調査・報告

牛肉の家庭内消費
−年齢・世帯収入などからみた牛肉の消費傾向−

前 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター
マーケティング研究チーム 上席研究員 石橋 喜美子

はじめに 〜食料消費は世帯構成員の属性で変化〜

 食生活の洋風化が進むとともに、畜肉類は毎日の食卓に欠かせない食材となり、消費量は大きく増加した。総務省の「家計調査年報」でみると、最も消費量の多いのは豚肉で、1人当たり1カ月間の購入量は1980年に最高の455グラムに達している。牛肉は1991年に輸入自由化されたが、家庭での牛肉購入量は1980年代前半から徐々に増加している。輸入自由化後に牛肉価格の低下とともにさらに購入量は増加し、1995年に1人当たり300グラムを超えた。

 さて、1996年以降、牛肉の消費に大きな変化が現れた。それは、この年に大阪の堺市をはじめ全国で発生したO-157による食中毒の影響によるものである。牛肉の購入量は、1996年を境に2000年まで次第に減少へと転じた。さらに、2001年には国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認され、その後米国でもBSEが確認された。これらの出来事は、現在にいたるまで牛肉購入量のいっそうの減少をもたらしている。

 ところで、家庭での食料消費を検討するに当たり考慮しなければならないのは、食料の消費は本来年齢などの世帯構成員の属性に左右されるものであるという点である。そこで、牛肉を始めとする畜肉類の消費量変化について、年齢や世帯類型別にその傾向を詳しく見ることとした。分析に使用したデータは、総務省の許可を得て入手した「家計調査」個票である。個票は数年おきに利用申請をしたが、データを入手していない年もある。なお、「家計調査」のデータは主に家庭で調理するために購入した生鮮物について記録したものであり、惣菜などすでに調理された食品や外食で食べた料理に含まれる畜肉類のデータは得られない。また、ここで使用するデータは家族数が2人以上の世帯について調査したもので、単身世帯は含まれていない。

1 年齢階層別消費量

 図1は、牛肉・豚肉・鶏肉の年齢階層別消費量の推計結果である。個票データから、世帯ごと、品目ごとに1ヵ月間に購入した数量や金額が得られる。また、それぞれの世帯について、家族全員の年齢が記録されている。そのため、例えば、ある世帯の牛肉の1ヵ月間の購入量と家族の年齢構成から個々人について牛肉の年齢階層別消費量を推計することができる。なお、ここでは購入数量を消費量とみなしている。「家計調査」のデータは、年間延べ約9万6千世帯あるので、統計手法により年齢階層別消費量を求めることができる。その結果を示したのが図1である。

 図1の横軸は、5歳きざみの年齢階層を、縦軸は1人当たりの1ヵ月間の消費量を表している。牛肉・豚肉・鶏肉について、1982年・1994年・2001年の分析結果、および最近になって新たに入手した2006年の分析結果を表示した。

図1.年齢階層別消費量

(1)牛肉消費は輸入自由化後大きく変化

 最初に、年齢による消費の違いを見ると、まず牛肉は、1982年(橙色)には35〜40歳代前半の者が最も多く消費しており、1ヵ月間に約340グラムである。このとき、10歳代後半(15〜19歳)の消費量は約220グラムで、成長期でありながら、20〜50歳代の大人より少ない消費量となっている。1982年は輸入自由化の前であり、牛肉はぜいたく品であったと考えられる。1991年に自由化され、価格の低下も相まって10歳代後半の牛肉消費量は大きく増加した。1994年(青)および2001年(赤)には、この年齢層の消費量は300グラム以上に増加している。1994年には45〜50歳代前半で牛肉消費量は最も多く、1ヵ月間に400グラム以上である。また、55歳以上の年齢層でも、1994年の消費量は1982年より大きく増加している。

(2)疾病発生により減少へ

 このように輸入自由化とともに牛肉の消費量は急激に増加したが、1996年のO-157や2001年のBSEの発生により消費量は減少へと向かうこととなる。1995年のデータは入手していないが、「家計調査年報」でみると1995年の全年齢込みの牛肉購入量は最高に達している。従って、1995年の消費量は図1に示した1994年よりもさらに多かったと思われる。図1で、1994年と2001年を比較すると、若齢から高齢まで、すべての年齢層で2001年の牛肉消費量は減少しており、なかでも30〜50歳代の減少が大きくなっている。2003年にアメリカでもBSEが確認され、最新データの2006年(茶)には70歳以上を除くすべての年齢層で牛肉消費量はさらに減少している。

