調査・報告

TMRセンター・ネットワークの可能性と課題

東京大学大学院 経済学研究科 准教授 矢坂 雅充


1.はじめに─酪農生産基盤としてのTMRセンターとネットワーク─

 北海道を中心として、1990年代末からTMRセンターが次々に設立されてきた(注1)。飼料生産・調製作業の外部化によって、乳牛の飼養管理・繁殖管理に専念して、効率的で高いレベルの技術を駆使する酪農経営の実現がめざされている。それは以前から府県で設立されてきたTMRセンターとは、次のような点で異なっている。一つは、その多くでは生産者が出資して経営に参画する有限会社の形態を取っている。二つは、自給粗飼料を利用したTMR(完全配合飼料)の製造・供給を行っていることである。個別経営では対応できない労働力や新規投資の限界を超え、新たな酪農経営の方向性が模索されている。

 TMRセンターの利用によって、経産牛飼養頭数や一頭あたりの乳量が増えて酪農経営の出荷乳量が伸び、酪農産地としての基盤強化にもつながっていることが報告されている(注2)。構成員の酪農収益は、農家ごとのばらつきはあるが、総じてTMRセンターを利用することで、収益の増大が図られているという(注3)。こうした先行事例をモデルにして、道内各地で、さらに最近では府県でも、このようなTMRセンターが相次いで設立されてきたのである。

 北海道宗谷支庁猿払村と浜頓別町を管内とするJA東宗谷でも、酪農経営の展開を支える組織としてTMRセンターの設立が相次いでいる(地図参照)。(有)浅茅野システムレボが2005年8月から、(有)浜頓別エバーグリーンと(有)みどりの開明は07年9月からTMR供給を開始した。現在、猿払村芦野地区でJA管内で4つ目のTMRセンター設立が予定されており、TMRセンターは地域酪農の将来を切り開く基盤、「酪農生産のインフラ」になりつつある(注4)。

 さらに管内に多くのTMRセンターを抱えることになったJA東宗谷は、08年1月にTMRセンター、コントラクター、トラック協会、土建業者、行政、農業改良普及センター、農協を構成員とするTMR連絡協議会を発足させた。TMRセンターのネットワーク化・相互連携によって、農協と対置されるような地域酪農生産の現場組織を育てようとしているといえよう。

 以下では、土地利用酪農が直面するさまざまなリスクを軽減し、地域酪農生産の安定的な発展に寄与するTMRセンターとそのネットワーク機能について検討していくことにしよう。


2.JA東宗谷管内における酪農戦略 ─高齢化などへの対応─

 宗谷支庁の生乳生産量は28.4万トン(2005年)で、全道の7.4%を占める。1戸あたりの生乳生産量406トン(2006年)、経産牛1頭あたり乳量8,262kg(同左)は、それぞれ全道の437トン、8,651kgに比べて6〜7%低い。草地資源に恵まれた宗谷地域の産業の中心はもとより酪農である。それだけに条件不利地での牧草生産、港湾から遠く割高になる配合飼料といったハンディキャップを克服し、土地利用型酪農の活性化を図ることが最優先課題とされてきた。

 JA東宗谷管内の酪農経営は、宗谷地域の中でもこれまで積極的に経営拡大を進めてきた。図1に示されるように、1戸あたり生乳生産量の伸びは道東地域のそれを凌ぐほどである。酪農経営の改善のための投資意欲が旺盛で、宗谷地域ではひときわ目立つ発展を遂げてきたといってよい。それは図2にいっそう明確に示される。JA東宗谷管内の猿払村、浜頓別町の1戸あたり生産乳量の伸びは、地域内の他市町村はもとより、全道平均のそれを上回っている。

図1 北海道酪農主産地の一戸あたり年間生乳生産量推移

図2 宗谷地域の市町村別一戸あたり年間生乳生産量

 それだけにこれまでどおりに持続的な酪農経営の発展を描いていけるのだろうかという不安が募っていった。離農跡地を吸収して経営規模拡大を図るという構図は、経営者の高齢化などによる労働力不足や資金不足のために維持しえなくなっていくことが予想されたからである。酪農経営がその能力を最大限に発揮して、自らの条件にあった酪農経営を実現し、そして円滑に次の世代の人たちに経営を継承させていくための酪農の地域システムを模索しなければならないという危機感が酪農生産者、酪農関係者のなかで高まっている。いま将来に向けて手を打たなければという意識からか、組合員の酪農生産への投資意欲はまだ高い。

 組合員に対するアンケート調査では、圃場整備に50%、牛舎の新築・増改築に48%という高い比率で投資への希望が表明されている(注5)。今のうちに将来を見越した酪農産地の戦略を打ち立てることが必要であると強く意識されるようになっている。その代表的な試みがTMRセンターの設立とそのネットワーク化であったといえよう。


3.TMRセンターの運営を支える連携関係

1)構成員との連携
─酪農生産者によるガバナンス─

   
 飼料生産・調製をTMRセンターにすべて任せるという飼料部門の外部化によって、酪農生産者は乳牛飼養管理に専念することができる。たしかに分業の利益を獲得することができそうである。乳牛の飼養頭数を増やし、より高度な飼養管理技術を身につけていく余裕も生まれるに違いないからである。大型機械・設備を備えたTMRセンターから、適期に収穫・調製された良質のTMRが供給されるようになれば、乳牛の疾病防止や搾乳量の増加といった相乗効果も期待される。

 それでも飼料生産の外部組織への全面委託は、多くの家族酪農経営にとって簡単に踏み込めることではない。少なくとも飼料生産が持続的に受託されるという見通しが立たなければならないだろう。もし受託組織の経営が破綻して、飼料生産を委託することができなくなれば、飼料生産機械などを処分してしまった酪農経営は連鎖的な破綻に陥る可能性が高いからである。

 そこでTMRセンターが安定的に飼料を供給し続けるためには、まず利用者との相互連携が欠かせない。その一つの対応が、飼料生産・TMR調製を担うTMRセンターを、生産者が出資して設立し、運営することである。農協が運営することでTMRセンターへの信頼性が担保されることもある。しかし、より直接的に生産者自らが経営に参画する経営形態が選択される傾向にある。経済的な負担をともなう出資そのものが、構成員との信頼関係を前提としているというべきかもしれない。出資者には当然ながらTMRセンターの経営状況が定期的に開示される。飼料生産・調製作業などに対する不満や要望といった評価も、利用者ではなく出資者からの提案として取り上げられよう。TMRセンターは実質的に外部組織ではなく自分たちの組織であるから、安心して作業の外部化を図ることができる。

