需給解説

牛肉の需給展望〜値頃感のある相場に〜

食肉生産流通部 食肉需給課長 安井  護
同課長補佐 山﨑 良人

 昨年の秋以来、食肉の需給は、「好調な豚肉・鶏肉、不調の牛肉」と2分化した状態が続いており、最近、その傾向がさらに顕著になっている。この動きは、年末に向けても続くのだろうか。

 今年下期(7〜12月)の牛肉の需給について、量販店、卸売業者、生産者団体、輸入商社へのインタビューやアンケートなどを踏まえて、展望してみたい。

ポイント

1 家計は物価上昇で、食費を抑える動き
2 量販店は牛肉よりも、単価の低い豚肉・鶏肉の販売増加を見込む
3 しかし、卸売価格低下で「値頃感」を感じる量販店は5割
4 生産量は、と畜頭数増加で増加傾向
5 輸入量は、現地価格上昇で減少傾向

図1 食肉の卸売価格の推移


1 上期も豚肉・鶏肉好調続く

 まず、平成20年上期(1〜6月)の食肉需給を振り返ってみよう。需要と供給を反映した結果である卸売価格は、牛肉は低下傾向が続き、一方、豚肉と鶏肉は前年を1〜2割程度上回るなど極めて好調に推移した。

表1 上期の食肉消費量(前年同期比)

 消費量(推定出回り量)は、牛肉、豚肉、鶏肉とも前年を上回っているが、全体の消費量の3〜4割を占める家計消費は、牛肉が減少傾向が続く一方、豚肉と鶏肉は増加傾向にあり、「勝ち組と負け組」がはっきりした状況が続いている。


2 牛肉が売れない

 「牛肉が売れない」とよく言われる。その理由を整理すると、「所得が伸びない中、食品をはじめとする物価が上昇しており、生活防衛のため消費者は単価が相対的に低い豚肉、鶏肉の購買を増やしている」となろう。

 足下の販売動向も、「景気低迷、牛肉偽装事件の影響からお中元などのギフト用高級品の売れ行きが悪い」、「売価の低い、もも、かたはまだよいが、ロイン系が不振」、「卸売価格は下がったが、小売価格が下がっていないので売れ行きが鈍い」、「ガソリン価格上昇で郊外型焼肉店の販売不振、屋外でのバーベキューが減り、ばらが余剰」などと聞く。

 これらは、実際に商売をしている方々の実感だが、統計上ではどのようになっているのか。数字を挙げて検証してみたい。

○景気悪化で食費を抑える消費者
 日銀の調査によると、「1年前と比べて景況感が悪くなった」と感じる人は、昨年12月時点では46%であったが、今年6月には69%と20ポイントも増加している。また、「この先1年後さらに悪くなる」との回答は同じく46%から61%に増加しており、この半年でより多くの人が景気の悪化をひしひしと実感するようになっている。

図2 景況感

 生鮮品を含めた食料品の価格は昨年来1%未満のわずかな上昇傾向にあったが、今年になって、1〜3%と増加幅が大きくなっている(総務省「消費者物価指数」)。一方、勤労者世帯の可処分所得(総務省「家計調査報告」)は、昨年夏以降、前年同月を下回る月が多くなっている中で、食料費支出は、ほぼ前年並みとなっている。「可処分所得が減少傾向にある中、食料価格が上がり、少しでも食費を抑えようとしている」消費者の姿が見えてくる。

図3 家計をめぐる状況(前年同月比)


○牛肉への支出金額は同程度
 では、食費を抑えようとする消費者は食肉消費にどのような態度を取っているだろうか。家計調査報告を分析すると、意外な事実が見えてくる。

 まず、金額ベースで、昨年と今年の上期を比較すると、食料費支出は同じ水準であるが、その中で、食肉3品の支出額は106.6%と意外にも大きく増えている。ライバル関係にある生鮮魚介が減少しているのとは対照的だ。牛肉も売れ行き不振と言われるが、金額ベースでは99.4%であり、過去と比べれば低水準ではあるが、ここ1年でさらに低下したという訳ではない。

