海外駐在員レポート

タイ飼料産業の現状について

シンガポール駐在員事務所 林 義隆、佐々木 勝憲



1.はじめに

 タイの畜産業は、主に輸出向けで発展してきたブロイラー産業に加え、養豚産業も主要な輸出関連産業として成長を遂げつつある。同国の飼料産業については、畜産業の発展に伴い飼料需要が増加しているものの、主要な飼料原料であるトウモロコシ生産量が横ばいないし減少傾向で推移するとともに、トウモロコシ価格が上昇傾向で推移するなど抱える問題点も多い。さらに、近年、需要が急増しているバイオ燃料作物との作付け上の競合も指摘されている。今回は、上記の状況を踏まえたタイ飼料産業の現状について報告する。


2.飼料原料の生産状況等

(1)飼料原料の需要状況
  ―トウモロコシの飼料需要は全体の約4割―


 同国における飼料の主要原料は、使用量の大きい順にトウモロコシ、大豆ミール、破砕米、魚粉となっており、特にトウモロコシについては後述のように飼料需要量の約4割を占めるなどその重要性は高い。タイ飼料生産者協会(Thai Feed Mill Association:TFA)によれば、2007年における飼料原料の需要量は、トウモロコシが428万トン、大豆ミールが272万トン、破砕米が119万トン、魚粉が55万トンとなっており、これらの主要原料の需要量は2004年以降おおむね増加傾向で推移している。

 また、国連アジア太平洋経済社会委員会の下部組織である「副産物開発による貧困削減アジア太平洋研究センター(The Centre for Alleviation of Poverty through Secondary Crops' Development in Asia and Pacific:CAPSA)」は、2008年から2015年までのタイ飼料原料需要量を予測しており、飼料需要は今後も増加傾向が続くとの見通しを示している。CAPSAは、2015年時点における飼料原料需要量について、トウモロコシは2008年より12%増の542万トン、大豆ミールが同40%増の631万トンなどと予測している。これによれば、大豆ミールの飼料需要がトウモロコシを上回っているが、トウモロコシについてはバイオ燃料との競合を考慮した結果、飼料用として必要最小限の数値を予測したとしている。

表1 主要飼料原料の需要量推移


表2 主要飼料原料の需要予測数量

(2)飼料原料の生産状況
  ―トウモロコシ生産量は横ばいないし減少傾向で推移―


 飼料原料は、トウモロコシなどの穀類、豆類や油実類から採油した残さである植物性油かす類、魚粉などの動物質飼料およびビタミンなどの添加物などである。このうち、トウモロコシおよび主要な飼料原料のタイにおける生産状況は以下のとおり。

(1) トウモロコシ

  同国で生産されるトウモロコシについては、一部が食用に供されるが大部分は飼料原料として利用されている。タイ農業・協同組合省農業経済事務所(Office of Agricultural Economics:OAE)によれば、2007年の生産量は366万トン、収穫面積は596万ライ(95万3,600ヘクタール、1ライ=1,600m2)となっている。トウモロコシの主要産地は北部で、2007年の生産量は231万トンで全体の63%を占めており、その他の地域では、中央部の生産量が69万トン、東北部の生産量が67万トンでそれぞれ全体の18%ずつを占めている。

  また、近年の生産量と収穫面積は、横ばいないし減少傾向で推移している。このうち、2005年についてはタイ全土を襲った記録的な干ばつの影響を受けている。

(2) 大豆

  大豆ミールが飼料の主要原料となっているため、大豆の生産状況について見ると、2007年の生産量は20万トン、収穫面積は83万ライ(13万2,800ヘクタール)となっており、生産量と収穫面積は減少傾向で推移している。主要産地は北部で生産量は全体の67%を占める14万トンとなっている。

(3) 米

  タイで最も多く生産される米は食用に供されるが、もみ米の精米過程においてもみ米生産量の約15%発生するとされる破砕米と、同11%発生するとされる米ぬかについては飼料にも利用されている。2007年の生産量は2,331万トン、収穫面積は5,739万ライ(918万2,400ヘクタール)となっており、それぞれおおむね増加傾向で推移している。主要産地は東北部で、2007年の生産量は全体の45%を占める1,038万トン、北部が661万トンで全体の28%、中央部が552万トンで全体の24%を占めている。

