜産農家および耕種農家は、家畜排せつ物の利用の促進に関する技術・知識の習得に努める。
また、家畜排せつ物の有効利用や食料自給率の向上の観点からも、資源循環型畜産の推進を図る。
6 消費者などの理解の醸成
関係者は、畜産体験学習の実施などの食育を推進することにより、資源循環型畜産について、消費者や地域住民の理解の醸成に努める。
おわりに
家畜排せつ物は、「不要な物・廃棄処理すべき物」ではなく、資源循環型農業の促進に必要な「バイオマス資源」である。今回紹介した基本方針の内容の推進を図ることにより、家畜排せつ物は、持続可能な社会の構築に資する貴重な資源となる。
農林水産省は、今後、基本方針に即した都道府県計画の策定を推進するとともに、関係者と一体となり、家畜排せつ物の適正な管理と利用の促進に努めてまいります。
なお、農林水産省のホームページにおいて、基本方針の本文、ポイントを説明したパンフレット、さらに家畜排せつ物利用促進のための意見交換会の資料や議論の概要を見ることが出来るので、是非ご参照ください。
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