シドニー駐在員事務所 杉若 知子
畜産振興部 畜産振興第三課係長 坂上 大樹
1 はじめに豪州の牛肉産業は農業粗生産額、農産物輸出額においてともに第1位のシェア(18%、17%程度)を占め、2008/09年度(7月〜6月)はそれぞれ、77億豪ドル(約6237億円:1豪ドル=81円)、54億豪ドル(約4374億円)(生体牛輸出を含む)となっている。また、肉牛生産関連就業者は14万人と農業就業人口の47%を占める。 近年は度重なる干ばつ(2002/03年度、2006/07年度、2007/08年度)に見舞われるなど、気候変動の影響を大きく受けるとともに、生産量の6割程度は輸出に向けられるため、輸出市場の動向(需要および為替の変動)によっても状況は変化した。 特に、豪州経済は2008年の世界金融危機以降、急激な豪ドル安に見舞われたものの、2009年には他国に先行する形でゆるやかな回復を遂げ、2010年に入ると豪ドルは高値で安定している。そのため国際市場では相対的に豪州産牛肉の競争力が落ちている。 このような中、「今後の農業全般にかかる見通しに大きな影響を及ぼす要因のひとつは、豪ドル高である」という言葉とともに、2010年3月2日、3日、首都キャンベラにて、豪州農業資源経済局(ABARE)主催の農業観測会議2010は開催された。今回、牛肉産業について、本会議で発表された短期、中期見通しと併せ、フィードロット産業の現状、牛肉産業関係者からの聞き取りおよび訪問した肉牛生産農家の状況を含め報告する。 2 牛肉産業の見通し 〜農業観測会議2010より〜(1)牛総飼養頭数:牛群の再構築が進展し、ゆるやかに回復牛総飼養頭数は、2006/07、2007/08年度と続けて干ばつに見舞われ、2839万頭(2006年6月)を頂点に3年連続して減少し、2009年6月現在、2701万頭(前年比1%減)となっている。これは、2008/09年度のと畜頭数が前年度比1%減の870万頭とわずかに減少したものの、多くの地域で気象条件に恵まれなかったため牛群の再構築が遅れ、飼養頭数の増加にまで至らなかったとみることができる。 一方、2009/10年度上半期のと畜頭数は前年同期比6%減となっており、良好な気候が続けば牛群の再構築が進展し、2010年6月の牛総飼養頭数は、2713万頭まで回復すると見込まれる。 また、中期的には、アジア地域の生体牛および牛肉需要の増加に対応するため、放牧管理技術や熱帯に適した品種などの改良が進展し、特に北部地域において飼養頭数の増加が見込まれている。今後の見通しとしては、2011年6月には2720万頭、その後もゆるやかに増加し、2015年6月には2790万頭に達するとみられている。
(2)牛肉生産量:主要輸出先の需要回復に伴いゆるやかに増加2009/10年度の牛肉生産量(枝肉重量ベース)は、前年度比4%減の206万トンと見込まれる。これは、上半期に肉牛主要生産地である東部において気象条件に恵まれたこと、また、北部において2009年末から2010年初頭にかけて降雨に恵まれたことにより、牛群の再構築を図るための保留傾向が高まり、と畜頭数が同4%減の836万頭と見込まれるためである。 中期的には、良好な気候が続き、景気回復に伴って主要輸出先の牛肉需要が回復するとともに、飼養頭数の微増を反映してと畜頭数も増加するため、2010/11年度の牛肉生産量は211万トンと見込まれている。その後もゆるやかに増加し2014/15年度には217万トンに達するとみられる。
(3)家畜市場取引価格:2011/12年度まで低下、その後ゆるやかに回復2009/10年度の家畜市場における肉牛価格については、前年度比8%安のキログラム当たり279豪セント(約226円)と見込まれる。これは、主要輸出先である日本および韓国における米国産牛肉との競合、また、米ドルに対する豪ドル高に伴う輸出需要の減少によるものとみられる。 中期的にも同じ状況が継続し、2010/11年度は同5%安の266豪セント(約215円)、2011/12年度についても低下が続くとみられる。2012/13年度以降は回復に転じるものの、豪ドル高の継続により、その度合いはごくわずかなものにとどまると予測される。