 数量ベースでは、豚肉と鶏肉が「勝ち」、牛肉の「一人負け」となっている。購入単価は、牛肉はほぼ同水準であるのに、豚肉と鶏肉は上昇しており、鶏肉に至っては1割以上のアップである。

表2 食肉の家計消費の状況(前年同期比)

○売れない一因は高単価
 こうしてみると、単価がアップしても売れている豚肉・鶏肉、単価は同じなのに売れ行きダウンの牛肉との好対照になる。その理由は、何であろう。実購入単価(100g当たり平均)は、鶏肉99円、豚肉138円に比べて牛肉は299円である。牛肉が他に比べて高いのは昔も今も同じだが、食費を抑えようとする消費者の生活防衛意識の高まりが、高単価の牛肉から豚肉・鶏肉に需要をシフトさせているようだ。

 ちなみに平成12年度(国内でのBSE確認前)の購入単価と比較すると、豚肉と鶏肉はそれぞれ4円、8円の上昇だが、牛肉は42円も上昇している。平成12年度、牛肉は豚肉の1.92倍であったのに対し、今は2.17倍と差が広がっている。

図4 家計での食肉の購入単価と購入量の変化 (前年同期比)

○豪州産が減少
 購入数量が減少した牛肉。品種別のシェアを機構のPOS調査で見てみると、米国産牛肉については、大手量販店での販売再開が広がったことから、3.5%に拡大した。その影響を受けてシェアを落としたのは、豪州産で7.8ポイントも低下している。つまり、量販店の店頭で販売が減少した牛肉は豪州産ということになる。

図5 牛肉の品種別購入シェアの推移(POS 調査)


3 牛肉減少を見込む量販店

 下期の食肉の販売動向について、量販店はどのように見ているだろう。7月中旬に実施したアンケートによれば、量販店の約5割は、牛肉販売について、「減少」を見込んでいる。一方、「増加」は約半分の26%である。昨年12月に今年1年の販売見通しを尋ねたときには「増加」が「減少」の約2倍で、この半年で増加と減少が大きく逆転している。

 豚肉と鶏肉はそれぞれ、販売増加を見込んでいる社が多く、それぞれほぼ7割に達している。特に鶏肉は前回調査の2倍以上の社が増加すると回答しており、その需要の強さに驚かされる。

 なお、量販店での食肉の取扱割合(重量ベース)は、牛肉28%に対して、豚肉44%、鶏肉28%となっている。

表3 下期の販売見通し(量販店)

表4 食肉の取扱割合(量販店)

 量販店の5割が減少を見込む牛肉の内訳は、和牛と豪州産が半々だ。豪州産の減少理由は、「卸売価格が高水準」であり、ショートフェッド・フルセットの卸売価格が1000円台で定着するなど、拡販商材としての魅力を失っていることが挙げられた。和牛の減少理由については、高単価ゆえに「豚肉・鶏肉に販売がシフト」との回答がほとんどであった。

 牛肉の増加を見込む量販店では、どの品種を増やすのか。その半数近くは交雑種との回答で、理由としては「売れ行き好調」と卸売価格低下による「販売価格低下」と「利益率向上」が挙げられている。「量販店は、高単価の和牛から交雑種にシフトする動きと、交雑種の卸売価格が低下したので、乳用種から切り替える動きの二つがある」(卸売業者)ようだ。

表5 品種・産地別の増減割合(量販店)

○卸売価格は半数が値頃感あり
 では、量販店は今の卸売価格をどう感じているのだろうか。6月の東京市場の卸売価格を示し、去勢和牛、交雑種去勢牛、乳用種去勢牛(乳オス)についてそれぞれ聞いた。3品種ともに半数以上が「値頃感がある」と感じており、特に交雑種はその割合が7割近くに達していて、上記の交雑種の販売増加を見込む結果とつながっている。

