海外駐在員レポート

西オーストラリア州の酪農事情〜同州酪農の強みと課題〜

シドニー駐在員事務所 玉井 明雄、井田 俊二



1 はじめに

 西オーストラリア州(以下、「西豪州」という。)の酪農は、豪州全体の生乳生産量に占める同州のシェアを見れば4%にも満たないものの、地中海性気候のため気象変動による影響が少ない、生乳生産コストが低い、潤沢な飼料穀物基盤を擁するなどの強みを持っている。豪州農業資源経済局(ABARE)によると、2006/07年度に、100年に1度と呼ばれた大干ばつにより同国の主要酪農地域である東部諸州が深刻な影響を受けた中にあって、西豪州の酪農経営は、高い収益を上げている。

 一方、同州では、酪農家の規模拡大こそ進んでいるものの、離農がかなり増加しているなどの課題もある。

 今回、同州の酪農地域を訪問し、関係者より現地事情について聴取したので、そこで得た知見などを踏まえ、同州の酪農事情を中心に報告する。


2 西豪州の酪農概況

(1)比較的降水量が多く、潤沢な飼料穀物を利用できる酪農地域

 西豪州南西部に位置する酪農地域は、地中海性気候に属し、豪州の主要酪農地域である東部諸州に比べ、気象変動による影響が少なく、放牧環境や粗飼料生産などがより安定している。同地域の年間降水量は、800ミリメートルから1,100ミリメートルと比較的多いが、豪州の主要酪農地域と異なり、雨期と乾期があり、年間降水量の約8割が4、5月〜10月の雨期に集中する。また、同州の酪農地域は、非かんがい地域とかんがい地域が混在する。

  西豪州は、豪州最大の穀物生産州であり、同酪農地域は、国内有数の穀倉地帯の潤沢な飼料穀物を利用しやすい地域となっている。

  一方、近年では、地価の上昇が顕著になっている。この背景には、鉱物・エネルギー部門を中心とした好調な州経済に伴う、農地の宅地化や農地を巡る酪農部門内、他の畜産部門や園芸部門との取得競争などがある。


西豪州酪農地域の牧草地の草種としては、
ライグラスとサブタレニアンクローバの混播が一般的である。


西豪州の主要冬穀物の一つであるカノーラ(ナタネ)。
同州産カノーラは食用油向けとなり、その絞 りかすが乳牛のエサとなる。


(2)酪農家戸数および経産牛飼養頭数が大幅に減少、一方、酪農家の規模拡大が進む

 同州の酪農家戸数は、2000/01年度以降、一貫して減少している。2007/08年度は、2000/01年度と比べ半減し、186戸となっている。

  西オーストラリア州農業・食品省(以下、「西豪州農業・食品省」という。)では、この主因として、豪州では、2000年7月から、生乳の取引が完全に自由化され、飲用向け生乳に対する政策による最低価格保証制度(各州の制度)が撤廃された。これにより、飲用乳供給州である西豪州の多くの酪農家は、他の飲用乳供給州同様、深刻な影響を受けたことを挙げている。また、近年の離農の増加について、前述の要因に加え、生乳価格が低く据え置かれたこと、地価の上昇により、高齢の酪農家を中心に農地が高値のうちに売却し、一定の利益を得て引退する動きなど、様々な要因が複合的に影響したとしている。

  同年度の経産牛飼養頭数も、2003/04年度比で28%減の5万3千頭と大幅に減少している。一方、酪農家の大規模化が進んでいることで、1戸当たりの経産牛飼養頭数は285頭と規模が拡大している。

表1 西豪州の乳牛飼養頭数などの推移

(3)生乳生産量は近年減少傾向、しかし、2008/09年度は増加に転じる見込み

  飲用乳を主体に生産する同州では、分娩時期の周年化や穀物飼料の給与などにより生乳は安定的に供給され、年間を通して生産量の変化が少ない。

  西豪州の生乳生産量は、2004/05年度以降、離農の増加に伴う経産牛飼養頭数の減少などにより減少傾向にあり、2007/08年度は約32万キロリットルとなっている。

