海外駐在員レポート

今後も成長が見込まれるブラジルの酪農・乳業─品質向上が課題─

ブエノスアイレス駐在員事務所 石井 清栄、松本 隆志


1 はじめに

 世界第6位の生乳生産国(米国農務省(USDA)の2008年推計値)ブラジルの過去10年間における生乳生産量は、年率3.5%以上の伸びを記録してきた。同国は生産量の増加により、2004年には乳製品の輸入国から全粉乳などの輸出国に転じた。

 現在、乳製品の貿易は、ニュージーランド(NZ)、EU、米国、豪州などの「継続的で安定した」サプライヤーに依存せざるをえない状況にある。乳製品の品質も含めてかなりの潜在能力がありながら、国内市場の安定化を優先するアルゼンチン、インドなどの国々は、輸出を抑制する政策を導入する可能性があり、「継続的で安定した」サプライヤーとしては不安視される。

 2007年末までひっ迫した乳製品の国際需給は、その後緩和傾向となり、さらに2008年9月の米国に端を発した金融危機とその後の景気後退の影響もあり、しばらくは緩和傾向が続くとみられる。しかし、中・長期的には、中国、ロシアや産油国などが世界的な資源エネルギー需要の高まりから豊富な資金力を蓄え、国民の所得水準が向上した国々などの需要の増加は今後も続くものとみられる。

 今回は、今後さらなる経済成長が見込まれ、将来的な主要乳製品の輸出国としての潜在能力が期待されるブラジルの酪農・乳業の現状を報告することとする。

世界の牛生乳生産の順位(2008年推計)

2 酪農・乳業のあゆみ

 ブラジルの酪農・乳業の歴史は、以下の通りとなっている。

〇 1500年〜1800年代初頭
 ポルトガル人のペドロ・アルヴァレス・カルバルがブラジルを発見し、その後ポルトガル人が役用、肉用、乳用として牛を現地に持ち込んだことから牛の飼養が始まったとされる。しかし、もっぱら牛は耕作や荷物運搬など役用として飼養されていた。

〇 1820年〜1830年
 乳を売るために牛が飼養され始める。当時は、リオデジャネイロなどの大きな町の近くで細々と行われていた。

〇 19世紀末
 商業ベースでバターやチーズが生産され始める。この頃から、乳用牛の改良も行われ始めた。

〇 第二次大戦(1945年)後
 農産物生産にあまり向かないミナス・ジェライス州など南部を中心に商業ベースでの酪農が放牧で行われ始める。飼養頭数は当初、1戸当たり4、5頭であった。

〇 1960年〜70年代

 ネスレやダノンなど海外の乳業メーカーがブラジルの将来性を見込んで進出し始める。一方で、地域の酪農協同組合も設立され始める。暑さに強いゼブー種などをベースに乳用牛の品種改良が本格的に行われ始めた。

〇 1980年代
 政府も酪農政策に本格的に取り組み始める。当時、政府は、米国などを参考に飼料給与型の酪農を目指そうとしていたが、結局コスト面から現在の放牧主体の酪農となる。

〇 2002年
 「ブラジル農務省大臣官房訓令51号」(全国生乳品質向上計画(PNQL))を制定。

〇 2004年

 全粉乳など乳製品の輸出が輸入を上回る。


3 酪農の現状

(1)主要酪農州

 ブラジルの酪農は放牧が主体で、補助的に濃厚飼料を給与している。生産は南東部、南部、中西部が中心で、ミナス・ジェライス州(全生産量の27.8%を占める、2007年)、リオ・グランデ・ド・スール州(同11.3%)、パラナ州(同10.3%)、ゴイアス州(同10.1%)、サンタ・カタリナ州、サン・パウロ州が主要生産州である。