(4) キャッサバ

  タイではキャッサバをペレットやタピオカでんぷんに加工しているほか、バイオエタノールの原料としても利用しており、タピオカでんぷんの製造過程で発生する副産物(キャッサバパルプ)が飼料原料として一部使用されている。2007年のキャッサバ生産量は2,692万トン、収穫面積は734万ライ(117万4,400ヘクタール)となっており、干ばつの影響を受けた2005年を除き、おおむね増加傾向で推移している。主要産地は東北部で、生産量は1,458万トンと全体の54%を占めている。

(5) その他

  上記以外の穀類については、ソルガム、大麦、小麦などが生産されているが、いずれの生産量も少なく、タイ国産の穀類として飼料の主要原料とはなっていない。FAOSTATによれば、2006年の生産量はソルガムが6万5千トン、大麦が2万3千トン、小麦が900トンなどとなっており、特にソルガムの生産量は2002年の13万2千トンと比較すると約50%減となっている。ソルガムは北部が主要産地であるが、タイ国内では重要性の低い作物とされており、一部の地域では、近年作付時期が近いヒマワリへの転作が進んでいる。

(注)トウモロコシの需要量と生産量の数値について
 TFAによる主要飼料原料の需要量は「畜種別の1頭当たり消費量×飼養頭羽数」で算出した推計値であるのに対し、OAEによる主要飼料原料の生産量は収穫面積などから算出した統計値であり、両者のトウモロコシの数値は必ずしも一致しない。


表3 主要飼料原料の収穫面積および生産量(2007年)


表4 穀類の収穫面積および生産量推移


〔コラム1〕トウモロコシの品種改良への取り組み

 トウモロコシについては、国や大学などの研究機関が、国内各地の土壌に適応した品種の改良・開発を実施しており、国内では約30品種のトウモロコシが栽培されている。その中枢を担うのが、国立トウモロコシ・ソルガム研究所(National Corn and Sorghum Reserch Center)であり、同センターはタイ東北部のナコーンラーチャシーマー県(地図参照)パークチョン郡に設置されている。



国立トウモロコシ・ソルガム研究所




 同センターは、1966年にタイ政府、カセサート大学およびロックフェラー財団の協力により、トウモロコシやソルガムの研究・開発が開始された際にその前身となる施設が設立され、その後、カセサート大学単独の付属機関となり現在に至っている。

 同センターでは、トウモロコシ種子について適用地域を北部、東北部、中央部向けに分けるとともに、それぞれの地域でかんがい施設の有無に対応した品種開発を実施しており、原種を種苗業者へ販売している。品種の改良・開発にあたっては、タイでは遺伝子組み換えトウモロコシの生産が認められていないため、交配と選抜により実施している。

 タイ国内では、ハイブリット品種の利用率が上昇し、農耕器具の機械化も進展しているため、種子の能力開発が今後の課題とされている。同センターによれば、トウモロコシの抗病性や収穫量向上に係る特性を探すのは比較的容易であるが、干ばつへの対応性を探すのは困難であるとしている。



トウモロコシ畑 敷地面積は合計で2,589ライ(414ヘクタール)

(3)飼料原料の自給率等
  ―トウモロコシと魚粉は自給率100%以上―


 OAEの統計により2006年における飼料自給率を推計すると、トウモロコシの自給率は103%、魚粉の自給率は116%となり、トウモロコシおよび魚粉については国内需要を満たすことが可能となっている。このうち、トウモロコシは輸入実績が15万トンあるものの、輸出実績も25万トンとなっており、主な輸出先はベトナムが11万トン、インドネシアが8万トン、マレーシアが4万トンなどとなっている。トウモロコシや大豆ミールなどの飼料原料の輸入数量は、2006年が191万トンとなっており、高病原性鳥インフルエンザ(AI)が発生した2004年を除くと、2002年以降はおおむね200万トン前後を輸入している。このうち、大豆ミールの占める割合は、年次によって差異はあるものの85%前後となっており、輸入原料の過半を占めている。

