1.はじめに
韓米自由貿易協定(FTA)は、2007年4月1日に合意された。半導体、自動車、無線通信機器をはじめとする工業品などの輸出依存度の高い大韓民国(以下「韓国」という。)は、このFTAを今後の市場拡大、雇用の創出、競争力の確保を図るための措置と位置付けている。一方、FTAが発効すると小麦、飼料用トウモロコシ、搾油用大豆、オレンジジュース(冷凍)、ワインなどに対する関税は直ちに撤廃され、また、牛肉は15年、冷蔵豚肉は10年をかけて段階的に関税が撤廃されることとなっている。
韓米FTAの米国議会での批准のためには、韓国が科学に基づく国際的なガイドラインに従って牛肉市場を解放すべきとの意見が米国の有力議員を中心に強かった。このため、合意から1年後の2008年4月18日に米国が飼料規制の強化を公表した段階で、両国政府は、30カ月齢以上の牛肉についても輸出が可能とする旨の合意を発表した。
これに対し韓国国内では、米国産牛肉の輸入再開に当たって、国内消費者の安全性への懸念が増大するとともに、原油高などによる物価上昇への不満や韓国の政治事情なども反映して、輸入再開反対の大規模なデモ(ろうそく集会)が2ヵ月にわたって続き、李明博政権の存立が危ぶまれる事態にまで発展した。その後、米国との再交渉要求、閣僚の辞任など紆余曲折を経て、2008年6月24日、米国政府が保証する「韓国輸出向け30カ月齢未満証明プログラム」(以下「QSA」)に基づき、30カ月齢以上の米国産牛肉の韓国内への輸入を実質的に止めることで決着した。
こうした背景もあり、韓国における自由貿易の推進という方向性は今後とも変わらないと考えられるものの、FTAが両国議会で批准されるには依然として不透明な要素もあることに留意しなければならない。
このようなFTAをはじめとする市場開放政策の中で、韓国では輸入農産物に対抗するため国産農産物の差別化(ブランド化)が推進されている。
さらに、韓国の農林水産食品部は米国産牛肉の輸入再開を実質的に宣言した2008年6月24日、食肉の原産地表示についても強化を図ることとし、農産物品質管理法に基づき、すべての食堂、ビュッフェ、ファストフード店、学校・病院・公共機関・企業の集団給食所などにおける牛肉の原産地表示が同年7月8日から義務付けられた。なお、豚肉・鶏肉などについても同年12月22日から施行されることとなっている。
今回は、韓国において韓牛(Hanwoo)を中心に加速するブランド化の動きと、日本同様に飼料価格の高騰の影響を受けている生産者の現状を、慶尚北道での調査事例をもとに報告したい。
2.韓国の肉用牛をめぐる状況
(1)肉用牛の飼養動向など−10年前後のキャトルサイクルを描く
初めに、韓国における肉用牛のこれまでの飼養動向について見たい。
韓国の牛の飼養頭数は1980年代初頭まで150万頭前後で推移していたが、その後の国民所得の増大により牛肉需要は増加した。これを受けて、韓国政府は肉牛を海外から輸入したため、85年には飼養頭数が255万頭を超えるまでに増加した。このため、肉牛価格が下落し、政府は、肉牛および牛肉の輸入を停止し、肉用牛の買上げを行った。その後、88年のソウルオリンピックを契機とした経済成長に伴って牛肉の消費が拡大し、牛飼養頭数も増加したが、97年の通貨危機や牛肉の輸入拡大から飼養頭数は再び減少に転じた。2001年に牛肉の輸入自由化が行われたが、国内経済の回復もあって、肉用牛飼養頭数は、2001年以降増加し続けており、2007年の韓牛飼養頭数は、203万4千頭となった。韓牛のみの頭数データが入手できる2003年と比較すると、59.3%増、頭数にして75万7千頭も増加している。また、韓牛雌(妊娠可能牛)の頭数もこの4年間で31万9千頭増加している(表1)。
表1 牛飼養頭数の推移