主要生産州の生乳生産量など(2007年)
ブラジルの主要酪農生産州の分布

(2)品種

 乳用牛には様々な品種があり、9割以上が自然交配(1割が人工授精)により生産されている。南東部など酪農が盛んな地域では欧州から導入された乳量が比較的に多いホルスタインやジャージーなど、また、ギルランド(ホルスタインとゼブー種の交雑)が中心に飼養されている。北部ではインドから導入された暑さに強いギルおよびグゼラ(ゼブー系)が中心に飼養されている。なお、種雄牛以外の雄牛については、主にソーセージ原料用の肉として利用されている。

暑さに強い品種ギル
品種別の1頭当たり乳量、乳脂量
および搾乳日数

(3)飼養頭数、1頭当たり乳量、酪農家戸数

 乳用牛の飼養頭数および1頭当たりの乳量は、着実に増加している。2008年の飼養頭数は、10年前に比べて24.3%増の2,148万頭、乳量は同16.5%増の1,261リットル/頭となった。

 酪農家戸数は、業界関係者からの聞き取りによると、現在140万戸であり、そのうち8割が飼養頭数15頭から20頭の小規模酪農家とのことである。また、平均的な草地面積は、1戸当たり100〜150ヘクタールとのことである。

乳用牛飼養頭数と年間1頭当たり乳量

(4)生乳生産量および消費量

 ブラジルの生乳生産量は、97年からこれまで一貫して生産の伸びが続いている。これは、(1)90年代に入りブラジル経済のインフレが収束し、97年のアジア経済危機や翌年のロシア通貨危機などにより、経済成長が危ぶまれたものの、農業部門の発展を中心に経済成長が続き、国内需要が増加したこと、(2)(1)に伴い、乳用牛の飼養頭数増加と併せて飼養管理技術が向上し1頭当たりの乳量が増加したこと−が挙げられる。この結果2004年以降は、輸出量が輸入量を上回る純然たる「輸出国」となった。

 2008年の生乳生産量については当初、同年上半期の生産量が前年同期比15.0%増となったことから、2008年8月ごろに公表された2010年予測値である3,000万キロリットルに達するとみられていた。これは、2007年後半以降粉乳類などの乳製品輸出が大幅に増加した結果、生乳の生産者価格が堅調に推移し、酪農家の生産意欲が刺激されたことによるものである。しかし、下半期に入り(1)上半期における大幅な供給増加(2)バターやチーズなどの乳製品などを含む食品価格の全般的な上昇による消費の減退(3)国際需給の緩和−などにより価格が下落した結果、酪農家の生産意欲は減退し、EGdLの推計によれば最終的には2,708万キロリットルになるとみられている。

牛乳・乳製品需給表

 一方、2007年の1人当たりの年間消費量(生乳ベース)は、2003年と比べて10.4%増の139.7リットルとなった。なお、ブラジル政府は、国民が摂取すべき生乳消費量として幼年(10歳まで)146リットル、青年(10歳〜19歳)256リットル、成年(20歳〜69歳まで)および老年(70歳以上)219リットルの目標を定めている。

生乳(連邦検査済の生産量ベース)
製品別仕向け量(2007年)

(5)生乳価格

 生乳価格については、国内需要の増加などから上昇傾向を維持してきた。特に、国際乳製品需給がひっ迫した2007年以降においては急上昇している。

 2008年の生乳1リットル当たりの価格(タイプB(後述)の価格、1月〜11月までの平均価格)は、10年前と比べて2倍以上の0.75レアル(30.8円、1レアル41円)/リットルとなった。

 しかし、生乳価格は2008年8月以降、前述のとおり下落傾向にある。業界関係者によれば、現在14億リットルの余剰が生じているという。これを受け、ブラジル農務省(MAPA)は、2009年1月から生乳販売支援策を開始した。その1つは乳業メーカーの牛乳・乳製品の不足する地域への出荷に対する奨励金の支給である。奨励単価は1リットル当たり0.07レアル(2.9円)であり、1メーカー当たり200万リットルが対象の上限となっている。また、生乳価格を下支えするため、乳業メーカーが行う牛乳・乳製品の保管に対する特別融資の導入も予定されている。1社当たりの貸付上限額は1,500万レアル(6億1,500万円)、金利は年6.75%である。

