専門調査レポート
新規参入円滑化による肉用牛増頭
放送大学京都学習センター所長 宮崎 昭
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容易でない肉用牛増頭平成17年3月に「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」および「家畜改良増殖目標」が公表された。そこには10年後の27年度における肉用牛・牛肉の生産目標が定められている。肉用牛増頭は今や国家的要望と位置付けられ、中でも肉専用種繁殖雌牛の飼養目標頭数は73万3千頭とされ、10年間で11万頭の増頭を目指すことになっている。そのため18年度から毎年1万2千頭の増頭に向けた全国的な取組みが展開されることになった。18年2月1日から19年の同日までの1年間の肉専用種繁殖雌牛の飼養頭数は全国で13,900頭増加し、目標達成に向けて一見順調なスタートを切ったかに見える。それを農業地域別に見ると、九州管内がもっとも増頭が著しく、10,200頭で、ついで東北管内が6,000頭であった。しかし、この元気な九州管内にあって、大分県の頭数が伸び悩んでおり、とても気になっていた。 それというのは、筆者は本誌に『地域総合経営支援システムのさきがけ―久住町和牛振興会の活動―』(平成11年6月号)と題して、10年度に朝日農業賞で全国表彰された大分県の事例を報告していたからであった。そこでは昭和30年代の終わりから全国的に和牛の放牧が衰退する中で、夏山冬里方式による子牛生産で著しい増頭を実現し、さらなる増頭に意欲をもっていたからであった。その後、牧野・放牧地に恵まれているこの県の動きとして、『「豊後牛飼い塾」に学ぶ担い手づくり』(本誌19年1月号)と題し、秋岡榮子氏がその元気さが衰えていないことを報告されていたからでもあった。そこで最近の動きを見てみようと考えた。 新規参入への期待そのような時、(社)中央畜産会の会議で、最近、大分県で酪農経営の中に、町や大分県酪農業協同組合(以下、「県酪」という。)の強力な支援の下に大規模な肉専用種繁殖雌牛導入の動きがあると聞いた。従来、新規に10頭程度入れた例はあったようであるが、大規模なものは初めてであるとのことであった。それは筆者にとって渡りに船とでも思える情報であった。実は昨年、肉専用種繁殖雌牛の増頭のために酪農が果たしうる役割について、本誌18年12月号に『酪農から転換した和牛繁殖経営』と題する報告を書いていた。そこには訪れた4経営いずれもが、自力でコツコツと年月をかけて転換していたが、地域の支援を必ずしも十分に受けていないことや、「あの人だからこそできた」と特異的な事例として、普及していないことを紹介した。 このような形の酪農からの転換による増頭にはどうしても限りがあるように感じられたし、また、前述の久住町での増頭も努力の大きさの割には、それを越えるスピードで高齢化による離農が進むため、総体的に頭数が減っていったことも気掛かりであった。そこで画期的な増頭はJRでいうなら在来線に頼らず、新幹線を建設したような取組みによって実現するよりすべがないように思うようになっていた。 今回調査した事例は、公的支援を手厚くすることで、新規参入者が大規模経営に取組めるようにした点で、まさに新しい増頭への試みであり、期待も込めて紹介したい。 −田畑牧場−自給飼料確保に努力杵築市山香町の田畑牧場は酪農歴27年の父(58才)が長男(酪農歴4年:26才)とともに、乳用牛63頭(経産牛43頭、育成・初妊20頭、平均経産牛頭数44.5頭、出荷乳量367,837キログラム:18年度)の経営を行っていた。その一方で父は肉用牛繁殖経営を母牛25頭、育成10頭、子牛15頭の計50頭の規模で飼養し、同年10頭の子牛出荷していた。また、今回新規就農した次男(24才)は、地元農協に人工授精師として従事していた。花のある環境で自給飼料が多い(田畑牧場) 当初、飼料畑は6ヘクタール(うち借地2ヘクタール)で冬はイタリアンライグラスをラップサイレージで、夏はスーダングラスを乾草とラップサイレージで利用してきた。その後、18年の夏作以降5ヘクタールを近隣で離農した酪農家から新たに借り入れ、肉用牛の増頭を見込んで計11ヘクタールの作付を行うとともに冬作の増収を狙って、イタリアンライグラスとライムギの混播を行うとともに、利用形態はすべてラップサイレージとした。さらに19年の冬からは車で10分ほどのところに3ヘクタールの借地を増やして飼養基盤の強化を目指している。 