 むろん構成員はTMRセンターの経営リスクを負うことになる。TMR生産の規模にもよるが、飼料生産・調製のための機械・設備投資額は通常1〜2億円で、TMR圧縮梱包機を導入する場合には6億円を上回ることもある。借入金の返済、さらには更新引当金の確保を含めて、構成員は日々の酪農経営をつうじてTMRセンターの運営を継続的に支えていく(注6)。TMRセンターの運営収支が合うように構成員のTMR購入価格が設定されるからである。

 こうした構成員の経営参画意識が、隣接する農地の境界を取り除いたり、換地をすることによって、飼料畑・草地の集団的な土地利用を実現して飼料生産の効率化を促す原動力にもなっている。TMRセンターの持続的な運営には、TMRの利用者がその経営に深く立ち入って連携することがまず前提とされる。

2)コントラクターなどとの連携
─円滑な運営に欠かせないコントラクター─

 粗飼料を自給するTMRセンターは、特定の時期にしか使用しない資本設備が多く、資本の回転率が極めて低くなる。飼料生産専用機械は無理であるとしても、さまざまな用途に利用されるダンプカーなどは傭車で賄う必要がある。

 外部利用は機械設備だけでなく、労働力にもあてはまる。TMR製造・配送に伴う定常的な労働と、飼料生産のための短期集中的な長時間労働は、外部委託されることが多い。いうまでもなく構成員は自らの牧場で飼料給餌や朝夕の搾乳などの作業を抱えており、飼養頭数を増やすにつれて飼養管理作業の負担も重くなっている。TMRセンターへの出役には限界があり、各牧場での飼養管理作業などに支障をきたすような労働には対応しきれない。

 そこで多くのTMRセンターは、これらの作業を地域のコントラクターに委託することで、円滑な事業運営を図ることになる。コントラクターは周年で従業員を派遣してTMR製造・配送を担当したり、牧草収穫期に晴天を見計らいながら、最優先で長時間にわたる採草・調製作業などに当たる。酪農経営の飼料作業外部化の受け皿であるTMRセンターは、さらに地域のコントラクターなどに作業を再委託していることになる。コントラクターがTMRセンターの現場での作業を支えていることもめずらしくない。いわばこうした飼料部門外部化の連鎖的な連携関係が、TMRセンターの持続的な運営の鍵を握っているといえよう。

 では、こうした「連携」の具体的な内容を、3つのTMRセンターの事例でみておくことにしよう。


4.JA東宗谷管内のTMRセンター運営をめぐる連携状況

 JA東宗谷管内には前掲地図に示されるように、比較的まとまった地域に3つのTMRセンターが設立されている。それぞれの地区の酪農生産者が、地域酪農の将来像を検討した結果、持続的あるいは安定的な酪農経営を実現するためにはTMRセンターの設立が欠かせないという同じ判断を下した。

表1 東宗谷管内の各TMRセンターの概略

 もっとも各TMRセンターの運営状況は、表1からわかるように、一様ではなく個性豊かである。たとえば、「みどりの開明」が構成員・従業員などの出役にもとづく自己完結的な運営を方針としているのにたいして、「浜頓別エバーグリーン」はJA畜産事業所などのコントラクターへの作業委託に依存している。「浅茅野システムレボ」は構成員による作業に加えて、地元の運送会社などへの作業委託を重視している。

 しかし、これらの個性的なTMRセンターには、構成員やコントラクターなどとの連携を軸にして、継続的な運営を図っているという共通する特徴を見いだすことができる。そこで以下では、どのような「連携」によってTMRの安定的な供給が支えられているのかを、3つのTMRセンターの事例からみておくことにしよう。

1)(有)浅茅野システムレボ

 猿払村の浅茅野地区にはトラクター利用組合が5組合(30戸)あり、5〜6人の組作業を基礎とするきざみサイレージ生産が酪農経営の基盤となっていた。その後、1人作業が可能なラップサイレージが普及してトラクター利用組合からの離脱が進み、さらに農業生産法人の設立によって利用組合の体系を抜本的に再編する必要が生じた。そこで、きざみサイレージに取り組んでいた酪農生産者が集まり、かねてから検討課題になっていたTMRセンターの構想を具体化し、2005年8月からTMR供給が開始された。

(1)構成員
 浅茅野地区の酪農経営はTMRグループとラップサイレージグループに分かれることとなった(注7)。それでも8戸1法人の構成員のおよそ800ヘクタールの草地は、TMRセンターの周囲6キロメートル範囲に広がる。もとから草地の団地化が進んでおり、1区画の平均面積は5〜6ヘクタールで、7団地ほどにまとまっている。これまで員外として飼料作を委託していた2戸の生産者も近く構成員に加わり、900ヘクタールほどの草地基盤を持つTMRセンターになる。

 TMRセンター設立後に構成員が1戸離農したが、TMRセンターの従業員が新規就農者となり、居抜きで経営を継承することとなった。緊急的な離農に際して、新規就農者が認定農業者の認定を受ける支援を行うとともに、離農跡地の取引もTMRセンターが仲介役を果たしている。離農と新規就農のマッチングは、TMRセンターに期待される重要な役割として認識されるようになった。このことはのちにやや詳しくみることにしよう。

 TMRセンターの日常的な運営(草地管理、TMR生産、総務)は、パート職員1名と構成員の2人の役員が担当している。グラスサイレージの状況に応じた飼料設計の変更やTMRセンターの経営管理などに関する情報などが随時発信され、構成員に共有されることになる。

 TMRセンターは利益をあげることが目的ではなく、TMR供給価格の抑制が重視される。構成員の草地には泥炭地はなく、しかも近隣地区にまとまっていてTMRセンターとの平均距離もおよそ1.8キロメートルすぎない。恵まれた土地条件を反映して、構成員からの借地料に相当する原料草(牧草)の買い取り価格は20,000円/haで、他のTMRセンターの2倍である。それでも配合飼料価格の高騰に対応して、TMRの主原料であるグラスサイレージの販売価格を2円引き下げて8円/kgにしている。酪農生産者が出資しているTMRセンターだからこそ、構成員の酪農経営収益の確保が優先されるといえよう。作業機械や設備の更新リスク引当金は積み立てられず、TMRセンターの経営リスクはそれだけ高まることになる。生産者出資によるTMRセンターのアキレス腱である。

