ブリュッセル駐在員事務所 小林奈穂美、前間 聡
1 はじめにスペインは、マドリードを中心とした内陸部は大陸性気候、北部のカンタブリア海沿岸は海洋性気候、東部から南部は地中海性気候と、地域によって差はあるものの恵まれた気候から食材が豊富な国であり、伝統的な食文化が発達してきた。その一つに肉や魚の塩漬けや薫製がある。中でも、生ハムは有名で、欧州の主要な生ハム生産国の一つとなっている。 スペインの生ハムといえば白豚原料のハモン・セラーノやイベリコ豚を原料としたハモン・イベリコが有名であり、特にハモン・イベリコは高級な食品として知られている。イベリコ豚は、古くから地中海沿岸地域に生息した野生の豚が起源とされ、イベリア半島で家畜化されたものである。野生種のイベリコ豚は狭い場所で飼育されることを好まないため、古くから放牧で飼養されており、それが現在も継承されている。放牧期間(10月〜4月)に、放牧地に自生する樫の木から落ちるドングリを食べることでも有名である。 このイベリコ豚は、ハモン・イベリコだけではなくあらゆる製品がスペイン内外で高級食材として認識されており、イベリコ豚製品の需要が増大している。それと同時に、品質基準を満たさない製品や他品種を用いた類似品などの混同が多く見られるようになった。イベリコ豚製品はスペインの重要な産品の一つなっていることから、これを防ぐため、スペイン政府は2007年11月に新たに「イベリコ豚の精肉、ハモン、パレタ、ロモの品質規定」を制定した。 今回、この規定改正の紹介と併せてイベリコ生ハム製造会社の生産現場を紹介したい。
2 イベリコ豚の新品質規定 2007年11月2日に新たに規定された「イベリコ豚の精肉、ハモン、パレタ、ロモの品質規定」は、4つの目的に基づき、新規項目が追加されている。 新規定の追加項目○従来のイベリコ豚製品の品質規定に、新たにイベリコ豚の精肉が追加。これは、イベリコ豚の精肉は、原材料の品質の高さから高付加価値商品であり、近年、消費者から高い評価を得ていることから販売時に使用する表示方法を規定する必要があるとみなされたためである。
デ・ベジョータ(De Bellota) デ・レセボ(De Recebo)
また、製品のラベル表示に使用できる血統の名称は、イベリコ・プーロ(Ib屍ico Puro:純血;父豚、母豚共に純粋イベリコ種)とイベリコ(Ib屍ico:イベリコ・プーロに該当しない、イベリコ血統50%以上の豚)2種類となっている。 これによりイベリコ豚の品質の規定がより明確になり、類似品などとの混同を防ぐこととなる。 3 イベリコ生ハムの生産状況スペインの生ハム生産量(推定)は、2007年では約4,570万本となっており、このうちハモン・イベリコは297万本(シェア6.5%)、さらに、このうち最高級生ハムのハモン・イベリコ・デ・ベジョータは約48万本、全体の1.1%と非常に少ない。この理由として、飼料となるドングリの量が一定でなく、かつ天候に左右されること、またデエサの面積も限られており、飼養頭数が増加しないことが挙げられる。さらに、飼養期間2年、塩漬け、乾燥、熟成が約2年と生ハムとして流通するまでに平均4年以上を費やすため、簡単に生産できるものではないことも理由の一つとなっている。 白豚由来も含む生ハムの輸出量は、2006年では383万本と生産量の約8.6%となっているが、そのほとんどがEU域内に輸出されている。EU域外ではロシア、日本に多く輸出されている。 日本向け輸出量は、2006年を見ると生ハム全体で前年の約3.7倍の増加となっており、そのほとんどがハモン・イベリコと推測される。高級食材にもかかわらず、本格的な輸出が可能となった2004年以降、根強い人気となっている。
4 FERMIN社のケース〜飼養から製造加工まで〜今回訪問したFERMIN社は、マドリードの西に位置するアルベルカという海抜1056メートルの町にあり、1956年、Fermin Martin Cambronell氏により創業された、イベリコ生ハム製造会社である。現在はFerminさんの長男であるSantiago Martin Gomézさんが2代目として継承している。 Santiagoさんは医師の資格を持っているが、FERMIN社を継ぐにあたり医師を辞めており、当時の家内工業的な会社ではなく一食品企業として経営を確立していくことを条件に継承した。それ以来、イベリコ豚の飼養、と畜から製造加工までを一貫して行うようになった。 同社の生産規模はスペインでは標準的であるが、飼養からと畜、製造加工まで一貫して行うことに特徴があり、これは非常に珍しく、現在、イベリコ生ハム会社のモデルとして海外からの視察も多く受け入れている。 FERMIN社の2008年のと畜頭数および生産量〈と畜頭数〉