 ただし、3品種ともに「高い」と感じている社がそれぞれ3割いる。乳オスについては、「値頃感がある」が5割と一番多いものの、「安い」と感じている社よりも「高い」と感じている社がまだ3倍いて、これが各社の販売政策、小売価格にどう影響するか、注目される。

アンケートは7月中旬に全国の主要量販店28社を対象に行い、26社から回答を得た。

表6 卸売価格の値頃感(量販店)


4 卸売業者も牛肉減少の見込み

 卸売業者は、下期の牛肉販売についてどう見込んでいるのだろうか。同時期に全国の主要食肉卸売業者を対象に実施したアンケートによれば、「同程度」から「減少」と見込む社が多い。国産は「同程度」が約5割と一番多いものの、輸入チルド、輸入フローズンはともにそれぞれ半分の社が「減少」を見込んでいる。「同程度」が多い国産も、昨年12月の調査と比べると「増加」が7割から3割へと大幅に減少し、「減少」が0から2割へ増えている。

 国産牛肉の販売増加を見込む社に品種の内訳を尋ねたところ、卸売価格の低下から、和牛が挙げられた。

表7 平成20年の牛肉販売見通し(卸売業者)

○卸売価格は十分安い
 卸売業者は今の価格をどう感じているか。3品種ともに「値頃感がある」、「十分安い」と感じている社が多く、和牛と乳用種は9割の社がそう感じている。特に乳用種は3割の社が「十分安い」と回答している。ただし、交雑種は「高い」と感じている社が3割と和牛、乳用種に比べて多かった。

 上記の量販店の値頃感と比べてみると、量販店は「値頃感は出てきたもののまだ高い」と感じ、一方、卸売業者は「価格は低下して、十分に安くなった」と感じていると言えよう。この違いは、量販店は、(1)今の消費者が受け入れる販売価格から逆算するとまだ「高い」と考えていること、(2)牛・豚・鶏の3種類を同じ売場で販売している量販店は、3者を比較したときに、まだ牛肉が「相対的に高い」と感じていること、が背景にあるのではないだろうか。

表8 卸売価格の値頃感(卸売業者)

アンケートは7月中旬に全国の主要卸売業者20社を対象に行い、14社から回答を得た。


5 生産は増加傾向

 次に生産動向をみてみよう。

 牛肉の生産量はと畜頭数、枝肉重量の増加から、19年春以降、各品種ともに増加傾向にある。上記のとおり、需要が弱くなってきた時期に生産増が重なったため、価格に対するマイナス要因の一つになったことも否めない。

 下期の生産動向について、過去の分娩頭数、子牛の市場出荷頭数、3月末の月齢別飼養頭数((独)家畜改良センター)から推測すると、去勢和牛、交雑種(オス・メス)は増加、乳オスは減少に転じると思われる。

○去勢和牛は増加傾向続く
 去勢和牛の生産量は、17年度にわずかながら増加に転じ、それ以来、増加傾向で推移してきた。過去の分娩頭数、子牛取引頭数、3月末の月齢別飼養頭数から、下期にと畜適齢期を迎える肉牛の頭数を推測すると、いずれもプラスとなっており、下期も前年同期に比べ2〜3%程度の増加が続くと見込まれる。

 卸売価格は、低下傾向が続いている。その要因の一つとして、「増体を重視した、血統への転換、飼養管理が進み、キメの細かさといった和牛本来の特質が失われている」、「飼養管理を工夫せずに早期出荷した枝肉は水っぽい」など、品質低下を指摘する市場関係者もいる。

図6 去勢和牛のと畜頭数と卸売価格(前年同月比)