また稲ワラについてもたい肥と交換することで、12〜13ヘクタール分を入手しつつある。その中には1枚が1.5ヘクタールという広い水田もあって、ワラ収集作業効率は高く、またそこでは裏作にムギを栽培しているので麦かんも入手できるという。このたい肥との交換は自家産のものだけでは不足するので、ワラを提供してくれる農家の水田近くの畜産農家のたい肥をその水田に入れる作業を請負って、たい肥の絶対量を多くしてワラの確保に努めている。 発展を願った経営分割この牧場で自給飼料の増産を心掛けるようになったのは父、兄、弟の計3名が互に経営を別にして元気ある農業に取組み、地域の振興に資したいと考えたからであった。具体的な近未来像は、主として父が現在の規模で肉用牛繁殖経営を続けることである。牛舎などは手作りに近い形で増築してきたものを使うことになる。その牛舎の中には、共進会の仮設牛舎の材料を譲り受けたものもあった。父は現在、酪農部門の中心にいるが、近々、長男に後継させる予定という。長男は大学卒業後、父の経営に加わって4年が経過した。今では、山香町酪農組合青年部の中心メンバーの1人としてたくましい後継者に育ち、地域での評価は高い。彼は、在学中から出身大学の「農業に触れ、考える会」に所属する学生の合宿(「のうりんむら合宿」:9泊10日)を夏休み毎に自宅牧場で実施し、この7年間に延べ80名ほどを受け入れている。 また、牛乳消費の低迷や、生産調整などによって酪農業界が厳しくなり始めた時期には消費者との交流を深める活動に取組んだ。例えば青年部員11名で山香地域牛乳・酪農食育アンケートを実施し、その結果をもとに牛乳や酪農に関する食育活動を保護者と学校の連携のもとに進めている。 次男は幼い頃から牛をみて育ったこともあって畜産への関心は深く、大学を卒業すると農協の嘱託の人工授精師として働いた。その2年間に肉用牛繁殖に関するさまざまな技術を学んだというが、牛飼いの師はどうやら父親のようである。 乳牛舎で作業する長男に山羊が寄ってくる(田畑牧場) 新規参入事業へ名乗りこうして次男が将来に夢を描き始めた時にJA山香町が地域肉用牛振興対策事業として、新規参入円滑化等対策事業を立ち上げることを知って、肉専用種繁殖雌牛100頭規模の施設等整備事業に手を挙げることにした。この事業では施設等整備も、繁殖用雌牛導入もすべてが農協が行い、施設と牛はそれぞれの耐用年数によって、31年後と5年後に本人所有となる。その間はJA山香町にリース料を支払うことになっている。それによって新規参入者が多額の担保を用意することもなく、また多額の借入金を準備することもないのでスムーズな就農が可能になる。希望に胸をふくらませる新規参入者の次男(田畑牧場) この事業による新しい牛舎は父の牧場の敷地内に建てることで、酪農経営などとの連携が図れることになっている。19年3月末、予定通り牛舎は完成し、繁殖用雌牛(いずれも初妊牛)25頭と子牛市場で求めた生後10ヵ月齢程度の雌子牛75頭(繁殖用素牛)を導入した。肉用牛繁殖経営に限れば100頭というこの飼養規模は、県内で5本の指に入るというから、かなり思い切った取組みであることがわかる。 フル稼動が待たれるほ乳ロボット 生まれた子牛は7日間母牛からほ乳し、その後の約3日間ほ乳ビンでミルクを与える。ほ乳に慣れてきて、ミルクが欲しくて人についてくるようになると、ほ乳ロボットに切り替える。ほ乳ロボットは25頭用が2口あって、将来、本格的に稼動するものと期待されている。 みんなで育てる新経営導入されていた75頭の子牛はもとより、新生子牛もとくに問題なく飼養されている。子牛によくありがちな下痢もほとんど見られないし、軽い鼓腸症にになった子牛もすぐに治療してもらい大事に至らず、新しい経営は順調にスタートした。この経営には以前、県酪に勤務していた開業獣医師がよく訪ねてくれて、様々な相談に乗ってくれているし、さらに杵築市役所にも2名の獣医師がいて地域を回っているので安心という。 さらに農業改良普及センターは統合されて、車で1時間ほどのところに移ったが、そこの酪農・和牛担当者は熱心でよく指導に立寄り、新しい情報に接することは容易である。この地域は酪農が主体であるが、肉用牛経営もいくつかあって、新しく肉専用種繁殖経営に取組むには恵まれているという。 筆者が訪れたおよそ2週間後に、この新しい経営から初めての子牛出荷が4頭予定されており、次男は胸をふくらませていた。子牛市場に上場される4頭のうちの1頭は父のお気に入りということで、必ず落札してみせるということであった。 