海外駐在員レポート  
 

小売店における食肉の 原産地表示の現状について

ワシントン駐在員事務所 中野 貴史、郷 達也


   
 2008年農業法の成立を受けて、米国では2008年9月30日から食肉等の原産地表示の義務化(COOL=Country Of Origin Labeling)がスタートした。半年間を準備期間とし、発効前の8月1日に米国農務省農業市場流通局(USDA/AMS)が公表した暫定最終規則について業界関係者から意見を募った後、オバマ新政権に変わる直前の2009年1月15日に最終規則が公表され、60日後の3月16日から施行されることとなった。1月20日の新政権の発足後、大統領補佐官は前政権下で作成された施行前の規則は施行日を先送りにして再検討するよう指示を出し、この最終規則も見直しの対象となったが、2月20日にヴィルサック農務長官は、これを見直さずに予定通り3月16日から施行するとした。しかし、長官は同日付けで、より厳格なルールを自主的に行うよう業界に書簡を発出した。

 このような不透明感が残る中、船出した原産地表示の義務化が実際に小売店でどのように実施されているのか、食肉について調査した結果を報告する。

1.小売店における食肉等の義務表示規則

 最終規則では、小売店の原産地表示について表1のように義務付けている

表1

 食肉の場合、当該家畜の出生、肥育、と畜という生産工程が複数国にまたがる場合があることから原産国の複数国表示が可能となっている。(表2)

表2

 ひき肉の場合は、原産国となりうる原料肉を製造日から60日間在庫として保有していれば、個別に使用実態の確認ができなくても原産国名をすべて表示することができる。

2.追加的に業界に求めた原産地表示の自主規制

 ヴィルサック農務長官は原産地表示の義務化について消費者に食品の産地情報を提供する第一歩として高く評価し、前政権下で策定された規則を修正することなく予定通り3月16日から本格実施することとした。同時に、消費者が食品の産地情報を正確に得ることができるように、より厳格な規制を自主的に行うよう業界に対して書簡を発出した。

 ヴィルサック農務長官が業界に要請した自主規制の内容は以下のとおりである。

(1)複数国産表示については、「出生および肥育がX国、と畜がY国」など出生、肥育、と畜別に原産国を表示すること
(2)蒸したりあぶったりした軽度加工品についても原産国を表示すること
(3)ひき肉の原産国の表示に係る原料肉の在庫保有期間を60日から10日に短縮すること

 また、農務長官は書簡の中で、その実施状況を調査し、必要ならば規則を見直すとしている。

3.小売店で見られた表示の実態

 そのような状況の中、実際に原産地表示はどのように行われているのか、牛肉、豚肉、鶏肉、それらのひき肉および軽度加工品についてワシントンD.C.近郊の小売店を調査した。

 まずは東部4州に181店を構える大衆的な食料雑貨店「Giant」のRockville Pike店。大きな店内には飲料品などはケースごと陳列されており、日本人が一般的に思い浮かべるアメリカらしいスーパーマーケットといえよう。

Giant

 卸売段階でパックされた商品には原産国が印字されているものもあるが「Giant」でパックされた商品には原産国は表示されていない。代わりに陳列棚にパネルが展示してあり、牛肉の場合「Giantのすべての牛肉はカナダ、米国、メキシコ産である」と記載されている。同様に豚肉や鶏肉、そのひき肉についてもパネルが展示されている。牛ひき肉の原産国は「米国、カナダ、メキシコ産」、豚肉および豚ひき肉は「米国、カナダ産」、鶏肉および鶏ひき肉は「米国産」と表示されていた。ローストビーフなどの軽度加工品には原産地表示はされていない。



 次は全米に1,521店舗を展開する国内最大級の食品チェーン店「Safeway」のRandolph店。
Safeway

 こちらは価格などの情報が記載されているラベルに原産国が記載され個々のパックに貼付されている。

 すべての牛肉が「米国産」と表示され、豚肉はメーカーパックに「米国産」と表示されているものがあったが小売店パックはすべて「米国、カナダ産」となっており、鶏肉はすべて「米国産」である。牛ひき肉には「米国、カナダおよびメキシコ産」と3カ国表示となっており、豚ひき肉は「米国、カナダ産」、鶏ひき肉は「米国産」と表示されている。軽度加工品については原産国の表示はない。


