はじめに(研究の解説)
牛乳や乳製品を摂取すると、心筋梗塞など循環器系疾患の発症リスクが高まるという説がしばしば取り上げられますが、学術研究結果はさまざまで、結論が出ていないのが現状です。過去の研究の中には、方法論的な課題を残すものもあり、これらの学術研究については、結論を導いた手法に細心の注意を払いながら評価を下さなくてはなりません。本調査研究は、牛乳や乳製品の摂取とメタボリックシンドロームあるいは循環器系疾患発症リスクとの関連性について、近年行われた疫学研究、ヒト介入試験、動物実験、および作用メカニズム研究の結果を中心にまとめました。
2000年以降に行われた最新の疫学研究の結果は、牛乳や乳製品が循環器系疾患発症リスクを高めるという仮説には否定的です。また、複数の研究で、牛乳や乳製品の摂取が、メタボリックシンドロームの予防に寄与するという結果も報告されています。Lactobacillus helveticusなどの特定の菌種で発酵させた乳製品は、生理活性ペプチド、脂質成分、およびミネラル成分などの作用によって、メタボリックシンドロームの予防に効果的であるという結果もあります。一連のヒト試験の結果を要約すると、すべての世代の健康な男性、および壮年期と中年期の健康な女性においては、乳製品の摂取が循環器系疾患の発症リスクを高めるという強い証拠はありません。
ヒト試験では、循環器系疾患やメタボリックシンドロームに関する従来のリスク指標(血中の中性脂質やコレステロールなど)だけではなく、新しいリスク指標(内臓脂肪、アディポサイトカイン*1など)も総合的に評価することで、性別や年齢を考慮しながら乳製品の役割を調べる必要があります。特に、発酵乳やチーズの摂取が、メタボリックシンドロームの予防に及ぼす有用性については、ヒトでの介入試験などでさらなる研究が期待されるところです。
*1 アディポサイトカイン:脂肪細胞から分泌される生理活性物質の総称である。動脈硬化を予防するアディポネクチンや、逆の作用を持つプラスミノーゲンアクチベーターインヒビターI(PAI−I)などがある。
1.目的 ─科学的研究成果の集物─
21世紀に入り国民の高齢化が深刻な社会問題となる中、厚生労働省は2008年度から40歳以上の健康保険加入者の健康診断で、メタボリックシンドロームの診断基準適応を義務付けることとなった。メタボリックシンドロームとは、肥満、高血圧、高脂血、および高血糖(インスリン*2抵抗性)などが重複する身体状態である。その後も、自覚症状のないまま進行する動脈硬化症に引き続き、最終的には心筋梗塞や脳卒中で死に至る可能性があるといわれている。
国内では、2005年に8つの医学系学会(日本動脈硬化学会・日本肥満学会・日本糖尿病学会・日本高血圧学会・日本循環器学会・日本内科学会・日本腎臓病学会・日本血栓止血学会)のメンバーで構成されるメタボリックシンドローム診断基準検討委員会が、日本内科学会総会で表1のような診断基準を発表した。厚生労働省は、この診断基準に基づいて2004年に実施した国民健康・栄養調査結果を2006年に発表し、日本国内にメタボリックシンドローム該当者が約920万人おり、その予備軍である約980万人を合わせると、合計約1,900万人に達すると推定している。
表1 日本のメタボリックシンドローム診断基準
このような状況の中、国民の関心が冠状動脈硬化性心疾患(CHD)に結びつくメタボリックシンドローム対策に向けられている。1970年代から、飽和型脂肪酸やコレステロールなどを多く含む食品の摂取とCHD発症リスクが関係するということが、いくつかの地域相関研究35),38)の結果からいわれ、これらの食品の摂取とCHD死亡率の相関性が指摘されている7),81)。また、飽和型脂肪酸やコレステロールの摂取を減らし、植物性食品由来の不飽和型脂肪酸の摂取量を増やすことで、死亡率が低下することも観察されている61)。
しかしながら、一定の集団や個人を追跡したコホート研究では、乳製品の摂取とCHD発症リスクとの相関に関する結論は一致していない。例えば、乳製品摂取とCHD死亡率に正の相関があるという研究6),53)や、低脂肪乳製品に比べ高脂肪乳製品でCHD死亡率が上昇するという研究30)がある一方で、乳製品摂取とCHD死亡率には相関がないという研究1),12),26),32),82)も多い。さらに近年では、乳製品摂取とCHD死亡率には負の相関があるという報告や、乳製品摂取がインスリン抵抗性や血圧の正常化に有効であるという報告59),84)もある。
