海外駐在員レポート

大きく変動する豪州フィードロット産業をめぐる情勢について

シドニー駐在員事務所 井田 俊二、玉井 明雄


1 はじめに

 豪州の飼料穀物は、2006/07、2007/08年度と2年続けての干ばつにより生産量が減少した。さらに世界各地の異常気象やバイオ燃料需要の増加などにより穀物需給がひっ迫し、飼料穀物価格が高騰した。この結果、豪州国内では、肉牛フィードロット、養豚、養鶏、酪農といった飼料穀物に依存する産業において、生産コストが急激に上昇し、経営環境が大きく変動する要因となった。

 フィードロット産業では、このことに加え主要通貨に対する豪ドル高など、かつてない厳しい経営環境に陥ったといえる。この結果、2007年後半には、半年間で飼養頭数が約3分の2程度に急減した。本稿では、近年、大きく変動する豪州フィードロット産業について、その事例を含めて紹介する。

2 最近のフィードロット産業をとりまく状況

(1)フィードロット産業に影響を及ぼす要因

ア 記録的な飼料穀物価格の高騰

 豪州のフィードロット産業は、主に国内で生産される冬穀物の大麦、小麦および夏穀物のソルガムなどの穀物を飼料として利用している。

 豪州国内市場における主な飼料穀物の四半期ごとの価格を見ると、異常気象による生産減やバイオ燃料需要の高まりなどによる世界的な穀物需給のひっ迫に加え、国内では、2006/07年度には100年に1度といわれる厳しい干ばつの影響で穀物が不作となり、その結果、2006年12月期に大幅に上昇した。また、2007年9月期から12月期にかけては、2年続けての干ばつによる穀物の不作が決定的となると、飼料穀物需給のひっ迫感が強まり、飼料穀物価格がさらに上昇し、かつてない高値となった。

 この間の価格動向をみると、価格上昇前の2006年9月期と比較して、小麦(2006年9月期:227豪ドル(13,620円:1豪ドル=60円))が2008年3月期には1トン当たり478豪ドル(28,680円)と2.1倍、大麦(2006年9月期:208豪ドル(12,480円))が2007年12月期には同371豪ドル(22,260円)と1.8倍、ソルガム(2006年9月期:203豪ドル(12,360円)が2007年12月期には同421豪ドル(25,260円)と2.1倍に高騰した。

 その後、夏穀物のソルガムについては、2007/08年度の収穫が豊作となったことから2008年3月期以降下落傾向となった。また冬穀物の小麦および大麦については、2008/09年度の収穫量が改善したことなどから2008年後半には下落傾向が強まっており、飼料穀物需給は緩和基調となっている。

イ 記録的な豪ドル高、そして急激な豪ドル安へ

 為替については、2007年〜2008年前半にかけて主要通貨に対して豪ドル高が進展し、記録的な水準となった。このため輸出向け比率の高いフィードロット産業にとっては、非常に厳しい経営環境となった。しかしながら2008年8月以降、主要通貨に対する豪ドル安が急速に進展し、経営環境の改善につながっている。為替レートが大きく変動した2008年7月末と12月末時点を比較すると、日本円に対して39%、米ドルに対して27%、韓国ウオンに対して8%豪ドル安となった。

豪州国内の飼料穀物価格の推移

(2)フィードロット飼養頭数の減少

ア 飼養頭数は半年間で3分の2に減少

 豪州のフィードロットは、2003年12月の米国での初のBSE発生などを背景として、2003年12月期以降飼養頭数が増加傾向で推移した。その後飼養頭数は、2005年9月期〜12月期にかけて、素牛価格の高値を反映して一時的に減少したもののすぐ回復し、2006年3月期〜2007年6月期の間は、87万〜94万頭と安定的に推移した。しかしながら2007年9月期〜12月期にかけて飼料穀物高や豪ドル高に伴う経営環境の悪化を反映して急激に減少した。2007年6月期に87万頭であった飼養頭数は、その後2期続けて大幅に減少し、2007年12月期には58万4千頭と2007年6月期に比べ32.8%減とわずか半年間で約3分の2に急減した。