 また、大豆ミールについては、生産量が97万トンで自給率は31%となっている。タイでは、国内需要優先のため大豆ミールが輸出規制対象品目となっており、輸出を行う場合は商務省の輸出許可が必要となるが、2006年の輸出実績はない。大豆ミールの輸入先は、2003年以降アルゼンチン、ブラジルおよびインドの3カ国で90%以上を占めており、各国のシェアは年次によって大きく変化している。米国産大豆ミールの輸入数量が年々減少していることもあり、2006年以降はこの3カ国で輸入量の99%を占めている。

表5 主要飼料原料の自給率(2006年)


表6 飼料原料輸出入数量


3.飼料価格などの動向

(1)飼料原料価格動向
  ―飼料原料価格は上昇傾向で推移―


 飼料原料価格については、おおむね上昇傾向で推移している。このうち、トウモロコシの2007年キログラム当たり単価は7.78バーツ(約26円:1バーツ=3.3円)となり価格は上昇傾向で推移している。過去5年間の価格上昇率もトウモロコシが最も高く2003/07で58%となっており、次いでキャッサバの同54%となっている。魚粉の2007年キログラム当たり単価は前年より13%安の23.45バーツ(約77円)となったが、主要飼料原料のなかではキログラム当たりの単価が最も高価である。このため、魚粉はブロイラーや豚用飼料として3〜5%程度使用されているが、近年ではその使用比率を下げる傾向にあるとされる。

 なお、トウモロコシ価格の上昇傾向は2008年1月以降も継続している。トウモロコシ生産者販売価格をみると、2007年10月以降、キログラム当たり7バーツ台で推移してきたが、2008年3月に同8.38バーツ(約28円)となり、同月以降6月まで同8バーツ台の水準で推移している。また、大豆ミールの輸入価格も2007年11月以降、前年同月比で40%以上上昇しており、2008年6月の輸入価格は同49.2%高となる同15バーツ(約50円)となっている。

表7 飼料原料平均価格


図1 飼料原料価格推移(2005年〜2007年)


図2 トウモロコシ生産者販売価格推移


図3 大豆ミール輸入価格推移


(2)飼料価格動向
  ―飼料原料価格のほか輸送費も上昇―


 2007年の飼料卸売平均価格(バンコク)は、ブロイラー用飼料が30キログラム当たり604バーツ(トン当たり約66,433円)、子豚用飼料が同634バーツ(同約69,733円)となっている。OAEの統計では2007年価格は前年と同水準であるが、2004年との比較では卸売価格が9〜10%上昇している。

 トウモロコシなどの飼料原料価格の上昇に加え、輸送価格の上昇も飼料業者を圧迫している。南米からタイまでの原料輸送費は、2006年に1トン当たり35ドル(約3,850円:1ドル=110円)であったものが、2007年には同110ドル(約12,100円)まで上昇している事例もある。

表8 飼料卸売価格(バンコク)


(3)飼料原料価格上昇の影響等
  ―今年に入りブロイラー生産コストが約3割上昇―


 タイでは、主要畜産物であるブロイラーが政府の価格監視品目となっており、国内販売価格に飼料原料価格や燃料価格の上昇などのコストアップ分をすべて転嫁するのは難しい状況となっている。しかし、主要な輸出品目である鶏肉調製品については、価格監視対象品目ではないためコスト上昇分を反映しやすいとされている。

 近年における鶏肉調製品の輸出価格をみると、2006年以降総じて低下傾向で推移してきたが、2007年10月以降は上昇傾向に転じている。特に2007年12月以降については、前年同月比10%高以上で推移しており、2008年5月の平均輸出価格は同17.1%高の125,440バーツ(約433,194円)とかなりの程度上昇している。タイブロイラー加工輸出業者協会(Thai Broiler Processing Exporters Association:TBPEA)によれば、鶏肉調製品の輸出価格上昇の要因の一つとして、飼料原料価格や燃料価格などの生産コスト上昇が挙げられるとしている。TBPEAによれば、同国におけるブロイラー生産費(2007年)は、キログラム当たり約30バーツ(約99円)で、このうち飼料費の占める割合は約6割とされるが、今年に入りブロイラーの生産コストは約3割上昇しているとしている。

