パン主体残さ多給によるブランド豚肉生産宮崎大学農学部 助教 高橋 俊浩 |
1.はじめにわが国は世界一の食料輸入国として知られている。豚肉についても約5割を輸入に依存しており、その金額は4,000億円以上に上る。2006年度の食料自給率はカロリーベースで39%、飼料自給率は25%であり、これは先進諸国の中で最低水準にある。現在、穀物は世界において戦略物資として位置づけられており、年々「食料」「エネルギー」「飼料」の間での競合が激化している。また、世界的な穀物の増産は水・石油・土壌の砂漠化と汚染といった環境問題を引き起こしており、地球温暖化などによる気候変動の激化は、大規模な干ばつの発生など新たな不安も生み出している。 その一方で、日本は世界一の食料廃棄国とも言われており、その量は食品産業の統計数値だけで年1,200万トンに上る。これは、国内での米の生産量をも上回る規模であり、カロリーベースで食料供給量の1/4に相当する。しかも、世界においては多くの栄養不足の人々が存在する中で生じていることであり、非常に問題である。 食品残さの飼料化は、これらを解決する方策として有効である。しかしながら、食品残さの利用に当たっては、取り扱いにくさと低品質豚肉の発生が問題となる。今回、われわれはコンビニエンスストアにサンドイッチや弁当類を供給している食品会社から由来した品質の良いパン主体の乾燥食品残さの飼料化を実用化する機会を得た。また、共同研究者である入江はパン主体の食品残さによって高品質豚肉(脂肪交雑の入る豚肉)の生産技術を開発している。 そこで、本稿ではこれまでの研究成果を利用しながら、飼料用穀物の代替としてパン類中心の調理残さを乾燥飼料とし、高品質豚肉を生産するための適切な給与法を開発した上で、ブランド豚肉を生産するに至った研究事例を紹介する。 2.研究課題と研究組織本取り組みでは、3つの課題を掲げた。第一にパン主体エコフィードの栄養評価を行い、第二に肥育豚に対する給与技術を開発し、第三にブランド化できる高品質豚肉の生産を目指した。飼料価格を抑えるための副原料としてエコフィードを組み合わせる方法も考えられたが、穀物価格および飼料価格が急激に上昇している現在の状況から、生産物の高付加価値化による国産豚肉の品質面での差別化が必要であると判断した。研究組織について説明する。パン主体エコフィードの生産はセブン−イレブンおよびそのオリジナルデイリー品を生産する(株)プライムデリカと飼料化乾燥工場を備えた(株)大島産業らが設立した九州食品工場リサイクル事業協同組合において行い、エコフィードの栄養学的評価と飼料配合設計を宮崎大学農学部動物栄養生化学研究室で、給与技術の開発と豚肉サンプルの供給を宮崎県畜産試験場川南支場で、生産実証試験と販売試験を宮崎県都城市の(有)とんとん百姓村において行った。また、すべての試験におけるエコフィード給与豚の肉質評価を宮崎大学農学部動物生理生化学研究室において担当した。このように、産学公連携によって取り組むことで互いの専門分野を生かし、効率よく研究を推進することに成功した。
3.パン主体飼料(エコフィード)生産福岡県宗像市にある(株)プライムデリカ宗像工場は、発生する調理残さを飼料原料(資源)として利用するために、生産設備に工夫を凝らしている。まず、建物上層の調理工場において、調理の各段階で発生する残さをポリ袋に分別収集し、下層の保管庫へシューターで落下させる。さらに、保管庫では庫内温度を5℃に保ち、調理残さを衛生的に分別した状態で搬出まで一時保管する。保管庫には搬出用ピットが併設されており、調理残さをここから保冷車によって飼料化加工場まで運搬する。佐賀県にある(株)大島産業の飼料化加工場に搬入された調理残さは、野菜などは低温真空乾燥機によって、パン主体残さは気流乾燥機によって乾燥処理される。ここでは、併設する産業廃棄物処理場によって焼却されるプラスチックの廃熱を利用して、乾燥にかかる石油コストを削減している。 (株)大島産業の飼料乾燥設備 調製されたパン主体エコフィード 4.エコフィードの栄養学的評価過酸化物やカビ毒といった有害物質含量、そして細菌数、重金属などについては公的な検査機関により検査を行い、安全の確認を行うのは当然であるが、エコフィードを利用する場合に第一に問題となるのは、成分変動による栄養成分のばらつきであろう。そこで、われわれは入手した調理残さの中から特にパン、麺類、菓子くず、米飯類などを中心としてエコフィードの原料を限定した上で、春から冬に掛けて約7ヵ月間にわたって試料を入手し、その一般成分変動とアミノ酸組成の変動を調査した(表1, 図1)。また、原材料の配合割合からビタミンおよびミネラル含量について推定を行い、それらの過不足について検討した。