 生乳価格については、乳業メーカーが独自の基準により価格を決定している。各メーカーは乳脂肪率、たんぱく質、保存温度、細菌数などの基準により価格の調整を行っている。全国農業連盟(CNA)関係者によれば、乳業メーカーの価格設定については、小売業者(スーパーマーケット)の意向が大きく働いているとのことである。

 なお、酪農家の経営状況に関する公的なデータはないが、民間会社の調査によると、2007年の経営状況(飼養頭数358頭、年間平均乳量1頭当たり4,500キログラムの酪農家)は、収入が生乳1リットル当たり0.66レアル(27.1円)、費用が同0.63レアル(25.8円)であった。

生乳生産者価格の推移(年平均)
生乳生産者価格(月平均)
   

(6)農場事例:Euripedes Bassamufro da Cocta氏

 同氏は、主要酪農生産州の1つであるゴイアス州農業連盟会長である(酪農連盟の会長でもある)。5歳まで農村に住んでいたため、「農村」に住んで、自然と調和しながら家族と一緒の時間を過ごしたいという夢が忘れられず、銀行員を辞めて研修を受け96年から現在の地(ゴイアス州、イタベライ市)で酪農を始めたとのことである。就農資金にはそれまでの貯金や国の地域開発特別融資基金などを利用し、現在、4名の従業員がいる。

 農場の総面積は約74へクタールでそのうちの56へクタールが農地として利用されている(残りは環境保護地域)。そのうち、草地が24ヘクタール、28へクタールが飼料用トウモロシ、ソルガムなどの栽培地などとなっている。

 なお、ゴイアス州の酪農家は約5万7,000人、1経営体当たりの平均酪農地面積は100へクタール以下とのことである。

 乳牛の生産は主に自然交配により行われ、320頭を飼養しており、そのほとんどがホルスタイン(残りはギルランド)である。雨期の6カ月間は放牧、乾期の6カ月は牛舎での飼料給与を行っているとのことである。搾乳は1日2回(午前5時と午後4時)、1日1頭当たりの乳量は23.6リットル、平均3,000リットルを1日1回出荷している。貯乳タンクは4,000リットルの容量がある。最近の1リットル当たりの生乳生産コストは、0.62レアル(25.4円)とのことであった。

 同氏は、酪農が雇用の確保など地域社会の安定に非常に貢献していると認識している。また、今後、酪農家が企業家としての経営意欲を向上させ、(1)草地改良(2)品種改良(3)衛生管理の向上−に取り組んでいけば、ブラジル酪農は益々成長するとの意見であった。2009年の本人の目標は、1日1頭当たりの乳量25リットルとのことである。

ギルランド:暑さに強いほかにダニもつきにくく肉質も良い
地域の酪農風景
ゴイアス州酪農連盟の方々、中央が会長のEuripedes Bassmurfo da Costa氏

4 乳業の現状

(1)主要乳製品生産量および消費量

 USDAによると、ブラジルの乳製品生産量は、消費量の着実な伸びなどに併せて増加している。特に、チーズおよび全粉乳の生産は大幅に増加し、両品目で同国はそれぞれ世界第3位および第4位の生産量となった。また、グラフで見ると、全粉乳の生産が輸出量の増加に合わせて顕著に伸びてきていることがわかる。

 一方、2008年の主要乳製品の年間1人当たり消費量(暫定値)は、液状乳製品が2000年と比べ15.0%増の83.2キログラム、バターが同20.0%減の0.4キログラム、チーズが同30.8%増の3.4キログラムとなった。