 3店舗目は、東部9州に181店舗を展開する「Harris Teeter」のWhite Flint店。

Harris Teeter


 こちらも価格ラベルに原産国が印字されている。牛肉、豚肉、鶏肉、またそのひき肉のすべてが「米国産」であった。最終規則においては表示義務のないハンバーグ用パティに「米国産」の表示や原料肉に牛ひき肉、豚ひき肉が使用されているミートローフ・ミックスに「カナダ、米国産」の表示があったが、ヴィルサック農務長官の書簡に例示されている蒸したりあぶったりした軽度加工品には表示はなかった。

 4店舗目は、全米38州に264店舗を展開する有機食品を主に扱う「Whole Foods」のRockville店。

Whole Foods


 こちらも価格ラベルに原産国が印字されている。そして、牛肉、豚肉、鶏肉、またそのひき肉のすべてが「米国産」であった。また、当店においても原料肉に牛ひき肉と豚ひき肉が使用されているミートローフ・ミックスに「米国産」の表示があったが、その他の軽度加工品には表示はなかった。

 今回の調査において表2にあるカテゴリーBの複数国産表示が見られたのは、牛肉では、3カ国の表示があった「Giant」である。この表示からは、以下の可能性が考えられる。

 (1)カナダまたはメキシコで出生、米国で肥育・と畜された場合

 (2)米国産牛肉であって、(1)と同日に処理された場合

 (3)カナダまたはメキシコで肥育後、米国でと畜された牛肉であって、(1)と同日に処理された場合

 豚肉の場合は2店舗で「米国、カナダ産」と表示されていたが、この場合は以下の可能性が考えられる。

 (1)カナダで出生、米国で肥育・と畜された場合

 (2)米国産豚肉であって、(1)と同日に処理された場合

 (3)カナダで肥育後、米国でと畜された豚肉であって、(1)と同日に処理された場合

 原産地表示の義務化は消費者の選択肢を広げるものである。しかし、この調査で見られた実態からすると、例えば米国産豚肉であっても、カナダで出生、米国で肥育・と畜された豚肉が同日に処理されていれば「米国、カナダ産」などと表示されることとなり、消費者は、必ずしも十分に選択権が与えられていないと考えられる。

 ヴィルサック農務長官が業界に自主規制を求めた書簡では、出生・肥育・と畜別に国名を表示するよう指示されていたが、いずれの小売店もそのような表示は行われていない。また、軽度加工品に原産地が表示されていた事例は「Harris Teeter」と「Whole Foods」において一部見られたが必ずしも軽度加工品全般に表示が行われていたとはいえず、やはり軽度加工品に対する原産地表示についても農務長官の書簡にのっとった表示はこれまでのところは行われていない。

 カナダとメキシコは5月7日、8日、米国の原産地表示義務に関しWTO紛争解決手続きの第一段階である当事国協議を要請した。昨年10月から本年3月までの直近半年間の生体牛の輸入頭数は、カナダからは前年同期比28.2%減少し、メキシコからは同6.9%減少している。また、カナダからのみ輸入している生体豚については同33.5%減少している。カナダの業界代表によると、原産地表示の義務化の実施により一部の米国の食肉パッカーがカナダの牛や豚を購入しなくなったり、値引きして購入しているとしている。

 カナダとメキシコは昨年12月に同様にWTOに協議を要請していたが、1月に公表された最終規則に柔軟性があると評価し要請を棚上げにしていた。今回再び協議を要請したのは、2月20日に、ヴィルサック農務長官が業界団体にあてて、最終規則より厳格な取組を求める書簡を発出したのを受けてのことである。

 この当事国協議で解決できない場合は、次段階のパネル(委員会)設置に移行することになる。食肉業界の取組に対する米国政府の今後の対応が注目される。
 

 
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