平成20年9月のリーマン・ショック以降、世界的な景気低迷による企業の収益悪化を受けて、所得も減少が続く中、食料品はますます低価格志向が強まっている。消費者の購買行動を見ると、単価の安い食肉へのシフトを行っており、牛肉の中でも最も高価な黒毛和牛が敬遠されている状況にある。
このように牛肉消費は厳しい状況が続いているが、今年度下期の牛肉の需給について、量販店、卸売業者、生産者団体、輸入商社へのインタビューやアンケートを実施したので、その概要を報告する。
1.個人消費の動向…節約志向により外食から中食、内食へ回帰
家計における消費支出は、所得の減少から節約の傾向にあるが、食料品の全国1人当たり支出額は、21年度(4〜8月)で見ると前年同期比100.4%とわずかに増加している。 しかも、昨年は、穀物や原油価格などの物価高騰による食料品の値上げが行われていたことを考慮すると、実質的には家計消費における食料費の支出はこれ以上に増加していると考えられる。
一方、外食産業の動向は、社団法人日本フードサービス協会によると、年明け以降、主に客単価の低下により前年同月に比べて売上高の下落が目立っている。特に、ファミリーレストラン(洋食)は、客単価が顕著に低下しており、21年1月以降、売上高が前年同月を下回り続けている。また、業態別に見るとファミリーレストラン(焼き肉など)が不振であった一方、単価の低いハンバーガーや牛丼などのファストフードは、他の業態に比べると好調に推移しており、外食も消費者の低価格志向を反映した結果となっている。
このように、消費者は、節約志向により同じ外食でも単価の安いファストフードへ、さらに休日などの外食をなるべく控えて、家庭での食事の機会を増やしていることがうかがえる結果となっている。
2.牛肉の家計消費…購入単価の値下がりが顕著
総務省の家計調査報告によると、牛肉の1人当たり購入数量(4〜8月)は、前年同期比106.3%と前年同期をかなり上回ったが、逆に支出金額では同97.8%と前年同期を下回っている。購入時の単価で比較すると、100g当たり280円と前年同期の304円から低下しており、消費者の節約志向が顕著に表れている(表1)。 牛肉以外の食肉である豚肉、鶏肉も同様の結果となっており、購入単価の下落率が大きい順に購入量の伸びが高くなるという結果となっており、消費者の低価格志向が鮮明となっている。
表1 1人当たり家計消費量
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3.POSによる部位別販売動向…小間切れ、切り落としが増加
部位別の購買動向について、部位別のシェアを当機構のPOS調査で見てみると、購入単価が低い小間切れ・切り落としの8月の販売部位別シェアは、和牛で約30%、国産牛では37%にまで拡大している。レジ通過千人当たりの数量を見ると、21年8月の小間切れ・切り落としは、和牛0.7キログラム、国産牛1.0キログラム、豪州産0.9キログラムで、前年同月と比較すると、それぞれ42.0%、54.3%、261.8%増と大幅に増加している(図1)。
小間切れ・切り落としは、牛肉でも単価の低いかたやももなどが利用されるのが一般的であるが、この販売シェアの増加が牛肉の販売単価を下げている大きな要因の一つと言える。 特に国産牛で見てみると、21年8月のレジ通過千人当たりの数量に占める小間切れ・切り落としのシェアは、前述のとおり37%と前年同月の27.2%から10ポイント近く増加しており、このため、これ以外のすべての部位のシェアが低下する結果となっている。
図1 国産牛切り落としの販売量の推移(POP調査)
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4.牛肉の週別販売動向…牛肉はハレの日に
最近における牛肉の小売動向は、家計調査報告やPOS調査でも増加傾向で推移している。このうち、当機構のPOS調査を週別に見たものが、図2のとおりである。 21年の牛肉の購買量は、前年に比べてほとんどの週で増加しているが、週による販売量の変動がより顕著に現れていることが見て取れる。
そこで、販売量が大きく増加する週を見てみると、(1)正月やお盆などの国民行事、(2)ゴールデン・ウイークなどの大型連休、(3)ボーナスや給料などの支給日―とほぼ一致する。また、これ以外の要素として、量販店の決算期に合わせた特別セールや旬の料理メニューに応じた食材調達(すき焼き、しゃぶしゃぶシーズンの到来など)などが挙げられるが、いずれにしても牛肉がハレの日のごちそうとして扱われる傾向が強くなってきているものと考えられる。従って、牛肉の小売価格が低下し始めているからといって、直に単価の安い豚肉や鶏肉の代替となるという状況までにはなっていないといえよう。
図2 牛肉の週別購買動向(POS調査)
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5.量販店による販促機会…和牛は減少
和牛は生産が増加する中で、需要は景気の低迷の影響を大きく受けている。去勢和牛の卸売価格(東京市場)は、「A―5」が16カ月連続で、「A−3」では18カ月連続で前年同月を下回って推移しており、生産者にとって厳しい状況が続いている。和牛の中でも最高級にランクされるものの主な仕向先は、高級料理店や焼肉店などとなっているが、「A−3」や「A−2」といった中級品の量販店での販売動向はどうなっているのであろうか。
当機構職員が居住する首都圏での量販店(3社45店)のチラシにおける週末(土、日)和牛の取扱いを調査した結果が表2のとおりである。