 また、こうした好立地条件のもとでもTMRは不足気味である。構成員がさらに飼養頭数を増やしていくためには、遊休地や未利用地の造成が必要になっている。飼料部門をTMRセンターに全面委託して牧草の生産性、品質の向上を図り、構成員の酪農生産増大を実現するためには、飼養頭数と農地のバランスを維持していくことがもとめられている。

(2)機械設備
 広大な草地がまとまって団地化していることを背景に、最新の大型モアコンディショナー(刈り取り・集草機)が導入された。1台の購入価格はおよそ3,500万円で、補助残の自己負担も1,500万円を上回る。晴天を見計らって短期間に牧草を収穫し、良質のグラスサイレージをつくるためには、一挙に10メートルの幅で牧草を刈り取る大型機械が必要であると判断された。

 自走式ハーベスタやTMR製造のためのミキサーフィーダーや16基のバンカーサイロなどの関連投資を含めて、自己負担による投資は約2億円になっている。それだけにマネーフローの管理は重要になっている。モアコンディショナーは10年ほどでの更新が予定されており、のちにみるように機械設備の更新の準備が導入当初から懸案事項となっている。

 もっとも機械設備導入の経営リスクは更新時に限らない。モアコンディショナーが導入後に故障して部品交換を余儀なくされた際には、外国製で部品が高価であるうえに、在庫がなく迅速に修理できないというトラブルに見舞われた。最新鋭の輸入機械のばあい、メンテナンスのリスクも大きいといえよう。


(有)浅茅野システモレボ
仲野さん

(3)労働
 TMRセンターの飼料生産の作業担当者を、主な作業についてみておこう。構成員は肥料撒きとスラリー散布、また地元の運送会社に委託して大型ダンプで圃場まで運んでもらった堆肥を草地にすき込む作業を行っている。

 草地更新も時期的な制約は少ないが、作業機械の操作のノウハウなどが勘案されて、のちにみる農協の猿払畜産事業所や地元の土木関係の業者に委託している。

 牧草の収穫と調製は、晴天が少なくとも3日間続きそうな日を見計らって集中的に作業を行わなければならない。夜中まで作業を続けても、バンカーサイロにふたをするまでに晴天が2日間必要になる。一番草の収穫・調製は例年6月12日〜26日ころまでの10日間ほどで終えることになる。そこで刈り幅が9.2メートルの最新鋭のモアコンディショナーを導入し、作業時間の短縮を図り、それに続いて自走式ハーベスタ(2台)で牧草をきざみ、大型ダンプ(5台)と4トントラック2台で搬送して、バンカーサイロへの積み込み・踏み込み作業が集中的に行われる。

 これら一連の作業は、構成員とコントラクター事業を担う地元の運送会社で進めている。運送会社の大型ダンプの傭車が必要になり、なによりも酪農生産者である構成員の作業時間が午前9時から午後5時くらいまでに制約されるのにたいして、コントラクターは午前6時から午後7時といったように未明から夜まで作業を続けるので、牧草の収穫・調製期間を短くすることができるからである。また天気次第で変わりうる牧草収穫作業の日程調整に、運送会社がすぐに対応できることも重要な委託条件になっている。

 ダンプからバンカーサイロへの牧草の積み込み作業は熟練を要するので、特定の構成員が担当しているものの、コントラクターの労働力と機械がフルに活用されて、良質のサイレージづくりが進められていることがわかる。
 さらにTMRの調製・配送作業はコントラクターに全面委託しており、運送会社から派遣されている2名の常駐従業員が担当している。午前7時に調製・混合作業が始まり、構成員へのトラックでの配送は午後3時ころに終了する。こうした毎日繰り返されるTMRの調製・配送作業も、構成員が出役でこなすには負担が重い。逆に、コントラクターには作業量が安定していて請け負いやすい作業となっている。コントラクターのサポートなしには、TMRセンターの運営は成り立たないといってよい。

2)(有)浜頓別エバーグリーン

 浜頓別町の南部の酪農経営者有志6〜7戸が、農協の働きかけもあって、地域で何か困っていることを話し合う検討会を設立した。トラクター利用組合が保有する機械の老朽化、後継者の確保、高齢化による作業負担の重さといった問題が話し合われ、その対応策としてTMRセンター「浜頓別エバーグリーン」の設立(2007年9月TMR供給開始)が具体化していく。高齢者農家のように限られた労働力しかない経営でも、長く酪農経営を継続できるようにするためには、飼料部門を外部化することが必要であると判断されたのである。TMRセンターは地域を守るための取り組みを模索する話し合いからから生まれてきたのである。

(1)構成員
 TMRへのなじみがない、飼料が高くなるという理由でTMRセンターに参加しない生産者も多かったが、最終的に21戸の生産者がTMRセンター設立に参加した(注8)。多くの構成員は50歳を超えており、牧草収穫作業や機械設備の更新投資への不安が募っていたのである。地域活動として位置づけや構成員の多さを反映して、浜頓別エバーグリーンに期待する役割も多様である。TMR供給のほかに、哺育育成牛受託、乳製品加工販売、酪農体験事業、担い手・後継者研修などへの取り組みが予定されている。

 TMRを利用している17戸の構成員が飼養する乳牛は1,600頭あまり(うち経産牛約1,100頭)で、総作付面積は1,300ヘクタールほどになる。構成員の牧場立地は広域に分散しており、もっとも遠い構成員はTMRセンターから約18キロメートルれている。また農地の集団的利用を可能にする立地条件にも恵まれていない。草地は傾斜地や泥炭地が多く、明渠が入っているので、1区画2.5ヘクタールで区切られた草地は、隣接していても団地化しにくい構造になっている。

