この1年数ヵ月、すべての飼料原料、流通・加工経費などが急騰する中、飼料対策がわが国の畜産業の存立に関わる最重要課題であることは論をまたない。わが国は周知の通り世界最大のトウモロコシ輸入国である。年間1,600万トン超のトウモロコシを輸入しているが、そのうち1,200万トンは飼料用である。また、日本、メキシコに次ぐ世界第3位の輸入国韓国は、年間800万〜900万トンのトウモロコシを輸入し、うち飼料用は600〜700万トンといわれている。
両国とも、畜産業がトウモロコシなどの輸入飼料原料に依存している点など生産構造が極めて似ているように見えながら、生産費、特に飼料費にかなりの差があるといわれるのはなぜか。
近年、複数の専門家により行われた韓国の養豚経営調査などの結果を改めて整理しながら、わが国と韓国の飼料費の違いについて考える。
「韓国の飼料費は日本の60%」説と後年の調査結果
2004〜2006年度の3カ年にわたり、社団法人日本養豚協会がわが国と諸外国との養豚経営における生産コストの格差とその要因について調査し、比較分析した結果を報告書としてまとめている〔1〕。
同報告書の中で石田正昭(三重大学大学院生物資源学研究科教授)は、日本、韓国、米国の各政府による生産費調査結果を分析することにより、3カ国の一貫経営タイプの肉豚生産費(枝肉1kg当たり生産費)を比較した。
それによると、2003年の生産費調査データをもとに、韓国の生産費は日本のおよそ60%水準であるとし、飼料費と労働費の生産費全体に占めるウェイトの合計が72.9%であることから、この2つの費目に着目して要因分析を試みている。その結果、生産費の62.3%を占める飼料費で、韓国の飼料価格は日本のそれの63%にとどまっており、この格差是正のためには農場レベルでの生産性向上努力だけでは難しく、このような価格差の生ずる原因について今後様々な角度からの検討が必要であるとしている。
表1 日本・韓国・米国の肉豚生産費(枝肉1kg当たり生産費)
表2 日本と韓国の生産費格差の要因分析
一方、同報告書で小林信一(日本大学生物資源科学部教授)は、円・ウォン為替相場によって日韓の飼料価格比が70%から100%近くまで変動していることを示しながら、2005年段階での両国における聞き取り調査の結果として、韓国の配合飼料価格は日本の7割程度との調査結果を提示した(表3)。
表3 配合飼料価格の日韓比較(2005年)
また、その価格形成には原料コストとその他の製造コストが作用しているとして、価格形成要因と考えられる項目を列記し、聞き取り調査結果をまとめている。具体的には、原料の調達(種類別輸出国別輸入量および価格、輸入原料の関税率)、港湾荷役関係(サイロ保管料、港湾諸掛り)、配合飼料工場、配合飼料原料割合、配合飼料の銘柄数、加工形態、電力料金、人件費、税金、輸送などである。
なお、小林教授は同報告書で、公式統計が発表されていない中、直近の事例調査結果に基づく飼育段階別(生まれてから肥育後期までのどのステージに用いられる飼料か)の飼料農家渡し価格の比較も試みている。これによると、幼豚飼料、育成前期を除いて、肥育用で9割水準、人工乳ではむしろ韓国の方が高い結果になったとしており(表4)、従来、韓国で使用されていた安価な中国産トウモロコシについて中国が輸出制限していること、さらに日本円に対するウォン高によって、日韓の飼料価格差は接近しているとしている。
表4 飼料農家渡し価格の日韓比較(2007年3月)
日韓の飼料価格に格差が生じる要因
筆者は、前述の報告書で指摘された配合飼料価格の形成に影響を与える要因のうち、主な項目について概説するとともに、公表データの入手できる範囲で新たなデータを加えるなどして検証を試みた。
1)為替相場