一方、興味深いことに、乳製品摂取とCHDの罹患率や死亡率に正の相関があるとした論文でも、チーズや発酵乳は例外であるという研究もある63)。飽和型脂肪酸やコレステロールの摂取量が多い集団で、チーズや発酵乳の摂取とCHD発症リスクには相関性は見られなかった7)。また、チーズ摂取量の多い女性では、内臓脂肪型肥満の指標であるプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI-I)*4の血中濃度が低いことも報告されている51)。さらに、複数のヒト介入試験で、チーズの摂取は血漿コレステロールを上げないことが確認されている11),58),77)。
最近、筆者ら28)は、Lactobacillus helveticus乳酸菌を応用して製造したゴーダタイプチーズの摂取が、メタボリックシンドロームの予防に寄与できる可能性を明らかにした。チーズと同等量のカロリー、タンパク質、脂質、およびミネラル類で調製した対照飼料を摂取したラットに比べ、チーズを摂取したラットの内臓脂肪量や血漿VLDL(超低比重リポタンパク質)コレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)濃度などが有意に低値を示した。また、高カロリー食を摂取した際に観察された血中アディポネクチン*5濃度の低下が、チーズ摂取群ではみられなかった。こうした作用は、チーズの熟成中に生成するさまざまな機能性ペプチド*6や、一部の特殊な脂肪酸などの作用による可能性が示唆される。
そこで本調査研究では、国内外の最新の学術情報を調査することによって、牛乳・乳製品の摂取とメタボリックシンドロームあるいはCHD発症リスクに関する科学的な研究成果を集約することを目的とした。本調査研究により、牛乳・乳製品の摂取とCHDとの関係が科学的に評価され、牛乳・乳製品の高付加価値化の一助となれば幸いである。
*2 インスリン:細胞におけるグルコースの取り込みに関与するホルモンで、血糖値の恒常性維持に重要。
*3 コホート研究:特定の因子に暴露した集団と暴露していない集団について、研究対象となる疾患への罹患率を調査し比較することで、因子と疾患の関連を検討する研究手法。
*4 プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1:プラスミノーゲンの活性化を妨げることで、血栓溶解作用を阻害する。血栓溶解作用が阻害されると血栓形成が促進され、動脈硬化が進行し、循環器系疾患の原因になる。
*5 アディポネクチン:脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインで、肥満時にはアディポネクチンの分泌量が減り、インスリン感受性が低くなり、さらにメタボリックシンドロームのリスクが高まる。
*6 ペプチド:タンパク質の加水分解物であり、2〜数十個のアミノ酸が結合した構造をもつ。
2.調査方法
2007年度までに開催された国内外での学術集会における研究発表や、科学論文データベース(Web of Science(R) ; BIOSYS Previews(R);PubMedなど)で検索した学術情報を基に取りまとめた。
3.調査結果
1.観察研究(非介入試験) −乳製品の摂取とメタボリックシンドローム発症の関係
イギリスにおける閉経女性を対象とした研究42)では、乳製品の摂取がメタボリックシンドロームの発症に悪影響を及ぼすことが示唆されたが、ほとんどの観察研究8),14),23),40),41),47),52),54),57),68),74),76),85)は、乳製品の摂取がメタボリックシンドロームの発症を抑制する方向に寄与するという結論を導いている。Elwood23)は、循環器系疾患の発症と牛乳の摂取に関する10件のコホート研究を総合的に判断すると、両者にはっきりとした因果関係はなく、むしろ脳卒中や心臓発作の発症率は、牛乳摂取量の最も多いグループで15%低かったと報告している。また、Lamarche41)は、1985年から13年間にわたり2,072名を対象にしたコホート研究において、乳製品摂取量の多い人のほうが、収縮期血圧、血漿LDL(低比重リポタンパク質)コレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)およびアポリポタンパク質B*7が有意に低くなり、CHD発症リスクが低下していることを明らかにした。