○乳オスは減少へ
 乳オスは、昨年秋から前年同月を5%以上、上回る高水準でのと畜が続いてきた。これは、「価格低下を嫌った生産者の早出しの影響」(卸売業者)との見方が多い。6月には前年同月比で100.6%と一服。上記のデータから今後のと畜頭数は、減少傾向に転じ、下期は前年同期に比べ2%程度の減少と見込まれる。

 低下を続けてきた卸売価格も4月以降は前年同月を上回るようになってきている。と畜頭数が減少に向かう中で、「ここまで下がれば、量販店もセールに取り組みやすい」(卸売業者)との期待もあり、相場は「底打ち」との見方もある。

図7 乳オスのと畜頭数と卸売価格(前年同月比)

○交雑種は増加傾向続く
 交雑種のと畜頭数は18年度以来増加傾向が続いている。上記のデータから、下期も1〜2%の増加が見込まれる。

 卸売価格は低下を続けてきて、既にBSE発生前、平成12年度の1,236円にまで低下しており、値頃感から、一部量販店の取組意欲が出てきたのは前述のとおりである。

図8 交雑種 去勢牛のと畜頭数と卸売価格(前年同月比)


6 輸入は現地高で減少傾向

 「日本がお客であった時代は終わった」。長年、牛肉輸入に携わっている輸入商社の担当者がしみじみと語った。豪州でも、米国でも、「ロシア、中国などの新興輸入国の台頭で、メインプレーヤーであった日本の地位は相当程度、低下している」が実感らしい。現地価格は上昇するものの、国内での販売不振からユーザーは価格上昇についてこれず、輸入数量が減少傾向にある。

 国別に見ると、輸入牛肉の8割のシェアを占める豪州では、干ばつによる飼料価格の高騰、素牛価格の上昇等からフィードロットの飼養頭数が大きく減少した。そのため、輸入量全体の4割を占めるグレインフェッドの生産が減少するとともに現地価格が上昇してきたが、「国内での販売が不振のため、十分な価格転嫁ができず、輸入量を減らさざるを得ない」(輸入商社)。さらに、「ロシア、中国などの需要増加から、低級部位を中心に現地価格が上昇しており、日本は「買い負け」している」(輸入商社)のが現状のようだ。

 米国産は、すべての大手量販店での販売が再開され、POS調査の結果を見ても売場で定着していることが分かる。卸売価格も「豪州産と比較して競争力のある価格帯となっており、コンビニの弁当用などの業務用需要もでてきた」(輸入商社)と需要のすそ野が広がってきたようだ。

 しかし、問題は供給力で、20カ月齢以下という日本向け輸出条件に合致する牛の生産が、夏に増加し、冬に向けて減少するというサイクルを繰り返している。今年も6月から8月に月間5千トンを超えた後は、冬にかけて緩やかに減少すると見られる。

表9 上期(1〜6月)の牛肉の輸入状況


7 牛肉市場を建て直す鍵は

 今回の関係者へのインタビューでは「相場低迷の要因は景気の悪化につきる」、「牛肉の位置付けが以前のようなごちそうに戻ってしまい、日常品として買ってもらえなくなっている」、「量販店も単価の高い牛肉を売りたいが、今の景気状況では消費者に買ってもらえない」、「売れるのはうで、もも、ミンチばかりで、ロースはさっぱり」など、販売の前線から聞こえてくるのは悲観的な意見が多かった。

 牛肉の販売単価が、豚肉や鶏肉と競争力を持つほどすぐに低下することは考えにくい。それどころか、生産コストも、輸入コストも上昇している中で、それに見合った販売がなされないと、マーケット自体が成り立たない。

 幸い、現在の卸売価格について、「値頃感がある」と感じる量販店が5割を超えており、また、4社に1社は下期の牛肉販売が「増加する」と答えている。この辺に縮小している牛肉市場を立て直す鍵がありそうだ。魅力あるメニュー提案も欠かせない。消費者も、豚肉・鶏肉ばかりを食べたい訳でもないだろう。


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