 TMRセンターの運営は3名の構成員が取締役となって分掌している。構成員の数が多いだけに、組織をまとめ上げる取締役のリーダーシップが欠かせない(注9)。構成員の出役に対する負担感も重く、いっそうの労働力提供をもとめるのは容易ではない。構成員の酪農経営規模が揃っていないので、出役への対応余力も異なっているのである。もとよりTMRセンターの設立目的は、飼料部門の作業を軽減して増頭を図り、構成員の酪農経営規模拡大を支援することであった。トラクター利用組合で作業機を共同利用していたときよりも出役負担が増えることには抵抗があるにちがいない。

 牧草が余り気味で、草地条件が良好でないことを反映して、構成員からの原料草買い取り価格は10,000円/haである。それでもTMR供給単価の抑制には限界がある。TMR単価のうちグラスサイレージ供給価格は11円/kgで、構成員の労働軽減が実現された対価として評価されているといえよう。作業再委託の確保、構成員の過重労働からの解放が、TMRセンターの持続的な運営の鍵を握っていることがわかる。

(2)機械設備
 構成員が圃場作業機械を売却する代わりに、TMRセンターは自走式モアコンディショナー、自走式ハーベスタなどの大型機械を導入している。モアコンディショナーは浅茅野システムレボと同じ最新鋭の機種であるが、自走式大型機械が入れない草地に対応するための機械も必要となっている。

 さらに浜頓別エバーグリーンの機械設備の大きな特徴は、TMRを圧縮梱包していることである。構成員が多く、それぞれの農場への配送距離が長いので、圧縮梱包して隔日配送する仕組みを採用している。圧縮梱包機でパックしたTMRは数日間は品質が保たれ、隔日配送によって配送の効率化や作り置きも可能になるからである。大雪などで配送が困難になりそうなばあいには、在庫保有のTMRで対処しうることになる。また異なる配合内容のTMRを製造・配送することも容易で、当初は4種類のTMRがつくられていた(注10)。

 当然ながら、バラでのTMR製造にくらべて機械設備は多くなる。圧縮梱包装置、飼料格納庫、飼料調整庫などの設置費が嵩み、TMRセンターの自己負担投資額は4億円ほどになっている。機械設備を有効に活用して、良質で安価なTMRを供給し続けるためには、供給量の安定的な拡大が欠かせない。構成員の酪農経営の維持、新規就農者の受け入れを含めた新たな構成員の確保がいっそう重視されることになる。


(有)浜頓別エバーグリーン
山田さん(左) 生田目さん(右)

(3)労働
 圃場作業やTMR製造・配送は、浅茅野システムレボと同様に、コントラクターに委託している。肥料散布は構成員が行っているが、構成員の飼養頭数が増えていくと労働力を確保することが難しくなり、今後委託される可能性もある。

 牧草の収穫は、TMRセンターの作業機械を使用するものの、オペレータや大型ダンプ(18台)などは畜産事業所が確保して作業を進めており、外部委託になっている。汎用性のないモアコンディショナーやハーベスタは自己所有で賄っているが、機械保有を抑えるために一般的な重機やダンプの確保はコントラクターに任せている。またすでにみたように、構成員が収穫作業に当たるばあい、作業時間は午前9時から午後4時ころまでに制約されてしまい、収穫作業を短時間で終わらせるためには、長時間作業が可能なコントラクターへの委託が望ましいと判断されているからでもある。

 構成員が行う収穫作業は、刈り残し草地や自走式機械が入れない草地に限られている。区画が小さく、傾斜がきつく泥炭土壌の草地ではダンプが動けなくなってしまい、かえって草地の地力を損なうおそれがある。こうして収穫された牧草は乾草あるいはラップにして、寝わらや乾乳牛・育成牛用の飼料にしている。

 TMR製造・配送は、従来からコントラクター事業を行っている地元の運送会社に委託している(注11)。TMRを利用している17戸の構成員の農場を2つのグループに分けて、2日分のTMRが隔日配送されている。

 ここでも毎日恒常的に必要とされるTMR製造のオペレータと配送用トラックおよび運転手は、外部委託されている。また年間をとおして圃場作業があるわけではないので、コントラクターへの季節的な作業の委託は欠かせない。構成員以外であっても、けがや病気などの事情で地域の酪農生産者から緊急の作業実施依頼があれば、農協、畜産事業所と作業内容を協議し作業を引き受けることにしている。畜産事業所や運送会社との連携にもとづく作業委託が、TMRセンターの弾力的な運営を支えていることがわかる。

3)(有)みどりの開明

 みどりの開明は30年以上続いたトラクター利用組合に参加する酪農生産者の有志が、浜頓別エバーグリーンと同様、将来の地域酪農のビジョンを描く過程で具体化したTMRセンターである。トラクター利用組合の構成員の多くが50歳代になり、地域の役職につくことも多くなって、オペレータを確保することが難しくなっていた。これからの酪農生産の方向性などを考えるために「地域を考える会」が設立され、妥当な出役時間給の実現、牽引式モアコンディショナー、ハーベスタを活用した圃場作業の効率化、そしてTMR利用による集団的土地利用と飼料生産の効率化などが検討された。自分の草地の牧草からつくった飼料にこだわる生産者も多かったが、いま改革しなければ時機を逸するという認識で、地域的にまとまった酪農生産者がTMRセンターの設置(2007年9月TMR供給開始)を具体化していった。

(1)構成員
 構成員は1法人と5戸で、構成員の草地は全体で560ヘクタール、乳牛飼養頭数は1,100頭あまりである。(有)太陽ふぁーむはTMRセンターの利用を前提として、4戸の酪農経営が合併して設立した搾乳専門大規模経営である。経産牛600頭の酪農経営の実現をめざしており、みどりの開明が供給するTMR製品の70%を利用している大口需要者である。

 構成員の農場はまとまった地区にあり、草地の境界を取り除いて集団的な土地利用を実現しつつある。法人経営の設立によって土地資源の一体的利用が可能になったことはいうまでもない。太陽ふぁーむがTMRを大量に安定的に利用してTMRセンターの運営を支えることで、他の構成員の酪農経営が安心して継続的にTMRを利用できるようにするねらいがあるといえよう。

