1.はじめに
わが国の酪農乳業界は、ここ数年、かつてないほどの激しい需給変動に見舞われている。その原因は、乳製品・飼料穀物・エネルギー等の国際市況、国際金融危機、為替相場など、グローバルな要因の影響力が増加していることにある。米国に端を発する金融危機が直ちに国内にも深刻な不況と消費停滞をもたらすなど、影響の度合いのみならず、そのスピードも増している。実際、昨年末までは乳製品の需給ひっ迫を懸念していたところ、半年を待たずに需給の局面が反転し、今や深刻な需給緩和が懸念される状況となっている。これからは、激しい変化に遅れをとることなく、内外の諸状況を正確に把握し、迅速かつ的確に対応することが求められている。
2.国内需給
生乳生産量は回復傾向
09年4〜10月における全国の生乳生産量は4,644千トン(前年同期比99.4%)となった。ただし、7月以降、生産量が明らかに上向いており、9月には、単月ながら、15カ月ぶりに前年比がプラスになった。これは、都府県の生乳生産が上向いたことによるところが大きい。都府県の生乳生産は、酪農の廃業増加等により大幅な減少が続いていたが、飲用向け乳価が3月から値上げされたことで生産意欲が向上したことに加え、冷夏で乳牛のダメージが少なかったこともあり、前年同月比の下げ幅が回復している。一方、北海道は、引き続き前年を上回ってはいるものの、夏場の天候不順による牧草や飼料作物の不出来等が生乳生産に影響を及ぼし、前年同月比の伸び率が鈍化している(図1)。
図1 生乳生産量(前年同月比)
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乳牛1頭1日当たり平均泌乳量をみると、7月以降、都府県と北海道で明らかに異なる傾向が見て取れる。都府県では、7月以降、泌乳量が大きく上向き、9月には前年同月比103%を超えたが、北海道は、9月まで同101%台を維持していた泌乳量が10月には同100.7%に低下した(図2)。
図2 1頭当たり平均泌乳量(前年同月比)
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一方、不況と値上げの影響により牛乳消費が大幅な落ち込みを続けている中、生乳生産が上向いたことにより、生乳需給は、飲用向けを中心に、深刻な緩和が懸念される状況となっている。指定生乳生産者団体は、例年、12月に翌年度の生乳計画生産目標を決定しているが、その内容がその後の生乳需給に大きな影響を及ぼすだけに、今年はどのような目標が設定されるのか注目される。
なお、09年4〜10月の北海道の生乳生産量は2,328千トンとなり、全国の50.1%を占めた(図3)。7月以降、北海道と都府県の生産動向が変化しているが、年度トータルでは北海道が増加し、都府県が減少する趨勢は変わらない見込みである。このため、09年度は、わが国の酪農生産史上、初めて、北海道の生乳生産量が都府県合計の生産量を上回ることが見込まれている。
図3 地域別生乳生産量09年4〜10月
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特定乳製品向け生乳が大幅に増加
09年4〜10月における全国の生乳の用途別処理量は、牛乳等向け(乳飲料、はっ酵乳及び乳酸菌飲料含む)が前年同期比95.6%と不振を続けており、その反動で、乳製品向けは同104.8%と増加した。
内訳を見ると、指定生乳生産者団体からの用途別販売報告によると、09年4〜10月は、飲用牛乳等向け(牛乳、加工乳及び成分調整牛乳)が前年同期比96.2%、はっ酵乳等向けが同88.9%、クリーム向けが同96.9%、ナチュラルチーズ向けが同90.9%と、いずれも前年同期を下回った。脱脂濃縮乳向けは同103.8%であったが、脱脂粉乳の需給緩和の影響から月を追うごとに減少傾向を強めている(図4)。
こうした中、特定乳製品(バター・脱脂粉乳等)向けは、9月に前年同月比139.6%となり、4〜10月でも前年同期比113.8%と、唯一、大幅に増加している。
図4 生乳の用途別処理量(前年同月比)
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特定乳製品向けは、取引価格が安い一方、長期保存に適したバター・脱脂粉乳の原料となるため、他用途向け生乳の需給調整弁とされている。全体の約4分の1に過ぎない特定乳製品向けが、残りの約4分の3の用途の過不足の帳尻合わせを負わされるのであるから、需給ギャップが発生しやすいのは当然と言える(図5)。
なお、10月からホクレンがチーズ向け乳価を引き下げたことに伴い、同月にはチーズ向けが前年比プラスに転じたが、年度計ではほぼ前年度並みにとどまると見込まれている。
図5 生乳の用途別処理量
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飲用牛乳等の生産量が減少
