1.はじめに
最近における我が国の畜産経営をめぐる環境は極めて厳しい。肉用牛肥育部門も同様である。表1は、肉用牛肥育部門の中でも乳用種去勢牛の枝肉価格(B2)と、配合飼料価格(肉用牛肥育用)の最近の動きをデータで示したものである。また、枝肉価格を配合飼料価格で割ったものを、本稿では交易条件指数と呼ぶことにする。この交易条件指数は、数値が大きいほど、肉用牛肥育部門にとって経済的に有利で、小さいほど、経済的に不利になっているのである。
平成13年9月10日に我が国で初めてBSE感染牛が発見されたこともあり、13年度から14年度の枝肉価格は、12年度の数値に比べて低い水準になっている。15年12月に(1)我が国で、牛肉トレーサビリティ法が施行するなどにより、国産牛肉に対する消費者の信頼が回復する一方、(2)米国でBSE感染が確認され、我が国への米国産牛肉の輸入が停止されることにより、16年度から18年度にかけて、枝肉価格は高い水準で推移していることが分かる。一方、配合飼料価格は、14年度から18年度にかけて上昇傾向にあったが、18年度から19年度にかけて1キログラムあたり10円近くの高騰があったことが分かる。それ故、交易条件指数は、18年度が16.1であったものが、19年度には11.9にまで下落している。さらに、20年度に入ると、景気後退に伴う牛肉の需要の後退による、枝肉価格の低迷と、配合飼料価格の高騰が相まって、20年7月には、我が国でBSEが始めて発生した翌年度(14年度)の11.1を大きく下回る9.9の数値まで落ち込んでいる。
以上のような肉用牛肥育部門をめぐる交易条件の悪化は、20年後半にまで続いている。すなわち、我が国で初めてBSE感染牛が発見された直後のような厳しい状況が、継続しているのである。
従って、我が国において、肉用牛肥育部門という産業の存立が難しい状況にある。そこで、農林水産省は、(独)農畜産業振興機構を通じて肉用牛肥育経営安定対策事業(マルキン)、および肥育牛生産者収益性低下緊急対策事業(補完マルキン)を準備して、交易条件の悪化に直面している肉用牛肥育経営に対して、補てん金を支払っている。マルキン(図1のマルキン事業)と補完マルキン(図1の緊急対策)の概略は、図1の通りである。
以上のように、我が国の肉用牛肥育経営を取りまく交易条件は、極めて厳しい状況にあることが分かる。本稿では、図1の(1)物財費のダウン、(2)粗収益のアップによって、付加価値の確保を目指している先進的な大規模肉用牛肥育経営の経営戦略を取り上げ、そこからえられる教訓を明らかにする。
表1 肉用牛経営の交易条件の推移
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大規模な牛舎
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2.経営戦略の本質
1) 経営戦略の整理
本稿で取り上げる有限会社小林牧場は、岡山県和気郡和気町にある。山陽自動車道の和気インターチェンジのすぐ近くに立地する。小林牧場は、交雑種の哺育育成から肥育までの一貫を中心とした肉用牛の肥育経営で、肉用牛の常時飼養頭数は、約8,000頭、1年間の売上高が約17億円の大規模経営である。
本経営の大きな戦略は、第1に、人的資源を中心に、経営内部の資源を充実させ、外部からの調達をできるだけ削減している点にある。第2に、家畜飼養においては、基本技術に極めて忠実であり、飼料給与においては、積極的に未利用資源の活用に取り組んでいる点にある。第3に、生産資材・肥育牛の取引先、近隣の耕種農家などのステークホルダー(利害関係者)との関係を大切にし、取引関係だけでなく、一種の長期契約関係を構築している点にある。第4に、経営の方針が、「貯蓄→投資」の徹底であり、負債に依存しない健全な財務体質を構築している点にある。
特に、第4の戦略は、常時飼養頭数が約8,000頭という大規模経営でありながら、ほとんど負債がない経営を維持し、しかも、肥育もと牛の導入を自己資金で賄っているということに結実している。この魅力ある経営成果の実現のためには、第1から第3の戦略が、合わさったものと推察される。そこで、以下では、三つの戦略を取り上げ、それぞれについて、検討を加えることにする。
2) 経営内部資源の充実
小林牧場の組織は、表2の通りである。社長は、会長の長男である。両者が、経営全体のマネジメントを担当している。また、社長は、獣医師の資格を持っている。
