調査・報告

あか牛の流通構造と差別化販売戦略

九州大学大学院農学研究院 教授 福田 晋

1.はじめに

 あか牛(褐毛和種)は、黒毛和種と比較して、サシ(脂肪交雑)が少ないため市場での価格は低いものの、低価格で脂身の少ない健康志向な商品として市場で販売されている。しかし、全国的にみて生産されている頭数は少なく、消費者にはあまり認知されていない。そのような中で、いかにあか牛の特性を出し、差別化したマーケティング戦略を立てるかが重要なポイントとなる。本稿では、あか牛の産地である熊本県を事例に、産地出荷体制と流通構造を明らかにし、あか牛の特性を活かした差別化販売戦略の実態について考察する。

 以下、2章では、あか牛の出荷団体であるJA熊本経済連(以下、「経済連」と記す)と熊本県畜産農協連合会(以下、「畜連」と記す)の組織に触れ、平成19年度のあか牛の流通構造とその構造上の問題点を提示する。3章では、生産者団体に目を向け、他の牛肉に比べ脂身が少ない上に肉本来の味がするということを活かした差別化販売戦略の結果、特定の販売先と契約を結ぶことで成功を収めている上田尻牧野組合と南阿蘇畜産農業協同組合などの事例を取り上げ、あか牛の差別化販売戦略の実態について言及する。

阿蘇の広大な放牧地(初秋)

2.熊本県産あか牛の流通構造

1)2つの出荷団体と肉牛の取り扱い頭数

 熊本県では、阿蘇地方を中心として5,056頭のあか牛が生産・出荷されている(平成19年データ)。肉牛の出荷を担う主たる団体が、経済連と畜連と2系統存在していることが特徴として指摘できる。

 経済連は19の会員(総合農協だけでなく、連合会・専門農協の5組織含む)から構成され、畜産物を取り扱うだけでなく、園芸や営農・農産・生活資材などを事業内容としている。肉牛における取扱品種と品目名として、黒毛和種を『くまもと黒毛和牛』、あか牛(褐毛和種)を『くまもとあか牛』、交雑種を『くまもと味彩牛』と銘打ってブランド化を図っている。

 畜連は14の県内会員(畜産農協が4、総合農協が6、酪農協が4)から構成され、畜産物のみを取り扱っている。事業内容は県内畜産物の集荷販売、素畜の斡旋、直営店ミートショップやレストラン「カウベル」(あか牛のみ取り扱う飲食店)の運営である。肉牛の取扱品種は経済連と同様であるが、平成20年7月から『くまもとあか牛』を『阿蘇王』と銘打ってブランド化を図っている。

 一般に熊本県の畜産関係者の中では、「黒毛は経済連、あか牛は畜連」という見方が浸透している。しかし、データをみると必ずしもそれが正しいわけではないことがわかる。平成19年度の肉牛の取扱品種別頭数を経済連と畜連で比較したものが表1である。

 

畜連ブランド「阿蘇王」のパンフレット

肉牛取扱頭数合計もさることながら、黒毛和牛については、経済連が10,519頭と84.3%を占めている。これは、「黒毛は経済連」という関係者の常識に合致するものである。しかし、あか牛に関していえば、畜連にとって主力品種であることに変わりはないが、経済連が2,590頭、畜連が2,466頭と取り扱い頭  数は経済連が多く、「あか牛は畜連」ではなく、両団体で連携して販売しなくてはならないことを示している。まず、この点は販売戦略上、注目しておかなければならないポイントである。

表1 肉牛の取扱品種別頭数の比較(平成19年度)

2)各団体のあか牛販売のプロモーションと問題点

 経済連にとってみれば、あか牛の取り扱い頭数は増えてきたが、肉牛合計の取扱頭数の中では10%程度であり、肉牛に関しては取扱頭数の多い黒毛和牛や交雑種の方の販売により力を入れ、あか牛の販売に関しては立ち遅れているというのが現状である。そうした中でも、消費者に対するあか牛販売のプロモーションとして、『くまもとあか牛』を紹介したパンフレットの配布や、生産者と消費者との交流会の場を設けるといった取り組みを行っている。

