話題

消費者の見る目が導くもの

学校法人 酪農学園  
理事長  麻田 信二 


消費者とは

  北海道庁において32年間に及ぶ職務のほとんどを農業行政に従事した後、早期退職をして、あらかじめ準備をしていた農業に専念していたところ、「健土健民」、「循環農法」を建学の理念とする学校法人酪農学園の経営に携わることになり、そしてまた、昨年からは、全道で130万組合員を擁する生活協同組合コープさっぽろの役員(常任議長)を勤めることになった。一人の消費者としての立場に加え、生産者、流通業者、行政経験者および学校経営者の立場から食の安全・安心に関心を持って日々を過ごしている。

 道庁で仕事をする前、製薬会社の研究所で機能性食品の開発に携わっていた時から食べ物にかかわりながら現在に至っているが、いつの間にか食べ物は生命の源であり、安全なものを適当な量を食べていれば、病気にならないと思うようになった。また、環境問題のことも考え、有機農業が北海道農業のスタンダードになることが私の夢となっている。

 そんな中、「消費者とは」と改めて考えてみると、その言葉どおりモノやサービスを消費する者であるから、全ての国民が消費者となる。そして、消費者の選択がモノやサービスを提供する側を左右することから、食料やエネルギーの安全保障とか環境問題を考えると、社会を良くするも悪くするも、消費者がその鍵を握っていると考えている。

 このようなことから、消費者の目を強く意識して消費者が支持してくれる農業を目指すことが必要と考えているが、その消費者が農業を理解し、食の安全・安心問題について正しく対応してくれなければ、健全な社会の形成は難しいと思っている。
 

風評への対応

 道庁で酪農畜産課長に就いていた時、スクレーピー注) という病気にかかった羊が北海道で確認されたことがあった。そのことが全国に報道されると、道外から北海道の乳牛の買い控えや牛乳を飲んでも大丈夫かといった消費者からの問い合わせなどがあった。その当時、英国において、BSE(牛海綿状脳症:その当時は狂牛病と報道されていた)の発生は、そもそもスクレーピーで死んだ羊の肉骨粉を牛に食べさせたことが原因であるといわれていたことが、畜産関係者や消費者の羊スクレーピーへの対応に現れたのである。

 消費者に正確な情報が伝わらないと簡単に風評を招くということを直に学んだが、特に、農業の報道にかかわる記者の知識が、一般の消費者と同じレベルであることが多く、混乱を起こさせない情報開示の難しさを実感した。

 その後、2000年には、北海道で牛の口蹄疫の感染があり、また、01年には、北海道産牛にわが国最初のBSEの発症もあり、道庁として可能な限り対応したものの、BSE感染牛が生まれた地域の「かぼちゃ」にまで風評被害により売れなくなったという事態が生じた。

 風評による被害を最小限に食い止めるには、食の安全に関する情報の迅速な開示に努めることはもとより、日ごろから消費者との信頼関係を築いておくことが重要であり、そのことが消費者の見る目を育てることになると考えている。
 

消費者を共生産者に

 半世紀前までは、家庭菜園も多く、隣近所には畑や水田があるなど、地産地消が基本であり、食生活は家庭での調理が主体であったことから、消費者は自らが食の安全を判断し生活を営んでいた。

 しかし、現在は、消費者と生産者の間が遠くなり、農家でさえ、冷凍食品を利用するなど、食を他に依存する割合が強まっている。

 基本的に、消費者はより安いものを選択することから、農産物貿易の自由化が進み、価格競争となると、米国やオーストラリアに比べ生産コストの高い日本の農業経営は成り立たなくなる。食料自給率が約200%の北海道においても、経営の困難さから農家戸数はピーク時の4分の1となり、農業従事者の高齢化率も30%を超えた。このまま推移すると、農家はますます減少し、農業生産の縮小が懸念される事態となるが、そうなって困るのは食をほかに依存している消費者である。

 食料自給率を上げるためには、消費者の求める安全・安心な農産物を提供することであり、有機農業を中核とした環境保全型農業に取り組む生産者を増加させることである。08年度から農林水産省が有機農業の拡大に向けた施策を講じ始めたが、それが実効あるものにするには、消費者が環境保全型農業に取り組む農家を支持し、その農産物を買い支えることが必要である。

 学校教育における食育の取り組みやグリーン・ツーリズムの推進により、多くの消費者が環境保全型農業に関心を持ち、米国で広がりを見せているCSA運動(Community Supported Agriculture:地域が農業を支える運動)のようなものが日本の各地に広がることを期待している。消費者が、環境を保全し生命を支える農業に従事する生産者と同じ視点に立つことで、地産地消が進展し食べ残しが減少する。結果として、消費者の求める食の安全・安心が確保され、日本の食料自給率が向上することになると考えている。

注):羊やヤギの神経系を侵す致死性の高い変性病






 

浅田信二(あさだ しんじ)

1947年 北海道生まれ

1970年 北海道大学農学部卒業後、民間会社勤務を経て1974年から北海道庁に勤務。

酪農畜産課長、農政部長などを経て2004年に北海道副知事に就任し、有機農業の推進や北海道食の安全・安心条例の制定に取り組む。2006年に副知事を退任した後、夕張郡長沼町で農業に従事。その後2007年7月から学校法人酪農学園理事長、2008年6月からは生活協同組合コープさっぽろ理事常任議長に就き現在に至る。



 

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