〜平成18年度畜産物需給関係学術研究情報収集推進事業〜自給飼料稲の増産に果たす
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1.はじめに2005年3月策定の新たな「食料・農業・農村基本計画(以下『新基本計画』)」では、耕地利用率の低下、不作付地・耕作放棄地の増加傾向が依然続く中で、その要因の1つとして旧基本計画で掲げた「耕畜連携による飼料作物生産が進まなかったこと」を挙げている。 そこで新基本計画では、飼料作物の対応方向として次の5点、すなわち(1)転作作物あるいは水田裏作として飼料作物の生産拡大を図ること、(2)その飼料作物として飼料用稲・稲発酵粗飼料に注目していること、(3)畜産農家が耕種農家にたい肥を供給すること、(4)耕種農家は畜産農家へ農地利用の集積・団地化を図ること、(5)飼料生産の組織化・コントラクターの育成を図ること−を提示している。 このように飼料用稲を軸に据え((2))、耕種農家と畜産農家との連携を図りつつも((3)・(4))、各個別農家での対応ではなく、その組織化・コントラクターの育成が不可欠であるとの視点に立ち((5))、コントラクターの展開が飼料用稲の生産拡大につながるとともに((1))、さらには水田の高度利用や農業構造の改善にも結び付くという図式である。 そこで本研究では、コントラクターを中心に飼料用稲の生産に取り組む2地域の現地調査を通じて、コントラクターの活動実態を明らかにするとともに、コントラクターの展開が飼料用稲の増産や耕作放棄地の解消、さらには水田農業の構造改善にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにする。調査地域は、都市部と山間部において生産条件が異なることから、群馬県旧高崎市(都市部)と広島県旧大朝町(山間部)を対象とした。 2.群馬県旧高崎市における飼料用稲生産の取り組み(1)飼料用稲の取り組み背景 飼料用稲の生産に取り組む背景には、耕種農家は転作麦跡の不作付け水田の解消と水田の高度利用を図るための作目を模索し、さらに畜産農家はBSE問題や中国での口蹄疫の発生に伴い稲わらの輸入がストップするなど、安全性および飼料確保の2つの問題に対応する必要性が生じたことがある。そこで、旧高崎市役所とJAたかさきが音頭をとり飼料用稲の生産を提起し、耕種農家と畜産農家を含めた話し合いとともに、発酵粗飼料稲を畜産農家に試験的に給与するといった具体的な取り組みも行われた結果、2001年に飼料用稲の導入が決定した。それに伴い行政は飼料用稲に対する施策支援を導入し、耕種農家組織の設立および畜産農家の集合体であるコントラクターが立ち上げられている。 (2)行政による飼料用稲支援 飼料用稲の生産拡大を図るために、市では「水田農業構造改革対策(予算総額920万円)」を講じている。本事業は、(1)経理の一元化を図っている耕種農家組織が飼料用稲を作付けした場合、毎年10万円を耕種農家組織に対して交付する、(2)予算総額からそれを差し引いた残額を飼料用稲の作付面積で割り、反当たり1.2〜1.3万円を設定し、それを作付面積に応じて助成するものである。 県レベルでは「農業農村応援事業」がある(表1)。本事業も2つの支援策で構成されており、1つは耕種農家が飼料用稲を生産し、畜産農家が飼料として使用した場合、耕種および畜産農家にそれぞれ反当たり1万円が助成される。いま1つは、コントラクターに対し反当たり2,250円を助成している。 表1 県単事業「農業農村応援事業」の現況−高崎市 注:1)2005年は旧高崎市、2006年は新市の数値である。 国レベルでは、産地づくり交付金で飼料用稲を作付けした耕種農家組織に対し反当たり4.5万円が、大規模農家には反当たり3万円が支払われる。そのほか、畜産農家に対する給与技術実証確立助成(以下『給与実証』)が反当たり1万円、耕畜連携対策交付金(以下『耕畜連携』)同1.3万円が助成される。 (3)耕種農家組織の取り組み 飼料用稲を生産する耕種農家およびその組織を示したのが表2である。2001年に17.5ヘクタールで始まった飼料用稲は2006年には58ヘクタールにまで拡大し、1個人・12組織(参加農家170戸)が取り組んでいる。耕種農家組織は、飼料用稲の収穫・調製・運搬をコントラクターに委託し、それ以外の作業は、組織で農業機械を所有しているわけではないため、参加農家が個別に行っている。組織化の意図は、参加農家相互の生産意識・責任感の高揚のためである。耕種農家組織は作業委託料として反当たり1万円をコントラクターに支払う。他方、コントラクターから飼料用稲販売代金1万円、市単事業の団体支援10万円および飼料用稲の作付け助成として反当たり1.2〜1.3万円、県単事業同1万円、産地づくり交付金同4.5万円を受け取る。 表2 旧高崎市における飼料稲の生産・供給概要−2006年 (4)コントラクターの取り組み−高崎飼料稲組合 高崎飼料稲組合(以下「高崎組合」)は、メンバー4人により2001年に立ち上げられた(表3)。ただし、Dさんは高齢かつ後継者不在のため、2003年に脱退している。メンバーはいずれも異なる集落に居住しており、旧高崎市全体を飼料用稲の活動範囲としている。 表3 高崎飼料稲組合の構成員 高崎組合は、収穫・調製・運搬の3作業を受託し、その面積は毎年約18ヘクタールほどである。作業はメンバーとその奥さんが中心に行い、飼料用稲の現物支給が賃金となる。高崎組合では、作業の効率化を図るために作業基地を2カ所設け、そこに収穫した飼料用稲を運びこみ、まとめてラッピングし、運搬する体制をとっている。 高崎組合は耕種農家組織に対し、飼料用稲代金を反当たり1万円支払う。これに対し、耕種農家組織から反当たり1万円の作業受託料を受け取るとともに、県単事業から同1万円およびコントラクター助成で同2,250円、給与実証同1万円、耕畜連携同1.3万円を受け取っている。その結果、2005年度の当期利益は約300万円の黒字を計上している。 (5)県農業公社による収穫作業と飼料用稲の供給 表2に示すように、高崎組合以外は県農業公社がすべての収穫作業を行っている。2006年の県農業公社の受託面積は40ヘクタールで旧高崎市の69.3%を占めている。飼料用稲の供給先は、旧高崎市だけではなく長野県北軽井沢やJA甘楽富岡(富岡市)、JAたのふじ(藤岡市)など広範囲に及んでいる。こうした他地域および県外からの飼料用稲需要を取り込むことによって、旧高崎市での飼料用稲生産が成り立っている。 3.広島県旧大朝町における飼料用稲生産の取り組み(1)飼料用稲の取り組み背景 飼料用稲の取り組みは、生産調整面積の増加により不作付田が増え、水稲以外の水田作物およびその生産体系の確立の模索が出発点である。その後県普及センターなどの支援を受け、飼料用稲の導入を模索する中、旧大朝町が県のモデル地区に指定され、飼料用稲の生育検討、展示ほ場の設置、収穫・調製作業の作業実演会などが行われた結果、飼料用稲の導入に踏み切ることとなり、2001年に「大朝町飼料稲生産組合(以下『大朝組合』)」を立ち上げた。 (2)大朝町飼料稲生産組合 設立当初、大朝組合に参加した農家は大規模農家10戸、その後大規模農家を中心とした集落営農の組織化などもあり、2006年現在3つの集落営農法人の中心3人−いかだづ(Eさん)、平田農場(Fさん)、天狗の里(Gさん)と特定農業団体小枝および九門明営農集団の代表、若手の認定農業者Hさん(30歳、経営面積16ヘクタール、水稲単作+転作飼料用稲)、Iさん(37歳、経営面積12ヘクタール、水稲単作+転作飼料用稲)、高齢認定農業者(73歳)の8個人・組織であり、組合長はEさんである。 飼料用稲の作付面積は、2001年17.7ヘクタール(耕種農家9戸)、2004年20.4ヘクタール(同28戸・1法人)とほぼ横ばいである。収穫作業前までは耕種農家が各自で行い、それ以降は大朝組合が引き受けている。