09年4〜10月における飲用牛乳等(牛乳、加工乳及び成分調整牛乳)の生産量は、不況に伴う消費不振と、3月からの牛乳値上げの影響を受けて、前年同期比96.1%となった。これを、(社)日本酪農乳業協会による09年1月時点の予測値と比較すると、すべての月で実績が予測を下回っており、上記の影響の大きさがうかがえる。中でも、7〜9月に予測と実績の乖離が大きくなっているが、これは、冷夏で牛乳消費が更に減少したためと推定される(図6)。この結果、当機構が(社)中央酪農会議を事業実施主体として実施する飲用需要変動対応緊急支援事業(飲用とも補償)が、第1四半期、第2四半期と連続して発動され、酪農経営者に対し、飲用向け減少に伴う乳価の下落に対する補てん金が交付されることとなった。
図6 飲用牛乳等の生産量(前年同月比)
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飲用牛乳等の生産量の内訳をみると、牛乳が前年同期比89.2%と著しく落ち込んだが、成分調整牛乳が同189.2%とほぼ倍増し、加工乳は同101.9%となった。このうち、成分調整牛乳は、5〜6月に前年同月比200%を超える伸びとなったが、9〜10月はともに同179.1%と落ち着く傾向を示している(図7)。
図7 飲用牛乳等の種類別生産量(前年同月比)
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成分調整牛乳の生産量が飲用牛乳等に占めるシェアは12.4%に過ぎず、また、その伸び率も一服する傾向にあることから、飲用牛乳等の大宗を占める牛乳の消費の減少に歯止めをかけないと、全体の消費の改善は見込めない(図8)。
図8 飲用牛乳等の生産量09年4〜10月
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バター・脱脂粉乳ともに生産・在庫量が増加
09年度のバター生産量は、特定乳製品向け生乳の増加に伴って各月とも前年同月を上回り、9月には前年同月比140.2%に達したほか、4〜10月累計でも前年同期比118.1%の45,736トンとなった。また、生産量の増加に伴い、その在庫量も増加し、10月末には前年同月比151.8%の32,900トンとなった。不況の影響等により、4〜10月の推定出回り量(需要量)が前年同期比87.4%に落ち込んだため、生産量の増加分以上に在庫の積み増しが進んだ(図9)。
成分調整牛乳の生産量が現状のペース(4〜10月で同179.1%)で伸びるとすれば、09年度には前年度より約3千トン多い約6.5千トンの乳脂肪が抽出されることになる。これがそのまま出回る訳ではないが、バター・クリーム等の乳脂肪製品の需給に影響を及ぼすことは避けられない。
図9 バターの生産在庫量
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09年度の脱脂粉乳の生産量は、特定乳製品向け生乳の増加に伴って各月とも前年同月を上回り、4〜10月累計で前年同期比111.1%の92,694トンとなった。生産量の増加に伴い、その在庫量も増加し、10月末には前年同月比191.9%の52,900トンとなった。不況の影響等により、4〜10月の推定出回り量(需要量)が前年同期比90.2%に落ち込んだため、バターと同様に生産量の増加分以上に在庫の積み増しが進んだ(図10)。
図10 脱脂粉乳の生産・在庫量
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大口需要者価格は軟化傾向
バター・脱脂粉乳の大口需要者価格は、08年初頭から上昇し始め、同年の後半にはバターが前年同月比120%、脱脂粉乳が同114%という高値で推移した。09年に入ると、需給が緩和に転じ、価格の上昇もピークを越えて、10月にはバターが同95.5%、脱脂粉乳も同99.9%と、いずれも前年を下回る水準にまで低下した(図11)。
図11 大口需要者価格(前年同月比)
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ところで、バター・脱脂粉乳は主要な原料用乳製品であるため、専ら安定的な供給の維持に重点が置かれ、大幅な価格変動は回避される傾向が強い。このため、長期的にみると大口需要者価格は極めて安定的に推移しており、むしろ、昨年来の価格変動が例外的である(図12)。このことは、裏を返せば、一昨年から昨年にかけての乳製品の需給変動が、長い目でみても極めて異常な事態であったことを示している。
図12 大口需要者価格の推移
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07年に発生した需給変動について
図13は、07年から08年にかけて、粉乳調製品(乳固形分30%未満)の輸入量が急減したことを示している。07年は、乳製品の国際需給が急激にひっ迫し、国際価格も急騰したため、輸入調製品の需要者が一斉に国産乳製品にシフトした年であった。このため、07年初めに約7万トンあった脱脂粉乳の在庫がみるみる減少し、07年末にはほぼ適正水準の38千トンまで低下した(図14)。国内需給からみると、まさに「神風」が吹いたようなものといわれており、脱脂粉乳の過剰在庫問題が一挙に解消した。問題は、同様のことが今後も起こりうるのかどうかである。
図13 粉乳調製品の輸入量
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図14 脱脂粉乳の在庫量(07年)
