★ 機構から


上海市で日本の牛乳・乳製品フェアが開催される

国際情報審査役付調査役
藤間 雅幸


1 はじめに

 中国・上海市の久光百貨店で、3月10日(土)から25日(日)までの16日間にわたり、「牛乳・乳製品フェアin上海」(主催:社団法人日本酪農乳業協会、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO) )が開かれた。


上海「牛乳・乳製品フェア」のポスター


 この催しは、日本の牛乳・乳製品を海外市場に売り込むための初めての大規模で組織的な試みであり、日本の牛乳・乳製品メーカー9者が製造する44商品(LL牛乳、LL加工乳、LL乳飲料、チーズ、バター、デザートなど)が出品された。(表1)

 わが国の農畜産物の輸出促進については、安倍内閣発足後の所信表明演説でも、農林水産物の輸出額を平成25年までに、現在のおおむね3倍となる1兆円規模に拡大する数値目標が示されたところである。

 当機構は、農林水産物等輸出促進全国協議会の一員であるとともに、今回のフェアについては、畜産業振興事業の1つである国産生乳需要基盤確保対策事業により支援している。

 本稿では、フェアの概要と中国における牛乳・乳製品の流通販売事情を紹介することとしたい。

 なお、フェア会場での取材は3月17日(土)、18日(日)に行った。


2 巨大市場上海市で日本の牛乳・乳製品フェアを開催

フェア会場は、日本でいえば「高級老舗の百貨店」― 目の肥えた上海の富裕層は、商品への「こだわり」が強い ―

(1) この百貨店の紙袋をもつことが、一つのステータス
 今回のフェア会場となった久光百貨店(以下、「百貨店」という。)は、上海市でもトップクラスの百貨店で、この百貨店のロゴ入り紙袋を持っていることが、一つのステータスであり、販売価格帯が上海市で最も高いことで知られている。

(2) アンケート調査は、係員による直接対話型で
 フェア会場では、日本でよく見られるようなフェア用の「特設ブース」を設けずに、従来から国産および輸入の牛乳・乳製品を販売している商品棚を利用して行われていた。JETRO上海担当部長の話によると、日本のように冷蔵ショーケースなどのレンタル業が上海市にはないことや、特設会場を新設すると、食品衛生管理面でのさらなる営業許可が必要になり、非常に手続きが難しいとのことであった。むしろ、来店者にとっては、従来から販売している商品棚を利用したこの方法が利用しやすいだろうと思われる。


フェア会場となった上海久光百貨店正面口


表1 フェアに参加した乳業メーカー(9社)とその商品(44品目)




フェア会場全景


 売り場では、試食、試飲を実施するとともに、今後の輸出の可能性を探る手掛かりにするためアンケート調査を実施していた。回収率を上げるため、アンケートは、試食者や試飲者に対して、商品棚の前に立つ係員が、来店者から直接、味、包装、価格などに関する意見を聞き取り、それを記入するといった対話型で行われていた。



来店者から聞き取りアンケートをする係員


3 日本の牛乳・乳製品は予想以上の売れ行き

 百貨店によれば、フェア開始当初は、中国産牛乳・乳製品との価格差をカバーするだけの競争力があるか疑問を抱く関係者や、日本人の顧客が主体になるのではないかと予想する関係者が多かったそうである。しかし、開催してみると、富裕層のおう盛な消費意欲を背景に、日本の牛乳・乳製品は予想以上の売れ行きとのことであった。


日本の牛乳・乳製品の試食、試飲の様子


 フェア開始から1週間を経過した時点の状況を聞いたところ、1日当たりの売上高は、当初5千元(約7万6千円:1元=15.1円)程度と見込んでいたが、初日の売上げがその倍の1万元(約15万1千円)前後であり、その後、17日(土)までで、1日当たり平均8〜9千元(約12万1千〜13万6千円)前後の売れ行きとのことであった。

 販売した44品目のうち、フェア開始から1週間を経過した時点で売り切れた商品の順は次のとおりである。(表2)

表2:売り切れ商品

 

4 急激に増加した牛乳・乳製品消費量― 今後の販路拡大の可能性について ―

 2005年までの5年間で、中国で最も一人当たりの消費量が伸びた食品は、牛乳である。(表3)
 中国人の体位の向上を図ろうとする学生飲用乳をも含めた中国政府の政策や、中央・地方政府などの普及啓もうなどによって牛乳の栄養的価値が浸透してきていることもあり、今回、上海市、北京市といった大都市の百貨店、スーパーなど合計12店舗に立ち寄ったが、コンビニを除くどの店においても、商品の前に専従の販売員を立たせて牛乳・乳製品の試食・試飲販売を行っていた。