耕種農家には、作業の効率化を図るために3つの要件−(1)1ヘクタール以上の団地化、(2)飼料用稲専用品種の使用、(3)生産技術要件(適正は種量の確保、病害虫の防除、雑草の防除、直まき栽培、生育ステージに基づくたい肥、早期落水)を課している。それを受け大朝組合は、「収穫機の操作」・「ラッピングマシーンの操作」・「輸送作業」の3作業を3人1組で行っている。作業受託料金は反当たり2.5万円、E・G・H・Iの4人を中心に作業を行っている。 (3)大朝組合を支える周辺組織 大朝組合を支えるのが旧大朝町内に展開する集落営農法人である(図1)。このうち大朝組合の構成員となっているのが、いかだづ・平田農場・天狗の里である。旧大朝町では2000年の鳴滝農場を皮切りに、毎年農事組合法人を設立している。集落営農法人は集落を基盤とした組織であり、いずれも経営面積は20ヘクタール前後である。それらの特徴は、1つには集落の大規模農家が法人の中心オペレーターとして参加していること、いま1つは大規模農家の居住集落の農地は法人で、集落外の農地は法人の機械を利用して大規模農家個人が作業するという集落内・外の農地の対応をすみ分けていることである。さらに大規模農家と集落営農法人の関係を法人間の関係に拡大したのが、5つの集落営農法人と4戸の大規模農家の参加による「大朝町集落法人ネットワーク」である(図1)。飼料用稲との関係では、町内全域を範域とすることによる飼料用稲作付面積の確保と法人による農業機械の効率的利用や労働力が確保され、こうした重層的な連携が飼料用稲の生産の下支えとなっている。 図1 大朝町における組織間ネットワーク (4)畜産農家による飼料用稲の利用 飼料用稲は当初、旧大朝町内の畜産農家にのみ供給されていたが、余剰が発生したため隣接する旧千代田町へセールスを行い、その結果「大朝千代田地区飼料稲利用組合」を2002年に設立している。設立当時の飼料用稲の利用農家は11戸、そのうち、30頭以上を飼養する中・大規模農家が多くを占めている。だが、利用農家の高齢化およびロールが大きいため管理が難しいことなどから、2006年には8戸に減少している。大朝組合も収穫した飼料用稲を水田近くに一時保管し、一定の量がたまると輸送する体制をとっており、輸送の効率化・コストの低減を図っている。 畜産農家への飼料用稲の販売価格は売買当事者の相対交渉で決定され、現在1ロール3,500円である。畜産農家を支援する給与実証は、大朝組合で全額プールし、「(全ロール数×3,500円−全面積×1万円)/全ロール数」の計算式によって、面積単位から収穫量単位に変換し、畜産農家に再分配するとともに、1ロール当たりの実質負担額の抑制を図っている。 (5)飼料用稲の生産コストと収益 飼料用稲の反当たり生産コストと収益を示したのが表4である。耕種農家の生産コストは、反当たり54,393円である。他方、耕種農家の収入は、飼料用稲の販売代金に、産地づくり交付金と耕畜連携を加えた75,500円となり、差し引き21,107円の収益を得ることになる。さらに2006年から産地づくり交付金が新たに17,000円加算されるため、38,000円の収益を受け取ることになる。しかも、生産コストの中には耕種農家の自家労賃が含まれていることを考慮すると、耕種農家にとっては再生産可能な収益が十分確保されているといえよう。 表4 10a当たり飼料用稲のコストと収益−2004年 これに対し大朝組合は、日当15,000円を10アール換算した作業労賃を含め計22,323円を要している。耕種農家から反当たり25,000円の作業委託料金が支払われるため、差し引き2,677円の収益を上げることになる。したがって、大朝組合のオペレーターに15,000円の日当を確保しながら、大朝組合にもわずかながら剰余が発生していることが分かる。 4.おわりに都市部に位置する旧高崎市および山間部に属する旧大朝町ともに飼料用稲への取り組みの画期は、休耕田・調整水田への対応として模索されたものであった。