  西豪州農業・食品省では、この生乳生産量では、州内の飲用乳需要や牛乳・乳製品の輸出需要を満たすには不十分であることから、今後、増産を図ることが課題であるとしている。一方、2008/09年度は、乳価の上昇により、酪農家の生乳生産意欲が高まることなどから、増加に転じるとみている。

表2 全国および西豪州の生乳生産量の推移

(4)2008/09年度の乳価は、生乳獲得競争の中、大幅上昇

  西豪州における1リットル当たりの生乳価格(乳業メーカー支払価格)は、2003/04年度から2006/07年度までは、30豪セント(20円:1豪ドル=65円)前後で推移してきたが、2007/08年度以降は、大幅に上昇している。現地の乳業メーカーによると、2008/09年度はさらに上昇し、初期乳価は、概ね53〜55豪セント(34〜36円)とのことである。こうした上昇の背景として、生乳生産量が減少する中、好調な州経済を背景とした人口増加により、州内で飲用乳を中心とした牛乳・乳製品需要が増加する一方、東南アジア向けの牛乳・乳製品の輸出需要が堅調であり、乳業メーカー間で、生乳の獲得競争が展開されたことが挙げられる。

表3 主要州と西豪州の生乳価格の推移

(5)低コスト生産でかつ経産牛1頭当たりの乳量が多い酪農

  ABAREによる過去2年間における酪農の経営状況(暫定値)を見ると、2006/07年度の家族労働費などを控除した事業損益について、100年に1度と呼ばれる大規模な干ばつにより、東部諸州を中心に経営状況が悪化したことから、大幅な赤字となった。このような中で、西豪州の酪農経営は、干ばつによる飼料価格高騰の影響こそ受けたものの、その影響は少なく、全国で最も高い収益を上げている。2007/08度は、乳価の上昇などにより、全国的にも経営状況は好転したが、西豪州の酪農経営は、タスマニア州に次いで2番目に高い収益を上げている。

 西豪州農業・食品省は、同州の酪農経営の強みとして、経営規模が大きいこと、経産牛1頭当たりの乳量が多いこと、現金支出に占める飼料費の割合が低いなどがある一方、課題としては、1ヘクタール当たりの牧草の生産量(年間)が乾物ベースで5.7トンと低いこと、家畜の生産性を表す1ヘクタール当たりの乳牛飼養頭数が少ないこと、1ヘクタール当たりの生乳生産量が低いことなどを挙げている。

  一般的に、飲用乳供給州は、加工乳供給州と比べ、周年生産の必要から濃厚飼料を含めた給与体系が一般的となっていることから、経産牛1頭当たりの乳量が多く、生産コストが高い。一方、西豪州の酪農は、低コスト生産でかつ経産牛1頭当たりの乳量が多いという大きな強みを持っている。

表4 全国および西豪州の酪農経営状況

(6)非かんがい地域では乾期、セミフィードロット方式の給与体系

 西豪州の酪農は、大きく分けて、かんがい地域、非かんがい地域、雨期、乾期によって生産体系がそれぞれ異なる。

 かんがい地域では、多年性の牧草を利用した放牧を主体に、補助飼料として濃厚飼料や乾草(ヘイ)を給与する。

  一方、非かんがい地域では、雨期は、1年性の牧草を利用した放牧を主体に、かんがい地域と同様、補助飼料として濃厚飼料やヘイを給与する。しかし、乾期は、牧草が育たないため、セミフィードロット方式と呼ばれるパドックでのサイレージ、ヘイ、濃厚飼料中心の給与体系となる。

  同州では、乾燥気候においても、穀倉地帯由来の飼料穀物などを利用できるという強みを生かすことで、年間を通じた安定的な生乳生産を行っている。


西豪州の州都パースから約230キロメートルに位置するバッセルトン近郊で大規模酪農経営を行うHaddon夫妻。土地面積は800ヘクタール。現在、約1,100頭の経産牛(ホルスタイン・フリージャン)を飼養している(2008年10月末時点)。同農場の年間の生乳生産量は約8千キロリッル。同州で飼養されている品種は、ホルスタイン・フリージャンが9割以上を占めている。