(3)豚肉は成長期の食材

 次に豚肉をみると、未成年層の消費量は牛肉とは反対に、1982年よりも1994年・2001年・2006年の方が少なくなっている。一方、55歳以上の年齢層では近年豚肉消費量が増加している。この年齢層では2006年に2001年よりもさらに消費量の増加傾向が見られる。とはいえ、豚肉の特徴は何と言っても成長期の食材であるということである。1982年および1994年・2001年・2006年でも10歳代後半の成長期は、その他の年齢層よりも飛び抜けて消費量の多いことが分かる。2006年のこの年齢層の豚肉消費量は1ヵ月間に約600グラムであり、牛肉消費量の3倍近くとなっている。ちなみに、O-157やBSEに関しては、1994年に比べて2001年および2006年の豚肉消費量は、30歳代や55歳以上で増加が見られ、この年齢層では牛肉から豚肉への購入の変化が考えられる。

(4)鶏肉消費は牛肉消費の影響も

 最後に、鶏肉についても10歳代の成長期はその他の年齢層よりも消費量が多いという傾向が見られる。10歳代後半の1ヵ月間の鶏肉消費量は、牛肉より多く、また豚肉より少ない約400グラムである。一方、1982年に比べて1994年・2001年に鶏肉消費量は、30〜40歳代で減少しているが、2006年には20〜30歳代で増加しており、BSEの発生による牛肉消費量の減少は、鶏肉の消費量の増加にも影響を与えたように思われる。

2 消費量の経年変化

 図2は、図1で示した四年分の結果だけでなく、その他の年についても年齢階層別消費量を推計し、その変化を経年的に結んだものである。なお、図1は5歳きざみの消費量を示しているが、図2は10歳きざみで推計した結果で、10歳代(10〜19歳、以下同様)、30歳代、50歳代、70歳代の消費量の経年変化を示している。    
図2.消費量の経年変化
   

(1)牛肉消費は輸入自由化、疾病発生で増減

 まず牛肉消費量の経年変化を見ると、10歳代(赤)の消費量は1980年代後半から増加傾向を示し、1991年の自由化以降さらに急激に増加している。また、50歳代(茶)と70歳代(青)は1980年代から一貫して増加している。しかし、これらの年齢層は1994年を山として、1996年に減少している。これは、前述のようにO-157による食中毒の影響が考えられる。

 図2に示した4つの年齢層は自由化以降1994年まで牛肉の消費量は増加傾向を示しており、その延長として1995年の消費量は1994年よりも多かったのではないかと想像される。それがO-157の発生により一気に牛肉消費量は減少し、1999年になっても70歳代を除く年齢層では消費の回復が見られない。そうしているうちに、2001年にBSEが発生し、牛肉消費量はすべての年齢層で大きく落ち込んだ。これらの変化は食品の安全性に対する消費者の関心の大きさを物語っている。

 なお、30歳代(緑)については自由化後にわずかな増加傾向も見られたが、それ以外の年については、一貫して消費量は減少している。この年齢層は、親と同居する独身の場合は外食による影響が、また世帯を持っている場合には、まだ収入も多くないと考えられ、牛肉の購入を控えるのかも知れない。

(2)豚肉消費は牛肉消費と逆相関

 次に豚肉消費量の経年変化を見ると、10歳代では1980年代前半から1996年にかけて消費量が減少している。これは、ちょうどこの期間に10歳代の牛肉消費量が大きく増加しているのと逆の現象である。これに対して、70歳代は1980年代後半以降次第に増加している。2006年の70歳代は1982年の70歳代に比較して、1ヵ月間に150グラム以上多く豚肉を消費している。また、O-157やBSEの発生後に、ほとんどすべての年齢層で、豚肉消費量は牛肉とは逆に増加している。

(3)鶏肉消費は豚肉消費と類似

 最後に、鶏肉消費量の経年変化は、1980年代後半から1996年まで10歳代と30歳代で減少傾向を示し、50歳代と70歳代ではそれほど大きな変化はなかった。最新の2006年の結果では、30歳代と70歳代でやや消費量の増加傾向が見られる。牛肉消費量との関係で見ると、10歳代と30歳代では牛肉消費量の増加した1990年代前半に鶏肉消費量は減少したが、逆に牛肉消費量の減少した2006年には30歳代と70歳代で増加している。