このように、韓国の肉用牛飼養頭数は、10年前後(8〜12年間)で増減を繰り返すキャトルサイクルを明確に描いているのである。これは、1戸当たりの経営規模が現在でも10頭程度(日本は2008年2月1日現在で35.9頭)と小さいこともその要因の一つと考えられる。
日韓の肉用牛飼養頭数の推移を比較すると、その著しい違いがわかる。1988年のソウルオリンピック以降、韓国では飼養頭数のボトムとピークの頭数差が130〜140万頭超、その間の年数が5〜7年と激しく増減しているのに対し、日本では頭数差が20数万頭、年数で11年と変動が緩やかで安定している(図1)。これには、経営規模の違いだけでなく、肉用牛生産に対する両国政府の施策の違いも大きく関わっているものと推察される。
図1 日韓の肉用牛飼養頭数推移
韓国の在来種である韓牛は、高知系の褐毛和種の改良にも用いられた。
また、肉用牛の種類別飼養頭数を見ると、韓牛の割合が、2006年以降は9割を超えている。それに対して乳用雄牛の肥育は、乳用牛頭数や生乳生産量の減少などから減ってきており、全体の1割弱を占めるにすぎず、韓国で肉用牛といえば一般的に韓牛を指すものとなっている(表1、図2)。
図2 肉用牛の種類別飼養頭数
なお、韓国の牛肉自給率は、98年の75.4%をピークに減少しており、2003年は36.3%にまで低下した。その後米国産牛肉の輸入停止などから2006年で47.9%にまで回復している。
韓牛は、かつて高知系の褐毛和種の改良にも用いられたことがあり、脂肪交雑が入りやすいが、これまで改良が進んでいなかった。しかし、92年には枝肉の格付け制度も導入され、今日まで韓牛の改良が進められてきた。韓米FTAを契機に、韓牛の改良には拍車がかかるものとみられる。
韓国には伝統的に雄牛を去勢しないで肥育する習慣があるとされる。肉の柔らかさを求めるのではなく、煮込みや骨付き肉でスープを取るといった韓国の伝統的な食習慣では、脂肪の少ない非去勢牛も一定の需要があるようである。関係者によると、韓牛の出荷月齢はおよそ27〜28ヵ月とされており、韓牛のうち去勢される比率は2006年24.7%、2007年34.5%であった(出所:畜産物等級判定所「畜産物等級判定年報」)。
去勢することにより肉質を良くして収入増を得るか、去勢せずに短期間で増体量を多くし、「量」で収入を得るかはあくまでも経営判断であるが、非去勢の考え方は昨今の飼料高の状況からすれば、韓国では一理あると思われる。 (2)韓牛ブランドの状況−出荷頭数の3割を占める
韓国は2001年1月の牛肉の輸入自由化以降、国産牛肉の市場を確保するための差別化、ブランド牛肉生産が一段と加速化された。さらに、海外でのBSE発生などで消費者の食の安全・安心への関心が高まる中、韓牛ブランドの高級化を図る動きも出ている。韓米FTAに向けて政府の支援策も打ち出され、今後ますます高品質で安全なブランド畜産物の生産を促進する動きが高まっている。
畜産物等級判定所が実施している「畜産物ブランド現況」によれば、2007年8月、韓牛ブランドは202あり、そのうち特許庁に商標登録を行ったブランドは182となっている(図3)。
図3 韓牛ブランド数の推移
また、実際に販売実績のあるブランドは142となっている。商標登録がされていないものや生産基盤が零細で販売実績がないブランドの淘汰が進み、ブランド数自体は2005年以降減少しているが、ブランド牛肉の生産および販売は組織化、大規模化が進んでおり、給与飼料の統一化、疾病管理、加工場のHACCP導入、衛生管理、トレーサビリティなど消費者への訴求効果が高い安全・安心で品質の高い牛肉供給の取組が行われている。
この結果、2007年に韓牛ブランドに参加する農家は全体の10.7%のシェアを占める19,451戸にすぎないが、飼養頭数ベースで32.6%、また、出荷頭数では同34.4%の16万2千頭が韓牛ブランドとして販売されている。