 また、タイ養豚協会(Swine Raisers Association of Thailand:SRAT)によれば、2007年7月の養豚に係る生産コストはキログラム当たり40〜42バーツ(約132〜139円)であったものが、2008年2月には同56バーツ(約185円)まで上昇したとしている。また、タイ農業・協同組合省畜産開発局も養豚の生産コストについて、2008年3月は同57バーツ(約188円)、4月は同54バーツ(約178円)と試算しており、生産費の約7割を占める飼料費の高騰が生産者に与える影響を懸念している。

図4 鶏肉調製品輸出価格推移


4.飼料の需給状況等

(1)飼料産業の発展の経緯
  ―寡占化が進む飼料業界―


 同国のブロイラー産業は、もともと鶏肉の国内需要が多い上に、輸出仕向けの生産が加わったことにより、70年代前半以降、大きく発展してきた。養豚産業については、70年代までは庭先養豚や小規模な養豚場による飼養が中心であったが、80年代以降はインテグレーターによる商業生産基盤が整備されたため、飼養頭数が大幅に増加している。

 タイの飼料業界は寡占化が進んでおり、チャルーン・ポーカパン(Charoen Pokphand:CP)グループやベタグロ(Betagro)グループなど大手13社の飼料生産量は国内生産の約9割に達し、また、このうち上位5社でシェアは7割を占めている。同国のインテグレーターは、CPグループやベタグログループなどのように主に飼料会社がグループの中核企業となり発展してきているが、一部にはサハ・ファーム(Sahafarms)グループやカーンチャナ(Kanchana Fresh)グループのように、それぞれ養鶏農場と養豚農場の規模拡大と経営効率を図るために、飼料工場の併設・拡大を図ってきたものもある。

 いずれにしても、大手飼料業者のグループ内における飼料生産から養鶏・養豚農場運営、加工・処理などの一貫体制の構築や、契約生産者に対する技術指導や動物医薬品の供給などのサービス実施体制の整備などが、同等のサービスを供給できない後発飼料メーカーの参入を困難にしており業界の寡占化を進めてきたと言える。

(2)飼料生産量
  ―畜産業の発展に伴い飼料生産量も増加―


 TFAによれば、2007年における飼料生産量は前年比3.8%増の1,271万トンとなった。飼料生産量は、ブロイラーや豚の飼養頭羽数の増加に伴い増加傾向で推移してきたが、2004年に発生したAIの影響により、同年のブロイラー飼養羽数は同37.9%減の1億2,680万羽となった。このため、飼料生産量についても同13%減の1,000万トンと大きな影響を受けているが、その後はブロイラーや豚の飼養頭羽数の増加などもあり、飼料生産量は増加傾向で推移している。

 タイでは、2002年に発生したEU向け輸出鶏肉からの抗菌剤検出や2004年のAI発生などが契機となり、ブロイラー産業ではインテグレーション化の動きが強まっている。インテグレーターのシェアについては、ブロイラーの約9割、採卵鶏の約7割、豚の約3割を占めるとされている。タイの大手商社によれば、飼料需要は増加傾向で推移しているが、各畜種ともインテグレーターにおける高度な衛生条件下での飼養管理の割合が増加していることにより、飼料添加剤などの使用量については減少傾向にあるとしている。

表9 主要飼料業者飼料生産量(2007年)


表10 飼料生産量推移


表11 主要家畜飼養頭羽数推移


(3)畜種別飼料原料使用量
  ―飼料需要は鶏用と豚用で全体の8割―


 TFAが公表した2007年における飼料の畜種別使用量をみると、ブロイラーおよび採卵鶏の鶏用飼料が530万トンで全体の45.8%、豚用飼料が433万トンで全体の37.4%となっており、国内の飼料需要は鶏と豚で全体の8割を占めている。