飼料用稲の導入の結果、旧高崎市では飼料用稲の作付面積が2001年の17.5ヘクタールから2003年には2.5倍の44.0ヘクタールへ増え、2006年現在57.8ヘクタールにまで拡大し、転作麦跡の休耕の解消に一定の貢献をしている。同様に、旧大朝町においても飼料用稲や大豆の導入に伴い、調整水田面積が40ヘクタールから27ヘクタールへと減少しており、飼料用稲の導入とその拡大が調整水田の解消に寄与していた。しかし、両地域ともに地域内の大規模酪農家の数が限られている中で、市町外−特に旧高崎市では県外にまで需要者を求めることによって飼料用稲の生産が維持・拡大されており、今後の生産拡大はさらなる需要者の開拓にかかっている。 その飼料用稲の展開を支えていたのがコントラクターなどの組織である。旧高崎市の耕種農家は、飼料用稲生産の継続性および責任感の共有を確保するために組織化を図り、旧大朝町では作業の効率化を図るために1ヘクタール以上の団地化や直まき栽培など3つの要件を課していた。さらにコントラクターは、ともに作業基地の設置や一括してラッピング・運搬を行うなど飼料用稲の効率的な輸送を図っていた。このような現場レベルでの努力や組織化が、作業の効率化と飼料用稲生産の負担軽減、低コスト化につながり、飼料用稲生産の維持・拡大に結び付いているといえよう。 とはいえ、構造改善の側面から見ると両地域のコントラクターの形態やその性格は大きく異なっている。高崎組合は酪農家の集合体であるのに対し、大朝組合は主に稲作を中心とした法人・農家の集合体であった。すなわち、旧高崎市では耕種農家と酪農家が収穫作業を境に明確に役割が分担されるとともに、両者による飼料用稲の協同生産が行われているのに対し、旧大朝町は稲作中心の法人・農家が前面に出た飼料用稲の取り組みであり、酪農家は生産から切り離された消費者といえる。したがって、旧高崎市では飼料用稲内部にその活動を限定した結果、飼料用稲を超えた組織の展開には結び付きにくい状況にあるのに対し、大朝組合は稲作法人・農家が前面に出た組織であるため、土地利用型の作目をどうするかという視点が中心であり、作目の1つとして飼料用稲が位置付けられ、その結果飼料用稲に限定されないそれ以外の作物も含めた外延的拡大が図られており、地域農業に与えるインパクトは大きく異なっていた。 さらにこうした飼料用稲の取り組みは、行政からの支援があって成立していた。特に両者に共通することは、一定の金額となる産地づくり交付金を耕種農家が受け取る点であった。それは産地づくり交付金の「地代化」現象であり、これまでの転作助成金の延長といえる。この「地代化」から弾き出されたコントラクターに対し、旧高崎市では市単・県単助成に加え、国からの助成(給与実証・耕畜連携)でカバーしていた。旧大朝町は、耕種農家が受け取る産地づくり交付金を原資とした比較的高いオペレーター賃金によってカバーしていた。このような構造を踏まえると、大きくは飼料用稲の生産継続には行政による一定の支援が不可欠であることはいうまでもないが、近年の農業予算の縮小・地方財政の厳しさを考慮すると、助成金の単なる「地代化」ではなく、限られた既存の助成金を飼料用稲の振興やコントラクターの支援などに有効に活用する仕組みへ組み替えることが今後必要となるであろう。 ところで、都市部に位置する高崎組合の構成員=酪農家は、畜舎の悪臭など環境問題を原因として、いずれも牛舎やそれに伴う自宅の移転を何度も経験するなど都市化による酪農環境の悪化が顕著にみられた。上述したように飼料用稲の生産継続・拡大には、限られた需要者である大規模酪農家が安定的に酪農を展開できる環境が必要であり、飼料用稲生産に対する支援だけではなく、都市計画区域の見直しあるいは適切な運用にまで踏み込んだ酪農経営の環境整備にも取り組む必要がある。 |
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