なお、韓牛ブランドの経営主体は、生産者団体などが153と全体の75.7%を占めているが、流通業も49登録されている。特にスーパーなどの流通業では、日本と同様大規模店舗の出店が拡大しており、ブランド牛肉の販売拡大に大きな役割を果たしている。
(3)八公霜降韓牛ブランドの事例
韓牛のブランド牛肉を生産・販売している大邱畜産農協のある大邱広域市は、韓国南部の慶尚北道の道庁所在地で、ソウル、釜山、仁川に次ぐ4番目の都市である。
大邱畜産農協では、大邱市北東の市・道界にそびえる山群の総称である八公山(パルゴンサン)の名を冠したブランド牛肉を販売している。
畜産農協の組合員は1,400人(牛70%、豚15%)で、大邱広域市の畜産物の半分を生産しており、食肉加工場を整備するとともに、スーパーや直営食堂(焼肉店)の経営、飼料販売、学校給食向け食材の納入などを行う韓国でも有数の農協である。
食肉加工場は牛15頭/日、豚285頭/日の処理能力を持ち、生体をと畜場に委託と畜し、食肉を製造している。学校給食用食材は市内の約300校に納入しており、その販売量は食肉で月間6トンに上っている。
また、大邱畜産農協直営のスーパーでは、畜産物のみならず食料品はすべて国産のみを取り扱っている。
直営食堂は、2007年12月に第一号店が開店したが、2008年7月には第二号店をオープンさせるなど、八公霜降韓牛肉の消費拡大にも努めている。
八公霜降韓牛肉は、畜産農協が血統的に優秀な肥育素牛を去勢し、組合の指定する飼料を給与し、生産プログラムに沿って、28カ月以上飼育された韓牛から生産されるものであり、格付けによる制限はない。
さらに、畜産農協は、トレーサビリティをはじめ加工場のHACCP取得、ISO9001の認証などでそのブランド力をアピールし、販売の拡大を図っていた。
八公霜降韓牛のブランドマーク
大邱畜産農協直営スーパーではカルビが100グラム当たり
6,800〜7,000ウォン(707〜728円)で販売されていた。
同じくかたロースは5,200〜6,300ウォン(541〜655円)で販売
(4)シンウ牛乳(SINWOOMILK)のオーガニック牛乳乳製品の事例
韓国の酪農は生乳生産量で日本の4分の1、輸入品も含めた牛乳・乳製品の消費量においても4分の1の規模である。酪農経営は、高齢者問題や環境問題に加え、UR合意以降輸入乳製品の増加などにより飼養戸数が減少を続けており、2007年は7万7千戸と2000年の13万3千戸と比較すると半減している。また、乳牛の飼養頭数も95年の55万3千頭をピークに減少傾向で推移しており、2007年は45万3千頭にまで減少している。この結果、生乳生産量は2003年以降5年連続で減少しており、2007年は218万8千トンとなった(表2、図4)。
表2 生乳の需給状況(生乳換算)
図4 生乳生産量および輸入量の推移
このような中、牛乳の消費量は日本同様減少傾向で推移しており、牛乳およびチーズ、クリーム、ヨーグルトといったソフト乳製品についても差別化を模索する動きが出てきている。
韓国では97年に「環境農業育成法」(2001年には「親環境農業育成法」として改正)が制定されて「親環境農業」が推進されることになった。これを契機に無農薬、減農薬農産物と並んでオーガニック(有機)農産物への需要が着実に増えつつあるといわれる。国内農業の振興施策の一つとして政策的に支援されていることに加えて、消費者の健康によい食材への関心の高まりもオーガニック農産物の需要が伸びている大きな要因である。こうした動きは、韓国では「ウェルビーイング(well-being)」と言われている。「健康にも環境にも優しい農産物や食品を食べよう」運動である。
また、ソウル市民の飲料水の水源となる漢江(ハンガン)という川の水質汚染への高い関心がオーガニック農産物への需要を支えているという。
すなわち、漢江の汚染を防ぐため、ソウル市が環境汚染を防止するために支援するとともに、ソウル市民は、流水域の農業者が親環境農業で生産した農産物を購入して環境を保護しようとする取組を行っているという。