 また、飼料原料の畜種別使用割合をみると、ブロイラー用飼料と採卵鶏用飼料でトウモロコシの使用比率が高く、豚用飼料とアヒル用飼料では破砕米の使用比率が高い。トウモロコシはキサントフィル含量が高く、卵黄色などに影響を与えるため、給餌量のコントロールも行われる。トウモロコシの代用品として、一般的には小麦、ライ麦などが用いられるが、前述のとおりタイでは小麦の生産量が極めて少ないため、今後も飼料用としてトウモロコシの重要性は変わらないと予想されている。主要な輸出作物でもある米については、今後も生産の増加が期待されていることから、破砕米の生産量についても増加が見込まれている。また、破砕米はトウモロコシの代用品としても利用できることから、今後も使用量は増加すると予測されている。大豆ミールは乳用牛向けを除き、各種に20〜30%使用されているほか、たんぱく質の供給源として魚粉の代用品としても使用される。キャッサバについては、タピオカの製造過程で得られる副産物(キャッサバパルプ)が飼料用に利用されているが、その使用量はキャッサバ生産重量の約5%程度とされ、主に乳用牛と子豚育成用として利用されている。

表12 畜種別飼料使用量(2007年)


5.飼料産業を取り巻くその他の状況

(1)国内におけるトウモロコシ生産量の減少

 近年、原油の代替需要によるバイオマスエネルギー関連作物の需要増加により、バイオエタノールの原料となるキャッサバの価格が高値で推移していることから、トウモロコシ生産者がキャッサバへ転作するケースが増加している。

 トウモロコシが1年間に2〜3回収穫が可能であるのに比べ、キャッサバの生育期間は10〜12カ月程度とされその収穫までに時間を要するが、トウモロコシが作付時期を調整する必要があるのに対し、キャッサバは植え付けが一年中可能であり、植え付け直後に施肥や除草などの手入れを十分に行えば、その後はほぼ手入れが不要になるなどのメリットを持つ。さらに、トウモロコシの収穫量が干ばつなど天候の影響により大きく左右されるのに対し、キャッサバは比較的干ばつに強いことに加え、最長で植え付け後14カ月までは品質が変わらないとされていることから、生産者にとっては価格動向を勘案しながらの出荷調整がある程度可能となる。

 以上のことが、穀物価格全般が上昇傾向にある中、トウモロコシ価格も上昇傾向で推移してはいるものの、生産量についてある程度予測が可能でかつ高値で推移しているキャッサバへの転作が増加している要因とされる。

図5 キャッサバ生産者販売価格推移


〔コラム2〕ナコーンラーチャシーマー県スーンヌン郡農業事務所

 ナコーンラーチャシーマー県は、バンコクより約200km東北部に位置している(p83の地図参照)。郡内の農家戸数は約8千戸、農地面積は約24万ライ(3万8,400ヘクタール)でうち稲作が10万ライ(1万6,000ヘクタール)を占める。郡内には4カ所のでんぷん工場があり、もともとキャッサバの生産は多いが、キャッサバの価格上昇に伴い生産量は増加している。

 ダム湖を水源とするかんがい施設により水稲栽培が行われる地域もあるが、郡内の全地域にかんがい施設が行き届いてはいない。年間降雨量が本来は1,000〜1,200mm程度ある地域であるが昨年は900mmと少なく、このこともキャッサバへの転作が進んでいる要因としており、このためトウモロコシの作付面積が減少している。また、水はけが悪い地域のため、雨期には洪水による被害も発生している。農業事務所として、生産者に対し営農指導や農地に適した作物の紹介および降雨量データの提供などは行うが、特定の作物について作付けの強制などは実施しない。

 でんぷん工場は、キャッサバ集荷量を確保するために、生産者に対し一定の品質や量を満たせば奨励金や教育補助金を支給するなどの対策を行っているが、工場のグループに属さずに各工場のキャッサバ買取価格により納品先を替える生産者も多い。

 会合のため農業事務所を訪問していた生産者3名に聞き取りを行ったところ、いずれの生産者もかんがい施設がなく天水のみを利用する地域のため、おおむね所有地の5割以上でキャッサバを栽培しているとのことである。

・生産者A:
 農地を15ライ(2.4ヘクタール)所有しており、うち10ライ(1.6ヘクタール)でキャッサバ、残り5ライ(0.8ヘクタール)で粗飼料を栽培している(肉用牛を20頭所有)。

・生産者B:
 農地を200ライ(32ヘクタール)所有しており、うち90ライ(14.4ヘクタール)でキャッサバ、残り110ライ(17.6ヘクタール)で米、サトウキビ、トウモロコシを栽培している。