 当フェアの詳細な分析は、今後、明らかになろうが、近年、著しい伸びを示している中国の牛乳・乳製品市場に対して、今後の日本の牛乳・乳製品の輸出促進の可能性を、今回の調査で得た具体的事例を取り上げながら探ってみたい。

表3:中国における一人当たりの農畜産物消費量の動向


表4:店舗ごとの「純牛乳」980ミリリットルパックの小売価格比較


(1) 日本の牛乳・乳製品が上海市でよく知られることが基本 ― いかに途切れることなく商品を販売するか ―
 
 百貨店の話では、今後の展開のためには、まず日本の牛乳・乳製品が上海市の消費者に認知されることが先決で、そのためには、同様のフェアを定期的、継続的に開催することが望ましいとしている。また、今回のフェアの結果が良ければ、フェア終了後の販売も検討したいとのことであった。ただし、販売価格は、輸送コストをはじめとする各種コストを削減し、できれば400円(約26元)を割る水準にしたいこと、また、商品が途切れることのないよう、いかにして継続的にロットを確保するかが重要になるとのことであった。

 特に今回のフェアでは、すべての商品が成田から空輸されたものの、製造から通関、衛生検査を経て商品が店頭に並べられるまでに2週間以上の日数が必要となり、売り切れた場合、このフェアの期間中でさえ、製品の補充ができない状況である。また、博多港から高速船を利用したとしても、この2週間は変わらないとのことであった。従って、問題になるのは、通関を含めた輸送期間をいかに短縮するかである。

 可能ならば、本来はLL牛乳でなくフレシュ牛乳を販売したいとのことであった。しかし、通関のハードルが予想以上に高いため、日本であれば店頭に置く期間が2週間のところ、当地では、製造後6日間の高速通関が可能になったとしても、1週間未満しか店頭に置けず、極端に販売期間が制限されてしまう結果となる。

表5:中国における主要輸入乳製品の税率


(2) 日本のイメージからの高級化路線

 百貨店によれば、「北海道」に対する人気は根強く、日本の牛乳・乳製品に「北海道」ブランドが付くと、「大自然」、「安全・安心」、「濃厚な味の良さ」といったイメージが加わるとのことである。

 考えるに、この人気は、今回のフェア出店企業のうち数者が、90年代から香港、2000年代から台湾へとLL牛乳を中心に地道な輸出努力を重ねてきた成果であり、この結果、購入者に香港、台湾出身者が多くなっている。

 中国の牛乳や食肉の販売でも、「内蒙古」の名称は、「北海道」と同様な大草原のイメージがオーバーラップするようである。


(3) 安全、衛生面に強い関心

 販売を開始した「オーガニック牛乳」

 また、日本製品の「安全・衛生的」というイメージは、小さな子供を持つ親が、たとえ価格が高くても、特に意識して買うことにつながっているようである。

 このことから、今の中国にとっての日本の牛乳・乳製品は、「ナチュラルで、安全性に優れ、安心して飲める」という良いイメージを持たれているようであり、少々価格が高くても、良いものなのだから購入したいという欲求の表れから、売れる素地のあることが見受けられる。

 北京の高級百貨店では、米国資本と合弁した中国の乳業企業が、中国初と銘打って、「オーガニック牛乳」の販売を開始している。この商品が本当に中国初の「オーガニック牛乳」なのかは定かでないが、安全、衛生面の関心の高まりから、このように付加価値牛乳が出始めているのは確かである。

 この商品は、250ミリリットル紙パック10個入りセットを、化粧箱に入れ、「贈答用」として送れるように仕組んでいる。価格は、1リットルに換算すると、日本のLL牛乳の本フェアにおける小売価格の8割程度である。このような「こだわり」商品への需要が見受けられる。

 この「オーガニック牛乳」のパッケージには、(1)北京市場に限定6千トン特別提供、(2)100%天然有機牧場で生産、(3)牧場は内蒙古平原、(4)飼料はアルファルファを主体として、大豆、小麦をミックス (5)成分は高タンパク質、豊富なセレニウム、高カルシウムなどと記載されている。


