海外駐在員レポート  
 

離農が進む豪州養豚業の現状
〜APLは「戦略プラン(2010〜2015年)」を公表〜

シドニー駐在員事務所 杉若 知子、玉井 明雄


    

1.はじめに

 豪州の養豚経営は、肉牛・肉羊および酪農が放牧を主体に行われているのに対し、わが国同様、集約化が進み、豚舎内で飼養される形態が主である。一方、開放系の豚舎、または、出生から出荷まで野外で飼養される「フリーレンジ(アウトドア)ファーミング」も存在する。産業構造については、牛肉・羊肉、乳製品が、生産量の5割程度からそれ以上が輸出される、輸出指向産業であるのに対し、豚肉は生産量のおよそ9割が国内で消費されるといった特徴をもっている。

 養豚経営の現状は、生産コストに占める飼料費の割合が6〜7割と試算され、近年の飼料穀物や燃油の価格高、豚肉輸入の増加による肉豚価格の低迷、また、輸入量の増加などほかの肉畜、酪農部門以上に厳しく、生産者団体であるAPL*によると、2007年〜2008年にかけて、繁殖農家の14%に当たる270戸が離農したという。このように豪州豚肉産業は多くの課題に直面しているが、2009年9月に、APLは今後5カ年の行動計画を記した「戦略プラン(2010〜2015年)」を公表した。その中で、APLは、販売促進、生産振興などの対策の強化、また、APLの役割の明確化を表明している。

 本稿では、豪州の豚肉の需給動向および「戦略プラン」の概要を紹介するとともに、豪州豚肉産業の現状について養豚農家の現地調査による聞き取りをもとに報告することとしたい。

 * APL(Australian Pork Limited):豪州養豚業の振興と安定を図るための非営利法人

野外で飼養される「アウトドアファーミング」

2.豚肉需給動向

(1) 繁殖農家戸数は減少傾向、一方、経営規模は拡大

 APLによると、繁殖農家戸数は、1980年には2万戸を下回り、その後も減少傾向が継続した結果、2008年6月には、1,625戸となっている。一方、1戸当たりの繁殖用雌豚飼養頭数は、集約化による規模拡大の進展から1980年の18頭に対し、2008年には179頭と大幅に増加している。繁殖用雌豚飼養頭数規模別の戸数割合を見ると、図3,4のとおり、48戸の大規模繁殖農家(1戸当たり平均頭数3,235頭)が繁殖用雌豚の6割を飼養する一方、繁殖農家の7割を占める小規模経営(同10頭)が、わずか4%の雌豚を飼養するに過ぎず、経営形態の2極化が進んでいることが分かる。2007年〜2008年にかけて離農が進んだ結果、2008年6月の繁殖用雌豚飼養頭数は、前年度比23%減の262,979頭と過去40年で最低水準となった。

図1:繁殖用雌豚飼養農家戸数と1戸当たり飼養頭数の推移
図2:繁殖用雌豚飼養頭数の推移
図3 飼養規模別農家戸数割合(2008年6月)
図4 飼養規模別飼養頭数割合(2008年6月)

(2) 豚肉生産量は減少傾向、輸入量は増加傾向

 豚肉の生産量、輸出量は、2002/03年度(7〜6月)をピークに減少傾向にあり、2008/09年度はそれぞれ323,959トン、49,071トン(温と体標準体重:HSCW))となっている。豚肉生産量の減少要因として、(1)1990年に、輸入検疫規則の改正により、ニュージーランド南島およびカナダからの非加熱豚肉の輸入が認められるようになったこと、(2)1995年1月より、ウルグアイラウンドでの合意に従い、豚肉に対する関税が撤廃されたこと、(3)2004年の輸入検疫規則の改正により、米国からの豚肉輸入が認められたこと−などが挙げられる。また、このほかの要因としてAPLは、2002年以降の度重なる干ばつ、養豚農家の高齢化、近年の穀物飼料価格の高騰により養豚農家の離農が進んだことがあるとみている。

 国内豚肉生産量が減少する一方、豚肉の総消費量は、人口の増加および1人当たりの消費量の増加を背景に、緩やかに増加しており、輸入量は、ここ10年で8倍に増加し、2008/09年度には228,382トン(HSCW)となっている。豪州の輸入規則により、国内で販売される生鮮豚肉については、全量国産となっているものの、APLの推計では、ハム、ソーセージ、ベーコンといった豚肉加工品の原料に占める輸入豚肉の割合は70%に達し、そのシェアを拡大している。

