海外駐在員レポート  
 

国民に支持される スイスの国産畜産物消費拡大運動

ブリュッセル駐在員事務所 前間 聡、小林 奈穂美


   

1.はじめに

 わが国の国産畜産物をめぐる情勢は、輸入畜産物との競争の激化や昨今の景気低迷を受けた消費の減退など依然として厳しいものがあり、今後とも良質で安全な国産畜産物を安定供給していくためには、国産畜産物の消費の拡大を図っていくことが求められている。

 本稿では、わが国と同様、安価な輸入畜産物との競争にさらされている中で、国民の幅広い支持を得て高水準の国内市場シェアを確保し続けているスイスの畜産に注目し、スイスの畜産団体による国産畜産物消費拡大運動がどのように展開されているかについての事例を紹介することとしたい。

2.スイス国民の国産畜産物志向

 スイスの国産畜産物の価格競争力は必ずしも高くない。表1は、スイスにおける国産・輸入畜産物の平均小売価格を比較したものであるが、関税措置により輸入品の小売価格が国産を上回っている鶏肉を除き、スイスの国産畜産物の小売価格は軒並み同種の輸入品の 小売価格を大きく上回っていることがわかる。鶏肉を除けば、スイスの小売段階における国産畜産物のプレミアムは、少ないものでも1割強(牛乳)、多いものでは4割前後(鶏卵、豚肉)という状況となっている。
表1 : スイスにおける国産・輸入畜産物の平均小売価格(2007年)

 このように価格面では輸入畜産物に対して相対的に不利な立場に置かれているスイスの国産畜産物であるが、スイス国民に広く浸透している国産志向に支えられ、一定の国内市場シェアを維持している。図1は、スイス連邦経済省農業局が実施した国産農畜産物の購入頻度に関するアンケート結果であるが、鶏卵、牛乳等、食肉では6割から8割近くが国産品を「いつも購入」すると回答しており、「よく購入」するという回答を含めるといずれも8割を超えていることから、国産畜産物がスイス国民に幅広く支持されていることがうかがえる。

図1:国産農産物の購入頻度に関するアンケート結果(スイス連邦経済省農業局実施)

 図2は、スイスの国産畜産物の国内市場シェアを示したものである。鶏肉を除き、国産畜産物の価格が輸入畜産物のそれを上回っているにもかかわらず、鶏肉、鶏卵以外では、8割を超える国内市場シェアを確保している。また、鶏卵についても、食品産業に加工用として仕向けられる液卵などを除き、国民が直接購入する食卓卵に限定すれば、国内市場シェアは71%と高水準となっている(図3)。なお、鶏肉において国産のほうが安価にもかかわらず国内市場シェアが47%にとどまっているのは、国内の供給不足によるものである。スイスの年間鶏肉生産量は、1990年代初頭の2万トン程度から近年では3万3千トン程度と大幅に増加(57%増)しているが、それでもなお国内需要の約半分を満たすにとどまっている状況である(表2)

図2:スイスの国産畜産物の国内市場シェア
図3:スイスで消費される鶏卵の用途(2007年)
表2:スイスにおける畜産物の生産量および国民一人当たりの年間消費量の推移

3.スイスの国産畜産物消費拡大運動

(1)鶏卵の事例

・スイスの鶏卵生産戦略

 スイスの鶏卵生産者の三分の二が加盟する団体であるGallo Suisseは、国産鶏卵の消費拡大運動を積極的に展開しているが、この運動を通じ、スイス国民がどのような点に関心があるかをうかがい知ることができる。以下は、この運動の中で国産鶏卵の優れている点として、スイス国民に対して強調されている事項の抜粋である。


 これらの事項からは、新鮮、安全、環境、アニマルウェルフェアといった概念を重視し、その実現のためには生産効率を犠牲にすることもいとわないという明確な姿勢を感じ取ることができる。ここで紹介されているバタリーケージによる飼養(多段式のケージによる飼養)の禁止と最大飼養羽数の制限により、スイスの鶏卵生産は必然的に平飼い形式の小規模経営が担うこととなるが(図4)、このようなスイスの鶏卵生産システムは、より多くの労働、監視および投資コストを要するため、一般的な生産システム(バタリーケージ方式)と比較し生産コストが約10%増加すると言われている。これも、スイスの国産鶏卵の小売価格が同種の輸入鶏卵よりも高く設定されている理由の一つと考えられる。

図4:スイスの採卵鶏経営における飼養規模別飼養戸数(2007年)


 一方、Gallo Suisse側もこの生産コストの小売価格への反映についてスイス国民に理解を深めてもらうため、年間予算の半分を国産鶏卵の消費拡大運動に充てている。Gallo Suisseがいかに国産畜産物の消費拡大運動を重視しているかについては、彼らが、政府からの補助金は、農家への直接支払いの増額ではなく、国産畜産物の消費拡大運動に充てるべきと主張していることからもうかがえる。