日本と諸外国のコスト比較をするとき、為替相場の変動は欠かせない大きな要素である。両国の配合飼料工場渡価格(日本:肉豚肥育用・バラ物、韓国:肥育用後期・25kg)を円換算ベースで比較すると、1995〜2005年度の間に韓国/日本価格比は70%〜96%の幅で動いており、日本の農家購入価格(肉豚肥育用・バラ物)との比較でも、同期間に68%〜88%の幅で動いている。
日本円に対してウォンが高くなれば(下図で為替相場指数が上がれば)日韓の飼料価格は接近し、逆に円高になれば(下図で為替相場指数が下がれば)差は拡がる方向に働く。日韓配合飼料価格比と円・ウォン為替相場指数はほぼパラレルに動いているものの、それだけでは説明できないところもある。
図1 為替相場と日韓配合飼料価格比の推移
表5 配合飼料価格の日韓比較
なお、本来、両国は飼料原料の大部分を輸入に依存しているだけに、飼料価格を比較する場合、円・ウォン相場だけでなく円・ドルおよびウォン・ドル相場の影響も考慮しなければならないが、ここでは言及しない。
2)配合・混合飼料原料割合の相違
「養豚経営調査報告書」では、配合・混合飼料原料の割合に着目して日韓を比較すると、韓国側はトウモロコシが少なく、小麦とかす類が多いという特徴があることを指摘している。小麦に代わるものとしてわが国では、こうりゃん(ソルガム)や大麦が伝統的に配合飼料原料として用いられており、最近では、数パーセントではあるが飼料原料としてコメの使用割合が増えている。
また、トウモロコシに次いで原料使用割合の高い大豆油かすについては、わが国が13.8〜14.1%、韓国が14.5%と同程度であるが、韓国では植物性かす類のうち「その他かす類」の割合がかなり多い。
表6 日韓の配合・混合飼料原料の使用割合
このように輸入原料の入手に関して比較的条件の似通った両国において、原料の使用割合の相違が生じる原因としては、輸入及び国産原料の入手しやすさのみならず、畜産農家の飼料に対する要求内容の違いや消費者の畜産物に対する嗜好、食品の安全性に関する意識の違い等様々な要因がかかわっているものと考えられる。
また、前述の「養豚経営調査報告書」では、両国の配合飼料生産量の畜種別割合の違いも影響を与えている可能性があるとして、調査時点における畜種別割合を列記している(表7)。
表7 配合飼料の畜種別生産量割合
これによれば、韓国では養豚用配合飼料が最も多く、日本では養鶏用配合飼料が最も多い。韓国において、畜種別に原料がどの程度違いがあるのか明らかではないが、日本では少なくとも中小家畜である鶏用と豚用飼料の違いは、牛用飼料との差ほどではないとしている。
3)輸入先の違いからくる原料コストの相違
わが国の配合・混合飼料原料の50%弱、韓国では44%(いずれも重量ベース)を占めるトウモロコシの輸入について、わが国が95%前後を米国に依存しているのに対して、韓国は数年前まで中国に多くを依存してきたために輸入単価が安かった。しかし、中国国内における飼料穀物やスターチなど高度加工用需要の拡大から、同国が近年、トウモロコシの輸出一時中断や輸出禁止措置をとったこと、2007年末からは輸出抑制策(注)を矢継ぎ早に打ち出したことなどから、韓国も年によりばらつきがあるものの、2004年以降米国産にシフトせざるを得ない状況となった。こうした状況は日韓両国の配合飼料価格の差を縮める方向に働いていると考えられる。
(注) 中国政府は2007年12月17日、「小麦等未加工穀物および製粉の輸出税還付の取り消しに関する通知」(2007年12月14日財税〔2007〕169号財政部・国家税務総局通知)をもって、小麦やモミ、コメ、トウモロコシ、大豆などの未加工穀物およびそれらの加工済み製粉(以下「穀物および製粉」)84品目(関税番号別)に関し、輸出税の還付を同年12月20日から取り消すと発表した。中国財政部によると、これらの品目については、それまで、13%の輸出税還付が行われていた。中国財政部は、輸出税還付を取り消すこととした背景として、(1)絶えず上昇する国際食糧価格の影響を受け、穀物および製粉の内外価格差が拡大し、中国からの穀物などの輸出が加速しているため、国内の食糧の供給確保と価格安定の必要があること、(2)輸出加速による中国の過大な貿易黒字を緩和させる必要があること─を表明している。
