★ 機構から


食肉POS情報活用術

食肉生産流通部食肉課長
安井 護


1.POSってなに?

 POS(ポス Point of Sales 販売時点情報管理)という言葉を知らなくても、コンビニやスーパーのレジで、バーコードを「ピッ」と読み込んで、代金を精算するのは日常的な風景である。バーコードを手掛かりに、商品情報がサーバーからレジに送られて、何を買ったか、値段はいくらかがレシートに表示される。これにより、レジでの精算が飛躍的に早く、かつ、正確になった。

 もう一つの利点は、販売側がどの商品がどれだけ売れているかを瞬時に把握できることである。在庫管理や発注管理などに活用され、ロスの低減、販売機会の向上に役立っている。

 POSシステムのカギとなるのがバーコードであるが、大きく分けて2種類ある。一つは全国共通のJAN(ジャン、Japanese Article Number)コードと小売店や卸売会社が独自に設定するコードである。全国共通のコードは財団法人流通システム開発センターが管理しており、どこのコンビニでもスーパーでも通じる「共通語」のようなものである。食品であれば、ハム、ソーセージ、牛乳、チーズなどに付けられており、主に工場で大量に生産され、全国に流通しているものが対象となっている。例えば22番がA社のロースハムとすれば、全国のPOSデータを集めて、22番を抽出すればそのロースハムの売れ行きがすぐ分かる仕組みだ。

 一方、小売店などが独自に設定するコードは、そのチェーン店でしか通用せず、「方言」とも言えよう。さらに同じチェーン店でも店ごとの「方言」もある。野菜、食肉、魚介などの生鮮品は、種類が多く、産地も規格も多種多様である。食肉の場合、品種、部位、規格の違いがあり、同じチェーン店でも東京店と大阪の店では扱っている品種も、産地も、規格も違うことが普通である。そのため、バーコードはそれぞれの店舗が設定している。

 だから、B社東京店での33番が「和牛A3肩ロース」であったとしても、B社大阪店の33番は「豪州産ショートグレイン もも」かもしれず、全国のPOSデータを集めて、33番を抽出しても、意味のない数字にしかならない。


2.独自のPOS集計システム

 食肉の需給動向を適時的確に把握するためには、生産、輸入などの供給サイドのデータはもちろんであるが、消費がどうなっているかを知ることが欠かせない。消費関連の総合的なデータとしては総務省の家計調査報告があるが、いかんせん、公表まで1カ月以上かかり、集計単位が月ごとなので即時性に欠ける。さらに輸入品の流通が多くなっているが、国産品と輸入品の区分などが不明である。

 なんとか、家計調査報告の公表までのすき間を埋めて、かつ、もっと詳しい生きた情報を入手できないか。その答えが、われわれが日経POS情報を利用して、集計・公表している食肉POS情報である。

 全国7地域13量販店、それぞれの販売情報を入手し、全て異なるバーコードの「方言」を「共通語」に翻訳して集計。約1週間後に、1,000人当たりの購買数量をインターネットで公表している。(表1〜3)

表1 食肉POS情報の公表区分


表2 食肉の小売動向(POS情報)
  畜種別の食肉購買動向
   (1) 食肉全体

 

表3
  畜種別の食肉購買動向
   (2) 種類別


 

3.POS情報で何が分かるのか

 日々の卸売価格は、需要と供給がぶつかりあった結果であり、その動きの背景を知ることが、すなわち、消費の動きを知ることになる。われわれが消費の動きを見るときに利用する統計にはいくつかある。家計調査、POS調査のほかには、例えば、食肉の推定出回り量(当機構)、食肉加工品生産量調査(日本ハム・ソーセージ工業協同組合)、外食産業市場動向調査((社)日本フードサービス協会)、チェーンストア販売統計(日本チェーンストア協会)などがある。

 推定出回り量は、当機構が生産量、輸出入量、在庫量から、1カ月間に日本全国にどれだけの食肉(牛、豚、鶏)が出回ったかを、用途を問わず供給ベースで推定しているものである。家計調査報告は、総務省が全国8,000世帯を対象に食肉に限らず、日常の消費行動を網羅的に調査しているものである。