・生産者C:
 農地を30ライ(4.8ヘクタール)所有しており、うち15ライ(2.4ヘクタール)でキャッサバ、残り15ライ(2.4ヘクタール)で米を栽培している。


生産者のキャッサバ畑


(2)バイオ燃料との競合

 タイで生産されるバイオ燃料の原料として、バイオエタノールについてはデンプン系がキャッサバ、砂糖系がサトウキビと糖蜜となっており、米国などのようにトウモロコシがバイオ燃料の原料として使用されてはいない。また、バイオディーゼルの原料としてはオイルパームが使用される。タイ国内では、トウモロコシは主に飼料用として利用されているため、バイオ燃料の原料として直接の競合関係にある訳ではないが、前述のとおり、近年におけるトウモロコシ生産量の減少に関しては、キャッサバへの転作が大きく影響している。

 また、同国では主要作物であるサトウキビについては、砂糖と併せて国により厳格な販売・価格管理が実施されている。しかし、トウモロコシ価格に関しては、価格暴落時には政府による緊急買い上げ措置などが実施された例はあるものの、基本的には市場に委ねられている。そのため、同国のトウモロコシ生産量は、以前より他の作物の価格動向に大きな影響を受けてきている。

 タイ政府は、バイオエタノールの利用促進を図るため、ハイオクガソリンやレギュラーガソリンのガソホール(エタノール混合ガソリン)への置き換えを進めている。現在、ガソホールはE10(エタノール混合比率10%)およびE20(同20%)の販売が開始されており、ガソホールとガソリンに価格差を設けるなどの対策を採っている。さらに、同国政府は6月3日、年内に導入予定のE85(同85%)について、物品税額をガソリンより30%低く設定するなどの優遇税制を閣議決定した。また、2008年中には、キャッサバを原料にしたエタノール工場も8カ所が稼働を開始する予定であり、今後も国内におけるキャッサバ需要は増加するとみられている。このため、今後もキャッサバ需要がトウモロコシ生産量に及ぼす影響が強いと考えられるため、その価格動向などが注目される。

(3)生産基盤の確保

 タイでは、工業化の進展に伴い、GDPに占める農業生産の割合は減少しているが、就業人口に対する農業従事者の割合は44%を占めるなど、その重要性は変わらない。しかし、近年では生産者の高齢化が進展していることや、農協組織が弱いため生産者に対する技術指導が十分に行き渡らないことが指摘されている。トウモロコシ生産者についても同様であり、農場の管理が旧来の技術水準のまま実施されるケースも多く、種子の能力が十分に発揮できないケースも見られる。さらに、生産者が地主からの請負労働であるケースも多く、この場合、農地の土壌改良に対する意欲が希薄であるなどの問題もあると言われている。


6.飼料製造コスト上昇への対応等

(1)ACMECSからの飼料原料の輸入

 前述のとおり、主要飼料原料であるトウモロコシは飼料需要量の約4割を占めることから、その価格動向が及ぼす影響は大きい。このため、同国最大のアグリインダストリーであるCPグループは、飼料製造コストの削減などを図るため、イラワジ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略(Ayeyarwaddy ─ Chao Phaya ─ Mekong Economic Cooperation Strategy:ACMECS)加盟国において、トウモロコシなど飼料原料の委託契約栽培を実施している。これは、タイとACMECS加盟国政府間で合意された委託契約栽培制度を活用しており、本制度に基づき生産された農産物を輸入する場合、当該農産物に対し免税措置が適用されることとなっている。CPグループによれば、飼料用トウモロコシをACMECS加盟国で生産した場合、コストはタイ国内生産に比べ10〜15%安いとしており、今後も委託栽培を拡大する方針としている。

 このため、トウモロコシについてはタイ国内の生産で需要量を満たすことが可能ではあるものの、主にACMECS加盟国からの輸入も実施されている。同国における飼料用トウモロコシの輸入数量は、近年、増加傾向で推移しており、2007年の輸入実績は15万トンとなった。このうち、輸入数量の99%以上がACMECS加盟国であるカンボジア、ミャンマーおよびラオスからとなっており、2003年以降はACMECS加盟国からの輸入割合が99%以上で推移している。