主要乳製品の生産量および消費量(2008年)
バターの生産および消費量
チーズの生産および消費量
全粉乳の生産量、消費量、輸出量
脱脂粉乳の生産および消費量

(2)バターおよびチーズの卸売価格

 バター(無塩バター)卸売価格については、2007年は11月までほぼ横ばいであったが、12月以降は生乳価格上昇の影響などを受けて上昇傾向となり、2008年7月には前年同月を37.6%上回る1キログラム当たり9.89レアル(406円)に達した。その後堅調に推移したが、12月は前年同月を依然として上回っているものの生産者価格の下落の影響を受け、前月に比べ11.7%下回る8.62レアル(353円)となった。

 チーズ(ブラジル国民に一番人気があるとされるFrescalチーズ)価格については、2007年7月から上昇傾向となり、2008年4月には前年同月を46.8%上回る1キログラム当たり9.9レアル(406円)に達した。その後はおおむね堅調に推移しており、12月は同0.5%下回るものの9.6レアル(394円)となった。

乳製品の卸売価格
Frescalチーズ

(3)乳業メーカー

 IBGE(ブラジル地理統計院)の調査によれば、現在、ブラジル国内の乳業メーカーは2,000社ある。業界関係者によれば、このうち4割は農協系企業であるが、最近民間企業の力がより強まってきているとのことである。

 主要乳業メーカーを集乳量順位で見ると、1位のDPA(ネスレとフォンテラの現地合弁企業)をはじめ、上位4社のうち2位のELEGEを除く3企業が外資系であり、上位16社でブラジルの生乳生産量の32%を占めている。また、販売高で見ても、66億レアル(約2,700億円)と突出しているネスレをはじめ、海外の乳業メーカーは上位を占めている。

主要乳業メーカーの集乳量順位および傘下酪農家戸数(2007年)
乳製品の販売高順位(2007年)

(4)乳業メーカー事例:Piracanjuba社

 同社は、ゴイアス州ゴイアニア市近郊にあり、ブラジル中西部の主要乳業メーカーの1つである。1950年に現在のオーナーである2人の兄弟の父親がバター生産を始め、現在では1日当たり160万リットルの生乳受入能力の設備を持ち110万リットルの生乳処理を行っている。工場の敷地面積は、3万2,000平方メートル、従業員は625名である。原料乳は処理量の75%を工場周辺300キロメートル圏の酪農家から集乳している。同社は、彼らを事業を行っていく上での重要なパートナーとみなしており、乳価決定については品質を見ながらできるだけ彼らの要求を反映させて行っているとのことであった。また、マットグロッソドスル州にも工場があり、同社は、先に紹介した酪農家同様、酪農・乳業が雇用の確保なども含め地域社会の安定に貢献しているとの認識が強い。

 乳製品については、HACCPによる衛生管理体制の下、粉乳、チーズ、バター、LL牛乳などさまざまな製品を製造している。これらの乳製品の生産量は、2007年で粉乳1万8,000トン、チーズ3,200トン、バター3,300トン、LL牛乳1億1,600万リットルなどとなっており、チーズについては、ゴイアニア周辺では同社は最大の生産量であるとのことである。製品はブラジル全土に出荷されており、フランス系資本の大手スーパーマーケットにも出荷されている。

 輸出については、粉乳をアフリカ諸国や中東諸国に輸出している。現在の乳製品生産に対する輸出の割合は10%とのことであるが、今後はチーズやコンデンス・ミルクなども輸出し、40%にまで高めたいとのことであった。

Piracanjuba社工場外観
集乳用の車両

5 輸出および輸入の現状

(1)輸出

 ブラジルの乳製品輸出については、90年代においては数千トン規模であったが、順調に生乳生産が増加する中、国際需給のひっ迫傾向や1999年の変動為替制度を導入してからのレアル安による輸出競争力の強化などに伴い2000年以降は増加している。現在は139カ国に輸出されており、2008年の輸出量は、前年比43.4%増の約14万9千トンとなった。また、輸出額については2006年以降急上昇し、2008年は同80.8%増の約5億4,000万ドル(486億円、1ドル=90円)となった。

乳製品輸出数量および金額
輸出先上位5カ国(乳製品全体:2008年)