 一方、畜連は、取り扱い頭数は減少してきたとはいえ、取扱頭数合計の約50%をあか牛が占めており、その販売に関して積極的に取り組んでいる。上述したように、『阿蘇王』の名称を新聞や広告などで宣伝し、テレビCMでの大々的な宣伝活動も検討中である。PR内容は「脂身が少なく赤身肉の味がおいしい健康志向な商品であるということ、草を飽食させて肥育させているためビタミン豊富」というあか牛の特性を前面に出したものである。

 家畜のと畜場である熊本県畜産物流通センター(以下、「畜流センター」と記す)は、豚についてはと畜頭数に対する買い取り販売割合が40%程度を占めるが、肉牛に関してはと畜、部分肉製造にとどまっている。そういった中で、産地食肉センター機能としての畜流センターは今後、組織・工場の拡大や販売業務の強化を検討している。その一環として、畜流センターの敷地内には自社が手がける畜産物の直売店舗があり、そこでは多様なあか牛を利用した商品が販売されている。こういった取り組みは、消費者に対して重要なアピールとなるであろう。

直売所「熊食館」の外観
直売所内の様子、黒いトレーがあか牛

3)熊本県産あか牛の流通構造

 平成19年度の熊本県産あか牛が、生産者からどの出荷団体、と畜場を経由して仲卸業者や小売業者へと流通されるかを、取扱頭数も含め商流・物流両ルートで示したものが図1・図2である。但し、熊本県産全体の出荷量である5,354頭のうち298頭は生産者が経済連と畜連以外の熊本県酪連(以下、「酪連」と記す)に販売を委託しているか、直接市場に出しているため、あか牛の頭数は5,056頭となっている。

図1 熊本県産あか牛の商流経路(平成19年度)
図2 熊本県産あか牛の物流経路(平成19年度)

 まず図1の商流の流通チャネルからわかるように、あか牛は2つの出荷団体に販売を委託され、それぞれが仲卸業者等と相対取引をしていることがわかる。一方、図2の物流ルートを見ると、約70%が地元の畜流センターでと畜されているが、残り30%は福岡を中心に県外でと畜されている。このように、産地段階、と畜段階が一元化されておらず、多様な流通チャネルとなっている。出荷頭数が減少している中で産地出荷チャネルが一元化されておらず、結果的にあか牛の特性を有効に売り出す統一した戦略が採用されにくい構造となっている。

 そのような中で、独自の飼養体系により製品差別化を試み、健康な牛肉と安全を打ち出して消費者の需要に応えている事例について以下で考察する。

3.あか牛の差別化販売戦略の事例

1)差別化販売戦略を支える生産者団体の概要

 熊本県阿蘇郡産山村の上田尻牧野組合(以下、「上田尻」と記す)は、昭和53年に設立され、現在、農家戸数は繁殖農家10戸、繁殖・肥育農家3戸、無家畜農家2戸の15戸である。昭和55年の肥育牛舎完成以降あか牛を肥育し、昭和60年から粗飼料多給型肥育牛生産を始め、平成19年度で年間140頭を全て経済連経由で出荷している。その内訳は、大手百貨店A社に約120頭、愛知県犬山市の食肉加工業者B社に15頭、その他に5頭である。

 熊本県阿蘇郡の南阿蘇畜産農協(以下、「南阿蘇畜協」と記す)は、現在繁殖農家が515戸(あか牛、黒毛和種両方)、肥育農家が6戸、繁殖肥育一貫が8戸ある。平成19年度で年間835頭のあか牛を出荷し、そのうち畜連経由が718頭、経済連経由が117頭である。肥育農家6戸、繁殖肥育一貫農家8戸のうち10戸が福岡県の生協C社と提携を結び、年間185頭出荷している。

