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正常なピロリ菌体 |
溶菌を引き起こしたピロリ菌体 |
(1)ブルータイプに抗ピロリ菌効果と推定
ブルータイプチーズ3種類、ゴーダチーズ、チェダーチーズおよびプロセスチーズを供試し、各種チーズから水溶性画分とエーテル画分を得て、これらを含む培養液中でピロリ菌を一定時間培養したのちの生残性を検討した。結果は示していないが、いずれのチーズ水溶性画分を含む場合でも、コントロールとほぼ同レベルの菌数が検出され、ほとんど生残性に影響を及ぼさないことが示された。一方、エーテル画分を添加した培地で一定時間保持すると、図4に示したようにブルータイプチーズ由来の試料においては、103cfu/mlから104レベルまで低下しており、この画分に抗菌活性を含む成分が存在することが示唆された。
図4 チーズから得られたエーテル画分のピロリ菌の生残性に及ぼす影響
ブルーチーズエーテル抽出物には、ピロリ菌に対する抗菌物質が含まれることが示唆されたことから、エーテル抽出物中に含まれる物質を解析することとした。図5には、6種類のチーズエーテル抽出物を薄層クロマトグラフィーに供した結果を示した。本実験で用いた展開溶媒では、(1)トリアシルグリセロールグループ、(2)脂肪酸グループおよび(3)ジ-アシルグリセロール、モノアシルグリセロールおよびその他の脂質グループ、の3種を大まかに分類できた。特にRf値から矢印で示されたスポットは脂肪酸であると考えられた。供試した6種類のチーズエーテル抽出物の成分を比較すると、ブルータイプチーズにおいて、脂肪酸と推定されるスポットが明確に検出された。さらに、抗菌試験で用いたブルーチーズ1の矢印に相当するスポットを薄層から抽出し、ガスクロマトグラフィーで長鎖脂肪酸の分析条件で定性分析を行った。数種類の脂肪酸が検出され、特にC14:0(ミリスチン酸)、C16:0(パルミチン酸)およびC18:1(オレイン酸)のピークが高く、これらの存在比率が高いことが示唆された。
図5 チーズエーテル画分のTLC解析
以上の結果から、ブルータイプチーズのピロリ菌に対する効果は、遊離脂肪酸によるものと推察された。
ブルータイプチーズ中の遊離脂肪酸がピロリ菌の増殖阻害活性を有することが示唆されたことから、標準脂肪酸の増殖に及ぼす影響を検討した。図6には、ピロリ菌の48時間培養時点におけるコントロール(無添加)に対する各種脂肪酸添加培地での生育性を相対吸光度で示した。脂肪酸分子種によって、ピロリ菌の生育性に大きな違いが見られた。すなわち、飽和脂肪酸であるC16:0のパルミチン酸やC18:0のステアリン酸はほとんど生育性に影響を及ぼさなかったが、飽和脂肪酸でも鎖長の短いC14:0のミリスチン酸やC12:0のラウリン酸はピロリ菌の生育を著しく阻害した。また、パルミチン酸やステアリン酸と鎖長が同一であるが不飽和脂肪酸であるオレイン酸やリノール酸もまた顕著な阻害活性を有していた。
図6 標準脂肪酸がピロリ菌の増殖に及ぼす影響
以上のことから、ブルータイプチーズのピロリ菌に対する抗菌効果は、チーズ中の遊離脂肪酸によるものと結論付けた。
また、標準脂肪酸のピロリ菌に対する抗菌メカニズムを明らかにするため、ミリスチン酸の溶菌メカニズムを検討した。菌懸濁液の菌濃度(OD600)を1.0に調整し、2mMミリスチン酸を添加した際の吸光度の変化を経時的に測定した。図7に示したように、わずか15分で濁度は急激に減少し、未処理の濁度に対して40%以下になった。この結果から、ミリスチン酸はピロリ菌に対して溶菌活性を有していることが明らかになった。
図7 標準脂肪酸がピロリ菌の増殖に及ぼす影響
したがって、ブルーチーズ中の遊離脂肪酸もピロリ菌に対して殺菌的に抗菌効果を示しているものと推察された。
(3)ブルータイプの遊離脂肪酸の溶菌作用と推察
今回、ゴーダー、チェダー、ブルータイプおよびプロセスチーズのピロリ菌に対する抗菌作用を調べたところ、ブルータイプチーズから得られた抽出物に強い抗菌活性が見られた。我々の薄層クロマトグラフィーを用いた実験からは、ブルータイプチーズのみに遊離脂肪酸が検出された。また、標準脂肪酸を用いた実験結果から、供試した脂肪酸の中で、C16:0およびC18:0の脂肪酸以外が、抗ピロリ菌活性を示したことと、それら活性を示した脂肪酸は、ガスクロマトグラフイー分析によって、ブルータイプチーズ中に確実に含まれることが示された。
したがって、ブルータイプチーズ中に含まれる特定の遊離脂肪酸が、抗ピロリ菌活性成分の要因の一つであると推察された。
脂肪酸のピロリ菌の作用機序として溶菌作用によることが示唆された。Thompsonらは、長鎖多価不飽和脂肪酸が抗ピロリ菌活性を示すことを報告しているが、その作用機序として、菌体外膜の流動性を高め、膜の透過性が高まることで小分子の菌体内への流入が起こり、結果として溶菌するのではないかと推察している24)。筆者らの研究では、脂肪酸分子種によって抗菌性の差異が見られた。すなわち、C16:0やC18:0の飽和脂肪酸ではほとんど活性が見られなかったが、飽和脂肪酸であってもC14:0やC12:0では活性が見られ、また、C16:0やC18:0と鎖長が同一であっても不飽和脂肪酸では活性が見られた。これらの理由は全く不明であるが、立体構造上の問題であることは推察される。
これまで、チーズ中の抗菌性物質として熟成中に派生してくる乳タンパク由来ペプチドが見出されているが25)、チーズ脂肪酸が抗ピロリ菌活性を持つことを示した例はなく、非常にインパクトのある結果であるといえる。我々の結果は限られたチーズのみでの実験であり、さらにチーズの種類を増やすことで、チーズの抗ピロリ菌作用の全容が明らかにできるであろう。また、作用機序の解明もほとんど進められなかったことから、今後、検討を進めたいと考えている。抗ピロリ菌活性が示されたブルータイプのチーズはし好性の観点からなじみの少ない日本人も多いとも考えられる。
そこで、将来的には、リパーゼ活性の高い乳酸菌のスクリーニングを行い、風味等の改善を図りつつ、より日本人に好まれるピロリ菌活性を示す新しいタイプのチーズの開発を目指したい。
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