構成員には、会長と社長以外に、会長夫人も入っている。会長夫人は、社長夫人ならびに臨時雇用の女性1名とともに、会計を担当している。
従業員は、男性が14人で、年齢は22〜55歳であり、女性が6人で、年齢は20〜45歳である。学歴は、短大(県立農業大学校・中四国酪農大学校)以上の人材を採用している。そして、短大卒の場合は、1年の研修の後、正社員になる。大学卒の場合は、1年目から正社員として採用される。ちなみに、大学卒は、現在(2008年12月)6人であり、内訳は、帯広畜産大学3人、酪農学園大学2人、広島大学1人となっている。そして、正社員の場合には、社会保険制度(厚生年金・健康保険・雇用保険)が完備されていて、福利厚生が充実している。
表2のように、従業員の男性と女性で役割が異なっていて、家畜飼養の中でも男性が肥育を担当し、女性が哺育育成を担当している。このような作業分担は、適材適所を念頭に行われている。哺育育成には、女性の持つきめ細やかさが役立つものと思われる。また、哺育育成と肥育の両部門においても、飼料の調製・給与・給水、敷料の搬入・きゅう肥の搬出など、様々な作業があるが、作業をローテーションすることによって、従業員に各作業の意味を理解させるような工夫がなされている。また、作業グループ毎に責任と権限を割り当て、早朝・深夜などの時間外勤務にも対応できる体制を構築している。その結果機能的な組織になっているのである。
臨時雇用は、会計担当の女性を除けば、男性が10人である。近隣に住む高齢者を雇用しているが、ほとんどが年金の受給者で、仕事を通じての生きがいを提供していることになる。過去に、大工、鉄工所勤務などの経歴を持った人が多く、熟練の技術を用いて、施設のメンテナンスに当たっている。このことが、施設の維持修繕費のコスト低減につながっているのである。施設のメンテナンスを外注するのではなく、内部の人的資源を活用しているところに、小林牧場の経営戦略の特徴がある。
表2 (有)小林牧場の組織
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3) 生産管理技術
(1) 家畜飼養 〜疾病予防に重点〜
現在の家畜の飼養状況は表3の通りである。
表3 家畜の飼養状況
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会長は、「牛は疾病によって治療すれば、必ず、育成率や事故率の点で赤字になる。それ故、予防が大切である。」と力説している。このようなトップマネジメントの考え方が、従業員にも伝わっており、育成率の向上や、事故率の低下につながっている。
後述のように、飼料では、かなりの糟糠類を用いているが、腐敗防止に、乳酸発酵処理を行うなど、きめ細やかな衛生管理を行っており、このことは家畜に快適な生活環境を提供するだけではなく、臭気の低減を通じて、近隣農家への配慮にもなっている。
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快適な環境で寛ぐ交雑種肥育牛
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(2) 籾・ビール粕混合飼料の調達
〜耕種農家にとってのメリット〜
また、飼料の確保では、地域で発生する未利用資源をフル活用している。量的には少ないが、表4のような籾・ビール粕混合飼料を用いている。これは、近隣のF飼料株式会社に混合飼料の調製を委託し、2カ月間、乳酸発酵させたものを、500キログラムのトランスバッグで購入している。
表4 籾・ビール粕混合飼料
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なお、籾については、表5のように飼料イネ栽培に取り組み、その籾を、混合飼料の原料の一部として、F飼料株式会社に混合飼料の調製を委託している。
表5 飼料作等の取り組み |