(4)輸出量:2014/15年度には100万トンに達する見込み2009/10年度の牛肉輸出量は、前年度比8%減の89万トン(船積重量ベース)、また、輸出額については、輸出量の減少に加え、豪ドル高が影響し同14%減の41億6千豪ドル(約3370億円)と見込まれている。主要輸出先について見ると、日本向けは同6%減の34万トン、米国向けは前年度の輸出増加の反動により同15%減の24万トン、一方、前年度大幅に減少した韓国向けは同4%増の12万トンとしている。 中期的には、日本および韓国向けについては、米国産との競争が激化し、豪州産のシェア低下が見込まれるものの、日本向けは、2010/11年度以降は景気回復による牛肉需要の増加により、輸出量は徐々に回復し、2014/15年度には38万トンまで増加するとみられる。米国向けについては、豪ドル高および南米産との競合が見込まれるものの、米国での牛群の再構築が進めば、2014/15年度には30万トンまで増加すると予測される。そのほかの輸出先については、輸出国間での競合が予測されるものの、2014/15年度には21万トンの輸出が見込まれる。生体牛および牛肉の重要な輸出先であるインドネシアにおいては、地理的には豪州が有利であるものの、低コスト生産が可能なブラジル産牛肉と競合するとみられる。また、ロシアにおいても、南米産との競合により、かなり緩やかな増加にとどまると見込まれる。一方、2009/10年度の中東諸国向け輸出量は2万トンと見込まれる。これら諸国向けは、輸出市場としての規模は小さいながら、過去5年間で約2.5倍に増加していることから、今後、重要性が高まるとみられる。
3 肉牛生産の現状(1)フィードロットによる肉牛生産前段の牛肉産業の短期・中期見通しに続き、日本向け牛肉輸出量の40%程度を占めるフィードロット由来の穀物肥育牛肉の生産、輸出の現状および2010年以降の見通しについてフィードロット関係者からの聞き取りを含め報告する。 ○フィードロット産業の現状 フィードロット飼養頭数は2009年6月現在、74万頭(このうち7割の51万頭程度が輸出向け)と牛総飼養頭数2701万頭の2.7%を占めるにすぎない(米国では、1100万頭にのぼり総飼養頭数の12%程度を占める。)。一方、と畜頭数についてみると、2008/09年度の総と畜頭数870万頭に対し、フィードロット由来は26.8%の233万頭となっている。また、牛肉輸出量(93万トン)の22.6%は、穀物肥育(21万トン)である。 フィードロット施設数については、2010年1月現在、NFAS (National Feedlot Association Scheme)への登録施設が650あり、そのうち515が稼働している。残り135施設は、現時点では休止しているものの、いつでも稼働可能な状態にある。また、収容能力(収容可能頭数)については、2009年12月時点で126万頭と10年前と比べ1.5倍となっているが、稼動率(飼養頭数/収容可能頭数)は61%と3年連続して低水準となっている。
○穀物肥育牛肉輸出の現状 2009年の穀物肥育牛肉輸出量は20.6万トンとなっており、内訳は日本向けがシェア75%の15.5万トン、韓国向けが同13%の2.7万トン、米国向けが同7%の1.3万トン、それ以外の国・地域向けが同5%の1.1万トンとなっている。10年前と比べると、日本向けについては、輸出量では1.3倍となったがシェアでは92%から17ポイント低下している。これに対し、韓国、米国向けのシェアは拡大し、輸出量はそれぞれ5.3倍、6.6倍まで増加した。
○2010年以降の穀物肥育牛肉生産の見通し 上述のとおり、年間と畜頭数の1/4程度、牛肉輸出量の1/5程度を占めるフィードロット産業において、飼養頭数、出荷頭数などに影響を与える要因としては、気象条件、素牛価格、飼料穀物価格、輸出市場の動向(需要および為替の変動)などがある。現在は、2009年末から2010年初頭にかけて良好な気候が続き、牧草供給が潤沢であることから生産者は肉牛を保留する傾向が見られ、フィードロットに導入される素牛の価格は上昇しているという。 飼料穀物価格については、激しい干ばつに見舞われ高騰した2006、2007年に比べると、落ち着いている。主要輸出先である日本では、米国産牛肉との競争が一層激しさを増すと見込まれ、輸出価格の低下が予測されている。 2009年12月時点の国内向け飼養頭数割合は前年と比べ4ポイント上昇し30%を占め、2010年前半はより堅調な消費が見込まれる国内向けと畜が増えると予測される。今後の仕向け先について、以下年間と畜頭数25,000頭を超える複数の大規模フィードロット関係者から聴取した見解を紹介する。 注:( )内は現時点での仕向け先別飼養頭数割合。