表1 パン主体エコフィードの一般成分変動
図1 必須アミノ酸要求量に対する乾物試料中必須アミノ酸含量 これらの結果を踏まえ、パン主体残さを用いて肥育豚の後期用飼料の配合設計を行った。配合法は筋肉内脂肪含量(脂肪交雑)を高めるため、考案された入江らのタンパク質中のリジンバランスを崩す方法を用いた。なお、ほかで報告されている低タンパク質レベルにはしなかった。 5.エコフィード給与技術の開発飼料価格高騰の影響と、パン多給による肉質向上の評判から、パン残さは入手が難しくなりつつある。そのため、パン主体エコフィードを限りある有用資源と考え、肉質向上のための効率的な給与技術開発を目指した。そこで、宮崎県畜産試験場において、LWD交雑種(ハマユウ)を用いて給与期間と給与量について検討した。まず、給与期間の違いが肥育豚の肉質に及ぼす影響について試験を行った。平均体重50キログラム、70キログラム、90キログラムからパン主体エコフィードを給与し、出荷体重(約110キログラム)になった時点で試験を終了し、発育成績と枝肉成績、そして肉質分析と脂肪分析を行った。
表2 パン主体エコフィード給与期間と発育成績 エコフィード給与期間の発育成績に対する影響を表2に示した。パン主体エコフィード給与により、肥育期間はわずかに延長したものの大きな影響はなく、発育は良好であった。また、筋肉中脂肪含量は50キログラムから給与開始した場合に顕著な増加が見られたが、70キログラムからの給与でもそん色がなかった。しかし、90キログラムからの給与では市販配合飼料を給与した対照区と差が見られなかった(図2)。このことから、パン主体エコフィードを体重や70キログラムから給与することで、筋肉内脂肪を増加させることが明らかとなった。 図2 パン主体エコフィード給与期間と筋肉内脂肪含量 続いて、体重70キログラムからパン主体エコフィードの給与割合を25%、50%、75%、100%と変化させた場合の影響について検討した。エコフィード給与割合の発育と枝肉成績および外観の評価を表3に示した。75%〜100%区において一日増体量が大幅に低下し、肥育期間が対照区の約2倍にまで長くなる結果となった。一方、25%区、50%区は対照区と比較してそん色のない発育性が維持されていることが推察された。75%〜100%区において、試験飼料を再度分析したところ、試験開始前に分析して配合設計に用いた飼料に比べ粗タンパク質含量が低いことが明らかとなった。われわれの方法はアミノ酸インバランス法であり、低タンパク質法をとったわけではないが、エコフィードの場合、原料の栄養成分変動があり、低タンパクが少しでも行き過ぎると、発育が大幅に遅延するという危険性が生じることも示唆された。今回のような小規模での試験では、入手したエコフィードのロットによる栄養成分のばらつきが成長成績に大きく影響したと言えるが、大規模な実用化においてはこのようなリスクは小さくなるであろう。
表3 パン主体エコフィード給与割合と発育・枝肉成績および外観の評価
また、筋肉中粗脂肪含量はパン主体エコフィードの給与割合に比例して増加し、100%給与区では対照区に比べて有意に粗脂肪含量が増加した(図3)。さらに、その脂肪酸組成について調査したところ、パン主体エコフィード給与割合の増加に伴って一価不飽和脂肪酸(MUFA: Mono Unsaturated Fatty Acids)含量が増加することが明らかとなった(図4)。これは主にオレイン酸含量の増加を意味するものであり、パン主体エコフィード多給によって脂肪交雑だけではなく、脂肪酸組成の側面からも食味の向上効果が期待されるといえよう。 エコフィード給与豚のロース断面(上)と 市販配合通常飼料給与豚のロース断面(下) 図3 パン主体エコフィードの給与割合とロース中粗脂肪含量 図4 パン主体エコフィード給与割合と脂肪中脂肪酸組成 以上をまとめると、パン主体エコフィード多給によって、異常肉や軟脂の発生は見られず、体重約70キログラムからの給与で筋肉内脂肪含量を増加させることが可能であった。また、給与割合の増加に比例して筋肉内脂肪が増加することが明らかとなった。 