豚肉生産量、輸出入量および消費量の推移
州別豚肉生産量(2008/09年度)

3.「戦略プラン(2010〜2015年)」 〜養豚業の振興と持続的生産を維持〜

 生産量が減少傾向で推移する中、APLは2009年9月、養豚業の振興と持続的生産を維持するため「戦略プラン(2010〜2015年)」を公表した。

(1) APLについて

 APLとは、3つの組織、PCA (Pork Council of Australia)、PRDC (Pork Research and Development Corporation)、APC (Australian Pork Corporation)を統合する形で、2001年7月に活動を開始した非営利法人である。APLは主に、法律に基づき、と畜時に課される課徴金および連邦政府からの調査・研究に係る補助金により運営されている。活動内容は、養豚業の振興のためのマーケティング、輸出拡大、調査・研究(R&D)、業界全体の戦略決定、政策提言および情報提供となっている。ちなみに、現在の課徴金総額は、1頭当たり2.525豪ドル(205円:1豪ドル=81円) で、その内訳は、市場開拓課徴金(1.65豪ドル(134円))、R&D課徴金(0.70 豪ドル(57円))、(農薬・化学・医薬など)残留物検査課徴金(0.175 豪ドル(14円))となっている。

(2) 「戦略プラン(2010〜2015年)」 〜豚肉業界の連携を高め、国産豚肉の需要・販売増加を期待〜


 「戦略プラン(2010〜2015年)」の中で、生産者、流通関係者、小売店および飲食店関係者(食肉小売店、スーパーマーケット、レストランなど)、消費者など、ターゲットを明確にし、APLが中心となり取り組むべき指針を示している(詳細は下表のとおり。)。「戦略プラン(2010〜2015年)」は、品質(主に食味)面や安全面から消費者に訴求し、国産豚肉についての認知度を向上させることにより、新たな需要を創出し、ひいては、養豚・豚肉産業の持続的な発展を目指す内容となっている。

「戦略プラン」の概要

(3) 国産豚肉に対する認識を高めるための具体的手法〜オーストラリアンポークライセンスプログラム〜


 前述のとおり、国内で販売されている生鮮豚肉は全量国産である一方、食肉加工品の原料の70%は輸入豚肉を利用しているが、消費者の間では認識が低い。このプログラムは、統一ロゴマークによる国産豚肉に対する認識を高めることを目的とし、消費者を対象に行った国産豚肉に関する次の調査結果を基に推進されている。

 (1) 生鮮豚肉もある程度は輸入されたものであると思っている(調査対象者の33%)

 (2) 食肉加工品の原料に占める輸入豚肉の割合はそれほど高くない(同40%)

 (3)国産品を購入したい(同87%)

 (4) 国産品であれば、20%高い料金を支払っても良い(同85%)

 (5) 国産品であれば、60%高い料金を支払っても良い(同35%)

 この調査から、消費者は、国産豚肉に対する誤った認識を持つ一方、国産品に対する潜在的需要が高いことが明らかになった。

 ピンク色の四角いロゴマークを製品に表示することにより、消費者のみならず、食肉加工業者、小売店経営・豚肉販売者が、国産豚肉を100%原料とした食肉加工品と輸入豚肉を原料としている加工品を明確に区別できること、また、生鮮豚肉は全量国産であるという認識を高めることに役立つ。APLは、このロゴマークが消費者の購入および小売店関係者が豚肉、豚肉加工品を取扱う際の指標となり、国産豚肉の販売促進につながることを期待している。
ピンク色の四角いロゴマークにより、
国産豚肉を使用していることが明確になり、
消費者にとって一つの選択の指標となる。

4.付加価値を高める生産現場での取り組み
  〜放牧養豚による収益性の高い養豚業の実現を目指して〜

 高品質・高付加価値化の手法の一つとして、豪州ではフリーレンジ(放牧)養豚が行われている。生産・出回り量は多くはないが、その飼養方法や豚肉は、Outdoor pig farming(野外養豚)やfree range pork(放牧豚肉)と呼ばれ、食肉小売店を中心に販売されている。