(2)機械設備
 トラクター利用組合から移行したモアコンディショナーを導入し、ハーベスタ2台(1台はTMRセンター導入、1台はトラクター利用組合から移行)、ダンプ7台(4トン車4台はTMRセンター、大型車3台は畜産事業所からの借入)という牧草収穫の作業機械体系を整えている。すぐあとにみるように、構成員と従業員が多くの作業をこなしており、多くの機械設備が旧トラクター組合、構成員のものであるが、ここでも汎用機械の一部はコントラクターからの借入で対応する方針が採られていることがわかる。


(有)みどりの開明
生田目さん(左)  只野さん(右)

(3)労働
 みどりの開明では雇用者や構成員の労働出役といった内部の労働力ができるだけ活用されている。年間雇用の専従オペレータを1〜2名確保しており、肥料散布は専従オペレータと構成員、スラリー散布は専従オペレータ、堆肥散布も一部は運送会社に委託しているが専従オペレータが担当するといった具合である(注12)。TMRの製造・配送もオペレータの担当であり、外部委託は最小限にとどめられている。

 牧草の収穫やラッピングなどの作業も、構成員と太陽ふぁーむの従業員が動員されて行われる。「草づくりは人任せにできない。牧草収穫には圃場の状態を熟知する構成員の判断が不可欠で製品コストにも反映する」と只野代表はいう(注13)。出役重視は出役の時間給を引き上げて、構成員の所得を確保するためでもある。現在の時給は1,200円であるが、1,500円に引き上げることが予定されている。

 コントラクターの活用は、さきにみたように堆肥散布作業や牧草収穫作業での大型ダンプ利用に限定されており、オペレータは自前で確保している。コントラクターの労働力に依存しなくても、太陽ふぁーむの従業員を臨時的に動員して弾力的な労働力調整が可能になっているからでもある。また協業型酪農メガファームの太陽ふぁーむは、ロータリーパーラーなどの機械化投資によって労働力に余裕が生じることになる。そこでTMRセンターの構成員であるとともに、コントラクター的な役割をも担っており、TMRセンターと構成員による自己完結的な運営を可能にしている。

4)JA東宗谷・猿払畜産事業所

 農協の畜産事業所はTMRの供給を行っているわけではないが、TMRセンターには欠かせない地域のコントラクター事業者となっている(注14)。TMRセンターからの受託作業を整理すると、次のようになる。

 浜頓別エバーグリーンからは牧草収穫やサイレージづくりといったTMRセンターの中心的な作業を受託しており、みどりの開明には運搬のための大型ダンプを貸与している。浅茅野システムレボは独自に地元のコントラクター事業者との連携を図っており、堆肥散布に際してダンプが足りないときに貸す程度である。むしろ短期的で緊急的な作業支援が期待されているといえよう。

(1)機械設備
 畜産事業所は村営牧場の自走ハーベスタなどを利用するとともに、管内10戸の酪農生産者が設立した(有)グラスハーベストが所有する収穫機械を活用して、飼料作業を受託している(注15)。モアコンディショナーは管内のTMRセンターが所有する機種と同じ大型機械で、畜産事業所はグラスハーベスト構成員の草地だけでなく、それ以外からもグラスハーベストを介して作業を受託している。畜産事業所が保有する機械設備はダンプ3台ほどで、すぐあとにみるようにオペレータ要員も限られており、オペレータと農業機械ともども外部の事業者に依存している。


JA東宗谷・猿払畜産事業所
丹治さん

(2)労働
 畜産事業所にはオペレータとして作業を担当しうる職員が4名いる。おおよその作業カレンダーをみておくと、以下のようになる。4月末〜5月連休明けに肥料散布、5月連休明け〜6月5日に春の草地更新、6月5日〜6月末に一番草収穫、7月前半〜8月お盆前に草地更新、8月20日〜9月10日には2番草収穫、9月半ば〜11月末は堆肥散布・秋起こしである。当然ながら、若干名の職員ではこれらの作業をこなすことはできない。

 そこで畜産事業所は壁材などに用いられる珪藻土を採掘・製造する事業者と密接な連携を図って、受託作業の再委託を行っている。採掘作業などは時期を選ばないので、牧草収穫や草地更新の作業受託に弾力的に対応しており、ダンプなどの作業機械も保有している。作業機械とオペレータをセットにして、さまざまな作業が再委託されており、畜産事業所は自他の作業機やオペレータの稼働状況をみながら受託作業を割り振る調整機関にも似た役割を果たしている(注16)。

 以上みてきたように、それぞれのTMRセンターの運営には、構成員をはじめとして農協、コントラクター業務を請け負っている地元企業などが、さまざまなかたちで関わっている。TMRセンターの構成員や機械設備の状況などによって、関与する内容や程度は一様ではない。図3は、3つのTMRセンターと農協の畜産事業所、コントラクターとの関係をおおまかに捉えたものである。図には明示していないが、農協、農業改良普及センター、行政が情報提供や技術支援などで関わっている。

 TMR連絡協議会はこうしたTMRセンターや事業者などの連携関係を、地域酪農を支えるネットワーク組織として位置づけ、相互連係機能の強化・充実を図るために設立されたのである。

図3 TMRセンターをめぐる連携関係


5.TMRセンターのネットワーク機能の展開と課題

1)TMRセンター・ネットワークに期待される機能
─地域酪農のセーフティネットとして─

 3つのTMRセンターの構成員の出荷乳量を合わせると、農協管内全体の乳量の31〜32%を占める(注17)。TMRセンターは文字どおり地域酪農生産の中核を担っていることがわかる。

 もっともすでにみてきたように、それぞれのTMRセンターは構成員の草地と乳牛のバランスや立地条件などを反映して、事業内容に差が現れている。しかもそれは今後の構成員数やその飼養頭数の増減によって、また機械設備の故障やローカルな自然災害などによって、一挙に顕在化する可能性がある。TMRセンターのネットワークは、こうした差異を調整あるいは活用する視点から生まれた。いくつか想定されるケースを列挙してみよう。

(1) 作業機械、オペレータの相互活用
 作業期間に一定の幅がある堆肥散布などの作業では、TMRセンターの間で作業機を相互利用して稼働率を引き上げることで、TMRセンター全体としての投資効率性を高めることができよう。