漢江とは離れているが、釜山広域市から北に70キロメートル離れた蔚州郡にあるシンウ牛乳(SINWOOMILK)を訪ねた。慶尚北道の東端に近い古都慶州を通り、山手に入ると、山の広大な斜面を使った牧草地にホルスタインの白黒と韓牛の褐色が一緒に放牧されているのが見える。シンウ牛乳ではオーガニック生乳の生産に取り組んでおり、Sinwoo
Ranch & DAIRY株式会社として乳製品製造部門を株式会社化し、オーガニック牛乳および乳製品を製造、販売している。生産者組合は金玉培氏が代表理事を務め、その息子さんが乳業会社の社長として親子で酪農乳業を営んでいる。
金氏は、ステンレスの輸出会社の社長であったが、77年に生産者から酪農経営を引き継ぎ、会社経営の傍ら、15頭のホルスタインの搾乳から酪農経営を始めた。2006年4月に釜山の牛乳加工組合がオーガニック牛乳の販売を希望したため、オーガニック酪農に取り組んだものの、結局牛乳加工組合が販売を断念する事態となり、1年間は粉乳などを作ってしのいだという。
その後自らが販売まで一貫して手がけたオーガニック牛乳の製造を開始したところ、消費者の健康志向、安全志向の高まりから、2007年5月以降、ソウル市向けを中心として需要が伸びてきた。現在一日2,000キログラムの生乳生産・出荷量に対し、注文は4,000キログラムと供給が追いつかない状況であるという。販売先はオルガ・ホール・フーズ(ORGA)という親環境農産物専門店向けが9割で、残りの1割がソウル市を中心とする生協に販売されている。
経営規模は、土地面積が66.7ヘクタールでうち牧草地は33.3ヘクタールとなっており、飼養規模は、乳牛ホルスタインが200頭でそのうち搾乳牛が80〜100頭となっている。搾乳牛はフリーストール牛舎で舎飼いされ、搾乳ロボットで1日2〜3回搾乳される。1頭当たりの年間乳量は7,500キログラム/年とのことであった。
飼料は、中国からオーガニック認証を受けた大豆、トウモロコシなどを輸入するとともに、自給飼料としての牧草、トウモロコシを栽培している。トウモロコシなどに農薬が使えないため、20〜30人の臨時アルバイトを雇って雑草を抜く作業を行っているという。草地はイタリアンライグラス、オーチャードをは種しているが、肥料が使えないため、草地を簡単に造成できないという。オーガニックであるがゆえに、飼料の選択の幅が非常に狭く、配合に苦労するという悩みも聞かせていただいた。
また、妊娠牛以外は、毎日午前8時から午後5、6時まで年間を通じて放牧している。牛は、冬場に落ち葉を食べるそうで、落ち葉を分析したところ牧草より栄養価が高いという結果も出たということである。
シンウ牛乳の放牧風景。乳牛と韓牛が一緒に放牧されている。
オーガニック牛乳は、5,400ウォン/リットル(562円:100ウォン=10.4円)で販売されており、大邱畜産農協の店舗で販売されていた一般の牛乳1,900〜2,200ウォン/リットル(198〜229円)と比較すると2.8倍である。そのほか飲むヨーグルト、ヨーグルト、ストリングチーズ、モッツァレラチーズ、ゴーダチーズ、アイスクリームを製造している。
飲むヨーグルト(プレーン)500ミリリットル入りは4,600ウォン(478円)で販売
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飲むヨーグルト(カボチャ)500ミリリットル入りは4,800ウォン(499円)で販売 |
週末は体験牧場として、チーズ、アイスクリーム作り、牛の乳搾りや子牛のほ乳体験などが有料で楽しめるため、食育にも貢献し、地元の小学生などの教育ファームとしての役割も担っている。
なお、この経営では13年前から韓牛の一貫経営も行っており、現在繁殖雌牛270頭を飼養し、120頭を肥育している。さらに、乳オス肥育にも取り組んでおり、18カ月齢まで肥育し販売している。1頭の平均販売価格は、乳オス(18カ月齢で出荷)が500万ウォン(52.0万円)、韓牛が900万ウォン(93.6万円)ということであった。
