話題

地域農業発展のための 飼料生産拡大と担い手育成

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 農業者大学校
教育指導専門職 小岩井正博

エネルギー資源としての穀物

 日本の畜産は、利便性や労働負担の軽減などから、飼料の75%、トウモロコシなどを配合した濃厚飼料に限れば90%を海外に頼っている。そして、昨今の世界的な飼料価格の高騰は、畜産農家の大幅な生産コストの増大と、その結果として所得の減少を招き、平成の畜産危機とも言われる状況を作り出している。

 元をたどれば中国やインドなどの急速な経済成長が原油価格の高騰をもたらし、それに併せてバイオエタノールの需要や輸送コストが増大した結果、トウモロコシなどの飼料穀物価格が高騰したものである。農作物がエネルギー資源と競合する事態は、おそらく有史以来はじめてのことであろう。


飼料増産の方策

 このような国際市場の動向に左右されない畜産経営のためには、輸入飼料への依存から脱却することが急務であり、そのための政策として、国産稲わらの飼料利用の推進、耕畜連携による水田を活用した稲発酵粗飼料(ホールクロップサイレージ)の作付け拡大、耕作放棄地などを活用した放牧の推進などが実施されている。

 このような方策の実施に当たっては、労働負担が増す場合も多い。しかし、農村では、高齢化や後継者不足などにより、飼料作物生産へ労働力を配分できない状況がある。

 この飼料生産の担い手として、農作業の一部を受託する生産組織(コントラクター)が重要な役割を果たしている。このような地域農業の多様な担い手が、遊休地や耕作放棄地などでの農作業を行うことによって、飼料生産が拡大するとともに、その結果として国土が有効に活用され、将来的には食料自給率の向上にもつながると期待されている。


耕畜連携から資源循環型農業へ

 食料自給率の向上とともに、近年では、地球温暖化や環境汚染などの環境問題も社会的関心事となっており、資源を有効活用しつつ廃棄物を抑制する循環型社会への移行、農村では家畜糞尿などのバイオマス(有機性資源)を活用する資源循環型農業の推進が求められている。

 耕種農家では、米の生産調整が行われ、有利な転作作物が見つからない中で、飼料稲への関心が高まっており、飼料自給の必要性は農業関係者の共通する認識となりつつある。畜産農家からは堆肥を供給し、耕種農家で飼料稲を生産することにより、地域での資源循環「牛−土−草」が成り立つ。

 現在の危機的な状況を、自給飼料の生産拡大や地域での農業資源の循環へと結びつけ、経営の安定へ、そして持続可能な農業へと転換するチャンスとして捉える必要がある。


地域農業の担い手たち

 学生たちの卒業論文を見ると、現在の危機的な状況を踏まえた上で、牧草の嗜好性が高い褐毛和種(あか牛)の放牧飼育や近隣農地の集約による飼料の生産拡大など、未来志向の目標を掲げる学生が多い。地域農業の発展には、その担い手たちへの適切な農業教育が欠かせないことを日々痛感する。

 本校は、新規の就農希望者にも、今まで以上に門戸を広げた。農業人口は減少しているが、新規就農者は1990年の1万6千人から、2005年には7万9千人となり、離職就農者を中心として増加傾向にあるからである。現在、本校では、大学で原子力を学んだり、福祉施設に勤めていたり、世界各地を個人旅行してきたバックパッカーであったり、実に多彩な人材が学んでいる。これらの人材は、新たな視点を持った地域農業の担い手として、その活躍が大いに期待される。


就農後教育の充実

 本校での農業教育に当たっては、我が国最大の農業・食品産業の研究機関である独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究者(約1,600名)の他、農林水産省や地方自治体、大学教員、農業経営者など、第一線で活躍する方々に講義や実習をお願いしている。これは本校の筑波研究学園都市という立地や、本校での40年にわたる農業教育を通じた人的ネットワークによって、はじめて実施が可能となるものである。

 そして、今年度からは、就農されている方々が、本校での農業教育を無理なく受講できるように、専修科を開講した。畜産分野では、前述のような自給飼料の生産拡大を目指した「先端的飼料自給型畜産コース」を11月に開講する。このコースでは、農林水産省や畜産草地研究所などの飼料自給の最前線にいる方々を講師として招き、その講義や討論を通じて、飼料の自給についてはもちろんのこと、農業資源の循環による地域農業の持続的発展についても理解を深めていく。専修科の詳細については、本校のホームページをご覧いただきたい。

http://farmers-ac.naro.affrc.go.jp/sensyu.html

 以上のように農業者大学校は、単なる就農者ではなく、地域の核となって活躍する農業者の育成を目指している。本校の人的ネットワークを最大限に活用した講義の実施などにより、国際的な視野で考えて地域で行動できる多様な農業者を育成し、今後とも我が国農業の発展に貢献していきたいと考えている。

小岩井 正博(こいわい まさひろ)
 
 1990年日本獣医生命科学大学卒業後、農林水産省に入省。獣医師、獣医学博士。消費・安全局、動物衛生研究所、動物検疫所を経て、2006年より現職。


 

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