 今回、ビクトリア(VIC)州の州都メルボルンから南西に100キロのウィンチェルシアという町でこの飼養方法を採用する農場を訪問した。同農場では、母豚は野外で飼養され、野外で出産し、子豚は生後4週間経過し離乳期まで野外で母豚とともに飼養される。その後、子豚はシェルターと呼ばれる肥育豚舎に移され、出荷先に応じて、おおむね生後19〜22週目(生体重量85〜105キログラム)まで肥育される。
放牧養豚全景:母豚用のハットと呼ばれる可動式の小屋が設置されている。
飼養密度は、1ヘクタール当たり12頭(母豚飼養頭数)
シェルター(外観):飼養密度は、
1シェルター当たり300頭程度。 (1平方メートル当たり1頭程度)。
ここでは雌豚のみ肥育され、生鮮豚肉として国内市場へ。
一方、雄豚は、ほかの契約農場で肥育され、加工品原料となる。
泥につかり幸せそうな母豚
シェルター内部:シェルターでは、自由に採食、飲水ができ、
また十分な空間があり、動き回ることが可能である。

 放牧養豚には、適度な降水、広大な土地が必要である。また集約型養豚に比べ、より多くの労働力や飼料が必要となり、生産コストがかかるという。しかし、特殊な肥育方法であるため、同農場で生産された雌豚由来の豚肉はOtway Porkというブランドで市場に供給されており、スーパーマーケットでは、プライベートブランドで販売される一般の豚肉に対し2割増のプレミアムがつけられている。

 同農場は、アニマルウェルフェアに配慮した英国の放牧養豚をいち早く採り入れ、1992年にはこの方式による生産を開始した。その後、徐々に規模を拡大した結果、放牧豚肉に対する認知度が高まり、現在では、豪州全体の豚肉生産量の1%程度を占めるまでになっている。現時点では、豚肉供給量に限界があるため、メルボルン市内の食肉小売店や一部のスーパーマーケットでの販売となっているが、シドニーの一部の日本食レストランにも供給され、豚カツやカツ丼として提供されている。当面は、生産規模拡大および国内での販売増加を目指しているが、増産できれば輸出の可能性も否定しないとのことである。

5.おわりに

 豪州の養豚業は、1960年頃は、余剰(脱脂)乳の有効利用のため、酪農家が小規模に豚を飼養するという副業的な位置付けであった。また、牛肉および羊肉の大生産国であるがゆえに、豚肉の消費スタイルや高品質化の技術などについては発展途上にあると考えられる。一方、消費量はゆるやかな増加傾向を示しており、今後は鶏肉も含めた食肉の消費構造がどのように変化していくのか興味深い。

 豪州では、以前は非去勢の雄豚由来の豚肉が生鮮豚肉市場に多く出回っており、その独特の風味から一部の消費者の間で受け入れられなかった経緯がある。そういった過去の経験に基づく悪いイメージを払しょくし、家庭やレストランにおいて豚肉料理が提供される機会を増やし、消費者に対し生鮮豚肉のジューシーで柔らかな、また食味、風味のすばらしさを認識してもらうことにより、国産豚肉に対する良好なイメージを形成することが重要であると思われる。

 豪州養豚業は、離農が進み、豚肉生産量は2002/03年度以降、減少傾向にある。今後も、まだまだ豚肉産業にとって厳しい状況が続くと見込まれる中、隣国ニュージーランドでは、輸入規則緩和の動きがある。現時点では、ニュージーランドは、豪州同様、非加熱輸入豚肉は国内流通前に加工(加熱など)することを条件としているが、輸入規則緩和(案)では、特定の形態で輸入される場合、国内流通前の加工を不要としている。ニュージーランドにおいて、このような規則緩和が承認されれば、豪州においても、緩和を求める動きが生じるのではないかと懸念されている。このような状況下にあって、今後、国産豚肉生産を発展させていくのか、それとも、輸入への依存度をさらに増していくのか、その選択は、消費者に委ねられているという、ある業界関係者の言葉が印象に残っている。養豚・豚肉業界の取り組む高付加価値化や販売促進などがどのような効果を発揮するか、今後の動向に注目したい。

 
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