また、同財政部は同年12月30日、2008年1月1日から12月31日までの間、未加工穀物(原穀)およびその粉末57品目(関税番号別)に、2008年1月1日から12月31日までの間、5%〜25%の暫定輸出税を課すことを発表、同商務部は、2008年1月1日から小麦、トウモロコシ、コメなど食料品約100品目を含む471品目を対象に、輸出数量割当制度を導入することを発表した。
4)港湾諸掛り等港湾荷役関係
「養豚経営調査報告書」では、韓国での関係機関などへの聞き取り調査の結果として次のように述べている。
・韓国はパナマックス(5.5万トンクラス)接岸可能港湾が95%を占めており、特に仁川(インチョン)のシェアは62%に及んでいる。そのほかにパナマックスクラスが接岸できる港湾は平澤(ピョンテク)、蔚山(ウルサン)で、群山(クンサン)は中国産飼料原料が中心。パナマックスクラスの船から小規模船に積み換えられて運搬する、いわゆる横もちは済州島のみである。
・一方、日本でパナマックスクラスの接岸可能な港は、鹿島、志布志、八戸、水島、名古屋、清水、千葉、釜石、小樽で、石巻、苫小牧、釧路は横もちハンディマックス(4万トンクラス)である。
韓国における拠点港湾はすみ分けが進んでおり、特に、北東アジアのHUB(中心となる基幹港)として機能が充実し、国際加工物流拠点として育成されつつある釜山港と、ソウル首都圏への輸入物流の拠点港(主に北中国)としての仁川港の存在感は高まっているとみられる。
一般論として、わが国の港湾の利用コストが諸外国に比べて相対的に高いことについては、これまでも指摘されてきている。最近のデータではないが、国土交通省港湾局の資料によれば、40フィートコンテナ1個当たりの取扱総料金を東京港を100〔23,000円〕として比較した場合、釜山港64〔14,720円〕、シンガポール64〔14,720円〕、高雄港65〔14,950円〕、ロッテルダム92〔21,160円〕、ロサンゼルス191〔43,930円〕、香港223〔51,290円〕(注)であるとし、東京港が釜山港や高雄港に比べて割高なのは、船舶関係費用と荷役料であるとしている〔4〕。
(注)2001年3月時点における為替レートを使用
韓国100ウォン=9.35円、シンガポール1SP$=69.47円、台湾1NT$=3.78円、オランダ1ギルダー=51.68円、米国1$=125.5円、香港1HK$=16.39円
5)飼料の流通形態と取引方法
わが国の配合飼料・混合飼料の流通はバラ物が92〜93%を占めている。バラ物は「飼料月報」によれば、袋物(20kg袋)の価格よりも工場渡価格ベースで7〜8%程度安いため、両国の公表資料に基づき配合飼料価格の日韓比較を行った場合は、格差を縮める方向に働く。
しかし、韓国におけるバラ物と袋物の流通比率が不明であることおよび韓国政府の統計では25kg袋の価格が公表されていることから、前述の配合飼料価格比較(表5)においては、日本はバラ物(農家購入価格と工場渡価格)、韓国は袋物の価格を比較せざるを得なかった。
「養豚経営調査報告書」では、実際の飼料価格は相対で決まり、規模や支払い方法によって異なるとし、韓国における聞き取り調査の結果として次の諸点を挙げている。
・定価を基準として担保物の有無、支払い条件、取引期間、取引量などによって価格差が存在する。
・支払い条件が(1)先払いで5〜10%安くなり、(2)現金払いで定価の3〜5%安、(3)後払いでは金利分も含めて10%高くなるという。
