シンガポール駐在員事務所 佐々木勝憲 吉村力
野菜業務部 予約業務課 岸本真三市
1.はじめに 東南アジアにおいては、長期的には経済発展を背景に畜産物の消費の増加が見込まれる一方で、生産性やバイオセキュリティの向上の観点から、伝統的な小規模裏庭畜産からの転換が求められている。
2.マレーシアの畜産業の概況についてマレーシアの畜産物の産出額は、2008年で約98億4千3百万リンギ(約2618億円:1リンギ=26.6円)となっており、農水産物食品部門の産出額約244億4千7百万リンギ(約6503億円)の約4割を占めている。イスラム教を国教とする宗教的背景により、畜産物産出額の約53%の約51億8千3百万リンギ(約1379億円)を家きん肉、約21%の約20億9千2百万リンギ(約556億円)を家きん卵が占めているが、人口の25%が中華系であることもあり、豚肉も約18%の約17億2千9百万リンギ(約460億円)を占めている。一方、牛肉、牛乳・乳製品、羊・ヤギ肉の産出額の割合は小さい。(図)
家畜の飼養頭羽数は、総じて増加傾向で推移している。鶏は、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の発生に伴い、2005年に約9%減少したものの、その後は増加傾向で推移している。アヒルは、HPAIの影響を受けることなく、横ばいないし増加傾向で推移している。水牛、牛は横ばい傾向で推移していたものの、2007年以降増加に転じている。豚は、増加ないし横ばい傾向で推移してきたものの、環境問題の影響などにより、2007年以降減少傾向で推移している。めん羊は増加ないし横ばい傾向で推移している一方、ヤギは、増加傾向で推移している。(表1)
畜産物の生産量は、飼養頭数と同様の傾向で推移しており、各品目とも総じて増加傾向で推移していたが、豚肉については、2006年を境に減少傾向となっている(表2)。 国民1人当たり消費量は、2005年にHPAIの発生に伴い家きん肉で減少が見られたものの、総じて増加傾向で推移している(表3)。
自給率は、家きん肉、家きん卵は100%を超え、豚肉も約97%と高い一方、牛肉は約25%、羊・ヤギ肉は約10%、牛乳・乳製品は約5%と低い水準となっている(表4)
3.LIVESTOCK ASIA 2009 EXPO & FORUM について EXPO & FORUM の開会式では、DVSのアジス ジャマルディン局長が開会あいさつを行った。
4.ASIAN LIVESTOCK, FEED & MEAT INDUSTRY CONFERENCE 2009 について展示会に併せて、「畜産業の生産性と収益性を最大にするために」をメインテーマに、6つのセミナー(ASIAN LIVESTOCK, FEED & MEAT INDUSTRY CONFERENCE 2009)が開催された。各セミナーは、「家きん肉、卵の生産と加工技術」、「飼料の生産管理」、「マレーシアにおける酪農生産と課題」、「家畜の衛生管理」、「熱帯における反すう動物の生産性の向上」、「環境に優しい養豚システム」といった、地域の特性に合ったテーマで開催された。テーマごとの概要は以下のとおりである。(1)家きん肉、卵の生産と加工技術 アジア畜産賞特別賞を受賞したベタグログループのワヌット最高経営責任者が、「畜産ビジネスの生産性向上」と題して、経営管理の観点で、日本の「カイゼン」の考え方を導入した例などを紹介しつつ、生産性向上への取り組みを紹介した。そのほか、経営コンサルタントによる養鶏農家の利益向上に関する事例や、鶏の免疫抑制疾患についての説明、抗菌性物質の代替物として有機酸を飼料添加物に利用する研究結果、家きん産業へのプロバイオティックスの利用、家きんの代謝性ストレスへの対処法などについての報告がなされた。 (2)飼料の生産管理 飼料原料の価格上昇と代替物としてのヤシ殻や米ぬか、パーム核かすなどの各種副産物の利用、飼料工場における生産量や栄養のロス、飼料の品質管理の重要性などについての講演がなされた。この中で、パーム核かすの養鶏用代替飼料としての利用については、マレーシアが世界一のパームヤシ産出量を誇り、パーム油の副産物として安価に十分な量を確保できることから、生産性の向上やコスト削減に資することが期待されている。しかし、その独特のにおいによる嗜好(しこう)性の悪さや、繊維質が多く、可消化アミノ酸などの栄養価が少ないことなどから、養鶏の代替飼料として利用するには、問題点がある。