話題

担い手育成のための農業高校における

職業教育の取り組み

岡山県立久世高等学校 教諭 佐々木正剛

 農業高校は自営者および初級技術者の養成を目指し、中堅指導者や農業後継者といった人材育成の場として一定の役割を果たしたのは、史実が示すとおりである。しかし今日では、体験的・実践的な学習による勤労観・職業観の育成、食農教育による農業理解等、教材として扱われている農業の勧業的色合いが薄くなっている傾向が窺える。そして、教育現場では生徒達の興味・関心を喚起するために、暗中模索しながら創意工夫を重ねさまざまな取り組みを行っているのも事実である。本稿では、前任校の高松農業高校で畜産を担当したしたときの「現場実習」と、前任校と現在勤務している久世高校で取り組んでいる「起業家教育」の二つの話題を提供する。

高松農業高校「現場実習」

 高松農業高校の畜産科学科では、2001年度より将来のスペシャリストに必要な問題解決能力や自己教育力の育成、知識と技術の深化・総合化を図ることを目的とし、教科外の実習として畜産科学科独自に専門性を生かした畜産・動物関連施設に限定した「現場実習」を実施している。これは近年、動物産業が注目されている中で、コンパニオンアニマルの飼育や社会動物との関わりに興味・関心を持つ生徒が増え、それらの生徒の興味・関心、希望進路などに応じて実施するようになったことに始まる。現場実習は、長期休業中に限定して畜産・動物関連施設において、県内だけではなく近隣県や北海道などでも実施している。現在ではこの取り組みが評価され、教育課程に明確な位置付け(現在の名称は「就業体験」)がなされ、単位認定までなされるようになった。進路状況については、畜産科学科における2001年度までの畜産・動物関連の大学・専修学校などへの進学はわずかであり、就職に関しても専門性のない一般企業が大半であった。しかし、現場実習導入後の2002年度卒業生は、クラスの約半数が畜産・動物関連の就職または進学を果たした。このうち現場実習に参加した生徒は約8割にも及んでいる。この取り組みは、既存のインターンシップと比較して次のような相違点がある。第一に、実習期間が1〜2週間(現在は「35時間以上で1単位認定」)と長いことである。学校で学んだ知識や技術と産業現場での実践的な実習を有機的に結合するためにも、また、専門的な知識と技術の深化を図るためにも最低限の期間といえる。第二に、専門科目に関連した実習内容であることである(現在は「分野は問わない」)。実習先は畜産・動物関連施設に当初は限定して行い、受け入れ先に前述の目的で実施していることについて十分に理解を得て実習を実施している。第三に、学校と受け入れ先の双方の評価である。学校側としては、生徒に実習中の研修報告書と実習終了後の研修レポートを課し、受け入れ先には日々の研修報告書のチェックと評価、最終評価をしてもらっている。その結果、専門性が生かされた就職と進学を含めた生徒の進路決定からもわかるように、現場実習がより高い職業意識の育成と進路決定に大きな影響を与えたことは、農業高校における職業教育として非常に意義深い取り組みであることが言える。

産業現場での実習風景

久世高等学校「起業家教育」

 担い手育成をするにあたり、教育現場では近年、起業家教育に熱い視線が寄せられている。起業家教育とは、起業家精神を育成する教育で、具体的には自立性、チャレンジ精神、創造性、積極性、探求心を育む教育ツールである。新しい高等学校学習指導要領の教科「農業」では、「起業的な内容・活動についても扱うことができる」としており、今後ますます起業家教育が活発に取り組まれることは想像に難くない。起業家教育は、企画や生産・販売等といった臨場感ある活動を通して、自己の実際的・体験的活動から事実や法則を習得し、新しいスキルや態度、考え方を獲得する学習形態である。learning by doingによって、悩んだり見通しが外れたりして失敗することを通じ、極めて多くの経験知を得ることができるのである。また、「キャリアの80%は予期しない偶然の出来事によって形成される」という、スタンフォード大学 教育学・心理学教授J.D.クランボルツの「計画された偶発性理論」にあてはめて起業家教育を考えてみると、起業家教育は計画的な機会と偶発的な機会の両方が存在することが浮かび上がってくる。その計画的な機会とは、教師側によって学習指導計画に基づいた計画的に与えられた知識や経験で育まれた能力などである。また、偶発的な機会とは予期せぬ人との出会いや偶発的な出来事などから生じた経験や知識などである。生徒がイニシアティブをとる起業家教育においては、まさに偶発的な機会に満ちあふれているのである。前任校や久世高校においても模擬株式会社を設立し、出資を教職員から募って農産物の生産・販売・加工等を行っている。そして、生徒達はリスクを背負い多くの失敗を経験している。最終的には、学習発表会を兼ねた株主総会を開き、事業・会計報告等を行っている。教育現場では金銭を扱うことに賛否が分かれるが、最近は起業家教育を実施する学校も増え、認知度は高まっている。しかし、起業家教育の目的は起業のプロセスやノウハウを学ぶことではなく、あくまで起業家精神を育むツールだということを十分に理解しておくことが重要なのである。昨今、「教育」から「学習」へのパラダイム転換が大きな流れとなっているが、従来の「管理」から「支援」へとその担うべき、求められるべき教師の役割も時代の潮流により変わりつつある。生徒の自立性やチャレンジ精神等を育もうとする起業家教育においては、とりたててこの側面が重要となり、その場のかじ取り(統御)が求められるのである。それにより、生徒の動機づけを高揚させることができるのである。

出資のお願いをする生徒たち


佐々木 正剛(ささき せいご)

 岡山大学農学部卒業後、岡山県立高松農業高等学校勤務(教諭)、岡山大学大学院環境学研究科博士後期課程修了、博士(学術)
現在、岡山県立久世高等学校勤務(教諭)

著書「生涯学習社会と農業教育」(大学教育出版)


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