 作業時期が重なる牧草の収穫・調製も、TMRセンターの間の作業進捗度合いに顕著な差が現れた場合、TMRセンターのネットワークを利用して作業機械やオペレータ要員を融通し合える可能性がある。すでにみたように、粗飼料を牧草に依存する地域では、晴天時に合わせて集中的に牧草の収穫・調製作業を行わなければならない。時間との闘いともいえる作業であるだけに、地域にある大型機械を機動的に活用して、できるだけ短期間に作業を終えて良質の飼料を確保することは、地域全体の酪農生産力の底上げにつながるといえよう。

(2) TMRなどの相互融通
 TMRの過不足が生じた場合、売買あるいは貸借によってTMRセンター間でサイレージやTMRの需給調整を図ることが可能になる。日持ちのする圧縮梱包されたパックのTMR製品は、ラップサイレージを使用している員外の酪農生産者も一時的に利用できるだろう。

 こうした相互融通はTMR製品にとどまらない。サイレージ用の牧草と敷料用の牧草、グラスサイレージとコーンサイレージなど、立地や気象条件に伴なって生じる飼料原料の過不足も調整されることになろう。ローカルな地域内での飼料生産分業と交換、緊急時の飼料提供支援は、TMRセンターがネットワークを張ることで具体的な検討課題になるに違いない。それは酪農地域における自給飼料のセーフティネットとして機能することになる。

(3) 生産資材の共同購入
 さきにみたように地域酪農に占めるTMRセンターの比重が高まると、TMRセンターによる生産資材や濃厚飼料の共同購入のメリットも大きくなる。農協の共同購入では、組合員の形式平等的な配慮から、購入ロットの大きさによる格差をつけにくいのとは対照的に、TMRセンターによる共同購入は生産資材の引き下げを牽引する役割を果たすことになろう。地域の酪農生産者の新規加入が保障されていれば、TMRセンターの配合飼料・単味飼料の購入価格はつねに個別経営のそれと比較されるようになり、当該地域の参照価格になるからである。

(4) 酪農離農者・新規就農者への対応
 毎年幾人もの酪農経営者が離農し、一方で新規就農を目指して酪農地域に足を踏み入れる人がいる。産業としての持続性は、こうした退出と参入の円滑な進展に関わっている。TMRセンターは一切の飼料供給サービスを担っているので、新規就農者は少なくとも乳牛と乳牛の世話をする労働力・技術があれば、酪農経営を始めることができる。良質な飼料を最初から入手できれば、乳牛の疾病などのリスクも半減するだろう。TMRセンターで従業員として働きながらステップアップして構成員となる事例が多いことは、すでにみたとおりである。

 TMRセンターのネットワーク化は、新規就農者の条件に応じた就農準備支援をより充実させ、多くの新規就農希望者を惹きつけていくに違いない。立地・気象条件などが異なるTMRセンターでの就業体験は、就農後の経営判断に多くのヒントを与えるであろうし、何よりもTMRセンター構成員の人的ネットワークに入ることができるからである。着実で円滑な新規就農の経路が定着することで、無理のない酪農廃業も可能になる。新たに草地を購入しようという酪農経営や新規就農者がいることで、もし離農した場合にも、草地の売却先をみつけて「退職金」を得ることができるという見通しが立つことになる。

 TMRセンターに期待されている酪農廃業・離農や新規就農を支える機能は、そのネットワーク化で酪農地域全体をカバーするインフラになっていく可能性がある。個々のTMRセンターが構成員の加入・離脱や飼料需給の変動などによって直面する経営リスクも分散して負担しうることになる。多様なTMRセンターのネットワークは、地域の酪農生産基盤を支えるセーフティネットであることが予見される。

(5) TMRセンターのリスク分散負担
 個々のTMRセンターが直面するリスクを分担して負担する仕組み作りも、そのネットワークに期待されている機能であろう。予測できないトラブルに備えて、TMRセンターが若干の余裕をみてモノやサービスを確保する経費も、ネットワーク組織があれば共同負担することができる。いわば備蓄に対する分担負担である。

 たとえば、TMRセンターが予備要員として余分に従業員を一人雇用することは難しくても、TMRセンター・ネットワークとして雇用すれば、それぞれのTMRセンターの人件費負担は数分の一で済む。少ない負担で労働力のバッファーを保有できるようになる。こうしてけがや病気などで人の手当ができないTMRセンターには最優先で応援する体制を組むことも可能になる。

 同様に、新しい飼料生産技術を導入する際のリスクも分担負担しうることになる。たとえば、道北の気象条件でも生育しうるデントコーンの新品種を試行的に栽培するTMRセンターは、大きな収穫リスクに直面するだろう。充分な収穫をあげられなかった場合に、他のTMRセンターからTMR製品が融通されるといったバックアップがあれば、積極的にデントコーンの栽培に取り組むことができよう。エコフィードの導入、飼料用イネの活用、有機酪農への取り組みなど、飼料に由来する酪農生産の転換へのニーズも高まっている。TMRセンターがこうした転換に向けて積極的にリスクをとって取り組んでいくためにも、ネットワーク組織は大きな支えになるに違いない。

2)TMRセンター・ネットワークの基本的課題
─緩やかな統合への模索─

 TMRセンターがネットワークを形成していくためには、いくつかの基本的な課題を解決していかなければならない。最後に、その主要な論点についてみておくことにしよう。

(1) 標準化
 TMRセンターの間で作業機械、飼料原料・TMR製品、従業員などを融通し合うためには、それらの仕様や価格などが標準化されている必要がある。各TMRセンターが最新鋭の同一機種のモアコンディショナーを導入するようになったのは、新型モアコンディショナーの故障が思いもよらず大きなダメージをもたらしたからである。在庫部品が国内になく、修理のために予想外に多くの時間と経費を要した。TMRセンターのモアコンディショナーが同一機種であれば、故障しやすい部品を共同して保有することで、上記のようなトラブルを回避することができる。利用時期が重なりにくい作業機械であれば、各TMRセンターが汎用性を確保して相互に利用し、稼働率を高めることも可能になる。

 同様のことは、TMRセンター間でのTMR製品の取引や従業員の一時的な派遣にも当てはまる(注18)。その際、TMR製品の取引価格や従業員の賃金に関して、相互に合意された基準がなければ、相互融通は摩擦や不信を引き起こすばかりである。