2)各差別化販売戦略の実態

 本節では、はじめにあか牛の差別化販売戦略をとっている各事例の概要について述べ、その製品戦略、流通経路戦略、価格戦略、販売促進戦略についてそれぞれ紹介する。

(1)事例A:上田尻からA社への販売

 平成14年度から取引が開始され、現在では関西地区にあるA社の7店舗で販売されている。夏山冬里方式の周年放牧かつ粗飼料率35%以上で育てられたあか牛に、A社は『草うし』と商標登録を取って販売している。流通経路は、JA阿蘇に販売を委託し、そこからさらに経済連に委託され、畜流センターでと畜された枝肉が全農近畿畜産センター(以下「全農近畿」と記す)へと出荷され、部分肉となってA社へと出荷される。あか牛の平均枝肉価格はキロ当たり1,200円〜1,300円が相場であるが、A社には市場相場よりも高めの価格で出荷している。A社の店舗に『草うし』に関して説明されている小冊子を置くことや消費者にアンケートを取ることによって販売促進を図っている。

店舗に置いている小冊子「草うし」
牧草摂取は35%、放牧は3カ月以上の「草うし」商標


(2)事例B:上田尻からB社への販売

 B社社長が産山村のあか牛を高く評価したことで昭和58年度から取引が開始された。かつては年間60頭程の出荷があったが、牛肉輸入自由化やBSE問題、経営者の交代があり平成19年度には年間15頭の出荷に減少した。減少傾向にあるものの、販売名を『放牧和牛』とし、安全・安心を掲げ、消費者に近い販売先の存在と消費者の生産者に対する理解が、生産者のあか牛生産に対する自信と意欲につながるきっかけとなった。A社と同じ流通経路をたどり、全農近畿から部分肉となってB社へと出荷される。出荷する枝肉価格は市場相場より高くなっている。B社が顧客との産直交流会を実施することで、消費者の農業とあか牛に対する理解が深まり、販売促進につながった。

(3)事例C:南阿蘇畜協からC社への販売

 平成11年度から取引が開始されたが、店舗では販売せず、カタログ販売で『産直和牛肥後あか牛』という商品名で販売されている。生産者はJA阿蘇に販売を委託し、そこからさらに畜連を経由して畜流センターでと畜された枝肉は、Yというパッカーへと出荷される。そこで部分肉とされC社へと出荷される。あか牛の枝肉価格は3ヵ月ごとに変動している。キロ当たり1,250円の最低価格を設けたうえで、東京と大阪の相場単純平均に対してランクごとにいくらかマイナスされる。A2ランクは相場からキロ当たりマイナス20円、A3−3ランクはマイナス130円、A3−4ランクはマイナス50円とされる。インターネットに商品に関する情報を掲載することによって販売促進を図っている。

肥育されるあか牛

(4)事例D:産山村にある野口牧場から『うぶやまさわやかビーフ』としての現地販売

 平成8年度から事業が開始され平成19年度の取扱数量は15頭である。産山村の生産地にある食肉加工所兼販売所にて『うぶやまさわやかビーフ』として販売されている。野口牧場で生産され、JA阿蘇に委託されたあか牛は、畜連を経由して畜流センターで部分肉までと畜される。その部分肉を野口牧場が買い戻す形で直接買い取り、食肉加工所で精肉となって販売されるという流通経路である。キロ当たりの枝肉価格は市場相場よりも高めに設定されている。産地のあか牛の直売所であり宅配も行うことで、あか牛が都市圏に住む観光客などに認知され消費されることが販売促進につながっている。

