◎今月の話題



飼料穀物の需給ひっ迫化に
伴う畜産業界の対応


飼料輸出入協議会
専務理事 江藤隆司

はじめに

 世界で家畜の飼料として使われている穀物は、地域によって異なる。安定した豊富な供給があり、経済的に割安な作物が飼料穀物となっている。欧州では小麦・大麦が主原料となり、トウモロコシの配合率はわが国の50%に対して18%ほどである。豪州・カナダにおいても小麦・大麦が飼料穀物である。世界最大のトウモロコシ生産・輸出国である米国ではトウモロコシが主原料となっている。しかしトウモロコシの端境期である7−9月には例年、その価格が高くなることから割安な小麦が飼料穀物として多く使われることが多々あり、その分トウモロコシの飼料消費が減ることになる。その時期は小麦の収穫期であり、価格が年間を通して最も安くなるからである。なお、米国農務省(以下「USDA」という)需給報告の過去10年間の平均データによれば、世界の小麦生産量の18%すなわち105百万トンほどが飼料として消費されたことを示している。飼料穀物の代表的な作物であるトウモロコシの需給は、その飼料用途において小麦や大麦・マイロなどほかの飼料穀物の需給動向と密接な関係にあり、価格機能がその調整役割を演じている。


世界トウモロコシ需給動向概観・・・豊作でも需給ひっ迫化へ

 昨年9月半ば、豪州の干ばつ減産懸念が強まり国際的な取引価格指標とされるシカゴの小麦市況が高騰し、トウモロコシも追随した。世界最大の生産・輸出国である米国は4年連続の大豊作見通し下で収穫期を迎えていたにもかかわらず、トウモロコシ市況も高騰し、シカゴの価格は5カ月間で2倍に急騰した。その頃、南半球のアルゼンチン・ブラジルでは作付期を迎えていたが、高価格は作付面積増大を促した。天候もおおむね順調に推移して、両国とも未曾有(みぞう)の大豊作を実現した。2006/07年度における世界のトウモロコシ生産高は史上2番目の豊作見込みとなるも、それをはるかに上回る需要が見込まれて期末在庫を取り崩す需給構造をUSDAは示し、1983/84年度以来の低水準とされる在庫量を予測している。前年度よりも生産高が増えても在庫を取り崩すのは、米国でエタノール用途のトウモロコシ需要が急速に拡大し始めたからである。

 USDAは5月、次年度2007/08年度の世界需給予測を発表した。米国産トウモロコシの大増産見通しが大きく寄与して、世界の生産高は史上最高の766.5百万トン(前年度比9.9%増)と予測されている。中国、アルゼンチン・ブラジルでも未曾有(みぞう)の大豊作が予測されている。一方、世界生産高を3百万トン上回る未曾有の需要が予測され、再び記録的な大増産でもおう盛な消費に追い付けず、期末在庫の取り崩しが進むとの予測になって在庫量は前年度比3%以上も減少の90.25百万トンと予測されている。これは10年ほど前の半分以下の水準である。米国でのエタノール用途の需要がさらに急拡大を続ける見通しにあるからである。構造的な需要拡大は続いても、記録的な豊作実現を続けるには天候面での協力が不可欠なる点、留意が必要と思われる。


米国産トウモロコシの需給動向・・・需給構造の大変動

 4年連続の豊作を実現しても2006/07年度の期末在庫は需要の急拡大により削減され、前年度の半分以下になる見通しにある。最大の需要である飼料用途は前年度比5%ほど減少見込みにあるものの、輸出と工業用途の需要は前年度を上回ると予測されている。