そこで、パーム核かすに7つの酵素(アミラーゼ、ベータグルコナーゼ、セルラーゼ、プロテナーゼ、ペクチナーゼ、フィターゼ、キシリナーゼ)を加えることにより、栄養価や消化性が高められ、かつ嗜好性も増し、増体率や鶏卵重量は通常の飼料より良好な結果が得られることが実験などによって示された。このように、パーム核かすをはじめ各種副産物を積極的に利用することは、将来的に予想される食料需給のひっ迫や、飼料価格の高騰に対応する上で、ますます重要になると考えられることなどが解説された。 (3)マレーシアにおける酪農生産と課題 10年で生産量が倍増したことに象徴されるマレーシアにおける酪農の発展の状況と、2000年には1頭3,000〜4,000リンギ(約8万〜10万6千円)だった乳用牛の輸入価格が2009年には6,000〜7,500リンギ(約16万〜20万円)まで高騰したことに代表される生産コストの上昇といった課題、酪農家から市場や食卓まで一貫したサプライチェーンの育成といった改善点が紹介された。また、マレーシアの環境下での持続的酪農生産や飼料戦略といった題材の講演がなされた。 (4)家畜の衛生管理 マイコトキシンの影響とこれに対するマイコトキシン結合物質、精油によるブロイラーや養豚の生産性改善、核酸技術を用いた病原体同定法、酵素や有機酸、有用細菌、電解質から成る飼料添加物、消毒薬による農場の微生物管理、酸によるサルモネラ対策、胆汁酸の生産性向上への効果と体内での胆汁酸の生成を増加させる飼料添加物、サルモネラワクチンやGallibacterium anatis感染症の養鶏産業への影響といった題材が紹介された。 (5) 熱帯における反すう動物の生産性の向上 今後世界的に畜産物の消費の増加が見込まれる中、熱帯におけるヤギと牛の生産が重要視されているという基調講演に続き、乳用牛の輸入受精卵移植技術、マレーシアでのボーア種ヤギ生産の展望、英国の遺伝資源を用いた、酪農、肉牛生産性の向上のための生産者による交配プログラムといった題材が紹介された。 (6)環境に優しい養豚システム 温暖化ガス排出量削減の観点からの豚の遺伝的改良、マレーシアでの環境保全型養豚の取り組み、飼料添加物や生菌製剤による栄養改善効果に基づく環境対策、日本で開発された、発酵技術を用いた環境汚染物質の排出量ゼロ養豚の技術といった題材が紹介された。 5.おわりに展示会に併せて、「畜産業の生産性と収益性を最大にするために」をメインテーマに、6つのセミナー(ASIAN LIVESTOCK, FEED & MEAT IN マレーシアでは、家きん肉、家きん卵の自給率は100%を超えており、鶏肉生産量の約10〜15%、鶏卵の生産量の約10%は輸出されているが、その大半はシンガポール向けとなっている。これらの品目については今後、コスト削減と生産性の向上により、競争力を強化し、新たな市場を開拓するとともに輸出量を増加させることを目標にしている。一方、自給率の低い牛肉や羊・ヤギ肉、牛乳・乳製品については、増産を図ることとしている。こうした背景により、飼料需要が増加しているものの、原料価格の高騰や食品安全に代表される課題も顕在化している。マレーシア飼料生産者協会(Malaysian Feed Millers' Association)では、このような課題の解決には、新しい技術や管理手法の導入によって、効率性と生産性を高める努力が不可欠だとしている。そのために、品質と安全性を確保する上で、Good Manufacturing Practice(製造および品質管理の基準)を実施する必要があるとも認識している。めん羊、ヤギに関しては、熱帯の環境への適応性が牛よりも高いとして政府も力を入れており、その成果は上がってはいるものの、自給率は10%程度であり、技術面を中心としたさらなる技術的支援が求められている。 こうした時機を捉えて、国際的畜産展示会は開催されたが、出展者の増加という事実は、マレーシアのみならず東南アジア地域全体における畜産の可能性を感じさせるものである。また、併せて開催されたセミナーの多岐にわたるテーマは、どれも畜産が発展途上である東南アジア地域にとって喫緊の課題であり、生産者から学生といった幅広い層が聴衆として訪れていた。 こういった取り組みが奏功するか、今後のマレーシアの畜産の状況に注目してまいりたい。 |
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