 さらに、CPグループはACMECS加盟国のほか中国やインドなど合計13カ国で飼料を生産しているが、飼料原料の価格高騰や数量不足に対応するため、飼料原料をグループ全体で統括・管理する部門を設置した。同グループによれば、現在は各国のグループ間における連携が必ずしも良好ではないため、当該部門の設置に伴いグループ全体で飼料原料の管理を行うことにより、各国の飼料工場への原料供給がスムーズになり、コスト削減にも寄与するとしている。

(2)関税率の引き下げ要請

 飼料業者は飼料原料価格の高騰に対し、単価の高い魚粉を大豆ミールへ代替するなどのコスト圧縮に向けた取り組みを行っている。大豆ミールについては、需要量の約6割が輸入品のため、TFAは商務省などに対し輸入関税(4〜6%)の撤廃を要請し、農業・協同組合省なども、輸入関税の引き下げが生産コスト抑制に効果的であるとの認識を示している。しかし、SRATは輸入関税撤廃により得られる輸入関税相当額が生産者に還元されるとは限らないとして、輸入関税撤廃よりは当該相当額を生産者への支援に充てるよう主張している。また、大豆油精製業者は、大豆ミールの輸入関税が撤廃されても飼料原料コストを大幅に引き下げることにはならないほか、大豆油精製の副産物である国産大豆ミールにも値下圧力が高まるとして反対意見を表明した。一時は、商務省も大豆ミールの輸入関税について、1年程度の無関税措置を検討したとされるが、結局、国内関係者の利害調整に決着がつかず現時点では見送りとなっている。

(3)飼料価格の値上げ要請

 同国では、商務省により液化石油ガス、食料および飲料、紙製品、建材など合計35品目(2008年1月現在)が価格統制品目に指定されている。当該品目の値上げには商務省の認可が必要とされており、畜産関係では飼料、粉乳、牛乳、練乳、ヨーグルト、豚・豚肉がその対象となっている。

 さらに、商務省は上記の価格統制品目を設定しているほか、ガソリン、食料および飲料、消費財、電気製品、紙製品、建材、車両など合計200品目を価格監視品目に指定しており、畜産関係では鶏肉、牛肉、鶏卵、アヒル卵などが対象となっている。商務省は、この200品目(同)について、(1)Sensitive List、(2)Priority List、(3)Watch Listの3レベルに区分し、それぞれ毎日、週2回、2週間に1回価格を監視しており、必要があれば価格統制品目への指定も検討される。

 TFAは商務省に対して、大豆ミールの輸入関税撤廃と併せ飼料販売価格の値上げについても要請を行っている。TFAは今年1月以降、商務省に対し飼料価格の値上認可の要請を繰り返し実施しているが、商務省は飼料費の値上げが生産費の更なる上昇につながるとして慎重な姿勢を示してきた。しかし、飼料原料価格の高騰が続いているため、商務省は8月1日以降の飼料卸売価格の値上げについて認可した。今回、認可された値上げ幅は10〜20%で、値上げ幅については飼料原料の配合比率を勘案のうえ個別に決定されるとしている。

〔参考〕関税措置や二国間協定の状況

 輸入割合が高い飼料原料については、関税率などの国境措置がその輸入数量や価格に大きな影響を与える。現在、タイでは国内産業の保護などの理由により、飼料用トウモロコシと大豆ミールが輸入課徴金対象品目となっている。

 トウモロコシについては、2008年における関税割当枠をWTO合意水準である54,700トン、枠内税率20%に設定しており、本税率はタイ国内のトウモロコシ非収穫期である3月1日から6月30日の間に適用される。枠外税率については、73%の関税が適用されるほか、輸入課徴金がトン当たり180バーツ(約594円)徴収される。また、アセアン自由貿易地域(AFTA)内取引の場合、関税率は5%となっているが、前述のとおり委託契約栽培制度によりACMECS加盟国で生産されたトウモロコシを輸入する場合には免税措置が適用となる。このため、トウモロコシの輸入先はACMECS加盟国が過半を占め、過去5年間でAFTA内から輸入実績があったのはマレーシアのみであり、その輸入数量は年間で6トンであった。日本・タイ経済連携協定(Japan-Thailand Economic Partnership Agreement)やニュージーランド・タイ経済緊密化連携協定(New Zealand- Thailand Closer Economic Partnership)では関税率0%が適用されるが、ニュージーランドのトウモロコシ輸出量も800トン(2005年)と少なく、また、タイは南南協力推進の上でもACMECS加盟国からのトウモロコシ輸入を増加すると予想される。