主要乳製品の輸出量
(ア)全粉乳

 近年の全粉乳輸出は大幅に増加しており、これがブラジルの乳製品輸出増加の最大の要因となっている。2008年の輸出は数量で122.4%増の約8万2千トン、金額で同143%増の3億7,100万ドル(333億9,000万円)となった。

 2008年は49カ国に輸出されているが、そのうち7割以上はベネズエラ向けである。同国のベネズエラ向け全粉乳の輸出は2006年から急増している。これは、ベネズエラの生乳生産量(年間約100万キロリットル)が国内需要量(同250万キロリットル)を満たしていない状況下で、同国への主要輸出国であるアルゼンチンが粉乳などの乳製品の輸出税引き上げなどで輸出抑制策を強化したことによる。

全粉乳の輸出数量および金額
輸出先上位5カ国(2008年:全粉乳)

(イ)コンデンス・ミルク

 コンデンス・ミルクは、全粉乳に次ぐブラジルの輸出向け乳製品である。輸出量は2006年まで増加し、2007年は減少したが2008年に再び増加している。2008年は中南米、アフリカ諸国など49カ国に輸出され、数量で前年比35.9%増の3万8千トン、金額で同66.8%増の6,900万ドル(62億1,000万円)となった。

コンデンスミルクの輸出数量および金額
輸出先上位5カ国(2008年:コンデンス・ミルク)

(ウ)バター

 バターについては、乳製品の国際需給がひっ迫した2007年に急増し、2008年も増加している。2008年の輸出は数量で前年比14.1%の3,800トン、金額で同35.9%増の1,261万ドル(11億3,500万円)となった。輸出先については、以下の上位5カ国を中心にアフリカ・中東諸国、他国合わせて23カ国に輸出されている。

バターの輸出数量および金額
輸出先上位5カ国(2008年:バター)

(エ)チーズ

 製品の付加価値が高いチーズについては2006年以降、金額ベースでは増加しているものの、数量ベースでは減少傾向にあり、2008年は、前年比8.6%減の6,900トンとなった。輸出先については、以下の上位5カ国を中心に米国やウルグアイなどに輸出されている。

チーズ輸出数量および金額
輸出先上位5カ国(2008年:チーズ)

(2)輸入

 乳製品輸入については、90年代においては30万トン台であったが、順調に生乳生産が増加する中、99年の変動為替相場制の導入や2001年のEUやNZに対するダンピング防止従価税の適用などより、2000年以降は減少傾向にある。しかし、輸入額については、乳製品の国際価格の上昇などにより増加している。現在26カ国から輸入されており、2008年の輸入は、数量で前年比21.9%増の約7万8千トン、金額で同39.6%増の2億1,300万ドル(192億円)となった。

乳製品の輸入数量および金額
輸出先上位5カ国(乳製品全体:2008年)

 なお、粉乳類、チーズ、バターの輸入量および金額の推移、また、輸入先については、以下のグラフおよび表の通りである。

 2008年については、粉乳類が数量で前年比32.4%増の3万トン、金額で67%増の1億1,900万ドル(107億1,000万円)、チーズが数量で同12.7%増の4,600トン、金額で73.4%増の3,000万ドル(27億円)、バターが数量で同167.1%増の1,100トン、金額で同193.%増の378万ドル(3億4,000万)円となった。

粉乳類の輸入数量および金額
輸出先上位5カ国(粉乳類:2008年)
チーズの輸入数量および金額
輸出先上位5カ国(チーズ:2008年)
バターの輸入数量および金額
輸出先上位5カ国(バター:2008年)

6 衛生対策の現状

〇「ブラジル農務省大臣官房訓令51号」(全国生乳品質向上計画(PNQL))の制定

 ブラジルでは、2002年9月に生乳生産に関する品質の向上と近代化を図るため、「ブラジル農務省大臣官房訓令51号」(以下「訓令」という。)が制定された。この訓令は、生乳処理条件、これらの検査方法および品質基準、集乳および輸送に関する技術条件を定めたものである。