一方、人種によって脂質代謝に係わる遺伝的背景が異なると、食生活がCHD発症リスクに及ぼす影響も、一定の基準では評価できないことが知られている。すなわち、欧米での研究成果が、必ずしも日本人などのアジア系人種の健康に反映できるわけではないという意見もある。しかしながら、Leeら43)は、韓国に住む閉経後女性を対象にした観察研究で、欧米での結果と同様の結論を導いており、海外での研究成果が日本人にも当てはまる可能性が示唆される。
2.ヒト介入試験
前項のような観察研究は、多数の集団を対象に長期間にわたる試験を行うことができ、病因となる主たる食事成分を特定できる反面、因果関係の詳細な情報が得られない場合もある。そこで、本項では牛乳や乳製品のヒト介入試験*8を行った研究についてまとめた。
2.1牛乳・バター
−インスリン抵抗性との相関−
いくつかのヒト介入試験9),18),86)で、バターが他の脂肪源に比べて高コレステロール血症を引き起こしやすいことが示されているが、牛乳やその他乳製品の摂取に関しては、賛否両論で結論が出ていない。1970〜1980年代に行われたいくつかの研究5),10),27),29),46),55),66),79)では、乳製品によるコレステロール低下作用が報告されている。また、乳脂肪によるコレステロール上昇作用を調節する因子が、牛乳に含まれるとする仮説も導かれている。さらに、同量の脂肪を対照グループにも摂取させた研究75)や、同量の乳糖やカゼインを加えて対照試料を調製した研究77)では、牛乳やバターの摂取が血漿コレステロールの上昇に影響を及ぼさなかったという結論が導かれている。バターは他の乳製品に比べて脂肪含量が多く、一定量以上を摂取すると血漿コレステロール値を上げるものの、乳脂肪摂取とインスリン抵抗性に関しては有益な相関がみられている59),84)。したがって、インスリン抵抗性やその他CHD発症リスク因子に及ぼすバターの作用については、性別や年齢などを考慮したヒト介入試験などの詳細な検討が待たれる。
2.2発酵乳 −血圧抑制との関係−
血漿コレステロールに及ぼす発酵乳の作用を調べたヒト介入試験の結論は、使用した乳酸菌の違いや試験対照物である牛乳、酸添加乳、他菌種での発酵乳などの違いによって結果が異なっている2),4),22),39),50),64),69),79)。したがって、プロバイオティクス*9のように腸内環境でも生育できる特性などが、血漿コレステロール上昇抑制作用には必要であることが考えられる。DASH(The Dietary Approaches to Stop Hypertension:高血圧患者のための食事療法)研究17)においては、低脂肪乳製品を含む食事を8週間摂取すると、果実や野菜の摂取量を増やした場合よりも、有意に血圧が抑えられたという結果がある。
また、Lactobacillus helveticusを用いた発酵乳が、ACE(angiotensin-coverting enzyme:昇圧作用を有する物質生成に関与する酵素)を阻害するトリペプチドを多く含み、Lactococcus属乳酸菌による発酵乳に比べて、21週間にわたって血圧を低く抑えたという結果がある71)。同様の結果は、他の論文3),80),89)でも報告されている。
2.3チーズ −CHD発症リスクとの関係−
他の乳製品と比較してチーズに関する研究は多くはないが、CHD発症リスクとの相関を調べたヒト試験の結果を表2にまとめた。最近行われた3つの介入試験では、同等の脂肪含量のバターを摂食した場合に比べて、チーズでは血漿コレステロールが上がらなかったという結果が導かれている11),58),77)。Appleby らの研究6)以外では、チーズにはCHD発症リスクに対するマイナスの作用は報告されていない。
3.動物実験
3.1チーズの摂取が内臓脂肪量と血中アディポネクチン濃度に及ぼす影響
筆者ら28)は、チーズの摂取が内臓脂肪の蓄積や血中アディポネクチン濃度に及ぼす影響について、通常の120%程度の高カロリー食を摂取させたラットを用いて調べた。使用したチーズは、高いタンパク質分解活性をもつLactobacillus helvetics乳酸菌を応用して製造した。チーズ由来のタンパク質と脂質で構成された飼料の摂取群と、カゼインとバターオイルで同量のタンパク質および脂質に調製した飼料の摂取群に分けた。両飼料の糖質、ビタミン類、ミネラル類(特にカルシウム)は同量レベルに調整した。飼料を8週間摂取させる間、血清コレステロール値はチーズ摂取群で有意に低値を示した。また、8週間後に採取した血漿リポタンパク質を分析し、カイロミクロン*10、VLDL、LDL、およびHDL(高比重リポタンパク質)に含まれるコレステロール濃度を調べた。その結果、VLDLのコレステロール濃度が、チーズ摂取群で有意に低かった。VLDLは肝臓で合成されるトリグリセリド(中性脂質)に富むリポタンパク質であり、高脂肪負荷などにより上昇することが知られ、LDLの前駆体でもある。したがって、この結果から、チーズ摂取により体内でのVLDL合成が抑制された可能性が示唆された。さらに、リポタンパク質を粒子の大きさで分画したサブクラス解析を行った。過去に行われた疫学調査では、粒子径の大きいVLDLの量が多く、さらに粒子径の小さいHDLの量が多い状態になると、CHDの発症リスクが15倍になることが報告されている25)。我々の結果では、粒子径の大きいVLDLおよび粒子径の小さいHDLが、チーズ摂取群でともに抑制された。