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飼料イネは、岡山県の県南で多く作られている食用品種のアケボノであり、自作地1ヘクタール、借入地4ヘクタールの合計5ヘクタールの作付けに取り組んでいる。自作地では、表2の研修生(外国人)が耕作作業に当たっている。借入地では、6戸の耕種農家と契約を行い、耕作作業を委託している。なお、籾ベースで、小林牧場が30円/キログラムを耕種農家に支払うことになっている。10アール当たり約500キログラム収穫できるので、耕種農家の収入は、10アール当たり15,000円である(=30円/キログラム×500キログラム/10アール)。しかし、飼料イネに対する国からの補助金が、10アール当たり50,000円(3年間継続することが前提、21年度からは20,000円)支払われる。また、和気町の産地づくり交付金が、10アール当たり10,000円支払われる。それ故、耕種農家の収入は、75,000円/10アールになる。さらに、農薬や化学肥料の使用は皆無であるので、耕種農家の所得率は、極めて高いと思われる。たい肥も稲わらとの交換で小林牧場から無料で投入される。稲刈りとF飼料株式会社への輸送は、耕種農家が行うが、田植え以外の主たる作業は、除草や畦草刈りの作業のみである。
従って、耕種農家にとっては、(1)生産調整が達成でき、(2)所得率が高く、(3)従来の機械が使用でき、新たな投資が不要で、(4)作業時間が少ないというメリットがあり、今後、飼料イネ作の希望者が増えることが予想される。
なお、表4の籾のコストは、30円/キログラムであるが、ビール粕などのコストは安価であり、F飼料株式会社へ支払う加工賃など(トランスバッグ代・輸送費も含む)が20円/キログラムとのことであった。籾・ビール粕混合飼料の中で、籾の占める割合が約32%であるので、9.6円/キログラム(=30円/キログラム×0.32)+20円/キログラム=29.6円/キログラムが、籾・ビール粕混合飼料のコストということになる。
(3) コンプリートフィード
前述の籾・ビール粕混合飼料は、6カ月齢以降に給与されるコンプリートフィードに1%程度混合されるが、コンプリートフィードは、牧場内の混合機で日量50トン、年間18,250トン製造されるので、日量0.5トンの籾・ビール粕混合飼料が用いられていることになる。コンプリートフィードの内訳は、肥育牛のステージ毎で異なってくるが、全ステージを平均すると1/3が配合飼料、1/3が糟糠類(醤油粕・豆腐粕)、1/3が粗飼料である。
糟糠類については後述するが、粗飼料については4%が籾殻、4%が稲わら、90%以上が輸入乾草(ストロー)である。籾殻は、地域の農協のライスセンター、および5〜6戸の近隣の耕種農家から無料で調達している。稲わらは、表5にもあるように、たい肥と稲わら交換で、50ヘクタール分の稲わらを集草している。このように、地域の稲わら資源を有効に活用しているが、集草作業は、天候に大きく左右されるので、年毎の集草面積は変動する。10アール当たり500キログラムの稲わらが集草できると仮定すると、50ヘクタールでは、250トンの稲わらが1年間に確保できることになる。しかし、肉用牛の常時飼養頭数約8,000頭に対しては、50ヘクタール分の稲わらでも、粗飼料の中でのウェイトは、4%にとどまり、その結果、大部分を輸入乾草に依存せざるを得ないのが実情である。当該地域に、九州に見られるような、耕種農家のグループによる稲わら集草のコントラクターなどの組織ができない限り、小林牧場単独での稲わら集草の面積拡大には、限界がある。
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コンプリートフィードのための飼料調製混合機
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4) 取引関係と契約関係
(1) 糟糠類の調達と加工
前述のように、小林牧場の特徴は、飼料に多くの醤油粕や豆腐粕などの糟糠類を用いていることにある。具体的には、関西地域にある中小の問屋から、糟糠類を購入している。中小の問屋は、資金繰りに苦慮するケースが多いが、小林牧場は、現金決済や前払いでの購入を行っており、相手の問屋にも大きなメリットになっている。このような理由で、長期的契約関係が成立し小林牧場にとっても、安定的に糟糠類を調達できることになっている。すなわち、ウィンウィンの関係といえる。
小林牧場では、調達した糟糠類を、F飼料株式会社に委託して、腐らないように乳酸菌発酵させている。そのために、10円/キログラムの加工賃を支払っている。このことが、糟糠類の保管時における腐敗を防ぎ、(1)家畜に衛生で安全な飼料を提供するだけではなく、(2)近隣住民への臭気の影響を低減させる配慮にもなっているのである。
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乳酸発酵された糟糠類
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(2) もと畜の導入