このオーガニック酪農と韓牛一貫・乳オス育成肥育の「乳肉複合経営」の労働力は、代表理事の金氏、乳製品製造部門の社長である息子さんのほか、事務2人、現場7人の合計11名である。
嶺南大学校の趙錫辰教授(食品産業経営学科)にうかがったところ、こうした経営タイプは韓国では一般的な経営ではないとした上で、シンウ牛乳には韓牛の一貫経営部門をやめて、オーガニック酪農に特化することを勧めたいとのご意見であった。
3.韓国における飼料価格高騰の影響
韓国は、わが国同様飼料穀物の多くを海外に依存しており、飼料価格高騰が畜産経営に大きな影響を与えていると推察される。2006年の飼料穀物の使用量は844万3千トンで、このうち輸入が97.6%を占め824万1千トンとなっている。輸入量が最大のトウモロコシは659万7千トンで輸入飼料穀物全体の8割を占めている(表3)。
表3 飼料穀物の使用実績
また、2007年の飼料用穀物の輸入量は、833万トンで、その内訳を見るとトウモロコシが701万トンで全体の84.1%を占め、小麦が102万トンで同12.2%となっている。
また、かす類などについては、大豆かすが178万トンとかす類等輸入量全体の半分を占め、パーム油かすが41万トン、小麦ふすまが33万トンそれぞれ輸入されている(表4)。
表4 主要飼料原料の輸入量
トウモロコシについては、これまで中国にその多くを依存してきたが、中国国内における飼料穀物需要などの増加による輸出税賦課による輸出抑制策などの影響で、中国産の輸入量が減少し、米国産の輸入が増加している。また、小麦についてもその多くを中国からの輸入に頼っていたため、2007年の輸入量は前年比で20%以上減少している。
養豚経営者と肉用牛農家に6月中旬における飼料価格の動向などについてうかがう機会があったので紹介する。
(1)雪川豚農業会社法人(養豚)
慶尚北道慶山市にある養豚生産法人で、かつては種豚生産も行っていたが、現在は繁殖肥育一貫経営に移行している。現在2つの農場を持ち、飼養頭数は全部で18,000頭、うち母豚は1,400頭であるが、改築中の農場が完成すれば2万頭の飼養規模に拡大する予定である。3農場で一貫経営を行っていた時は年間4,620トン(枝肉ベース)の豚肉を出荷している。
飼料はOEM(委託生産方式:製造する飼料の設計・仕様は委託側が決定)により、コスト削減が図られているが、経営全体での飼料価格は2006年の280ウォン/kg(29円)から600ウォン/kg(62円)と2倍に値上がりしているという。この経営における飼料費は、生体1キロ当たり1,600ウォン(166円)である。この法人の朴社長は自らの養豚経営の傍ら、30年にわたって国内畜産農家のコンサルティングに飛び回っておられるとのことであった。
なお、韓国で一般的に出荷される肥育豚の生体重は110kg、枝肉重量82kg程度(湯はぎ)といわれている。
(2)上岩農場(韓牛肥育)
前述の大邱畜産農協の八公霜降韓牛を肥育している農場で、韓牛飼養頭数は180頭である。肥育牛は雄牛ですべて去勢されている。5〜6カ月齢導入(220〜230kg)で20〜25カ月肥育し、26〜30カ月齢(650〜700kg)で出荷している。
飼料価格は、粗飼料では、チモシー(米国産)が320ウォン/kg(33円)が現在400ウォン(42円)まで上昇しており、稲わらが250ウォン/kg(26円)、大麦WCSが130ウォン/kg(14円)とのことであった。
配合飼料価格は現在9,500ウォン/25kg(988円)と2006年末が6,000ウォン(624円)であったので、5割以上値上がりしたことになる。
また、とうもろこしの茎、リンゴジュース、アルファルファ、大豆かす、綿実かすを原料とした中国産のサイレージを購入しており、これは200ウォン/kg(21円)とのことであった。