 衛生当局関係者の話によると、例えば、タイプ別の生乳の定義は、体細胞数や乳脂率などの違いのほかおおむね以下のように定義されるとのことである。

 Aタイプ…生産農場の施設で直接牛乳として処理されるもの、細菌数は1万以内/ml、UHT牛乳として利用

 Bタイプ…生産農場で一定の温度に冷却されて乳業工場に輸送されるもの、細菌数は50万以内/ml、UHT牛乳、LL牛乳として利用

 Cタイプ…生産農場から搾乳後そのまま乳業工場に輸送されて冷蔵されるもの、細菌数は75万個以内/ml、LL牛乳、粉乳類、ヨーグルトなどとして利用

 訓令では酪農家が行うべき牛舎の機材並びに周辺環境の整備、搾乳方法、家畜の衛生管理、生乳の生産管理などの条件が具体的に定められている。当然のことながら、タイプの順位が上がるほどその条件は厳しくなる。


7 農業政策の現状

 ブラジル農務省(MAPA)関係によると、PNQLの目的は、この訓令の適切な実施を行うことでブラジルの生乳の品質を向上させることにあり、この計画達成に向けて、酪農家の衛生施設整備などに対する特別融資などを行うことにあるとのことである。

 しかしながら、関係者によると現在の状況は、あまり芳しくないとのことである。当初、とりあえずCタイプの生乳処理の技術条件の訓令に関する施行については、ブラジル全土で2007年までに行うことになっていたが、なかなか進展せず2012年まで延期されることになった。なお、現在のところAタイプの生乳由来の牛乳の製造は非常に少ないとのことである。

 ブラジルの農業政策は、収穫時の価格暴落リスクの低減を目的とした最低価格保証制度を基にした農業融資や取引支援などが中心となっている。毎年改定される各作物の最低保証価格は、生産者の作付意欲に影響する重要な要素となるため、作付けの方向を誘導する手段ともなっている。酪農・乳業についても同様であり、1月からの生乳価格下落に対する緊急対策もそれに準じて実施されている。2008年7月に発表された2008/09年農業プランは、以下の通りである。

〇 農業融資

 生産者を対象にした農業融資が行われる。この資金は、民間金融機関の融資に係る金利を連邦政府が定める金利で補てんするために充てられる。融資の元金はあくまで民間金融機関から融資される。同融資の予算額は前年比12%増の650億レアル(2兆6,700億円)となっている。この中で、以下の3種類の融資がある。
(1)営農融資:農畜産物の生産や加工に要する経費を対象とした融資
(2)販売融資:連邦政府が定める農畜産物の最低価格(例えば、南部では生乳1リットル当たり0.47レアル、19円)を基礎として農畜産物を担保に行われる融資
(3)投資融資:施設機械の導入、農場整備に係る経費、協同組合の組織改革に係る経費などを対象とした融資

 例えば、酪農に係る営農融資に関しては、償還期間2年、1人当たり20万レアル(820万円)までの融資を上限に政府が定めた年率6.75%分が利子補給される。最近のブラジルでの普通銀行の個人向け貸し出し金利は年利106%程度(金融危機以降大幅に上昇)であったが、以上の条件からすると実際は年利99.25%で借り入れることができる。MAPAの担当者に聞いたところ、具体的にはこの融資を利用して、家畜の購入、人材の雇用、草地更新などを行っているとのことである。

 なお、乳製品の消費拡大政策および輸出振興対策については、政府は特段の措置を講じていないということであった。


8 今後の生産見通しおよび課題

(1)今後の生産見通し

 現在、乳製品の国際需給は緩和傾向にある上、更にブラジルは生産過剰に伴う問題を抱えているが、今後の同国の生乳生産は着実に増加していくことが、民間の調査報告書などで報告されている。