 この二つの調査が月単位であり、公表まで1カ月半から2カ月程度かかっているのに対し、食肉POS情報は、全国13量販店の販売動向を週単位で集計し、約1週間後に公表しており、何よりもその速報性が際立っている。また、家計調査報告と比べた場合、牛肉・豚肉・鶏肉の区分だけでなく、品種別、部位別の集計も行っており、より詳細な動向を把握することができる。

 ただし、利用上の注意点、または「弱点」として、調査対象が13店舗なので、どうしても調査対象の販売戦略に影響される面は否めないだろう。

 公表している単位は、統計上一般的に用いられているPOSレジ通過1,000人当たりの購買数量である。つまり、1,000人が来店し、購買数量合計が30キログラムとすれば、30キログラム/1,000人となる。
 家計調査では、調査員が記帳した世帯当たりの「家計簿」を集計しており、公表は1世帯当たりの購入量である。なお、本誌では世帯人員の変化による影響を防ぐため、公表値を世帯人員で除して一人当たりに換算している。

表4 主な食肉消費に関する統計の比較

 


4.POS情報の検証

 前項で、食肉POS情報の利点としての速報性と詳細区分があるものの、調査対象店舗の販売戦略に影響を受けることがあると述べたが、ここで、全国を対象とする家計調査報告と比較してみる。

 まず、1年間の牛肉、豚肉、鶏肉の種類別シェアをみると家計調査も食肉POS情報もほとんど差がないことが分かる。(図1、2)

図1 家計調査での食肉3品のシェア

資料:総務省「家計調査報告」
注 :平成18年合計値の構成比

図2 POS情報での食肉3品のシェア

資料:農畜産業振興機構調べ
注 :平成18年合計値の構成比

 また、月別の動きをみると、両者ともに同じ傾向を示しており、調査対象が限定されているとは言え、食肉POS情報が日本全体の消費傾向を的確に示していることが確認できるだろう。(図3、4)

図3 牛肉の家計調査とPOS情報との対比
(17年平均=100)

 

図4 豚肉の家計調査とPOS情報との対比
(17年平均=100)


 

5.POS情報の活用

 食肉消費の傾向を迅速に示す食肉POS情報だが、どのように活用できるのだろうか。

 量販店であれば、当然、自社、自店の情報は時間単位、日次単位で収集して、活用していることだろう。約1週間後に公表される当機構のPOS情報は「古くて使えない」かもしれない。しかし、自社データを他社他店も含めた全国データと比較・検討することで、これからの自社、自店の販売戦略に生かせるのではないだろうか。

 卸売会社や輸入商社であれば、ユーザーである量販店の販売動向が常に気になることだろう。直接の取引先であれば常日頃から売れ行きについて、情報交換を行っていることと思うが、それ以外の日本全体のマーケット動向となるとその手掛かりは食肉POS情報以外にないのではないだろうか。

 生産者であれば、卸売価格が一番気になる点だろう。上がり続ければよいが、相場だから、そうもいかない。今、上げている要因は何か、下げている要因は何か。その要因分析に末端の消費動向の把握は欠かせない。末端需要が弱いから下げているのか、と畜頭数が多いから下げているのか。そんな分析に使えるのではないだろうか。

活用術1 スピードを生かす

 では、食肉POS情報をどのように活用すればよいのか。具体的な活用術をいくつか紹介したい。

 家計調査報告との違いの第一はスピードである。食肉POS情報は、1週間単位で、調査の約1週間後に公表されている。

 毎年、季節的な変動を繰り返す豚肉の卸売価格。卸売価格は、生産量が減少する夏に上昇し、増加する秋に低下する。では、量販店での販売量はどうなっているのだろうか。

図5 国産豚肉の卸売価格と購買量

(注)18年

 図5は、18年9月から12月までの週別の卸売価格(省令規格、東京・大阪平均)と購買数量を表している。9月から10月下旬にかけて生産量の増加とともに卸売価格は低下していく(図のAの矢印)。「サンマが出回ると豚価は下がる」とよく言われるように、いつでも食べられる豚肉ではなく、季節の食材に消費者の目が移り、需要が弱まることも一因かもしれない。