(4)牛肉消費動向が他の食肉消費に影響

 以上より、牛肉輸入自由化前後の1980年代後半から1990年代前半、さらにO-157およびBSEの発生した1990年代後半から2006年にかけての時期における牛肉・豚肉・鶏肉消費量の経年変化について検討すると、自由化の影響は10歳代を始めとする多くの年齢層での牛肉消費量の増加と豚肉・鶏肉消費量の減少、O-157およびBSEの発生による、すべての年齢層での牛肉消費量の顕著な減少と豚肉消費量の増加および豚肉ほどではないが、同時期の鶏肉消費量の増加と結論付けることができる。

3 世帯の類型や世帯収入などを考慮した牛肉の消費傾向

 以上述べてきたように、食料消費が消費者の年齢に依存するとして、牛肉などの畜肉消費を検討してきた。一方で、従来食料消費変化を議論する場合、しばしば世帯の収入や該当品目の価格が重要な要因であるとして取り上げられてきた。しかしながら、ここで注意を要するのは、世帯収入と世帯主の年齢や家族構成との関係である。筆者はこれまで「家計調査」個票を使用した分析から、世帯収入は世帯類型を基本としてとらえる必要があると考えている。

 ここでいう世帯類型とは、例えば「40歳代夫婦と10歳代2人」というような家族の年齢と人数を考慮した世帯の類型である。実際、個票データを分類すると、若齢から順に、「30歳代夫婦と10歳未満2人」、「40歳代夫婦と10歳代2人」、「50歳代夫婦と20歳代1人」、「60歳代夫婦のみ」が特に多い類型である。ただし、1980年代には、世帯主が30歳代や40歳代の世帯の調査数は多かったが、近年は50歳代から60歳代の世帯主が多くなっている。    

(1)世帯類型と収入で分類

 次にそれぞれの世帯類型について、世帯の年間収入を見ると下表のような結果が得られた。表は世帯類型別に年間収入が200万円以上400万円未満の世帯数、さらに400万円以上600万円未満、・・・1000万円以上の世帯数を表している。表では、1987年から2006年まで4年分を表示しているが、このほかの調査年についても同様に200万円区切りで世帯を分類した。

表 世帯類型別の世帯数
 それぞれの年間収入に該当する世帯の数を見ると、1984年と1987年を除いて、1989年以降は2006年まで、世帯類型ごとに最も多い収入階層は下記のようになっている。すなわち、

  「30歳代夫婦と10歳未満2人」
  の世帯は、年間収入400万円以上600万円未満

  「40歳代夫婦と10歳代2人」
  の世帯は、年間収入600万円以上800万円未満

  「50歳代夫婦と20歳代1人」
  の世帯は、年間収入1000万円以上

  「60歳代夫婦のみ」
  の世帯は、年間収入200万円以上400万円未満

となっており、これらの年間収入がそれぞれの世帯類型で最も一般的な収入階層といえる。なお、2002年以降、購入数量の調査は6カ月間の調査期間のうち最初の1カ月間のみとなったため、数量データの得られる調査世帯数はそれまでの約6分の1に減少している。

 次に、それぞれの世帯類型および収入階層ごとに、牛肉の購入数量と購入単価を求めた。その上で、各世帯類型の典型的な収入階層として上記の年間収入を取り上げ、それらの世帯類型で購入する牛肉の数量および単価の関係を表示したのが図3である。図では横軸に平均購入単価、縦軸に1世帯当たり購入数量を示している。購入単価は、2000年を基準として消費者物価指数により調整した。なお、年間収入は世帯を分類するために使用した単なる区切りであるため、物価調整などは行っていない。

 図3には、1984年から2006年の調査年のうち入手できた10年分の結果を表示した。なお、データを入手した調査年であっても、購入金額を利用できない年については購入単価が計算できないため、図には表示されていない。表示した4つの世帯類型は、類型ごとに家族の年齢と人数が異なっている。従って、購入数量については世帯類型で異なるのは当然であるが、1984年から20年余りの購入数量および単価の変化をそれぞれの類型ごとに検討することが可能である。   
図3.世帯類型別にみた牛肉購入単価と購入数量の変化(1984〜2006年)

(2)40歳代世帯は牛肉を最も多く購入

 「40歳代夫婦と10歳代2人」(赤)は10歳代という成長期の子供が2人いる世帯であり、牛肉の購入数量は最も多い。1984年から1994年にかけて牛肉の購入単価は100グラム当たり353円から241円に低下し、購入数量は1カ月間に1,338グラムから1,490グラムに増加している。O-157の発生した1996年以降2001年にかけては、購入数量の減少と購入単価の低下という現象が起きている。BSEの確認された2001年から2006年へは購入数量の大幅な減少(1,187グラムから751グラムへ)と購入単価の高騰(207円から294円へ)が見られる。