〜地元家畜市場の活性化〜
肉用牛の常時飼養頭数約8,000頭であるが、ほとんどが、哺育から肥育までの一貫であるので、もと牛の導入から肥育牛としての出荷まで、平均26カ月を要することになる。従って、下式のように、年間の肥育牛の出荷頭数は、3,600頭ということになる。
〔8,000頭÷26カ月×12カ月=3,600頭/年〕
逆に、毎年、3,600頭のもと牛を導入しているのである。もと牛の導入は、JA全農おかやま総合家畜市場(久世家畜市場)からであり、会長自らが購買に行っている。農家との相対ではなく、市場手数料を支払ってでも家畜市場を通す理由は、家畜市場の維持・活性化を考慮しているからである。
すなわち、家畜市場の活性化によって、良いもと牛が集まることになり、ひいては肥育経営にとってもメリットになるという長期的なビジョンに立脚した経営哲学といえる。
(3) 肥育牛の販売
肥育牛の販売先は、東京都中央卸売市場(食肉市場)が1/3、横浜市中央卸売市場(食肉市場)および福岡市中央卸売市場(食肉市場)が1/3、群馬県食肉卸売市場、京都市中央卸売市場(食肉市場)、広島市中央卸売市場(食肉市場)が1/3になっている。
市場の価格をにらんで、出荷先を分けているところに、小林牧場の大きな特徴がある。また、肥育牛のマーケティングにおいて様々な工夫をしている。市場でも、定量出荷で、枝肉の品質が安定しているので、需要者が決まっていて、販売価格はおおむね安定している。そして、需要者のニーズを、生産現場へ
フィードバックできるシステムを構築しているのである。
(4) たい肥化処理
肉用牛の常時飼養頭数は約8,000頭であるため、たい肥化処理は極めて重要である。具体的には、たい肥化処理施設の整備のため2億円の投資(1億円の自己負担)を行い、良質な完熟たい肥の生産を目指している。完熟たい肥は、(1)前述の稲わらとの交換で、約1,000トン(=2トン/10アール × 50ヘクタール)を投下し、(2)残りは、無償で近隣の耕種農家に提供しており、現在のところ、たい肥の処理に困ることはない。
たい肥化のための副資材としては、オガ粉と、近隣にある吉井川の河川敷野草を用いている。
3.むすび
本稿では、肉用牛の常時飼養頭数約8,000頭の小林牧場を対象に、負債に依存せず、自己資本を中心に経営展開しているメカニズムを明らかにするために、(1)経営内部資源の充実、(2)生産管理技術、(3)取引関係と契約関係の三つの視点からアプローチした。
(1)の経営内部資源の充実では、ヒト・モノ・カネのうち、ヒトに注目して、人材確保、適材適所、人材育成をトピックスとして取り上げた。
(2)の生産管理技術では、特に飼料の調達において、地域資源を活用した、飼料イネの取組、稲わらの集草について取り上げた。
(3)の取引関係と契約関係では、飼料の中心を占める糟糠類の調達、地元家畜市場からのもと畜の導入、肥育牛の販売、たい肥化処理をトピックスとして取り上げた。
以上のように、地域資源の循環や地元家畜市場の活用、雇用の場を提供するなど、地域に根ざした経営戦略を統合し、強固な経営を構築しているのである。(2)の地域資源を活用した取組は、今後の展開が大いに期待されるところである。しかし、常時飼養頭数が8,000頭にも上るので、飼料給与量は、コンプリートフィードで日量50トン、年間で約2万トン近くにもなる。そのため飼料イネや稲わらの
割合は、合計でも数パーセントにとどまっている。配合飼料、糟糠類、輸入乾草のウェイトが高くなるのはやむを得ない。
しかし、飼料イネ作のメリットが耕種農家に伝わり、耕畜連携が広がれば、配合飼料に少しでも代替できる可能性がある。また、九州で見られるような耕種農家による稲わら集草のコントラクター組織ができれば、輸入乾草に少しでも代替できる可能性がある。
換言すれば、小林牧場の維持発展が、地域 内に新たな仕事の機会を生み出す可能性を秘めているのである。失業率が高まっている昨今、このことは重要なことといえる。
謝辞:
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本稿を執筆する上で、(有)小林牧場会長 小林基一様、同社長 小林勝利様から現地調査の折、ご多忙の折にも関わらず、懇切なご指導賜りました。また、お話を通じて多くの勇気も頂きました。ここに、深甚なる謝意を表する次第です。 |
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