父は今まで良い雌子牛を選んで自分の肉用牛経営部門に残してきたというので、将来は父が生産した雌子牛が次男の経営に入っていくことも期待される。そのうち、飼養頭数が増加すると、低コスト牛舎などが必要となろうし、県単事業の活用も考えることになりそうである。 牛舎などの施設は、設計の段階から次男の希望が聞き入れられている。毎日の作業動線をもとに作業の便利さを考えて、飼槽と通路を一体としたり、飼養する1区画を大きくして清掃しやすく工夫されている。ただ、10ヵ所ある分娩房を除く追込みスペースでは1頭当たり12平方メートルを当てるのが当初の基準であったというのが今では牛の体格が大きくなり、14平方メートルに改められたが、それが適用されなかったことだけは残念だという。 もっとも、屋根付きの部分が1頭当たり12平方メートルであっても、いずれの追込みスペースにも屋根のないパドックが整然と隣接してあるのは優れた対応とみられた。パドックにも屋根があれば敷料の乾きによい影響が出たに違いない。 作業動線をもとに働き易い肉用牛繁殖牛舎(田畑牧場) −白鳥牧場−転換期を迎えた酪農玖珠郡九重町の白鳥牧場は戦後、長野県小諸から開拓に入植した先代の祖父と当人(父)が2代にわたり経営してきた酪農経営である。白鳥氏は無借金の堅実な経営として地元での評価は高く、2代にわたり県酪理事に選ばれたりしてきた。18年度は乳用種44頭(経産牛30頭、初任5頭、育成9頭)、出荷乳量247,128キログラムの酪農を中心に成牛5頭、育成牛2頭の肉用牛繁殖経営も行ってきた。生活の質を高めるため住環境を大切にしている(白鳥牧場) 肉用牛の導入は4年前、高齢のため、牛を手離す親戚の成牛2頭と育成牛1頭を牛舎の空スペースに受け入れたのがきっかけであった。今もいるその牛は体格も良く、これらを手離さなければならぬ時、誰かに託したい気持がわかるほどである。かつての飼主は今でも牛に会いにやってきて、「子牛がとれた」と聞くととても喜んでいるそうである。 当牧場では現在、父(69才)、母(64才)と、2年前に7年間勤めた内装関係の会社を退職して実家に戻った後継者(32才)が働いている。後継者は両親の年齢を考えたり、現状の経営規模では生活が安定しないこともあって、1年ほど前から肉用牛繁殖部門の新規開拓を検討してきた。特に乳価が安い中で、所得をどうやって高めるかを考えたとき、自身に妻子がいることだからどうしようかと悩んでいた。 まず最初に、外へ仕事をしにいこうかと考えたが、そうすれば乳牛の世話がおろそかになるに違いないから帰ってきた意味がなくなる。つぎに乳牛を増頭することも現在の酪農をとりまく環境を考えると当分は無理だろう。そうなると残る選択肢は肉用牛繁殖部門の拡大しか思いつかないのであった。 新規参入円滑化事業に乗ろう肉用牛は増頭しても搾乳作業がないし、労働時間も短かいので、生活の質の点で問題はなさそうである。この地域には幸い肉用牛繁殖経営が多いので、そうなれば周囲は暖かく受け入れてくれそうであった。もともと祖父や父が地域に貢献していたことを知っているので、後継者は将来、地域の人々に役立つ経営者になりたいと考えた。飼料畑7ヘクタールで、イタリアンライグラスを栽培しロールのヘイレージで活用している。それだけでは面積が小さいが、近くには5〜6ヘクタールの草地があって、借りる目途もたっているので、増頭は自給飼料増産とパラレルで進めていこうとの意向である。 このような考えをめぐらせているとき、県酪が19年度肉用牛繁殖基盤強化総合対策事業(新規参入円滑化対策事業)に取り組む意向のあることを知った。そこでそれに乗って、新しく繁殖雌牛30頭を導入し、父の飼う成雌牛5頭を加えた計35頭規模の経営にするための牛舎および繁殖雌牛の貸付事業を受けることを決めた。新牛舎を作り、両親から独立し、裸一貫で肉用牛繁殖経営を立ち上げることにした。幸い牛舎建設予定地は自宅のすぐ前の傾斜地であり、筆者が訪れたときにはブルドーザーが整地中であった。したがって牛の導入はもう少し先のことになる。 新しい牛舎の建設予定地は急ピッチで整地が進む 彼は酪農も当分今の規模で両親とともに続けたいと考えているので、20年度の経営比率は酪農1:肉用牛繁殖1となるが、30年度には多分2:8になるという見通しをもっている。その時点では肉用牛繁殖雌牛は50頭となるという。 乳牛の世話に励む母(白鳥牧場) 肉用牛増頭に弾みこの事業は県酪が事業実施主体であり、計画の当初は県酪がどうして肉専用種導入を進めたりするのかと意見も出たそうである。