◎今月の話題


ファームサービスをビジネスへ
〜肉用牛繁殖経営における高齢農家支援〜

岡山大学大学院環境学研究科 教授 横溝 功

1.はじめに

 わが国の肉用牛繁殖部門は、近年、繁殖雌牛(子取り用めす牛)の飼養戸数・飼養頭数ともに減少傾向にある。農林水産省「畜産統計」で飼養頭数の推移を地域別に見ると、わが国の総飼養頭数の過半を占める九州地域が平成11年(2月1日現在の数値)から15年にかけて頭数を増やし、その後維持しているのに対して、多くの地域が飼養頭数を減らしている。そこで、平成11年に対する18年の増減率を計算すると、北海道、関東・東山、九州地域がプラスで、東北、北陸、東海、近畿、中国、四国地域はマイナスになっている。増加率は、北海道が2.8%、関東・東山地域が6.9%、九州地域が4.6%である。減少率の上位3地域は、近畿、東北、中国で、それぞれ、▲29.1%、▲22.3%、▲19.5%と大きく減らしていることが分かる。このように、地域間の格差が拡大している。

 以下では、繁殖雌牛の減少が著しい中国地域の中で、規模拡大やコスト削減に取り組んでいる先進的な繁殖経営の事例を取り上げ、当該経営の展開が、繁殖雌牛の機能発揮を通じて、近隣の肉用牛繁殖経営に波及し、地域の重要な産業になっていることについて言及する。


2.地域の遊休資源の活用

 本稿で取り上げる石賀博和、恵子さんは、平成16年度全国優良畜産経営管理技術発表会の最優秀賞、平成17年度(第44回)農林水産祭の天皇杯(畜産経営)、平成17年度畜産大賞の最優秀賞(経営部門)の受賞という輝かしい成果を収めている。石賀さんの牧場は、岡山県県北の真庭市の中山間地域に立地する。

 当該経営は、常時60頭の繁殖雌牛を飼養している肉用牛繁殖経営である。経営の特徴としては、(1)近隣の公有地での放牧体系を確立し、購入粗飼料の節約および省力化に成功していること、(2)中山間地域の遊休水田を借り入れ、積極的に飼料生産を行っていること−を挙げることができる。ちなみに、(1)の放牧では、小型ピロプラズマ病などの対策を適正に行い、粗飼料購入の節約効果を推計すると、約270万円に上る。また、(2)では遊休の水田を18ヘクタールも借り入れているのである。以上のことから、当該経営の存在は、地域の遊休資源活用という側面からも、重要な役割を果たしていることが理解できる。平成18年には長男も後継し、盤石な経営基盤を構築しつつある。


3.地域のリーダー

 当該経営が立地する真庭市管内の繁殖農家の多くは、高齢化が進んでいる。それ故、毎日の家畜飼養管理に対処できても、子牛の出荷など、特別な作業に対処できず、廃業するというケースが見られる。当該経営では、近隣の新庄村に立地する先進的な肉用牛繁殖経営と連携をとりながら、高齢農家の子牛出荷作業を代行しているのである。

 また、石賀さんは、「まにわ和牛研究会」の設立に尽力し、リーダー的な役割を果たしている。例えば、子牛の育成でうまくいかない農家の相談に気さくに応じ、的確なアドバイスを行うなどの支援も行っているのである。

 このような地域のリーダーとしての行動が、高齢農家による肉用牛繁殖経営の廃業に歯止めをかけることになる。


4.「ゆい」からビジネスへ

 以上のように、地域のリーダー的な肉用牛繁殖経営の存在が、近隣の高齢農家にプラスに働いていることが分かる。そして、さまざまなファームサービスの提供は、リーダー的な肉用牛繁殖経営から近隣の高齢農家へと一方向になっている。換言すれば、この関係は、ファームサービスの授受が長期的に均衡するような「ゆい」にはなっていないのである。しかし、リーダー的な肉用牛繁殖経営も、ボランティアで経営を行っているわけではないので、ファームサービスに対する適正な対価を受け取ることが肝要である。従って現在、肉用牛ヘルパー活動に対する補助があるが、これらの関係を新たなビジネスとして成立させる必要があるのである。

 なお、このようなビジネスを成立させ、安定させるためには、普及指導センター、畜産協会、農協などの調整機能が求められる。


5.中山間地域における防人(さきもり)としての繁殖雌牛

 石賀さんの経営で見たように、繁殖雌牛は、小型ピロプラズマ病などの対策を適正に行えば、放牧によって、大きな経済効果を享受することができる。しかも、林地などの遊休資源の有効活用ということになる。また、石賀さんのようなリーダー的な経営の場合、積極的な飼料生産につながり、転作を通じて、遊休水田の有効活用ということにもなる。

 繁殖雌牛は、飼養管理システムをうまく構築すれば、国内の資源だけで養うことが充分できるのである。このような繁殖雌牛の特徴を生かすことができれば、中山間地域で人々が定着できる産業基盤として、繁殖雌牛を捉えることができる。

 リーダー的な肉用牛繁殖経営を点として捉え、肉用牛繁殖の高齢農家を支援するようなファームサービスの提供がビジネスとして成立すれば、点から面へと、繁殖雌牛による地域への波及効果が広がることになるだろう。


横溝 功(よこみぞ いさお)

プロフィール

1955年生まれ、大阪府出身
1984年 京都大学大学院博士後期課程中退
1984年 愛媛大学農学部助手
1988年 京都大学農学博士 学位取得
1989年 日本農業経済学会賞受賞(『畜産経営負債論』明文書房)
1990年 岡山大学農学部助教授
2000年 岡山大学農学部教授
2005年 岡山大学大学院環境学研究科教授


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