(3)30歳代世帯は安価な牛肉を購入

 「30歳代夫婦と10歳未満2人」の世帯(青)は、1984年から1996年にかけて牛肉の購入単価は328円から213円に低下したが、購入数量はこの間、810グラムから825グラムへとあまり大きな変化はない。図2で1984年から1996年への30歳代の経年変化を見ると徐々にではあるが牛肉消費量は減少している。これらのことから、「30歳代夫婦と10歳未満2人」の世帯では2人の子供の牛肉消費量が増加したとしても、30歳代夫婦の消費量の減少により相殺され、その結果、図3では牛肉消費量の大きな変化となって表れなかったと考えられる。ただし、図2の30歳代には親と同居する未婚の30歳代が含まれており、このような者は外食の機会が多くなることから、世帯を持つ者を含めた全体としての30歳代の牛肉消費量が、図2で示した経年的な減少となって表れたともいえる。

 「30歳代夫婦と10歳未満2人」の世帯では、O-157の発生以来2006年にかけて、牛肉の購入数量は大きく減少し(825グラムから362グラムへ)、購入単価も(213円から194円へ)低下している。

(4)高い60歳代世帯の牛肉購入単価

 次に、「60歳代夫婦のみ」(茶)をみると、この世帯の牛肉購入単価は、30歳代や40歳代夫婦と子供2人で構成される世帯と比較し、常に高額となっている。しかも、図3に表示した「60歳代夫婦のみ」の世帯は、年間収入200万円以上400万円未満であり、図3の中では最も低収入の世帯である。成長期の子供のいる世帯では、比較的に安価な牛肉を選ぶことで家族に必要な数量を購入することができるのであり、これに対して高齢者は量よりも質を重視することで、結果として高価な牛肉を購入するという実態を示しているものと思われる。また、購入数量や単価の変化は、数値としての絶対値は異なるものの「40歳代夫婦と10歳代2人」と似た傾向を示しており、輸入自由化やO-157、BSEの影響は、「60歳代夫婦のみ」の世帯でも観察される。

(5)50歳代世帯は他の世帯と異なる動向

 最後に、「50歳代夫婦と20歳代1人」の世帯(緑)を見ると、この世帯は1,000万円以上という高収入の世帯である。1984年の牛肉購入単価は467円であるが、その後の価格低下はこの世帯でも顕著であり、1994年には311円となっている。なお、この世帯では購入単価の低下にもかかわらず、この間購入数量は減少している。これは、1,000万円以上という高収入の世帯が示す特殊性かも知れない。「50歳代夫婦と20歳代1人」の世帯で、異なる収入階層をいくつか見てみると、800万円以上1,000万円未満の世帯では、購入数量は1984年の854グラムから1994年の1,036グラムへと価格の低下とともに購入数量は増加している。600万円以上800万円未満の世帯でも、同様にこの間860グラムから1,029グラムに増加している。

 以上、1984年から2006年にかけての牛肉購入単価と購入数量の変化を世帯類型別に検討した。図3では、それぞれの世帯類型で最も典型的な収入階層を取り上げて表示している。ここで、それぞれの類型の中でも収入階層が異なれば、消費傾向が違ってくるのではないかという疑問をもたれるであろう。そこで、「40歳代夫婦と10歳代2人」、「30歳代夫婦と10歳未満2人」、「60歳代夫婦のみ」、「50歳代夫婦と20歳代1人」の世帯類型について図3で取り上げなかった収入階層についても表示したのが図4のa,b,c,dである。

図4a.年間収入別にみた牛肉購入単価と購入数量の変化(1984〜2006年)
図4b.年間収入別にみた牛肉購入単価と購入数量の変化(1984〜2006年)
図4c.年間収入別にみた牛肉購入単価と購入数量の変化(1984〜2006年)
図4d.年間収入別にみた牛肉購入単価と購入数量の変化(1984〜2006年)

おわりに 〜世帯類型が購入数量・単価に大きな影響〜

 誌面の都合もあり、図4a,b,c,dについてここでは詳細な説明をしないが、結論として言えることは、年間収入の違いよりも世帯がどのような構成員で成り立っているのかという世帯類型の違いの方が、牛肉の購入数量や購入単価の決定に与える影響は大きいのではないかということである。このことは、米についての分析においても同様であった(注)。したがって、単に世帯収入や価格のデータのみを使用した分析では消費の実態を解明することはできないのではないかと考えている。

   (注)石橋喜美子「家計における食料消費構造の解明 −年齢階層別および世帯類型別アプローチによる−」
         農林統計協会、2006年


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