中国産のサイレージは黒いビニールのラップで輸入
(3)金(キム)農場(韓牛一貫)
八公霜降韓牛を一貫経営で夫婦2人で営んでおり、現在の飼養頭数は、繁殖雌100頭、雌子牛(後継牛)30頭、肥育110頭の合計240頭で年間80頭出荷している。
粗飼料はチモシー、稲わらなどの粗飼料とエン麦と配合飼料を給与している。また、繁殖雌牛専用飼料としてふすま、米ぬか、綿実かす、とうもろこし茎、キノコの培地(ふすま、米ぬか、綿実かす)を発酵させたものを粗飼料とともに給与していた。なお、全羅道付近ではビールかすなどを飼料に利用しているが、この地域では使われていないということであった。
また、韓国では水田の裏作に大麦を奨励しており、大麦のWCSが多く見られた。
キノコの培地などを発酵飼料として繁殖雌牛に給与
発酵飼料は牛舎の中でカメに入れて発酵処理されていた。
現在、日本は飼料コストの低減のため、飼料用米の利用やエコフィードの活用などの取組が行われているが、今回訪問した生産者の中には、そのような取組を行っている者はいなかった。大規模化による飼料のOEM生産や中国からのサイレージ輸入など既に飼料コスト低減に取り組んできていること、飼料穀物等が高くなったからいって、飼料原料の種類や配合飼料の組成を簡単には変えられないということであった。すなわち、共通していることは、飼料原料を安いものに変えて肉質の低下を招けばそれこそ元も子もないという思いが強いように感じた。
また、雪川豚農業会社法人によると、韓国の一般の養豚農家の飼料費は、生体1キログラム当たり1,900〜2,000ウォン(198〜208円)程度まで上昇しているのではないかとのことであった。
2007年の畜産物生産費調査によると、肥育豚生体100キログラム当たりの全国平均の飼料費は88,701ウォンであり、単純に比較すると2.25倍となる。生産費に占める飼料費の割合が48.6%となっていることから、飼料費の高騰は経営に大きな影響を与えていることがわかる。
これまで、比較的安価な中国産のトウモロコシ、小麦にこれまで依存してきたものの、中国からの輸入が減少すれば、米国産のトウモロコシにこれまで以上に依存する可能性が高い。このため、エコフィードやDDGS(バイオエタノール製造時にできるトウモロコシの蒸留かす)の利用といった飼料コスト削減の方策の実施に当たっては、試験機関などにおける飼料給与と肉質の変化に関する試験結果に基づく官民一体となった普及活動が不可欠なものになると考えられる。
表5 肥育豚生産費(肥育豚生体100kg当たり)
4.韓米FTAにおける畜産部門の概要と韓牛産業対策
ここでは、前述したブランド化の推進や優秀ブランド育成の動きを加速させることとなる韓米FTAのうち、畜産部門の概要について触れる。これは2007年4月〜6月の韓国農林部の発表資料に拠っている。
(1)畜産部門の交渉結果(主要品目)
(1)牛肉(現行関税40%)
・発効時点から15年後に関税撤廃
・米国からの輸入量の90%以上を占めている牛肉の重要6種類のHS Code(関税分類番号)についてはセーフガードを適用
(2)豚肉(現行関税22.5〜25%)
・今後輸入の可能性が高い冷蔵肉(ばら肉、骨付きカルビなど)の2種類のHS Codeについては発効時点から10年後に関税撤廃、またはセーフガードを適用
・その他のHS Codeについては2014年1月1日までに関税撤廃
(3)鶏肉(現行関税18〜20%)
・発効時点から10〜12年後に関税撤廃
・冷凍のムネ肉、手羽は12年で関税撤廃
(4)脱脂・全脂粉乳(現行関税176%)、練乳(現行関税89%)
・現行関税を維持、輸入クォータ提供
・輸入クォータは5,000トンから毎年3%ずつ増量
(5)チーズ(現行関税36%)
・チェダーチーズは10年後に関税撤廃、その他のチーズについては15年後に関税撤廃、輸入クォータ提供