 では、購買量も減少しているかと言えばそうではない。ピンクの線は国産豚肉の購買量を示しているが、時間をおいて逆に増加している(図のA’の矢印)。卸売価格が低下し、量販店が扱いやすくなっているためと考えられる。

 その後、11月から12月上旬にかけて卸売価格は上昇。時間をおいてから、購買量も減少に転じている。この時期、卸売価格と購買量には負の相関関係が現れている。

 われわれも、秋の豚価の動向はいつも目が離せないが、と畜頭数や輸入量などの供給サイドの情報に加え、直近の消費動向を理解する上でPOS情報は欠かせない。例えば、購買量が継続して増加していれば、価格がそろそろ底を打つ気配を読み取ることもできる。逆に購買量が減少に転じて、それが続けば、価格の低下に結び付く可能性もある。相場はさまざまな要因で変動するが、POS情報はその変動の背景にあるものを理解するための一助になるものと考えている。

活用術2 詳細な内訳

 年末のそれぞれの食肉購買動向を見てみると、いつもは多い順に上から、豚肉、鶏肉、牛肉と並んでいるものが、12月下旬には豚肉の購買数量が減少し、鶏肉と牛肉が大きく伸びている。鶏肉が伸びているのはちょうどクリスマスの週に当たり、翌週にはがくんと下がっている。牛肉は、クリスマスの週と翌週の2週間にわたって上げていて、年末には「ごちそう」としての牛肉需要が根強いことがよく分かる。

 いつもはトップを走る豚肉もこの時期だけは、鶏肉や牛肉に押されている(図6)。

図6 食肉3品の種別購買動向

(注)18年

 家計調査報告では牛肉、豚肉、鶏肉はそれぞれ一つにくくられており、その内訳は不明である。しかし、食肉POS情報では、品種別や部位別にデータを細分化している。

 年末に大きく伸びる牛肉について品種別に分解すると、購買数量トップの豪州産をはじめ、和牛、国産牛ともに伸びている。特徴的なのは、いつもは国産牛よりも少ない和牛が年末だけは国産牛を上回っていることだ。年末は「奮発して和牛」ということが裏付けられている。

 また、豚肉と鶏肉は国産品と輸入品に区分しており、国産の卸売価格と販売シェアの関係を分析することもできる(図7)。

図7 牛肉の種類別購買動向

(注)18年

活用術3 部位別の動き

 さらに部位別の購買動向はPOSならではと言える。

 昨年12月頃、「暖冬で、鍋物需要が振るわなかった」、「冬の主力商材であるスライス用かたロースが荷余りし、逆に焼肉用ばらが早め早めに動き出した」とよく聞かれた。このことは確かに食肉POS情報で裏付けられている。

 季節的に「ばら」の需要期は夏で、18年6〜8月の牛肉の購買数量合計に占める「ばら」の割合は5割を超えている。通常、秋から冬にかけては、「ばら」などの焼き材から「かたロース」などのスライス材に需要が移っていく。11〜2月の「ばら」の購買シェアを比較すると昨シーズンは44.0%、今シーズンは45.5%と1.5%高くなっており、この冬は焼き材の動き出しが早かったことを裏付けている。

図8 牛肉ばらの購買シェア

 

6.短期的な分析ツール

 食肉POS情報の活用術をいくつか紹介したが、残念ながら、こう読めば明日のマーケットを正しく予測できるという正解はない。マーケットを取り巻く環境は、毎日違うし、どんどん変化する。特に近年は、海外での家畜疾病やマーケットの動向が国内相場に与える影響も大きい。

 中長期的なマーケット分析のための基本情報は本誌の巻末に掲載しているように種々ある。しかし、短期的な分析のための客観的な情報はほかにないのではないだろうか。相場変動の要因を分析して、その背景にあるものを理解し、明日のマーケットにどう対応していくか。マーケットの参加者は日々悩んでいることと思う。その悩みを解決するための一つのツールとしてこの情報を活用いただければ幸いである。


元のページに戻る