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3.海外需給
乳製品の国際価格が急騰
乳製品の国際価格は、今秋以降、07年を彷彿とさせるごとく急騰した。一部の品目は夏頃から上向きに転じていたが、秋以降はバター・脱脂粉乳も急騰し、07年に記録した高値に達しそうな勢いとなっている(図15)。
この要因としては、(1)EUの域内需給が引き締まったこと、(2)豪州の09/10年度(7〜6月)の生乳生産見通しが前年比マイナスとされたこと、(3)中国を含むアジア諸国の乳製品需要が回復傾向にあること等が挙げられる。
図15 乳製品の国際価格
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このうち、EUでは、世界同時不況のあおりを受けた乳業メーカーが、これへの対処として生産者乳価を大幅に引き下げたところ、今度は生乳生産の見通しが怪しくなった。これが乳製品にも波及して域内需給が引き締まり、価格も上昇に転じた。このため、EU政府は、11月、本年初めから再開していた乳製品の輸出補助金をゼロに引き下げた(図16)。
EUの輸出補助金削減は、それだけでも輸出価格を押し上げる要因となるが、今回のごとく域内価格の上昇を受けて決定されるため、その削減額に止まらない影響を及ぼすことが多い。
図16 EUの輸出補助金
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介入在庫の放出には慎重
一方、EU政府は、脱脂粉乳283千トン、バター83千トンの介入在庫を抱えており、どのような対応を行うのか注目されていたが、先般、脱脂粉乳65千トン、バター51千トンを生活困窮者向けに処分することも採択した。生産者乳価の回復が遅れていることを考慮し、慎重に対応するものとみられるが、数量が多いだけに需給への影響が懸念される。
図17 EUの介入在庫
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為替相場は円高傾向
乳製品の国際価格が国内需給に及ぼす影響を見通すに当たり、為替相場が重要であることは言うまでもない。07年に乳製品の国際価格が急騰した時の為替レートは110〜120円/米ドルであった(図18)。この年は、乳製品の輸入価格が国産品の取引価格に接近したことに加え、国際市場に出回る乳製品の数量そのものが急減したこともあって、輸入調製品の需要者が一斉に国産乳製品にシフトし、国内需給が一気に引き締まった。
今秋以降、乳製品の国際価格は07年を彷彿とさせるごとく急騰したが、現在の為替レートを07年当時と比べると20円/米ドルもの円高となっている。このため、仮に国際価格が07年の水準にまで高騰したとしても、円貨換算ではかなり引き下げられることになる。加えて、07年は世界同時不況の発生前で、消費全般にも今ほどの深刻に落ち込んでいなかった。国際価格の高騰が国内需給に及ぼす影響を見通すに当たっては、07年と現在で状況が異なることを認識する必要があろう。
図18 為替相場(円−米ドル)
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カレント・アクセス輸入
わが国は、ガット・ウルグアイ・ラウンド合意により、一定の金額を支払えば誰でも指定乳製品等を輸入出来るようにしたが、その額を高く設定する見返りに、生乳換算約137千トンの指定乳製品等を毎年度輸入すると約束した。機構は、法律に基づき、95年度からこの輸入を実施しているが、時々の需給変動にかかわらず、毎年度、確実にこれを実施している。今後のWTO貿易交渉を、わが国の酪農乳業に少しでも有利に進めるには、この国際約束を確実に守ることが重要と考えているからである。
09年度のカレント・アクセス輸入については、脱脂粉乳、ホエイ類及びデイリースプレッドの輸入契約を締結することにより、既に約7割を消化したが、生乳換算約29千トン(脱脂粉乳換算約4.4千トン、バター換算約2.3千ト
ン)の未契約分が残されている(図19)。
機構は、需給緩和時には、国内の乳製品需給に及ぼす影響を出来るだけ少なくするよう配慮してカレント・アクセス輸入を実施しているが、本年度も、今後の需給動向を注視しつつ、慎重に取り組むこととしている。
図19 カレント・アクセス輸入(09年度)
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4.おわりに
わが国の牛乳製品需給は、今年1年を通じて局面が大きく変わり、深刻な需給緩和に直面する状況となった。世界同時不況により消費が低迷したこと、折悪しくその只中で牛乳が値上げされたこと、冷夏により牛乳の消費が更に落ち込んだこと、逆に生乳生産量は上向いたことなど、予期しなかった原因は多々ある。乳製品の国際価格が高騰しているが、07年当時とは異なり、不況と円高のため国内需給に及ぼす影響は不透明だ。こうした中、バター・脱脂粉乳の在庫は、年明け後、確実に積み増しに向かうと見込まれている。極めて厳しい状況ではあるが、的確かつ迅速に対応していかなければならない。 |