週末の特売が記載されているチラシ(各社1枚ずつ)から掲載数を部位別、用途別に毎週取りまとめ、加えてチラシの取扱いに応じて、(1)文字のみは1点、(2)写真付きは1.5点、(3)目玉商品としての取扱いは2点としてその注目度を指数化して計算している。
なお、このチラシのデータは、サンプルが3社と極端に少ないこと、また、職員の居住地も地域がばらばらなことから、あくまで参考程度であることをあらかじめお断りしたい。
これによると、21年4月までは、週平均掲載数がほとんど3を超えており、毎週すべての社のチラシに1ヵ所以上和牛の特売が掲載されていたことになる。5月以降は景気の悪化に伴う雇用不安などから消費者の低価格志向が一層強まったため、その掲載数が減少するとともに、仮に掲載されていたとしてもその取扱いが小さくなっているという結果となった。部位別にはロース系が圧倒的に多いが、かた・もも○割引きなどといった複数アイテムの特売を組むというその他の取扱いも増えつつある傾向にある。
このことは、価格に値頃感があるからといって、和牛を特売商品としてチラシに掲載しても、消費者への購買意欲や価格訴求力に訴えることが難しくなっていることを表している一例なのかもしれない。
表2 首都圏量販店のチラシでの和牛の取扱
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6.量販店における21年9月時点の食肉の販売状況…牛肉の売り場面積は減少
平成21年度下期(10〜3月)の食肉の販売見通しなどについて、量販店での見通しを9月上旬にアンケート調査したところ、調査時点における量販店での食肉の取扱割合(重量ベース)は、牛肉28%に対して、豚肉43%、鶏肉28%となっている。この割合を前回調査(21年2月)と比べると、鶏肉が減少したが、昨年7月とまったく同様の結果となった(表3)
表3 量販店での食肉の取扱割合
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また、最近の食肉の売り場面積割合の平均は、牛肉を「1」とした場合、豚肉は「1.4」、鶏肉は「0.8」となっており、豚肉の売り場面積が最も大きく、それぞれの販売数量を反映した結果と一致している(表4)。ただし、牛肉については、国産の取扱い品種や部位、用途別の種類が鶏肉よりも格段に多いことが反映されているものと思われる。
しかし、最近の売り場面積を前年同時期と比較すると、牛肉の売り場面積が「減少した」と回答した者が41%に上っており、豚肉と鶏肉の売り場面積が「増加」とした者はそれぞれ26%、22%となった。消費者の低価格志向による牛肉の他の食肉との競合を如実に示す結果となっている(表5)。
また、牛肉の売り場面積が減少したと回答した者に減少面積に対するそれぞれの品種別シェアを聞いたところ、和牛が75%、以下乳オスが17%、豪州産が8%と、和牛の減少が最も大きくなっている。一方で、売り場面積が増加した品種のシェアは和牛50%、米国産50%となっている。このことは、それぞれの量販店の販売方針や客層に応じた品揃えを行う量販店の対応を反映しているものと見込まれる(表6)。また、これに呼応して、最近の販促の回数も、和牛が減少したという回答が44%と最も高かったが、増加したとする者も30%に上っている(表7)。
表4 売り場面積の増減(量販店)
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表5 販売状況(量販店)
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表6 売り場面積が増加、 減少した品種(量販店)
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表7 販促回数(量販店)
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7.量販店の牛肉などの販売見通し
平成21年度下期(10〜3月)の量販店における食肉の販売見通しのアンケート結果によれば、量販店のおよそ3割強が牛肉の販売は「増加」と見ている一方、「減少」と「同程度」も3割強とすべての見方が拮抗している(表8)。
本年2月の平成21年度上期の見通しを調査した時には、牛肉の販売は半数近くが減少すると見込んでいたことから、「増加」の構成比から、「減少」の構成比を差し引いた景気動向指数(DI)は牛肉について見ると大幅に改善している。
また、豚肉、鶏肉については、販売が増加すると見ている者が多く、豚肉、鶏肉への需要は引き続き増加すると見込まれるが、前回の調査時に比べると増加すると回答している者の割合は減少している。特に、豚肉では、「減少する」と答えた者が35%に上っており、先行きの見えない状況であることがうかがえる。
表8 量販店の平成21年度下期(10〜3月)の販売見通
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牛肉の販売が「増加する」と見込んでいる量販店は、その半数で和牛が増加するとしており、次いで交雑種、豪州産が同数の回答となっている(表9)。「増加」の理由としては、主に価格の低下により扱いやすくなったことを挙げている。消費者の低価格志向の強い中、前年を下回って推移している卸売価格や輸入価格が小売にも反映され始めており、特に牛肉の中でも高価な和牛の価格が引き続き低下していることが影響していると考えられる。前回調査時は、豪州産が「増加する」との回答が目立っていたが、最近における豪ドル高などの影響から、今後はこれまでほどの割安感は期待できないと考えられているものと見込まれる。