・Gallo Suisseのユニークな消費拡大運動

 「倹約は美徳!」、「余計な金を払うほど僕らは馬鹿じゃない!」は、Gallo Suisseが最近使用したスイス国民向けの「皮肉を込めた」販売スローガンである。これらのスローガンは、周辺国の大規模養鶏で採用されている生産方式がスイスのものとは異なり、アニマルウェルフェアに配慮したものではなく、環境に負荷を与えていることを示唆したものである。このような刺激的とも思えるスローガンは、わが国では目にすることは少ないが、採卵鶏に負担を強いた安価な輸入鶏卵の購入をためらわせ、単価の高い国産鶏卵を購入することが当然との認識を深めるという意味では効果的と考えられる。

 また、最新のGallo Suisseの活動では、鶏の鳴き声をBGMに農場で放し飼いされている採卵鶏の様子をCMで放映し、これとタイアップする形で鳴き声(コケコッコー!)の着メロダウンロードサービスを提供している。このような取り組みは、携帯電話を多用する若年層にも比較的受け入れられやすいものであり、Gallo Suisseの活動が、主婦層を超えた幅広い層への浸透を図っていることがうかがえる。

図5:Gallo Suisseが作成したポスター (2007年)

(2)食肉の事例

・スイス国民が食肉に求めるもの

 図6はスイスの食肉団体であるSwissMeatが2001年と2006年に実施したアンケート結果であるが、これによれば、スイス国民が食肉を購入する際に最も重視する点は新鮮さであり、価格、原産国、生産地の近さがこれに続いていることがわかる。これは、スイス国民が輸入食肉ではなく、国産食肉を選択する傾向にあることを示している。また、スイスの小売店では、国産食肉の包装にはスイスを表すイニシャル「CH」もしくはスイス国旗が表示されていることも、購入の際に国産食肉の識別を容易にしている。

図6:スイス国民が食肉購入時に重視する要素


・SwissMeatによる消費拡大運動

 SwissMeatは、国産食肉の消費拡大運動を精力的に実施している団体で、その消費拡大運動に充てられる財源は、半分が生産者・食肉加工業者からの会費収入で、残りが食肉の輸入業者から徴収された拠出金などにより造成された基金で賄われている。基金総額は約2百万スイスフラン(約1億8000万円:1スイスフラン=90円)に達する。図7は2008年にSwissMeatが作成・配布した販売促進用のポスターであるが、食欲をそそる食肉の写真とともにここでも、「菜食主義者にはお勧めできません。」、「元々は牧草でした。」、「植物性タンパク質は含まれておりません。」といった一風変わったスローガンが掲げられている。

図7:SwissMeatが作成したポスター(2008年)


 これらのスローガンは、国産食肉の印象をスイス国民に焼き付ける効果を高めるためのSwissMeat側の工夫であろう。

 SwissMeatの消費拡大運動に関する工夫は、販売促進用ポスターだけにとどまらない。SwissMeatは、飼料製造業のトラックを活用した国産食肉の消費拡大運動を展開した。図8は、2008年1月より運行されたトラックの写真であり、SwissMeatと提携した飼料製造業者のトラック60台が路上の広告塔として、スイス全土において国産食肉の消費拡大を訴えた。SwissMeatは、これらの活動のほかにも、国産食肉の消費拡大を図るため、食肉に関するシンポジウムの開催、大規模ショッピングセンターにおける料理教室の開催などを精力的に実施している。

図8: SwissMeatによるトラックを活用した 広報活動(2008年)

4.おわりに

 本稿では、スイス国民は、畜産物という製品のみならず、生産の過程にも敏感であり、特別な方法で生産された国産畜産物を好んで選択し、それに対し付加価値を含む対価を支払うという構図が成立していることを紹介した。スイスにおける国産畜産物の消費拡大運動の中でも、印象を強めるよう工夫された販売スローガンや食肉産業と飼料産業という異業種間の連携などは大変興味深いものであり、わが国にとっても参考となると思われる。

 一方、スイスにおける国産畜産物の高水準の国内市場シェアは、消費拡大運動のみで達成されたものとして評価するのは早計であろう。本稿では、もともとスイス国民に、新鮮、安全、環境、アニマルウェルフェアといった要素を重視する素地があったところに、ユニークな国産畜産物の消費拡大運動が「触媒」として作用し、高水準の国内市場シェアの確保という結果につながったという解釈を提案したい。このような視点に立つと、わが国で国産畜産物の消費拡大を進めていくには、効果的な消費拡大運動の展開と併せ、消費者と生産者との相互理解を深めていくことが鍵になるということになる。

 今回の報告は、スイスの流通・消費段階の活動が中心となったため、スイスのユニークな生産現場を紹介するまでには至らなかったが、これについては別の機会に譲ることとしたい。
 

 
元のページに戻る