 豪州や欧州などでの干ばつは、小麦や大麦の減産を招いた。世界的に代替の飼料穀物の供給に恵まれない中で、世界の飼料穀物の需要は米国産トウモロコシに依存する世界穀物の需給構造になった。米国のトウモロコシ輸出需要は前年度比2.5%増の55.9百万トンと予測されている。エタノール用途という新規大型の需要が急成長(前年度比34%増)を遂げたことで期末在庫の大幅な取り崩しが予測されている。飼料用途の減少は価格高騰に伴う需要の後退が一時的に散見されたが、大半の要因はエタノール製造過程で発生する副産物のDDGS(トウモロコシ蒸留かす)がトウモロコシの代替として本格的に飼料用に使われ始めたからである。

 1996年の夏に向けてのシカゴ価格の大暴騰時(最高値554セント台/ブッシェル)、エタノール用途を含め飼料用を中心に国内需要は前年度比12%ほど減少した。DEMAND RATIONING(価格高騰に伴う需要の後退)と言われたが、輸出需要は今年度同様米国に依存する世界需給構造となっていたことから2%以上も増大した。しかし翌年の1996/97年度では、南米や中国など競合国での増産を背景に、価格の下落もあって内需は回復したものの、米国トウモロコシの輸出需要は11百万トン弱も減少した。今年度から次年度への需給は当時の需給動向に類似しているとの見方があるも、根本的に需給構造が大きく変わっている点に留意しておきたい。2005年8月に施行された米国エネルギー法、2006年1月の一般教書に盛り込まれたエタノール促進策などによりその用途は構造的な枠組みの中で急拡大への道を歩んでいるからである。総需要はこの10年間ほどで223百万トンから294百万トンへと71百万トン(32%弱)増大する中で、エタノール用途は5倍強に増大する。このことは総需要に占めるエタノール用途の割合が増大する一方で、飼料・輸出などの需要数量自体は増大してもその割合が相対的に低下することを意味する。


米国産トウモロコシの需給展望・・・需要拡大に必死に追い付こうとする供給

 2007/08年度においても引き続きエタノール用途の需要は構造的な枠組みの中で拡大を続ける見通しにあることから、それに見合う増産が絶対必要とされ、そのためには作付面積の拡大が不可欠とされた。昨年9月半ばから今年の2月までの価格高騰(2月下旬には10年7カ月ぶりの高値をつけた)に農家は反応して前年度比12.13百万エーカー(15.5%増)増大の90.45百万エーカーと、1944年以来最大の作付面積が予測されている。これは作付けに対する農家の意向をUSDAが3月上旬に調査してその集計を3月末に発表したものである。ちなみにUSDAはその年次農業観測会議(3月1−2日に開催)で2007/08年度のトウモロコシ作付面積を87百万エーカーと予測していただけに、この農家作付意向面積に最も驚いたのはUSDA自身であると言われている。この面積をベースにUSDAは、机上の計算であるが、生産高を前年度比48.9百万トン増の316.5百万トンと未曾有の大豊作を予測している。それに見合う総需要を予測し、2008年8月末の在庫量は前年並みとの予測になっている。未曾有の大豊作を実現しても需給は緩和しない。むしろひっ迫するとの見通しにある。需給の緩和またはひっ迫は、在庫量で把握しない。需要は増大するので対消費在庫率(同一年度における期末在庫量÷総需要)で把握する。2007/08年度の在庫率は7.6%(前年度8.1%)とされ、シカゴ価格が5ドル半ばまで高騰した1995/96年度の在庫率5%以来の最低水準と予測されている。需給は価格に反映されることになるが、USDAは農家の年間平均手取り価格を1ブッシェル当たり310−370セント(前年度300−320セント)と予測している。未曾有の大豊作でも高価格は持続するとの見方をしている。これは2月半ばに公表された10年間の長期見通し(ベースライン)でも、需要増大になんとか生産が追い付く需給見通しを示し、価格は高値が持続すると予測されている。