 オランダの4大銀行の1つであるラボバンクの報告書によれば、ブラジルはほかの国々と同様に金融危機に伴う国際経済の停滞の衝撃を受けるであろうが、それは先進諸国に比べると小さいと見ており、今後5年間の経済成長率は年4〜4.6%で推移すると予測している。経済の拡大に伴いブラジル国内の乳製品の需要は年4%の割合での増加が可能であり、特に付加価値の高いチーズとヨーグルトの需要拡大が期待できる上、2018年の乳製品の消費は生乳換算で3,400万キロリットルと2007年より670万キロリットル多くなると試算している。なお、生乳の生産と消費が年間4%の割合で拡大した場合、2018年には余剰生乳900万キロリットルに相当する乳製品の輸出が可能となり、年率が3%の場合の余剰分は500万キロリットルと推計している。

 さらに、他の民間調査などによれば、前提条件に違いはあるものの2015年の生乳生産量は3,600万キロリットルに達するとしている(2019年には3,900万キロリットル)。ブラジルの業界関係者によれば、同国が(1)草地更新(2)農地の区画整理(3)人工授精の普及─などに真剣に取り組めば、現在の生産量を3倍に増やすことができるとのことであった。

(2)課題

 生産については、以上のように着実に増加していく一方で、今後の課題としては、以下の2点が挙げられる。

 まずは生乳の品質についての課題である。関係者によれば、ブラジルの現在の生乳の品質の基準は、上記で述べたBタイプ(細菌数50万以内/ml)が主流であり、なかなか改善していないというのが実情であるらしい。政府が推進しているPNQLの達成(輸出乳製品原料としても他国からの信頼が厚くなるAタイプ生乳の製造)まではかなり時間がかかるのではないかとのことであった。なお、米国の平均は1万5千以内/ml、カナダで2万5千以内/mlとのことである。

 二つ目はPNQLの実施に伴う治安の悪化などの社会問題である。PNQLの実施による酪農家の経済的負担は極めて大きい。業界関係者によれば、ブラジルの酪農構造(140万戸のうち小規模酪農家が8割)を考慮すると、PNQLを進めていけば必ず廃業者が続出し、労働の場を失った彼らが大都市に流入し治安をさらに悪化させる原因の一つになりかねないということである。ブラジル政府としては、同国の酪農の社会的役割を考慮しながら、PNQLの実施を行っていく必要があると思われる。



9 終わりに

 以上、ブラジルの酪農・乳業を見てきたが、確かに今後ブラジルは「生乳生産大国」になることは間違いない。しかし、主要乳製品輸出国として、同国が今後台頭してくるのはまだ時間がかかると思われる。輸出は増加しているが、実際は隣国のベネズエラが5割以上を占めているのが現状である。このような状況を打開して、アジアや中東諸国を含めた世界市場を獲得するためには、放牧主体の酪農で生じる端境期での生乳生産不足を克服して生乳の安定供給を確保するとともに品質を向上させ、輸出先国の信頼を得ることが不可欠である。そのためには、高品質の生乳を生産する酪農家に対し、より生産意欲を高めるシステムを導入することが必要である。しかし、当然のことながら、今後の為替動向や市場動向次第で、ブラジルがその生産力を生かして予想よりも早く主要乳製品輸出国として台頭する可能性は否定できない。

 その一方で、今後同国が特に全粉乳の品質を向上させ輸出をベネズエラ以外の国々に振り向けた場合、全粉乳の国際市場、ひいてはほかの乳製品市場にも影響を及ぼすことが予想される。主にNZと競合することが予想されるが、ブラジルは広大な土地を有し地価が安い。また、人件費も安いことから、コスト的には最終的にブラジルが競り勝つ可能性が高く、今後の全粉乳市場におけるNZの動向が注目される。そのような意味では、ブラジルが既に乳製品の国際市場に影響を及ぼすまでの国になったとも言える。ブラジルが乳製品の国際市場でどのような存在になるのか、今後の展開に注目したい。


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