イ 施設稼働率が低下

 一方、フィードロット収容能力は、2004年3月期以降増加傾向で推移し、2005年9月期以降ほぼ110万頭台で安定的に推移している。

 この結果、これまでおおむね70〜80%台を維持していた施設稼働率は、2007年9月期以降低下し、2007年12月期には50.7%まで低下するなど、その後も低い状況が続いている。

 施設稼働率を規模別に見ると、施設規模が小さくなるにしたがって低くなる傾向が見られる。また、2008年12月期の稼働率を見ると、1万頭以上の大規模フィードロットで回復が見られる一方、それ以下の規模層では稼働率の回復が遅れており、中小規模のフィードロットにおいて経営環境悪化の影響がより大きいといえる。

 業界関係者によると、飼料価格が高騰した場合、経営規模によりその対応が異なるという。大規模経営では、飼料穀物価格の影響を緩和するため、フィードロット飼養頭数の削減や穀物肥育期間の短縮といった対応がとられる。一方、中小規模経営では、フィードロット事業自体を一時的に休止するといった対応をとる場合が多い。これは、一般的に大規模フィードロットではフィードロットを専業とするが、中小規模フィードロットでは、放牧を展開する傍らフィードロットを行っている形態が一般的であるためである。

豪州フィードロット飼養頭数などの推移
施設規模別稼働率の状況

3 フィードロット経営の現状

 フィードロット経営の現状を調査するため、南オーストラリア(SA)州に中小規模に属するフィードロットを所有する「エス・キッドマン社」を訪問した。このフィードロットは、飼料価格高騰に対応して2007年11月に経営を一時的に休止し、2008年12月にフィードロット事業を再開した。フィードロット経営を一時的に休止することは、経営上、困難を伴うのではないか、また、今回の飼料価格高騰の結果、どのような変化がもたらされたかなどについて聞いてみた。

エス・キッドマン社のスミス氏

(1)施設などの概要

 同社はクイーンズランド州、西オーストラリア州、SA州および北部準州に12万8千平方キロメートルの牧場に、20万頭の肉牛を飼育する豪州有数の大規模牧畜業者である。フィードロットは、3千頭規模のものが1カ所で、全体事業のごく一部に過ぎない。

 所有するフィードロットは、SA州都アデレードから北東約120キロメートルに位置する。2007年11月にフィードロット経営を休止する前の平均飼養頭数は約3千頭であった。現在の牛の飼養頭数は2,500頭で、今後3,500頭程度まで増加する予定である。

 同社では、SA州に4カ所の牧場を有する。これらの牧場はいずれも乾燥地域にあり、牛の繁殖、育成には適するものの肥育には適さない。このため、このフィードロットは、4つの牧場から素牛を導入し肥育するために設置されたもので、牧場での飼育頭数の平準化という機能も有している。

 これら4つの牧場では、暑さや乾燥に強いサンタ・ガートルーディス種を飼育している。現在、フィードロットでは、自社牧場から導入したサンタ・ガートルーディス種のほか、外部から購入したアンガス種を中心に肥育している。

 このフィードロットでは、豪州国内向けに70日間の穀物肥育牛を中心とし、同時に日本向けに120日間の穀物肥育牛を食肉処理業者に出荷している。

肥育中のサンタ・ガートルーディス種

フィードロット全景
訪問時の気温は46℃の猛暑であった。クイーンズランド州などに比べて
機構が非常に乾燥しているので、シェードは必要ないとのことであった。

(2)経営の一時的な休止、再開について

 同社にとって、今回のような一時的な経営休止は初めてのことであった。このことについて次のように説明してくれた。

 フィードロット経営は、素牛価格、飼料穀物価格および肥育牛の出荷価格を目安としている。コストに見合った販売価格が約束された場合にフィードロット経営を行い、その条件が合わなければ経営を休止する。