わが国の畜産業界はいかに対応すべきか

1)飼料高騰下における畜産業界の現状を伝える 
 米国だけではなく世界で、エネルギー業界と食料業界で穀物資源の奪い合いが始まっている。バイオ燃料生産のために食料資源が消費され、サトウキビやトウモロコシなどがエタノールとなり、菜種・大豆などがバイオディーゼルとなっている。その是非はさておき、農業は工業に価格面(生産コスト)で負ける。現行原油価格水準が維持されるなら(米国政府のエタノール支援措置も継続)、トウモロコシ由来の米国のエタノール工場はシカゴ価格で5ドル台の水準が続いてもなんとか採算が合うといわれている。しかし米国の畜産農家は規模縮小(または廃業)に追い込まれ、畜産物価格は高騰する。昨年9月半ば以来のトウモロコシ価格高騰によって世界的に畜産物価格はすでに上昇している。米国では卵やパンも値上がりし、牛肉の3月の卸売物価指数は前月比で4.1%上昇したと伝えられている。中国では4月の子豚の価格は前年同月比で71%高く、肉豚は45%上がったと報道されている。1−4月の平均で卵や鶏肉は20%以上、牛肉は1割前後値上がりしたという。原料価格の高騰はその製品である畜産物価格にタイムラッグを伴って反映される。

 わが国では配合飼料価格安定制度が講じられているので、諸外国のように直ちに畜産物価格に反映されていない。しかし上述のごとく、この高値は持続する見通しにあることから(以前の2ドル台前半の価格水準には戻らない)制度自体に限界がある。飼料高騰は畜産物価格へいずれ転嫁せざるを得ない。畜産物の輸入価格も上昇する。原油高騰からガソリンスタンドでの給油は昔の80円前後から130円前後になっているが、国民のコンセンサスが得られている。飼料畜産業界も国民のコンセンサスを得るべく、現状を伝える情報を常に発信すべきと考える。

2)DDGSの飼料利用に取り組む
 エタノール製造過程でトウモロコシの約3分の1がDDGSとして発生する。米国では2007/08年度において、わが国の年間総輸入量(食品、飼料用など)の5倍以上に相当する86.4百万トンほどのトウモロコシがエタノール製造のために消費される見通しにある。 すなわち、28.8百万トンほどのDDGSが発生することになる。エコフィードを含め国産飼料の増産には限界がある。DDGSは品質面でのバラツキやハンドリング面など克服すべき課題は多々あるも、これを飼料利用すべく業界は真剣に取り組むべきと考える。品質・成分のバラツキは工場を特定することによってある程度解決できよう。栄養成分については引き続き畜種による配合割合など検討しながら、粗飼料としての位置付けだけではなくトウモロコシ・大豆かすの代替としても利用すべきであろう。物流コストの削減が大きな課題として残るが、今後は割高なコンテナ輸送からトウモロコシ輸入に見られるバラ積み本船による輸送が検討課題となろう。

3)第二の安定供給網を構築する 
 供給先を米国に依存せざるを得ないが、南米産トウモロコシ特にアルゼンチンからの第二の安定供給網を構築すべきである。同国は米国に次ぐ世界第2位の輸出国であり、価格高騰から増産体制に入っている。生産高の3分の2以上を輸出に回している。畜産はグラスフェッドの肉牛が中心だけに、飼料用内需は豊凶にかかわらず一定している。豊作になればその分輸出を増大して在庫は一定量を維持している。



えとう たかし

プロフィール

1964年4月伊藤忠商事(株)入社、食料部門配属。77年1月バンコック駐在、ニューヨーク、シカゴと海外店移駐。穀物取引の現場を歩く。87年4月帰国、穀物情報のデータベースを構築する傍ら、主席アナリストとして業務を遂行。01年9月定年退職、02年6月飼料輸出入協議会専務理事就任、現在に至る。

農業観測審議会専門委員や食料・農業・農村政策審議会食料予測部会臨時委員など農水省関連委員を歴任。著書に『トウモロコシから読む世界経済』(光文社新書)と『命の源・・・穀物のことを知ろう』(商品市況研究所)がある。


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