・輸入クォータは7,000トンから毎年3%ずつ増量
(6)天然蜂蜜(現行関税243%)
・現行関税を維持、輸入クォータ提供
・輸入クォータは200トンから毎年3%ずつ増量
表6 韓米FTAにおける農産物譲許交渉結果
(2)韓牛肉の競争力を高めるための対策
輸入被害補てんや廃業資金支援制度の改善などの短期的収入被害補てん以外の品目別対策のうち、韓牛に着目した主な対策は次のとおりである。
(1)世界最高品質の韓牛肉を生産:優秀ブランド育成及び改良・飼育技術改善を通じて
・ブランド経営体またはブランド参加農家を中心に政策資金を支援、ブランド出荷割合を向上(ブランド飼育割合:2006年32.2%→2017年60%)
−共同飼育施設、ブランド肉タウン造成などを通じて、ブランド広域化・大規模化を推進
・人工授精の拡大及び高級肉生産技術の普及を通じた高品質化の推進(牛肉1等級以上の出現率:2006年44.5%→2017年60%)
(注)韓国の牛肉格付等級は、品質等級が「1++、1+、1、2、3」の5段階。「1等級以上」とは「1++、1+、1」を指す。
(2)外国産との差別化:偽装販売防止、危害要素の遮断を通じて
・2008年から牛肉トレーサビリティ制度を全地域に拡大
・飲食店での原産地表示制度を段階的に拡大(営業面積300m2以上→100m2以上)
・飼育から販売まで、全段階でHACCPを定着させ危害要素を遮断
(3)韓牛子牛価格の値下がりに備えた子牛生産安定基準価格を調整
・現在130万ウォンである安定基準価格を155万ウォンに引き上げ
(注)2008年6月の米国産牛肉輸入再開に伴う緊急措置として、155万ウォンから165万ウォンに引き上げられている。ただし、補てん額は30万ウォンが限度とされている。
(4)と畜税を廃止、畜産農家の負担を軽減(2005年469億ウォン)
・と畜税の廃止に伴う地方自治体の財源補てん案を用意
おわりに
韓米FTAの批准に向けた米国産牛肉の輸入制限措置緩和の試みは、韓国国内でのおよそ2ヵ月にわたる抗議デモの形で、国民の食の安全への要求水準が高まっていることを国内外に示す結果となった。筆者が韓国滞在中の本年6月、李大統領がテレビで「食の安全に対する国民の要求を汲み取れなかった。」として全国民に謝罪した。それでもなお、韓国からの報道を見る限り、抗議行動は沈静化していない。
韓米FTA合意に伴う品目別競争力強化方策として、品質高級化などを通じた外国産との差別化、ブランド化の方向が打ち出されている韓国であるが、食の安全・安心への関心が高まる中、もともと骨付きカルビなどの需要が高かった30カ月齢未満の牛由来の米国産骨付き牛肉の輸入が再開され、2008年7月29日には第一弾が韓国に到着したことが報じられている。
今後、米国産牛肉が韓国の消費者にどのように受け止められるのか。また、韓牛の飼養頭数が増加局面にある中で、今後の国内の牛肉生産にどのような影響を与えるのか。ブランド化を軸に、トレーサビリティと原産地表示の強化、廃業補償、農家ごとの直接所得補償などによって、国内の畜産業を維持・拡大できるのか、その動向が注目される。
この調査にご協力いただいた嶺南大学校自然資源大学の趙錫辰教授、大邱畜産農協の禹孝烈組合長ほか同農協関係者、訪問を受け入れて下さった韓牛生産、酪農、養豚のそれぞれの経営者の皆様に心からお礼を申し上げたい。
(参考文献)
〔1〕韓国嶺南大学校 趙 錫辰「韓米FTA推進の背景と韓国畜産業の将来」:独立行政法人農畜産業振興機構『畜産の情報』(国内編)2007年8月
〔2〕韓国農林部『韓米自由貿易協定農業部門交渉結果と対応方案』2007年4月2日
〔3〕韓国農林部『韓米自由貿易協定締結による農業分野補完対策(案)』2007年6月28日
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