・農協系飼料も、規模別価格差を設けることは普通に行われている。
なお、2006年度の調査結果〔5〕によると、わが国における出荷量のシェアで見た配合飼料製造工場からの飼料製品輸送状況は、「特約店・県連が工場まで製品を引き取りに来る−畜産経営体まで直送」のケースが最も多く56.1%(前年度58.0%)、「畜産経営体が工場まで製品を引き取りに来る」ケースが17.3%(前年度16.7%)、「工場が他者(運送会社等)と契約して輸送する−畜産経営体まで直送」が15.1%(前年度14.6%)となっている。
表8 日本の配合・混合飼料の流通形態
表9 日本の袋物とバラ物の工場渡価格比較
まとめ
本文の冒頭で述べたとおり、「養豚経営調査報告書」の2003年政府公表生産費の分析に基づく日韓比較では、韓国の飼料費は日本のおよそ60%程度であるとし、飼料費の差はほぼ飼料価格によるものと結論づけている。
一方、同じ報告書で、聞き取り調査をもとに2005年の配合飼料価格の日韓比較を行っており、2005年段階では、韓国の飼料価格は日本の7割程度としている。その中で、配合飼料価格の7〜8割以上を占める原材料コストの差が、韓国では中国からの安いトウモロコシ輸入や大豆油かすなど相対的に安価な原料の配分割合が高いことなどによるとし、加えて、製造コストに占める人件費(日本では配合飼料価格の7%程度)が、韓国は日本の3分の1であることが大きいとしている。
加えて、2007年3月の事例調査では、人工乳から肥育後期までの各ステージのうち、肥育用では、韓国の飼料価格は日本の9割水準と報告されている。
わが国の業界関係者によれば、各ステージにおける実際の給与量を勘案した加重平均価格を比較すると、最近の飼料価格は必ずしも韓国がわが国に比べて安くない、との指摘もある。
筆者の試算では、為替相場とそれ以外のすべての要因が加味された結果として、両国の配合飼料工場渡価格(日本:肉豚肥育用・バラ物、韓国:肥育用後期・25kg)を円換算ベースで比較すると、1995〜2005年度の間に韓国/日本価格比は70%〜97%の幅で動いている。
同報告書でも指摘され、また本稿でも改めて検証したように、内外のコスト・価格比較を行う場合、為替相場の変動は避けて通れない大きな要素である。飼料価格をめぐる日韓比較でも、日本円に対してウォンが高くなれば日韓の飼料価格は接近し、逆に円高になれば差は拡がる。
為替以外の大きな要素の一つは、国際的な需給環境の変化や各国の政策である。世界中のすべての物財、サービスコストが急騰する中、飼料原料をどこから、いくらで調達できるかは、日韓両国にとって極めて重要な問題である。フレートの安さも含めて比較的安価な中国産のトウモロコシや安価なカナダ産の規格外小麦などに依存してきた韓国は、2003年以降、中国の断続的な輸出中断などにより、米国産が調達の主体になったといわれている。中国の国内需要の拡大と世界的な穀物需給ひっ迫、さらに中国政府の輸出抑制策は、原料調達の面でも日韓の構造を似かよったものとし、韓国側の飼料価格の上昇要因となって日韓の飼料価格差を縮小させる方向に働いているのである。
(参考文献)
〔1〕 社団法人日本養豚協会『養豚経営調査報告書(韓国を中心とした生産コスト要因の比較)』 平成19年3月
〔2〕 農林水産省生産局畜産振興課編、社団法人配合飼料供給安定機構発行『飼料月報』
〔3〕 韓国農林部『農林業主要統計』
〔4〕 独立行政法人経済産業研究所『我が国主要港湾地域の国際競争力強化に向けた調査報告書』平成14年3月
〔5〕 社団法人配合飼料供給安定機構『平成18年度に係る配合飼料産業調査結果』平成19年11月
〔6〕 独立行政法人農畜産業振興機構ホームページ『国際情報ウォッチ─海外トピックス』─「中国、穀物などの輸出税還付を取り消しへ」平成19年12月19日─ほか
|