FERMIN社のイベリコ豚前述のとおりイベリコ血統50%以上のものであればイベリコと表示できるが、同社がイベリコと表示している製品はイベリコ血統75%の豚を原料としている。これは血統50%の肉質にはばらつきが見られるため高級な生ハムの原料としては向かないこと、血統75%は適度な脂肪がつき良質な肉質が得られるという理由からである。 原料となる血統75%の豚を確保するため、同社では養豚場(GANADOS FERMIN;80ヘクタール(うちデエサは25ヘクタール))を所有し、約180頭を飼養している。ここでは、イベリコ純粋種母豚の生産およびデュロック種(純粋種)との交配を利用して血統75%の子豚の生産を行い、これらを契約農家に販売している。前者については、A)契約農家がこの母豚をベースに血統75%の子豚を生産し、その後ベジョータ用に肥育し同社へ出荷している。また、後者については、B)契約農家が購入した子豚をベジョータ用に肥育し同社へ出荷している。現在、契約農家は約100戸あり、同社では年1回適正に肥育しているか農家のチェックを行っている。
(参考)75%血統のイベリコ豚の交配 ♀イベリコ(純粋種)×♂デュロック(純粋種) ↓ ↓ イベリコ(75) トレーサビリティイベリコ純粋種は、新規定に義務付けられているように、全て登録台帳に登録されており、金属の耳標が装着されている。
また、純粋種以外のイベリコ豚は新規定で義務付けられている国家認定機関(ENAC)から認定を受けた認証機関で登録、管理が行われている。FERMIN社ではロットで、肥育農場、移送記録、と畜日などの情報を管理している。製品のラベルに記載されているロット番号から、最初のロット番号(肥育農場)までトレースすることが可能である。また、不正や偽装がないことを証明するため、独自にイベリコ豚の特徴の一つであるオレイン酸の含有量(デ・ベジョータは53%以上)の検査を第三者機関で行っている。特にラベルなどに記載はしていないが、問い合わせがあった際、すぐに対応できる状態となっている。
輸出状況スペイン国内のイベリコ生ハムの需要が飽和状態であることから、Santiagoさんは海外の需要に目を向け、FERMIN FOODS PROMOTION社を設立し、日本人スタッフの佐藤茂光氏を中心として積極的な輸出活動を行っている。 1999年の日本への輸出許可を取得した最初の6社のうちの1社であるが、日本向け製品は、加工場の衛生管理はもちろんのことそれ以外の苦労もあったそうだ。例えば包装について、スペインのスーパーなどの生ハム売り場では、布袋で覆った生ハムが一般的であるが、衛生上の観点からこの包装では日本には輸出できない。このため、真空パック包装に改良した。この際、そこまでする必要があるのかと、かなりの議論となったが、輸出への強い意欲から改良することとした。また、真空パック時にイベリコ豚の特徴である黒い蹄でパック用のビニールが破れてしまう恐れがあったことから、それを防ぐため、蹄部分をフィルムで三重に覆ってから真空パックにするという工夫をしている。さらに日本に届くまで真空状態が保てるよう脱気を3回行っている。現在年間約4トンを日本向けに輸出しているが、このほとんどがデ・ベジョータとなっている。 日本でのハモン・イベリコの人気の上昇により他社との競争が増えたことや、全てのハモン・イベリコがデ・ベジョータではないことを消費者に正しく認識してもらうため、デ・ベジョータがどのようなものなのか、なぜ生産量が少ないかなどの情報を、食材雑誌などを通じて、積極的に提供している。 また、同社は2005年には、イベリコ豚のと畜場およびイベリコ生ハム製造工場としては初の対米輸出工場の認可を取得し、2008年から独占的に米国への輸出を開始し、同年の輸出量は66トンとなっている。対米輸出工場の認可の取得は非常に厳しい審査があるが、日本向け輸出に対応するため、衛生面での管理を確立していたことからスムーズに認可が受けられたという。認可後も定期的に厳しい検査を受ける必要があり、コストはかさむが、現在、米国に輸出できるのは同社だけとなっていることからそれだけの価値があるとしている。ちなみに、米国向けは衛生上の問題からイベリコ豚の特徴の黒い蹄は取り除かなければいけないとのことだ。
Santiagoさんは、今後の輸出展望をについて、米国輸出が始まったばかりでということもあり、日本への輸出量を伸ばしていくのはもちろんのこと、米国全土で販売することが目標であると話してくれた。
5 おわりに新たな品質基準により、その品質についての表示が義務付けられることとなり、(1)イベリコ豚の製品の名称 (2)血統の名称 (3)飼料の名称はこの順番で表記することとなっている。ハモン・イベリコのような高級食材は価格や商品名だけで購入する傾向があるが、このような表示に基づき、正しい知識をもってその表示を認識することができれば、消費者は類似品との区別が容易にできるようになり、し好にあわせた適切な選択ができるのではないか。 今回訪問したFERMIN社では、需要拡大の目的と併せて消費者にホンモノのハモン・イベリコ・デ・ベジョータを食べて欲しいという気持ちも強く、いろいろな形でPR活動を行っている。これはもちろん自社のためでもあるが、イベリコ豚産業全体のためとの理解もある。新たな品質基準の制定に加え、このような情報発信を上手に利用して、高品質の製品が国内外の消費者に提供されることを期待したい。 最後に今回の取材に際し、ご協力いただいたFERMIN社の方々に厚くお礼を申し上げる。 |
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