1 トウモロコシ−穀物価格の高騰
2006年秋以降、飼料の中心をなすトウモロコシの価格は急上昇に転じた。穀物取引の国際的な基準となっているシカゴ商品取引所におけるトウモロコシ期近価格(最も近い月の先物価格)は、2007年2月に1ブッシエル当たり4.11ドル(トン当たり19,400円:1米ドル=120円)に急上昇し、2005年の同2.1ドルの2倍に跳ね上がった。さらに、上昇は続き、この3月には史上最高の5.48ドル(2005年の2.6倍)に達している。また、このトウモロコシの価格上昇が基礎になって、大豆価格(2005年6.08ドル→08年3月13.49ドル、2.2倍)・小麦価格(同:3.19ドル→10.96ドル、2.7倍)も急上昇しているのである。
2 穀物価格上昇の背景
このように、トウモロコシ価格が上昇しているのは、アメリカにおいてトウモロコシを用いたエタノール生産が急拡大しているからである。
アメリカにおける2004/05年度(04年10月−05年9月)のトウモロコシのエタノール使用量は3,120万トンであったが、2007/08年度のトウモロコシのエタノール向け使用量は、実に8,130万トン(2005/06年度の場合の2倍)に達すると予測されている。これは、2004−06年平均のトウモロコシ世界貿易量8,310万トンにほぼ等しい。
このようにトウモロコシからのエタノール生産が急拡大している基礎的な背景には、原油価格の上昇とアメリカのエネルギー自給化政策がある。
原油価格(アメリカ国内の原油取得価格)は、1980年代後半から90年代を通した15年間、1バレル(=120リットル)10ドル台であった。これが、2000−03年には20ドル台になり、2005年50ドルへと上昇してきた。この原油価格の上昇は、中国を中心とするBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の経済成長による石油需要の拡大を基礎にしている。この原油−ガソリン価格の上昇がエタノール価格の上昇をもたらし、それがエタノール生産の拡大を促してきたのである。
こうしたなかで、アメリカは、安全保障上の観点から中東〜海外への原油−エネルギー依存を引き下げるために、国内で再生燃料の生産を拡大するというエネルギー自給化政策を取り始め、その要として、2005年9月に「エネルギー政策法」を成立させた。そこにおいて設定されたのが、「再生燃料使用基準量」(Renewable
Fuels Standard: RFS)である。
この「再生燃料使用基準量」(RFS)というのは、2006年から12年に至る毎年、一定量の再生バイオ燃料をガソリンに混合して用いることを、ガソリン流通業者に義務づけたものである。それは、2006年の40億ガロン(1,520万キロリットル)から始まり、2012年に75億ガロン(2,850万キロリットル)に至る。
さらに、昨年12月に成立したエネルギー自立・保障法において、2022年に至るRFSが新たに設定され、そこにおいて、2008−12年については、2005年エネルギー政策法の場合の2倍近いRFSが設定されたのである。
アメリカにおけるトウモロコシからのエタノール生産は、今後も、拡大を続けていくとみられる。中国−BRICs諸国の工業化の進展を背景に世界の石油需要は増加を続け、1バレル当たり60−80ドル前後の高水準の原油価格は続くと考えられ、アメリカの石油自給化政策は、政権を問わず維持されていくとみられるからである。
3 低い飼料自給率─国際価格上昇が国内飼料価格に直結─
わが国の飼料自給率は25%で極めて低い。牧草を中心とする粗飼料の自給率は76%と比較的高いが、飼料の中心をなす濃厚飼料(トウモロコシを中心とした飼料)の自給率は、わずか11%にすぎない。国内で主として飼料に使用するトウモロコシ1,600万トンの全量を、アメリカを中心とする海外諸国からの輸入によっているのである。従って、トウモロコシを中心とする穀物の国際価格の変動−上昇は、国内飼料価格の変動−上昇に直結する構造になっている。国内の配合飼料価格(家畜に給餌する飼料として、その用途に合わせ、トウモロコシを中心にほかの飼料原料などを配合した飼料)の平均価格は、2006年7−9月期のトン当たり42,560円から2007年10−12月期53,900円へとこの間27%も急上昇した。
畜産の生産費に占める飼料費の割合は極めて高い。ブロイラ−で64.6%、採卵鶏62.3%、肥育豚62.0%、肥育牛31.0%、乳牛42.4%である。飼料費の高騰は、畜産経営を直撃している。
4 わが国の課題
こうした飼料価格の高騰という事態に対して、政府と農業団体は、価格の高騰に対して経営を安定させるための対応を各畜産経営に促すとともに、飼料の増産→飼料自給率の上昇という中長期の目標設定の上に、それに向けて具体的な行動を進めるという両面からの対応をとっている。
畜産経営の取り組みとしては、家畜疾病についての衛生管理・衛生対策の徹底による生産性の向上が焦点として挙げられている。(1)養豚でのPRRS(人の場合の肺炎に近い疾病)の抑制−排除による母豚1頭あたり子豚産出数の向上の追求、(2)酪農における乳房炎予防対策の徹底による乳房炎の排除、(3)肥育牛生産での肥育期間の短縮(2006年平均19.5ヶ月から17ヶ月へ2ヶ月間短縮すること)によるコスト削減が提案されている。畜産農家におけるこれらの実践が問われているといえよう。
飼料自給率の向上に向けては、国産飼料の増産が政府の中長期的課題とされ、そのもとで、「平成20年度行動計画(案)」が提起された。そこにおいて、
(1)青刈りトウモロコシの作付面積を現行の約85,000ヘクタールから92,000ヘクタールに7,000ヘクタール拡大する。
(2)イネ発酵粗飼料(WCS)の作付面積は、この数年間4,500−5,000ヘクタールの間を推移しているが、これを平成20年度8,000ヘクタールに拡大する。
(3)これらを中心に、粗飼料作付面積を20,000ヘクタール増やす。
(4)わが国において年間1,130万トン発生する食品残渣のうち、飼料として再利用されているのは22%(250万トン)にすぎないが、これを2015年において45%(509万トン)に拡大するという目標の下に、認証制度の検討を行い、食品残ーネットワ−クの整備を行う、とする。
こうした方向の上に、2030年における飼料自給率35%(現行25%からの10%アップ)が目指されている。以上の課題の着実な実行が強く望まれる。
服部 信司(はっとり しんじ)
東洋大学経済学部教授
1938年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。岐阜経済大学助教授、教授を経て、1993年より現職。食料・農林漁業・環境フォ−ラム幹事長を兼務。主な著書に、「アメリカ2002年農業法」「WTO農業交渉2004」(以上、農林統計協会)、「グロ−バル化を生きる日本農業」(NHK出版) など。 |