しかし酪農だけではやっていけないところでは、肉用牛を入れていくのも時代の流れだと踏み切ったそうである。この経営で、経営規模を縮小してでも酪農を残したいとの意向であるのは、後継者が学校に行けたのは乳牛のおかげと感謝の念をもつからかもしれない。 前述の田畑牧場が受けた地元農協主導の事業と違い、この事業は県酪主導で、国や県の補助は概ね3分の2で、残りは個人負担である。しかし、事業実施者の年間償還計画と所得の推移の予測などの青写真はしっかりと描かれており、安心して取組めそうである。 この事業には白鳥氏のほかに、九重町にもう1戸、同じ規模のものが、そして佐伯市には40頭規模のものが参入を決定している。また現在、2名の大学生が1,2年後に地元に戻って、それぞれ同程度の規模で肉用牛繁殖経営がしたいとの希望をもっている。 大分県ではこのような形の肉専用種繁殖雌牛の増頭についての意向調査で、1,000頭に及ぶ希望があるということをつかんでいる。そのうち700頭程が、この事業が継続されれば手を挙げる見通しだという。この新規参入円滑化対策事業は、19〜21年度に実施すると決まっているものの、これによって着いた火は、拡がりを見せており、1,000頭の増頭を実現するためには、同様の事業をさらに3年間22〜24年度まで続けて欲しいとの声が強くなっている。それによって大分県での肉用牛の頭数は飛躍的に伸びるに違いない。 増頭に向けた支援体制今回調査に訪れた大分県全域の肉用種飼養規模は1〜4頭の戸数が43.9%、5〜9頭が27.2%で、経営者が50歳を越えた経営が比較的多かった。やがて高齢を迎えて離農する人が増えると予測される。そのとき離農者から中核農家への繁殖雌牛の移動など、地域でのやりくりに苦労が多かろうが、それによる大幅な増頭は期待しにくい。どうしても新しい発想の下に増頭のための新戦略が生まれなければならない。それに気付いたこの県では、従来県単の施設整備事業および導入助成事業に加え、19年度新規参入円滑化等対策事業に対し、県独自の上乗せ助成を行うこととしている。これにより、実施主体である農協、県酪等の負担が緩和され本事業による規模拡大が行われている。すでに鹿児島県や宮崎県では経済連がこうした支援事業を実施しており、それに見習ったものであった。今回、これに多くの若い人が関心をもち、新規参入支援で比較的規模の大きい経営を立ち上げようとし始めた。若者たちは先輩格の大規模経営者と手をとり合って増頭に拍車をかけていく気配である。それには「豊後牛飼い塾」で地道に担い手育成が続けられたことも影響している。 本事業の実施者については、県と農協で新規参入者支援体制をつくり、関係機関の協力の下にきめ細かい指導支援が行われていて、普及センター、獣医師、家族などが親切に応援している。また、自給飼料生産用畑を提供する地元の人もいる。普及センターは県内の50頭規模の優良な肉用牛経営で新規参入者の研修を1週間ほど行うことも計画している。 先輩格の肉用牛経営者が開く食事処が阿蘇にある(鷲頭牧場) ふくらむ増頭への期待県内の関係者が力を合わせて取組んだこともあって、この事業を通して、1,000頭もの増頭希望が出てきている。その中には酪農からの参入も多いが、酪農においてはもともと自給飼料の生産に熱心であったので、肉用牛経営に転換したときに、足腰が強い経営が生まれることであろう。新規参入の若者が美しい環境で楽しく農業を行うのを助ける雰囲気がここにはある。訪れた2つの経営では美しい花があり、きれいな植木が家を囲っていた。牧場内を山羊が遊んでいたり、烏骨鶏なども飼われ、そこでの生活者の楽しさが見える。これからの農業者は都会の非農業者家庭と同程度に快適な生活を楽しまなければならないとの発言も聞けて、新しい時代が来つつあると感じられた。 こうした動きがあるとはいえ、大分県は大規模な肉用牛繁殖経営が必ずしも行い易い環境にはない。そこでキャトルステーションをつくり、希望に応じて、子牛、あるいは母牛を預かって牛舎の空きスペースに牛を入れて増頭を図るなどの支援も期待される。それとともに離農者の牛をスムーズに地元保留させるため、病気の心配がない牛のあっせんをしたり不受胎牛を良い状態に戻して移動させるような繁殖牛リハビリセンターなどもつくるとよい。それによって広大な牧野・放牧地を有するこの県で増頭に弾みがかかることを期待したい。 |
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