このように現時点では、特定の市場に集中することはなく、新規輸出市場を見据えた動きがあるものの、飼養規模、国内/輸出向け割合や輸出先について大きく変えるということはないようである。ただし、高値で取引き可能な市場に対し穀物肥育牛肉を供給していくという傾向は共通しているため、今後は徐々に仕向け割合や輸出先などに変化が生じる可能性はある。 (2)肥育用素牛生産農家の生産状況首都キャンベラから東へ約200キロメートルに位置する広大な牧野と緑あふれる町、Braidwoodで、主にフィードロットに肥育用素牛を供給している肉用牛繁殖経営者(イアン氏)を調査したので、近年の生産概況などを紹介する。 ① 生産概況 イアン氏は、830ヘクタールの土地に繁殖用雌牛300頭、雄牛11頭を周年放牧により飼養している。また、子牛は自然交配により生産している。経営に従事しているのは、主にイアン氏と妻のノエリンさんであり、引退したイアン氏の父親も手伝ってくれるという、豪州では小規模な家族経営に分類される。 イアン氏の先代(1980年代ころ)は、ヘレフォード種を主体に飼養していたが、経営を引き継いだ2005年以降、ほかの品種と比較して肉質、増体の良いアンガス種に完全に切り替えた。 余談であるが、アンガス種の牛肉のみを使用したハンバーガーが豪州で好評を博している。また、ブランド牛としても認知されており、スーパーマーケットではやや高めの価格帯で販売されている。
② 経営安定化への取り組み イアン氏は、リスクマネジメントに対する意識が高く、市場の変化に迅速に対応する体制づくりに取り組んでいる。 その一つが、柔軟な生産形態である。従来は、子牛は全頭、大手のフィードロットに出荷していたが、現在では、牧草の生育状況により出荷先などを調整している。牧草の生育が思わしくない場合は、離乳後間もない子牛をほかの肉牛育成業者に預託または家畜市場に早期出荷する。牧草の生育が順調な場合は、9ヵ月齢から10ヵ月齢に達するまで子牛を育成し、複数のフィードロットのバイヤーとの交渉により出荷先を決定する。また、10ヵ月齢を超えた後も肥育を行い肥育牛として市場に出荷する場合もある。 このような柔軟な対応により、豪州で深刻化している気候変動による経済的損失を低減できるようになり、経営が安定してきたとのことである。また、2002年の干ばつ以降、肉用牛経営の傍ら飼養している肉用羊の飼養頭数を800頭から1,200頭まで増加し、さらに今後は1,400頭まで増加することを予定している。 近年、肉用羊は、海外需要の高まりなどにより需給がひっ迫していることから、取引価格が上昇傾向にある。このように肥育期間が短くまた市場ニーズに即した畜種を積極的に生産することも経営の安定化の一助となっているという。 ③ 今後の課題と展望 解決すべき当面の課題は、補助飼料(濃厚飼料、乾草)の自家生産にあるとしている。現時点では、牧草の生育が悪くなる冬場には補助飼料を購入しているが、乾草やサイレージ用の作付けを最近開始したところである。自家生産により、生産コストの一層の削減および経営の安定を図りたいとしている。 4 おわりに豪州の牛肉生産に影響を与える要因には、国内外の牛肉市場の需要動向および牧草の生育、飼料生産を左右する気候変動といった自然環境などがある。農業観測会議2010では、良好な気候が続き、主要輸出先の需要が回復するとともに、牛肉生産量、輸出量はともにゆるやかな増加が期待される一方、豪ドル高は継続し、一人当たりの牛肉消費量は今後も減少が予測されるなど、国内、海外市場についてのマイナス要素も明らかにされた。 このように、短期に市場の回復、拡大が望めない中、肉牛生産者、フィードロット、食肉パッカーは、今後も為替変動や気象条件などの外的要因の影響を受けながら生産性、収益性を高めていかねばならない。訪ねた肉牛生産者は、肉牛、肉羊の飼養割合や出荷時期を調整し、また、乾草やサイレージの自家生産も始め、収益性を高めようとしている。あるフィードロット経営者は、肥育期間を短縮することで収支を改善し、国内、海外を問わず高値で供給できる市場に販売していくという。また、ある食肉パッカーは、大型の吸収合併を計画しており、規模拡大による低コスト生産を目指している。このような状況が今後我が国にどのような影響を与えるのか、最大の牛肉供給国である豪州の状況について注視していきたい。 |
元のページに戻る