一方、販売が「減少する」と見込んでいる者は、和牛が「減少する」との回答が依然半数以上を占めており、次いで乳オスと交雑種が同数となっている。販売「減少」の理由としては、多くが景気の悪化を挙げており、高級牛肉である和牛に値頃感が出てきているとはいえ、日常品としてはなかなか手が出ないだろうとの見方となっている。
表9 量販店の牛肉の増減見込みの 種類別構成割合
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8.卸売業者での見通し
主要食肉卸売業者にも同様にアンケート調査を行ったところ、21年度下期の販売見通しは、和牛、国産牛肉、輸入チルド、輸入フローズンともに、「同程度」であるとの見方が過半数を超えている。中でも、輸入牛肉については、「同程度」との回答が8割を超えている。卸売業者においても、和牛は卸売価格の低下と品揃えの強化を理由に「増加する」との見方がされており、価格の下落が需要を喚起するという点で先の量販店での見通しと一致している。また、輸入チルドは、国産品の販売増加を理由に販売量が「減少する」との意見もあった(表10)。
表10 卸売業者の平成21年度下期(10〜3月)販売見通し
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部位別の販売見通しについては、和牛、国産、輸入チルド、輸入フローズンのすべてにおいて、かた、かたロース、切り落としが「増加」し、サーロイン、ヒレ、ばらは「減少する」との一致した回答となった(表11)。特に、ばらは和牛、国産、輸入チルドともに「増加する」とした回答がまったくなかった。これは、不況により、焼き肉店をはじめとする外食産業での売上高の減少などが要因として挙げられている。
前回に引き続き、高級部位であるサーロイン、ヒレは「減少する」との見方が強く、ここでも消費者の低価格志向を反映した結果となっている。
表11 卸売業者の平成21年度下期(10〜3月)部位別販売見通し
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9.7月の枝肉卸売価格の相場水準
品種ごとの東京市場における7月の枝肉卸売価格の相場水準について聞いたところ、和牛については、量販店、卸売業者ともに7割以上が「値頃感がある」、「十分安い」と答えており、今後の販売に弾みが付く期待が持てる回答となっている(表12)。
一方で、交雑種および乳オスの卸売価格の認識は、両者で異なっており、量販店では7割以上が「値頃感がある」、「十分安い」と回答している一方で、卸売業者は交雑種で4割以上、乳オスに至っては7割以上が「まだ高い」との回答となっている。これは、外食産業における牛肉の需要が減少していることが一番の要因であると見込まれるが、卸売業者の部位別の販売見通しとも密接に関連しているものと考えられる。
かた、かたロース、切り落としといった比較的単価の安い部位の販売増加が見込まれる一方で、サーロイン、ヒレ、ばらといったこれまでの売れ筋アイテムの販売増加が見込めないため、卸売業者にとっては、現在の枝肉卸売価格に見合った部位別の売価設定を行うことが非常に難しくなってきているものと考えられる。
表12 牛肉価格の現状認識
(東京市場7月枝肉卸売価格)
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10.まとめ
21年度下期の牛肉の販売見通しは、量販店では「増加」、「同程度」、「減少」がほぼ3分の1ずつとなり、前回調査と比較すると、「増加する」との割合が高くなった。「増加」の理由としては、価格低下を挙げており、和牛、交雑種や豪州産がその対象品種となっている。また、「減少」理由は景気の悪化を挙げる者が最も多く、その対象は和牛や国産牛としている。
一方、卸売業者によれば、牛肉のいずれの品種においても「同程度」が過半を占めており、和牛は唯一「増加」の割合が前回より高くなったが、これ以外の品種での「増加」の割合は減少した。このように卸売業者の方が、量販店より厳しい見方をしている。
日本銀行の地域経済報告(2009年7月)によると、消費は、節約志向・低価格志向が強まっているものの、単純に消費マインドが冷え切っているわけではなく、効率的に満足を得ようとする傾向があるとしており、一例として、自らこだわりがある商品、サービスへの支出は可能な限り維持しつつ、その他の商品などへの支出は徹底的に節約する選択的節約志向となっていると指摘している。
従って、家計消費だけでなく、外食や食肉加工を含めた牛肉全体の需要ということで見ると、依然として厳しい状況にあるものの、今回のアンケート結果で注目されるのは、牛肉全体で見れば停滞感があるものの、和牛の今後の販売見通しが前回よりも改善されているという点である。
7月の和牛の枝肉卸売価格の相場水準については、量販店、卸売店ともに7割以上が「値頃感がある」、「十分安い」と答えており、今後の販売に弾みが付く期待が持てる。
従って、牛肉全体としてバランスの取れた販売戦略や需要の拡大といったことが、今後求められてくるものと見込まれる。このため、スポーツや文化祭などのハレの日を多く迎える時期に国産牛肉まつりをはじめとする各種催物の場で牛肉の栄養面、機能面を含めた幅広で継続的な消費の拡大への取組みを官民協力して実施し、消費者の方に食べていただくことが、ますます重要となってきているのではないだろうか。
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