 2007年にフィードロット経営の休止を決定したのは、飼料穀物の主体である大麦価格が1トン当たり419豪ドル(25,140円)と前例のない高水準となったためである。このため飼料価格が採算ラインまで安くなれば、経営を再開することを前提としていた。2008年12月にフィードロット経営を再開したのは、2008/09年度の飼料穀物価格が安くなったためである。なお、フィードロット経営における現時点での飼料価格の目安は、1トン当たり250豪ドル(15,000円)程度である。

 フィードロットの一時的な休止および再開は、同社にとって特に難しいことではない。また、フィードロットにおける雇用については、常勤雇用者のうち1名を休止期間中のメンテナンスを行うため引き続きフィードロットに従事させ、他の2名は他部門に配置転換させることで対応が可能であるとのことであった。

飼料はSA州で生産された大麦が主体

(3)効率的な飼育方法の導入

 同社では、今回のフィードロット事業の一時休止を契機に飼料や家畜飲用水の見直しを図り、いずれも肥育成績の改善に寄与している。

 飼料については、高タンパク源としてカノーラ・ミールの利用を開始し、肥育効率の改善を図った。このため、カノーラ・ミール用のタンクを設置した。また、家畜飲用水については、従来利用していた地下水では塩分が強く家畜の成育に問題があったため、地表水の利用に切り換え、貯水用タンクを新たに設置した。

新たにカノーラ・ミール用のタンク(手前)を設置

(4)今後の経営方針

 同社では経営リスクを低減するため、2009年3月の出荷分をもって日本向けグレインフェッド牛肉(120日穀物肥育)の生産を中止し、それ以降は、豪州国内向け(70日穀物肥育)に限定した牛肉生産を行うこととしている。需要動向が不透明で肥育期間の長い輸出向けを当面見合わせ、今後も堅調な消費を期待できる国内向けに特化するとのことであった。

 また、今後の経営方針については、最近1〜2年の厳しい経営環境を経験したため、現時点ではフィードロットへの投資に対して慎重な状況にあるとしている。

フィードロットを管理しているエス・キッドマン社のイル・ガング氏

4 今後の動向

 豪州フィードロット協会(ALFA)が四半期ごと実施している直近のフィードロット調査によると、2008年12月期のフィードロット飼養頭数は前回調査比15.5%増の71万9千頭となった。ただし、この水準は飼養頭数が大きく減少する前の2007年6月期(87万頭)の82.7%であり、施設稼働率も58.8%と依然として低い状況にある。業界関係者によると、今後の飼養頭数は、穀物飼料価格の低下や豪ドル安といった追い風があるものの、世界的な金融危機の影響など予測が難しい状況にあるとしている。

 豪州フィードロットに影響を及ぼす主な要因を次のとおり掲げてみた。

豪州フィードロットに影響を及ぼすとみられる要因

5 終わりに

 豪州フィードロット産業は最近1〜2年、前例のないほどの厳しい経営を経験した後、飼料穀物価格の下落や急速な豪ドル安により経営環境が改善に向かうと思われた。しかしながら、今後の海外市場における牛肉需要の動向は、世界的な金融危機の影響が現時点で不透明であるほか、日本市場での牛肉消費の低迷、韓国や日本市場における米国産牛肉との競合など、豪州フィードロットにとって影響を及ぼす要因も多い。したがって、現段階ではまだ、今後豪州フィードロット産業がこのまま順調に回復し、飼養頭数が増加していくと予測できる状況ではないようである。

 また今回の調査では、中小規模のフィードロットにおいて、経営の一時的な休止および再開が機動的に行われていることが把握できた。このことは、フィードロット飼養総頭数の弾力性が高いことを示していると言える。

 今後の豪州フィードロット産業の動向に注目したい。


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