さらに、体重約70キログラムからパン主体エコフィードを50%給与することにより、発育成績、枝肉成績が市販配合飼料給与の豚よりも向上し、脂肪交雑のある豚肉が生産可能であった。このことは、限りあるパン主体エコフィードを肥育後期に集中的に給与することによって、飼料コスト低減だけでなく効率的に肉質向上を可能にする給与方法であると考えられた。 6.生産農家における実証試験宮崎県畜産試験場での研究を踏まえて、宮崎県都城市にある(有)とんとん百姓村の3軒の農家でパン主体エコフィードを豚に給与し、豚の発育、し好性、健康やふんの状態、使用者の使いやすさなどの状況を調査した。給与試験は夏・冬の2回行い、第1回目は3軒の農家で体重約70キログラムから約50頭にエコフィードをほぼ100%給与し、第2回目は体重約70kgから25頭に対してエコフィード50%配合で給与を行った。 パン主体エコフィード100%を使った感想としては、「粒子が細かすぎるせいか豚によっては好き嫌いが見られ、食い込みが落ちることがある」、発育については「同一豚房でのばらつきが多く、発育の遅れと薄脂の増加が見られた」、エコフィードの状態については「よく乾燥しており、香りがよく日持ちする」などの意見が得られた。以上の結果より、2回目ではエコフィード給与量を50%とした。なお、1回目、2回目の枝肉成績はいずれも良好であった(表4)。
表4 農家における実証試験での枝肉成績
肉質についても写真のように市販の配合飼料を用いた対照区に比べ、エコフィード給与区では霜降り状の脂肪交雑が見られた。ロース中の粗脂肪含量は農家によって違いはあったものの、対照区の粗脂肪含量は3.0%未満であったのに対し、エコフィード給与区では約4.5〜7.0%であった(図5)。これらは遺伝的に脂肪交雑のある豚として開発されたTOKYO-X(5%)に勝るとも劣らない数値であった。 エコフィード給与豚肉と対照豚肉 図5 エコフィード給与豚肉のロース中粗脂肪含量 次にエコフィードを給与した豚における脂肪の融点、屈折率の結果を農家別の図6に示す。屈折率は農家による有意な差は見られなかったが、対照区に比べエコフィード群の屈折率がやや高い傾向にあった。 図6 エコフィード給与豚肉の脂肪融点と屈折率 融点ではエコフィード群において、31.0〜32.5℃の値を示し、対照区の35.3〜35.8℃と比べて農家Bでは有意な差が見られた。エコフィード給与では通常、軟脂の発生が問題となるが、本試験結果では、われわれらの判断基準に照らしていずれも問題のあるものではなく、正常の範囲であった。 脂肪の脂肪酸組成について農家別にまとめたものを図7に示した。いずれの区においても多価不飽和脂肪酸(PUFA: Poly Unsaturated Fatty Acids)が構成脂肪酸として最も少なく、一価不飽和脂肪酸(MUFA: Mono Unsaturated Fatty Acids)と飽和脂肪酸(SFA: Saturated Fatty Acids)が多かった。エコフィード群は、対照区と比べて有意ではないものの、飽和脂肪酸に比較して一価不飽和脂肪酸が多い傾向を示した。 図7 エコフィード給与豚肉の脂肪中脂肪酸組成 一価不飽和脂肪酸は食味に対して好ましい影響を与える脂肪酸として知られており、飽和脂肪酸や多価不飽和脂肪酸は好ましくない影響を与える脂肪酸として知られている。本試験結果は、パン主体エコフィード給与により一価不飽和脂肪酸が増え、飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸が減少していると言える。脂肪酸組成から考察すると、エコフィード給与群で融点が低く、屈折率が高かったのは一価不飽和脂肪酸の増加と飽和脂肪酸の減少によるものであろう。飼料中の多価不飽和脂肪酸を低減することによって、脂肪を硬くすることは可能であるが、好ましい脂肪酸である一価不飽和脂肪酸を低減することは避けた方が良いと思われる。 7.生産販売試験エコフィードを給与した豚肉を消費者に試食してもらい、豚肉の食味評価および食品の再利用に関するアンケートを実施し、その評価を分析することにより、多様な消費者のニーズを的確に把握しエコフィード推進に反映させる調査を行った。調査期間は2006年12月23日〜12月24日、調査対象は487名にアンケート調査を行った。アンケートの回収数と属性については、男性195人、女性292人であった。年齢別に見ると、10代が23人、20代が73人、30代が85人、40代が98人、50代以上が208人であった。 