非かんがい地域に位置するHaddon夫妻の農場。雨期は、ローテーション放牧を主体に、補助飼料として、濃厚飼料やヘイを給与する。牧草が育たない乾期は、サイレージ、ヘイ、濃厚飼料を給与する。濃厚飼料の種類は、大麦、小麦、えん麦、トリティカレ(ライ小麦)、ルーピン、カノーラミールなど。当農場では、農家から穀物を直接購入し、自家配合をしている。濃厚飼料の給与量は約2.2トン/頭/年、同購入量は約2,500トン/年である。ルーピンは、西豪州の豆類生産の大半を占める代表的な作物で、乳牛の貴重なたんぱく源として利用される(たんぱく質含有量32%)。


Haddon夫妻の農場。牧草が枯れる乾期に備え、ベールサイレージを生産する。その数は、1シーズン、3,800 個にも及ぶ。

◎ 乳業の概況

(1)主要乳業メーカー

 西豪州の主要乳業メーカーは以下の4社がある。メーカー別の主要取扱品目および同州の生乳生産量に占める集乳量のシェア(見込み)は表5のとおり(同シェアは聞き取りによる。)。

表5 西豪州の主要乳業メーカーの概況

(2)牛乳・乳製品の需給

 西豪州における生乳生産量に占める飲用向けのシェアは、近年の急速な人口増加に伴い、過去5年間で53%から74%に拡大している。また、同州は、東部諸州の酪農地域と比べ、東南アジア地域にアクセスしやすいという有利な地理条件を生かし、同地域向けを中心に牛乳・乳製品を輸出している。2007/08年度の牛乳・乳製品の輸出額を品目別に見ると、牛乳が最大で全体の約6割を占める。同様に、輸出先別に見ると、シンガポール向けが最大で全体の約3割を占めている。

表6 西豪州の生乳の仕向け先

表7 西豪州の牛乳・乳製品輸出額


Challenge Dairy Co-operative社
西豪州の酪農家120戸(西豪州全体の約6割)が出資する乳業会社。同社は、同州では生乳生産量が少なく、かつ、現在は乳価も高いので、粉乳やバルクチーズなどの一次産品(コモディティ)ではビクトリア州などの乳業メーカーには対抗できないとして、フレッシュ牛乳や高付加価値製品の東南アジア向け輸出を伸ばしたいとの意向である。

Challenge Dairy Co-operative社は、東南アジア向けにフレッシュ牛乳を輸出している。牛乳を満タンにした20トンのミルクタンクコンテナは、同社の工場からパース近郊の港に運ばれ、そこからシンガポールやマレーシアへ海上輸送される。

3 おわりに

 繰り返しになるが、西豪州の酪農は、東部諸州の酪農と比べ、地中海性気候のため気象変動による影響が少ない、低コスト生産でかつ経産牛1頭当たりの乳量が多い、穀倉地帯の潤沢な飼料穀物を利用できるなどの強みを持っている。

 こうした強みを持つ同州酪農について、西豪州農業・食品省は、今後の成長性が期待できる部門であるとし、そのPRなどに積極的に取り組んできた。そうした成果もあり、同州酪農の低コスト生産などに着目した海外からの投資の事例も見受けられる。

  一方、同州酪農部門では、離農の増加や生乳生産量の減少に加え、地価の上昇が規模拡大や新規参入者の妨げになっていること、好調な鉱物・エネルギー部門に労働者が流れ、労働力が不足していることなど、構造的な課題も抱えている。

  西豪州農業・食品省は、生乳生産量の減少については、酪農家、乳業メーカー、州政府が増産に向けて最大限努力するとしており、今後の増産に期待を寄せている。

  西豪州の酪農は、全国の生乳生産量に占めるシェアは小さく、課題もあるが、数々の強みをもち、また、その潜在性は高いとされるだけに、今後の生産動向、投資を巡る動きなど注目すべき点は少なくないと考えられる。また、乳業部門では、原料(生乳)価格の上昇が、東南アジア向けを中心とした牛乳・乳製品の輸出動向にどう影響するかなどは、今後、注視すべき点であると思われる。


元のページに戻る