次に、血中アディポネクチン濃度を測定したところ、飼育8週間目にチーズ非摂取群ラットのアディポネクチン量が有意に減少したのに対し、チーズ摂取群ではアディポネクチン量が一定に維持されていた。アディポネクチンは脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインである。インスリン感受性を高めたり、脂肪を燃焼させたり、血栓予防や動脈硬化予防の作用があると考えられている。肥満時にはアディポネクチンの分泌量が減り、インスリン感受性が低くなり、さらにメタボリックシンドロームのリスクが高まるといわれている48)。飼育8週間目の内臓脂肪のデータでは、チーズ非摂取群に比べ、チーズ摂取群の内臓脂肪量が有意に低下していた。以上の結果から、日常的に摂取しうる範囲の120%高カロリー食を摂取するような場合、チーズを食べることがメタボリックシンドロームの予防に効果的である可能性が示唆された。
表2 チーズとCHD発症リスク因子との相関に関するヒト試験
3.2チーズの摂取が血漿コレステロール値に及ぼす影響
Roupasら67)は、CHDに係わるバイオマーカーに及ぼすチーズの効果を調べるために、チェダーチーズ食、(牛肉+牛脂)食、および(カゼイン+キャノーラ油)食の3種類をラットに摂取させて比較した。チェダーチーズ食摂取群では、血漿の中性脂質が高かったが、総コレステロール、LDLコレステロール、IDL(中間比重リポタンパク質)コレステロール、およびVLDLコレステロールは有意に低かった。肝臓の中性脂質は、(牛肉+牛脂)食摂取群と(カゼイン+キャノーラ油)食摂取群で高かった。チェダーチーズ摂取群の肝臓ω3系長鎖脂肪酸*11(αリノレン酸、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸))が(牛肉+牛脂)食摂取群より高くなり、(カゼイン+キャノーラ油)食摂取群と同等であった。
3.3 Lactobacillus乳酸菌発酵乳が高コレステロール血症ハムスターの脂質代謝に及ぼす影響
Chiuら15)は、2種類のLactobacillus乳酸菌(NTU101株、102株)が血清コレステロールレベルに及ぼす影響を、高コレステロール血症ハムスターで調べた。Lactobacillus paracasei NTU101株、Lactobacillus plantarum NTU102株、Lactobacillus acidophilus BCRC17010株で発酵させた牛乳を飲料水の代わりに与え、高コレステロール食と発酵乳を8週間摂取させた後、血清と肝臓の中性脂質、総コレステロール、リポタンパク質コレステロール画分(HDL-C、LDL-C)を分析した。腸管内の乳酸菌とビフィズス菌の数は対照群で減少したが、発酵乳群ではいずれも増加した。血清総コレステロールレベルは、3菌種の発酵乳を摂取したハムスターにおいて、それぞれ26.4%(101株)、23.5%(102株)、30.1%(17010株)ずつ低下し、肝臓コレステロールレベルは、17.7%(101株)、15.9%(102株)、13.4%(17010株)ずつ低下した。血清のHDL-CとLDL-Cもまた低下した。Lactobacillus乳酸菌のコレステロール低下作用は、血清と肝臓の総コレステロールレベルの低下に起因すると考えられた。
4.CHDリスク低減に関与する可能性のある成分
4.1生理活性ペプチド
牛乳タンパク質は、さまざまな生理活性ペプチドの重要な源である。Lactobacillus helveticusのような乳酸菌種はタンパク質分解活性が高く、さまざまな生理活性ペプチドを生産できる24)。また、カゼインに由来するACE阻害活性ペプチドは、チーズやヨーグルトなどの発酵乳製品に広く存在する60)。それらは腸管の消化酵素で分解されず、直接吸収されて大動脈内でACEを阻害する可能性が示唆されており、このACE阻害活性が発酵乳の血圧調節作用の一部に関与している24),56)。また、さまざまなチーズには抗酸化活性をもつペプチドが複数含まれることが報告されている28),31)。これらの中には、ラット脂肪細胞のアディポネクチン産生量を高める活性をもつペプチドも見出されており、作用メカニズムの解明が期待される。