(2) 不足と過剰への対応ルール
 モノとサービスの標準化・汎用性が確保されても、各TMRセンターが自給飼料、機械、労働力、技術などについての過不足の状況を的確に把握できなければ、TMRセンター間での相互融通のニーズは生じない。生産現場の情報交換が重要になる。最も牧草収穫作業の進捗状況は広く関係者に知れ渡る。そこではより早く作業が終了した事業者が、他の作業を受託するといったルールが定着しているという。地域全体で良質な飼料を確保するため、あるいは災害や事故などで一時的に困窮している事業者への救済優先といった基本的な考え方についての共通認識が欠かせないといえよう。

(3) 地域のコントラクターとの連携
 −セーフティネットとしての連携−
 TMRセンターが外部のコントラクターとの連携を図り、作業機械やオペレータを弾力的に確保していることは、すでにみたとおりである。牧草収穫時のように、多くの作業機械とオペレータが必要とされるときに、それに応えてくれるコントラクターがなければ、TMRセンターの事業運営は成り立たない。TMRセンターには建材製造業、土建業や輸送業などの地元の異業種事業者との密接な連携関係を維持していくコーディネート機能が欠かせない。

 TMRセンター・ネットワークは、こうしたTMRセンターとコントラクターの連携関係を地域全体に広げ、飼料生産の作業機械、オペレーターのネットをはりめぐらすことになろう。このネットがTMRセンターの構成員だけでなく、構成員以外の酪農生産者にとっても、緊急の場合に作業を確実に委託できる安心感を与える(注19)。TMRセンターのネットワークが地域酪農のセーフティネットと位置付けられる所以である。

(4) TMRセンター・ネットワークへの統合
 以上みてきた論点は、TMRセンターのネットワーク組織のあり方、統合のあり方と関わっている。たとえば、モアコンディショナーなどの大型作業機械を個々のTMRセンターが所有するのではなく、ネットワーク組織が所有することも考えられよう。相互活用を前提とした機械利用、投資計画を練ることで、TMRセンターを緩やかに統合した事業運営も可能になる。

 もっともTMRセンターが構成員の自主的な参画と責任ある役割意識を基礎にして成立していることを踏まえれば、それぞれのTMRセンターの自立性が損なれないように工夫を凝らすことが肝要である。酪農生産者自らが設立したアウトソーシング事業体に対する帰属意識や信頼感が失われれば、TMRセンターの効率的な事業運営は崩壊しかねないからである。


6.おわりに─動き始めたTMR連絡協議会─

 酪農生産者が出資した自給飼料生産を基礎とするTMRセンターは、地域の多様なコントラクター組織と一体化して、良質な飼料の安定的な供給と農地の効率的な利用を実現している。こうしたTMRセンターをネットワーク化して緩やかに統合することで、地域の酪農生産を支えるインフラとしてさまざまな機能を備えていくことが期待される。

 TMRセンターのネットワークは、構成員に酪農経営の安定的な運営と継承の見通しを与える基盤となる。さらに酪農生産の多様な魅力を引き出し、有能な酪農生産者を地域に引き留め、また熱意ある新規就農希望者を引き寄せていくに違いない。乳牛の飼養管理・搾乳に特化して飼養技術の向上を図る生産者、ビジネス感覚に優れTMRセンターの効率的な運営を実現する生産者、また牧草などの飼料生産、サイレージ調製、飼料配合設計などに長けて専門的な能力を発揮していく生産者も出てくるだろう。有機栽培飼料や冬季舎飼い用TMR供給によって有機酪農や放牧酪農への支援が強化されれば、酪農で夢を実現しようとする人々も多く集まってくる(注20)。

 地域の多様な酪農が維持されて、初めてそれぞれの酪農経営が存続できるという認識が醸成されることこそが、TMRセンター・ネットワークがめざすゴールであるといってもよい。酪農生産をつうじたネットワーク社会の実現でもある。酪農経営が大規模化し、企業的な経営スタイルが普及していけばなおさらのこと、酪農生産は地域の多様な分業や支援によって支えられていく。

 道北の草地酪農地域にある東宗谷農協や管内の酪農生産者は、地域酪農の維持が脅かされるようになると、個別酪農経営の発展も困難になるという危機感を募らせてきた。年々着実に酪農を廃業する生産者が現れ、その跡を既存の酪農生産者だけで埋め合わせることができなくなるという事態は、すでに現実の問題となりつつあるからである。TMRセンターを積極的に活用し、さらにTMRセンター協議会を設立してそのネットワーク機能を模索しようとする動きは、多くの酪農生産者の地域酪農の将来に対する危機感から生まれてきたといえよう。

 TMRセンターが稼働してからまだ多くの年月が経過しているわけではないが、地域の酪農生産者のTMRセンターに対する評価は着実に高まっている。TMRセンターの利用意向について「継続して加入する」83%、「やめたい」0%、「今後加入したい」17%というアンケートの結果が示されている(注21)。

 東宗谷農協管内では近く4番目のTMRセンターが立ち上がる。これらのTMRセンターが地域酪農の発展にどのような相乗的な効果をもたらしていくのか、動き始めたTMR連絡協議会の企画力と調整力に期待したい。

謝辞:本稿の作成にあたって、(有)浅茅野システムレボの仲野信之氏、(有)浜頓別エバーグリーンの佐々木二郎氏、(有)みどりの開明の只野義徳氏をはじめTMRセンターの皆様に大変お世話になった。宗谷農業改良普及センターの車無田隆氏、JA東宗谷猿払畜産事業所の丹治聡氏にも貴重なアドバイスをいただき、JA東宗谷の伊藤正英営農部長、佐藤裕司組合長の地域酪農への前向きの姿勢からは多くのことを教えていただいた。深く感謝したい。