 大豆ミールについては、WTO加盟国から輸入する場合、4%の関税率が適用されるが、当該関税率を適用する場合には、輸入業者は大豆油精製業者から産出される国産大豆ミールについて、キログラム当たり9.85バーツ(約33円)を下回らない価格で購入することが義務付けられている。一方、WTO非加盟国から大豆ミールを輸入する場合には、関税率が6%となるほかトン当たり2,519バーツ(約8,313円)の輸入課徴金の納付が義務付けられている。

 大豆ミールの主要輸出国は、アルゼンチン、ブラジル、米国、インドであるが、タイ国内需給に影響を及ぼすのは、枠組み協定が合意されておりアーリーハーベスト(一部品目の早期関税引き下げ)が実施されているインドのみと言える。対インドFTAにおけるタイ側合意事項では、大豆ミールの関税率は4%であるが、輸入業者はTFAのほかTBPEAなど政府により指定された団体であることと、国産大豆ミールについてキログラム当たり9.85バーツ(約33円)を下回らない価格で買取ることが条件となっている。また、政府により指定された団体以外の者が輸入する場合の関税率は119%が適用される。

 現在は、たんぱく質含有量が高いことなどもあり、アルゼンチン産とブラジル産で大豆ミール輸入数量の8割を占めているが、関税率の設定条件次第ではインド産大豆ミールの需要も増加すると予想されている。ただし、農業関係の交渉が難航していることもあり、インド産大豆ミール需要が南米2カ国と拮抗するまでには、もう少し時間を要すると思われる。


7.おわりに

 国連食糧農業機関(FAO)は7月18日、穀物見通しと食料事情に関する報告(Crop Prospects and Food Situation)を公表したが、トウモロコシの需要ひっ迫が主要な穀物の高止まりを下支えする要因の一つであるとしている。

 インテグレーターは、飼料調達コストの上昇分についてある程度グループ内で吸収することが可能とは思われるが、養鶏や養豚の安定した生産基盤確立のためには、飼料費の抑制が不可欠である。CPグループは飼料部門や養鶏、養豚部門をグループ内で分社化しているが、その中核となるCPF社は株式を上場していることもあり、投資家への説明上も各部門での利益計上が求められるとしている。CPF社は、8月に2008年上半期の決算概要を公表したが、食肉販売価格の上昇などにより今期は14億4千万バーツ(約47億4千万円)の利益を計上したとしている。しかし、大豆かすや魚粉などの飼料原料価格の上昇傾向が続いていることに懸念を表明している。

 飼料業者各社は、飼料原料の調達コストの抑制を図るため、ACMECS加盟国で飼料原料の委託生産を実施したり、飼料配合比率の変更や未利用資源の開発などを行ったりしているものの、主要飼料原料であるトウモロコシ生産量が他作物の価格動向に左右されるなど不安定な要素も強い。また、前述のとおり飼料が商務省による価格統制品目に指定されているため、飼料業者には飼料原料の高騰分を飼料販売価格に転嫁しずらいという不満が大きい。飼料業者数社は、すでに大口需要者向けの飼料販売価格の見直し(大口需要者向け値引き幅の圧縮)などを実施しているとのことであるが、根本的な対応とはなりにくい。

 商務省は、8月以降の飼料卸売価格について値上げを認可したが、同時に国内の鶏肉や豚肉の販売価格も上昇すれば、価格上昇に伴う食肉需要の低下を招くなどの悪循環に陥ることにもなりかねない。さらに、ある飼料業者によれば、飼料原料の高騰などにより原料確保が難しくなれば、外部への飼料販売比率を下げることも検討するとしており、飼料業者各社は今後も困難な対応を迫られることになる。


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