4.2脂質成分
乳脂肪は、反芻動物に特徴的なパルミチン酸(16:0)やミリスチン酸(14:0)といった脂肪酸によって特徴付けられる。牧草や不飽和型脂肪酸に富んだ配合飼料で飼育されているウシの乳は、生理活性をもつ共役リノール酸(CLA:特にシス9トランス11アイソマー)を反芻動物性トランス脂肪酸(主にバクセン酸)とともに含有する。植物油脂への水素添加などで生じるトランス脂肪酸(10シス12アイソマー)と異なり、乳脂肪のCLAは、インスリン抵抗性や血中CRP(C反応性タンパク質)*12濃度などに影響を与えない45),65)。反芻動物性のトランス脂肪酸を高含有する乳脂肪は、CHDのリスク因子に悪影響を及ぼさないと考えられている78)。また、McIntoshら49)は、チーズの保健効果に関する総説の中で、CLAやω3系長鎖脂肪酸が、脂質代謝改善の有効成分である潜在的な可能性についてまとめている。
4.3カルシウム
カルシウムの効果は認められないとする研究13),36),37)もあるが、血中のLDLコレステロール20),62),72)や中性脂質88)を低下させるだけでなく、HDLコレステロール62)を上げるという研究も報告されている。また、カルシウム摂取量とCHDリスク指標である血漿リポタンパク質プロファイルとの相関34)や、メタボリックシンドローム発症率の低下8)も明らかにされている。観察研究や介入試験19),44),91)にみられる体重減少や体脂肪低減は、乳製品摂取によるカルシウム強化に起因するといわれている。血中脂質低下作用や体脂肪抑制作用は、便中への脂肪排泄の促進20),33),72)、胆汁酸の再吸収の阻害21)、コレステロールの胆汁酸への変換更新83)による。また、食事性カルシウム増加による活性型ビタミンD(1,25ジヒドロキシビタミンD)の抑制が、脂肪細胞内のカルシウム量を低下させ、その結果として脂肪分解を促進し、脂肪合成が阻害されることで、体重減少が起こるともいわれている16),73),87),90)。
*7 アポリポタンパク質B:コレステロールを可溶化するタンパク質で、LDLに含まれる。動脈内壁へのコレステロール沈着の指標とされる。
*8 ヒト介入試験:非臨床下で食品やサプリメントなどを被験者に投与する試験のこと。一方、観察研究(コホート研究、相関研究、断面研究など)では被験物質は投与しない。
*9 プロバイオテックス:経口摂取した場合に、胃酸で死滅することなく腸管に到達し、定着する有用な微生物。
*10 カイロミクロン:腸管から吸収された食事性脂質に由来する外因性脂肪の運搬体のこと。
*11 ω3系長鎖脂肪酸:α-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などの長鎖不飽和脂肪酸の総称であり、脂質代謝の上で重要な役割を持つ。
*12 血中CRP:体内で炎症反応や組織の破壊が起きているときに血中に現れるタンパク質のこと。
4.結語
牛乳・乳製品に関する新しい研究成果だけでなく、大規模な疫学調査、コホート研究、ヒト介入試験のデータを解析すると新たな事実が見えてきた。(1)バターは、他の乳製品に比べて脂肪含量が多く、一定量以上を摂取すると血漿コレステロール値を上げるものの、乳脂肪摂取とインスリン抵抗性には有益な相関があることも示唆されている。(2)発酵乳は、使用される菌種に大きく依存するが、Lactobaccilus helveticusの発酵物にみられるように、血圧調節作用に関しては、複数の研究者が同様の有用性を報告している。(3)チーズでは、CHD発症リスクとの相関は低いという結果が複数の研究で示されており、血漿コレステロール値を上げないという結果も導き出されている。
以上のように、牛乳・乳製品の摂取が、CHD発症リスクを抑制する可能性もあるという総合的な評価が、昨今ではなされるようになった。従来のように、ある一部の指標(中性脂質・コレステロールなど)のみを取り上げて結論付けるのではなく、メタボリックシンドロームの新しい指標(内臓脂肪量・アディポサイトカインなど)も考慮しながら、さまざまな生活因子や食事因子を生理学的観点から総合的に評価すべきであると思われる。
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