贈答用にも仕向けられる「オーガニック牛乳」


表6 標準的牛乳と「オーガニック牛乳」の比較


(4) 中国では日本と同じく、食料品を贈答用に送る習慣 ― 日本の高級牛乳・乳製品に活路 ―

 日常的に食べる食品を「贈答用」として送る習慣は、欧米にはあまり見られないが、香港では日本と同じように行われている。例えば、中国では超高級品となる日本のコメは、高級贈答品として販売されており、容量が大きくなると価格が増し購入しにくくなることから、1.5〜2.0キログラムに小型化して小売価格を下げることで購入しやすくしている。

 牛乳・乳製品については、常温での取り扱いが可能なLL牛乳がおいしく、健康に良いとして「贈答用」に、250ミリリットル紙パック10個から12個を化粧箱に収納させ、取り引きされている。このことから、値段が高くても、日本の牛乳・乳製品が「贈答用」として取り引きされる可能性もあるとみられる。

(5) 機能性食品などの付加価値による販売 ― きちんとした説明の必要性 ―

 中国の都市部における牛乳・乳製品の一人当たりの消費量は、この10年間で3倍になっているが、日本人と同様に、牛乳に含まれる乳糖(ラクトース)をガラクトースとブドウ糖に分解する酵素であるラクターゼが少ない乳糖不耐症の体質の人が相対的に多く、その割合は中国国民の2割とのことである。このことは、毎年1千万人生まれる子供のうち、2割は牛乳を飲むと消化不良や下痢などの症状が出ることになる。

 日本では、「お腹がゴロゴロしない」ということをうたった牛乳(乳糖をガラクトースとブドウ糖に分解したもの。日本における分類上は乳飲料)が販売されているが、機能性などの付加価値があれば、「ほかの商品とは違う」というきちんとした説明を浸透させることにより、高価格でも売れる余地があるのではないかとも考えられる。

(6) マーケティングの重要性

 中国には、冷たいものはお腹に良くないといった考え方がある。中国でビールを飲む時、今でこそ、レストランでは、常温のビールか、冷やしたビールかと聞くそうであるが、昔は、ビールを常温で飲むのが常であったそうである。牛乳も同様に、常温流通が常であったとのことである。

 枕型ビニール製パックに入れてある牛乳の飲み方を聞いたところ、そのまま飲むか、そのまま温めて飲むか、コップに移してから温めて飲むかとのことである。また、日本で粉乳と言えば育児用調製粉乳くらいしか思い浮かばないが、中国では高齢者向けにカルシウムなどを添加し、機能を高めた粉乳が多く売られている。温かいものを食べる食文化の延長線上にあるのかもしれないが、湯に溶いて飲んでいるそうである。

 コンビニエンスストアのおにぎりも、中国では当初、冷たいコメは食べないものと考えられていたが、その常識が打ち破られて、かなり売れているという。

 このことは、宣伝の仕方、売り方によっては、従来、売れないと思われていたものでも売れる可能性があるということであり、中国の消費マーケットに対しては先入観・固定観念は禁物であり、何がヒットするか予測困難な部分もあることが分かる。


おわりに

 昨今の日中貿易は、ますます緊密の度を深めている。日本からの輸出先としては、米国が依然としてトップであるが、2004年に初めて、日米間の輸出入額を日中間の輸出入の額が超えた。両国間の貿易はますます活発化している。(表7)

表7:逆転する日米と日中の輸出入額


「北海道」などへの強いあこがれ

 今回の調査で特に印象深かったのは、香港、台湾の場合と同様中国本土においても「北海道」ブランドへの想いが強いということである。

 関係者に聞くと、香港、台湾などからの北海道旅行者は、リピーターが多いそうである。美しい大自然に感動しながら、そこで飲む牛乳のおいしさ、肉、魚、野菜などを使った料理の旨さが一体となって、北海道全体へのあこがれとなる。百貨店の食品売場で「北海道」の表示を見つけると、つい買ってしまう。「九州」阿蘇の大自然も同じであろう。観光資源とタイアップした売り込みが、日本の牛乳・乳製品を輸出するに当たりかなり有効ではないかと考えられる。

 今回の調査に当たっては、次の方々に大変お世話になりました。この場を借りまして、深く感謝の意を表する次第です。

鏑 木 伸 二  国際協力銀行

白 井 正 人  独立行政法人国際農林水産業研究センター

林    勝 行  社団法人日本酪農乳業協会

原 田 登喜也   上海久光百貨有限公司

久 染    徹  独立行政法人日本貿易振興機構

山 下 憲 博  農林水産省農林水産政策研究所

                                        (五十音順、敬称略)
 


元のページに戻る