(5)事例E:JA鹿本・JAかみましき所属の生産者から大阪府の生協E社への販売

 20年以上前から取引が開始され、平成19年度で220頭の取引がある。E社側がnonGMO(非遺伝子組換え飼料で飼育)のあか牛を取引の条件として要求し、その条件を満たすJA鹿本とJAかみましきの農家を経済連が指定している。『褐毛和種』という商品名で生協加入の組合員向けにインターネットを通じて販売されている。2つのJAから経済連に販売委託され、そこから卸業者を介さず直接E社へと出荷される経路である。キロ当たりの枝肉価格は市場相場より高めに設定されている。インターネットに商品に関する情報を載せることによって販売促進を図っている。

 以上のことをまとめ、次節では、各事例A〜Eがどのような製品戦略、流通経路戦略、価格戦略、販売促進戦略をとっているかを整理し、差別化販売戦略の内容を吟味する。

3)差別化販売戦略の考察

 前節で挙げた各事例A〜Eをマーケティングの4つの戦略の視点からまとめたものが表2である。

 表2から各事例の差別化販売戦略の特徴について考察する。

表2 事例A〜Eの製品戦略・小売までの経路・価格戦略・促進方法

 事例Aは、販売するA社が商標登録をとり、阿蘇の草で飼育された点をストーリーにして健康や安心を前面に出した販売戦略となっている。

 事例B、C、Eは、安心・安全な商品を求める消費者をターゲットとしており、販売者側が交流会やインターネットなどで消費者にあか牛の品質をアピールしている。

 事例Dは、主に観光客をターゲットとしており、生産者側が産地販売を通じてあか牛をアピールするだけでなく、阿蘇地方のPRにも繋がっているといえよう。そして、いずれの販売戦略も、市場流通におけるあか牛の平均枝肉価格(キロ当たり1,200円〜1,300円)よりも高い価格で出荷することに成功している。

 いずれも産地側の積極的で意図的な働きかけにより、小売サイド、消費者団体との関係性が築かれている。このような、あか牛の特性を消費者サイドに認知してもらうという意図を持った関係性を築くことが、希少牛肉としての有効な販売戦略となる。

4.むすび

 熊本県はあか牛の有数の産地であるが、その特性が活かされた販売が統一的に行われてこなかった。その点は、今回のあか牛の産地流通構造を解明することで明らかとなった。他の品種にない特性を出した差別化販売が有効であることは5つの事例からも明らかとなった。つまり、あか牛の生産者サイドが主体的に差別化販売戦略をとることにより、消費者にあか牛の特性をアピールし理解してもらうことで、結果的に高付加価値商品としての価格販売が可能となっている。これらの生産者サイドの主体的な取り組みは、「関係性のマーケティング」として捉えることができる。この考え方は、従来のマーケティングと異なり、「顧客との関係を創造し維持すること」をマーケティングの中心的な課題と位置づけている。ここで言う「顧客との関係」とは、長期的に持続する相互依存的な関係である。つまり、産地と消費者が交流を重ね、産地における生産過程を消費者が理解し、場合によってはその生産過程に消費者からの要求が入り、その上で契約が成立するというものである。これは単に消費者との関係だけにとどまらず、産地組織と卸売、小売業者との取引にも該当する。両者の交流促進が相互の考えを引き出し、固有の関係性を作り出すことで取引につながる。今後は、2つの出荷団体が連携を取って、消費者サイドと意図的な関係性を持った販売戦略をとれるかが重要な課題となる。

謝辞:本稿を執筆するうえで、多くの方にお世話になった。現地調査において、ご多忙の折にもかかわらず聞き取り調査に対応していただき、貴重な資料を提供していただいた、熊本県畜産農業協同組合連合会、熊本県経済農業協同組合連合会、熊本畜産流通センター、南阿蘇畜産農業協同組合の方々、上田尻牧野組合の方々には記して感謝したい。また、調査のコーディネイトをしていただいた熊本県畜産協会の米川氏にも感謝申し上げる。調査に同行し、図表の作成をしていただいた大学院生の高橋君、学部4年生の黒江君にも改めて感謝するしだいである。


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