(注1) 荒木和秋氏は「自給飼料がプールされることで農地の所有意識が薄まり、一つの巨大な農場を作ることになる」として、自給飼料生産と一体化したTMRセンターを「農場制型TMRセンター」と呼んでいる(荒木和秋「北海道における農場制型TMRセンター」『グラス&シード』22, 2007.11, 1ページ)。構成員の圃場が隣接していると、その境界をなくして団地化し、機械の効率的な稼働や堆肥散布が可能になるという自給飼料生産の協同性に着目しているからである。ただし、飼料生産を外部のコントラクターに委託することと対比すれば、生産者が自ら出資した飼料生産組織の運営という点が着目されるであろう。詳しくは、矢坂雅充「金ヶ崎町における自給飼料の共同生産と酪農経営」(『小倉武一記念協同農業研究会会報』75, 2006年)、同「自給飼料の共同生産と酪農経営」(『小倉武一記念協同農業研究会会報』78, 2006年)を参照されたい。
(注2) 北海道農政部『「畜産生産基盤整備事業における効果的な生産システム検討調査報告書〜自給飼料主体TMR供給システムの設立・運営のあり方〜』(2007)では、道内のTMRセンターへの調査結果から、TMR供給の前後で一戸あたり出荷乳量が10〜40%伸びていると指摘されている。
(注3) (有)オコッペフィードサービスの事例分析から、荒木和秋氏はTMRセンター設立前の1997年には275万円であった構成員7戸の平均所得が、TMR利用が定着した2000年には836万円、03年849万円、05年885万円と順調に伸びていることを明らかにしている。農業経営費および粗収入はいずれも増えているが、後者の伸びが大きくなっている。前掲、荒木(2007)参照。
(注4) 前掲北海道農政部(2007)は、道内のTMRセンターを意欲ある数戸の農家が設立した「農家集団型」と、地域のほとんどの酪農経営が参加した「集落営農型」に分類している。(有)浅茅野システムレボや(有)みどりの開明は、機械利用組合を母体として発展しており、集落営農型に近いが、一定の地区内の酪農家がすべて参画しているわけではない。今後はTMRセンターごとの機能とともに、かなり広い地域におけるTMRセンターのネットワークとしての機能が期待される。
(注5) 東宗谷農業協同組合「平成19年度農家意向調査集計結果報告書」2007年11月を参照。
(注6) 岩手県の金ヶ崎効率的飼料生産組合のように、飼料生産・TMR製造に関わる機械設備などの資産を農協が保有し、構成員も10名以下にするという方針で運営されている事例もある。負債や規約に縛られない集団運営を維持することで、組合員にTMR供給事業からの撤退の自由と、組合運営に対する個々人の責任意識を担保しようとしている(高橋康博「金ヶ崎町における飼料生産と酪農の展望」『小倉武一記念協同農業研究会会報』75, 2006年参照)。農協が負担しなければならない事業の運営リスクは大きくなるが、事業を支える組合員の主体的な参加意識が重要であることが示唆されている。
(注7) 浅茅野地区で、浅茅野システムレボ以外にきざみサイレージを使っているのは3戸だけである。
(注8) 4戸はTMRセンターに遅れて参加する予定で、現在はTMRを利用していない。
(注9) 出資金の額は構成員20万円、取締役100万円となっている。
(注10) 現在は配送コスト削減のために1袋900キログラム搾乳牛用(2種類)と500キログラム乾乳牛用の3種類としている。
(注11) TMRはTMRセンターが指示した配合仕様にもとづいて、配合飼料とグラスサイレージなどが調合されて生産される。ただし、草地の区画が小さく、1つのバンカーサイロに3〜4地区の牧草が積み込まれるので、一定した品質のサイレージをつくるのは難しい。バンカーに積むときの牧草と60〜70日経過したサイレージからサンプルを取って検査して、TMRの品質が調整されている。
(注12) 二人のオペレータのうち一人は、冬季は乳牛の飼養管理に当たっている。
(注13) 山田一夫「豊かな酪農郷を願い組織を立ち上げ−北海道・東宗谷農協管内 TMRセンター」『デーリィマン』58−3, 2008、16ページから引用。
(注14) 猿払畜産事業所は(1)村営牧野の管理を受託した乳牛の預託事業、(2)農協の事業として乳用雌牛を買い取って育成し、組合員に販売する優牝事業、(3)堆肥運搬・散布受託事業も行っている。コントラクター事業は農協管内にTMRセンターが設立され、地元のコントラクター事業者が事業の縮小を図るようになってから本格化した。
(注15) グラスハーベストを構成する酪農生産者は、従来、浜頓別町の輸送会社に飼料生産作業を委託していたが、作業機械の更新困難などを理由に作業受託事業が中止されることとなった。酪農廃業の危機に直面した10戸は法人を設立して、牧草収穫作業機を生産者負担で購入し、作業は農協に委託するという方式で酪農経営の継続を図ろうとした。そこで猿払畜産事業所が確保したオペレータが、グラスハーベストの作業機で飼料作業を行うとともに、外部からの作業を受託している。
(注16) 畜産事業所やTMRセンターが個別農家やトラクター利用組合から収穫作業を依頼されることもある。その場合は早く作業が終わったところが作業を受託するというルールを提示している。
(注17) 山田一夫「豊かな酪農郷を願い組織を立ち上げ−北海道・東宗谷農協管内 TMRセンター」『デーリィマン』58−3, 2008、16ページから引用。
(注18) 草地更新に際して公的補助を受けると、そこで生産されたサイレージが余っても、他の生産者や事業者に販売することは自給飼料増産という政策目標に合致しないという理由で認められていない。
(注19) どのTMRセンターやコントラクターに作業を依頼しても、同じ料金で請け負ってくれるように、TMRセンター・ネットワーク組織で飼料生産・調製の受託作業料金を作業内容ごとに統一すべきであるという意見をもつ作業受託事業者が多い。緊急の作業依頼に対する受託料金の吊り上げや、1日でも受託作業を増やすための値引き競争という事態は、皆が顔見知りの地域では起こらないとしても、委託者に作業料金の差を理解してもらうことは難しく、タクシー料金のように統一したいということだろう。もっともTMRセンター協議会のような組織が個々の事業者の受託料金設定を規制することはできないので、員外からの臨時的な作業委託に対する標準料金を示すという程度にとどまろう。
(注20) 放牧酪農経営であっても、乳牛の放牧期間は5月末から10月末ころまでの5ヶ月であり、冬季を中心とした7ヶ月は舎飼いになる。放牧経営もTMRセンターを利用して、舎飼い期間の牛の栄養・健康管理に役立てることができる。また放牧酪農経営の草地管理・牧草栽培のノウハウの活用は、良質なTMR生産につながるといえよう。
(注21) 前掲、東宗谷農業協同組合(2007)参照。


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