試食会とアンケート調査風景 エコフィード給与による豚肉の食味評価の調査結果において、「やわらかい」、「脂質」、「色」についての各質問で、「良い」評価が8割を占め、「多汁性」、「かおり」の質問で、「良い」評価が、それぞれ7割、6割を占めていた。また、総合評価において、項目の「とてもおいしい」、「おいしい」で100%を占めており、高評価であった(図8)。 図8 食味の総合評価 食品の再利用に関するアンケートについては、食品の再利用に対してどのように思うかという質問において、「良い」という評価が96%を占めていた(図9)。また、エコフィードを給与した豚肉の購入に関する質問では、96%の人から購入すると回答があった。購入すると回答した人のうちで、その理由を聞いた質問では、「環境にやさしいから(46%)」、「品質が良さそう(35%)」、「食料自給率を高めるから(19%)」の順となっていた。購入しないと回答した人のうちで、その理由を聞いた質問では、「安全性に不安がある(34%)」、「添加に不安がある(33%)」、「高そうだから(33%)」という結果であった。食品を再利用した飼料を使用した食肉は、どんなイメージであれば購入したいかという質問において、「品質がいい(41%)」、「ヘルシー(24%)」、「口コミの評判がいい(7%)」という結果となった。 図9 食品の再利用のイメージ このことから、消費者も食の再利用について非常に関心が高く、エコフィード給与豚の評価が良い結果となった。その一方で忘れてはならないのは、わずかであっても食品に対する不安を抱く消費者に対して、その不安を少なくするために、積極的にエコフィードの原料や製造過程についての情報を提供していくこと、あるいはエコフィードの実物を消費者に見てもらうことであると考えられる。 説明パネルと直売所での販売風景 8.ブランド豚肉販売開始このような、産学公での連携研究の成果として、平成19年7月より、(有)とんとん百姓村の直売所において、「観音池ポークしもふり」という銘柄で高付加価値豚肉の販売を開始することとなったパン主体エコフィードはおおよそキログラム当たり20円で1カ月当たり50トン供給されており、飼料コストを2割程度削減することが可能となった。市販配合飼料給与比べ、やや肥育期間が伸びることが確認されているが、飼料コスト削減によって長期肥育が可能になり、きめ、しまりといった肉質への効果も期待される。パン主体エコフィード多給により生産した豚肉の中から、マーブリング(米国基準)4以上のものに限定して銘柄化するなど、内部基準を設けて差別化を確かなものとしている。販売価格は通常よりもやや高めに設定しているが、売れ行きは好調である。販売所では、商品内容を説明するパネルを設け、脂肪交雑の入った豚肉であること、エコフィードを利用した環境にやさしい豚肉であること、産学公の連携研究の成果であることなどを購入者に対してアピールしている。 今後、農家間での肉質のばらつきについては、脂肪交雑の入りやすい雄豚を導入するなど、さらなる工夫を凝らす必要がある。 9.おわりにこの研究を推進するに当たって重要視したのは、産学公の連携により、互いの専門領域を生かすことと、得られた結果をフィードバックしながら研究をスパイラルアップさせることである。また、飼料コスト低減だけでなく、生産物の高品質化・高付加価値化を狙った目標設定をした上で、そのためのソフトウェア開発を中心として研究を行ったことも重要である。そのほか、既存の生産農家における配合飼料を用いた生産システムとの親和性を重視し、大きな設備投資を行うことなく小規模から実用化へ取り組むことができたことも成果につながった要因の一つであろう。 この研究成果は、エコフィードを利用して低コスト高品質を実現できることを示す事例として、飼料問題や環境問題の解決に向けた一助となるものである。今後、特産品化によって食品産業に貢献し、さらに観光産業などへの波及効果にもつながることを期待したい。 なお、本一連の研究は宮崎県産業支援財団の平成18年度産学公連新技術実用化共同研究委託事業「銘柄豚肉生産のための食品残さ飼料(エコフィード)活用技術の開発」(代表 入江正和)ならびに、文部科学省特別研究経費「農林畜産廃棄物利用による地域資源循環システムの構築」(代表 杉本安寛)の一部として行われたものである。 |
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